“クビを覚悟した男”中日・福敬登 ヤクルト村上に打たれたホームランで彼は変わった

文春オンライン / 2019年8月21日 11時0分

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4年目の今季、チームの勝利の方程式を担っている福敬登 ©時事通信社

 名古屋市内の東山動物園に大人気のイケメンゴリラがいる。彼の名は「シャバーニ」。実は中日にそのゴリラに似ている男がいる。福敬登だ。

 福はJR九州からドラフト4位で入団し、1年目は初勝利を挙げるなど27試合に登板。2年目に左肩を痛めて育成選手契約となり、3年目に支配下選手に戻ったが、わずか1試合の登板に終わった。しかし、4年目の今年は大ブレイク。今や勝利の方程式を担っている。

 そんな福の紆余曲折を聞くと、「シャバーニ」よりもマッチするニックネームがある気がする。

クビを覚悟した2018年オフ

 2018年9月28日。ナゴヤドームの中日・阪神22回戦。4回表2死満塁で福は復帰登板を果たした。

「いきなり満塁で福留(孝介)さんかと弱気になりました。でも、左を抑えないと生き残れない。なんとか自分を奮い立たせました」

 しかし、結果は残酷だった。4球続けてボールで押し出し。続く、糸井嘉男の初球もボール。2球目でサードゴロに仕留めたが、球場にはため息がこぼれた。

「終わったと思いました。最後もボール気味だったんです。復帰しても、ストライクが入らないピッチャーを雇うわけがない。クビを覚悟しました」

 マウンドからベンチまでが長かった。無数のLEDがグラウンドを照らしていたが、福には真っ暗闇だった。ベンチに腰掛け、これから起こり得る事態を想像した。

「前年に同い年の金子(丈)が戦力外になっていたので、流れは分かっていました。まず、マネージャーから電話があって、事務所に行く。そこで、代表から球団に残れるか、無職になるかを伝えられる」

 トライアウトを受ける気持ちはあったのか。

「いいえ。JR九州の監督から『社会人野球も引退したら、社業に専念するもの。辞める時は潔く』と教えられていました。選択肢の1つは大学受験。教員免許を取って高校野球の監督を目指すつもりでした」

 しかし、10月中旬の第1次戦力外通告期間を過ぎても、福の電話はならず、みやざきフェニックス・リーグのメンバーに選ばれた。

「でも、毎日、電話が怖かったです」

 首の皮1枚つながったと確信したのは最終日だった。

「ホテルの張り紙に名古屋組と沖縄組が書かれていて、僕は沖縄組だったんです。つまり、投手だけの秋季キャンプに参加できると」

ヤクルトの大砲・村上との対決で気づいたこと

 新体制となり、阿波野秀幸氏が1軍投手コーチに就任した。福はこのタイミングで考え方を180度変えている。

「それまでプロ野球選手は他人に頼ってはいけないと思っていました。結局、マウンドでは1人。自分で研究して、発見して、スタイルを築くもの。でも、1回、いや、左肩の怪我も含めれば2回も死んだ身です。もうなりふり構わず、何でも聞こうと思いました」

 福は毎日のように阿波野コーチと会話した。

「極端な日はブルペンで1球1球、質問しました。阿波野さんは色々な投げ方を提示してくれましたが、『合わないものはすぐにやめていい』と言ってもらえました。結果、クロスに構えることにしたんです」

 セットポジションの際、大きく右足を1塁側に踏み出して構え、角度をつけた。秋にこのフォームを固め、春季キャンプも順調。3月のオープン戦では結果が出ず、開幕は2軍だったが、5月3日に1軍登録され、その日にチャンスが来た。ナゴヤドームの中日・ヤクルト7回戦。福は7回表を三者凡退に抑え、8回表も続投。村上宗隆と対峙した。

「2ストライク後の3球目。インハイのストレート。指に掛かったいいボールでした」

 しかし、若き燕の大砲はいとも簡単にライトスタンドへ放り込んだ。

「今までの人生で聞いたことのない打球音でした。もう完璧」

 今季初登板で強烈なパンチを食らった。しかし、へこたれない。打たれた理由は何か。むしろ、探求心は増した。転機は交流戦だった。

「要はクロスに構えただけでは通用しない。もっと工夫が必要だったんです。それでソフトバンクの和田(毅)さんの投球をベンチで見学しました。中継ぎは試合が始まると、ブルペンで待機しますが、生で見たかったし、味方の左バッターに質問したかった」

 京田陽太は「急にボールが出てきます」と表現。大島洋平は「球の出所が見づらくて、タイミングが難しい」と答えた。

「ヒントは見づらさ、テイクバックが体に隠れることでした」

「今はワクワクしています」

 京セラドームでも福の観察は続く。

「オリックスの比嘉(幹貴)さんのフォームを見て、アッと思いました。テイクバックが小さい上にサイドスロー。これはもっと見づらいんじゃないかと」

 翌日、阿波野コーチが近付いてきた。

「僕の耳元で『昨日の比嘉、見づらかったなぁ。腕を下げるのもありかなぁ』とささやいたんです。全く同じことを考えていたので、これだと。その日からキャッチボールも腕を下げたんです」

 試行錯誤の末、クロスに構え、テイクバックを体に隠し、腕を下げ、スパイク1足分インステップして投げるフォームに辿り着いた。それが実を結んだ試合がある。

 6月20日。ナゴヤドームの中日・西武3回戦。6回表に福は金子侑司、栗山巧から連続三振を奪い、7回表も投げた。

「秋山(翔吾)さんをファーストゴロ。源田(壮亮)をライトフライ。外崎(修汰)を外からのスライダーで空振り三振。全て配球の意図通りに投げられました。西武打線を完全に抑えたのが自信になりました」

 マウンドからベンチまでの足取りは軽かった。LED以上にまぶしい光が差していた。体中を充実感が走った。

「ゾンビですかね」

 死んでも、死んでも、蘇る。目を見開き、耳をそばだて、改良と工夫を重ね、必ずパワーアップして蘇る。弱気の虫と同居していたシャバーニはこの1年で貪欲なゾンビと化したのだ。

「どこか去年までは打たれたら、どうしようと思っていました。今はワクワクしています」

 左腕は不敵に笑った。Kill or be killed。福は今日も牙を研ぎながら、ブルペンという檻の中で静かに出番を待っている。

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(若狭 敬一)

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