博多と釜山を結ぶ国際船 「JRの船乗り」を悩ます対馬海峡の“大敵”とは?

文春オンライン / 2019年8月5日 11時0分

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博多~釜山間を結ぶ高速船「ビートル」

 言うまでもないことだが、JR各社は国鉄の流れをくむ鉄道会社である。だから、事業が多角化された今でも中心にあるのは鉄道事業。全国各地に鉄道網を張って地域輸送から都市間輸送までを担っている。ただ、彼らが担う公共輸送事業は何も鉄道に限ったことではない。たとえば、これまた国鉄バスの系譜につらなるJRバスも各社走らせている。そしてもうひとつ、航路がある。

JRに2つだけ残る「航路」とは?

 JR、国鉄系の航路というと、青函連絡船を思い浮かべる人も多いかもしれない。青函トンネルなき時代、津軽海峡を越えて本州と北海道を結んでいた航路だ。同様のものに、瀬戸大橋開通前に本州と四国を結んでいた宇高連絡船というものもあった。これらはみなとうの昔に姿を消してしまった過去の遺物である。ところが、今でもJR各社の事業を見渡してみると、航路が2つだけ存在しているのだ。ひとつが、JR西日本系列の宮島フェリー。これは国鉄時代から続く歴史ある航路だ。そしてもうひとつが、博多と釜山を結んでいるJR九州系列の国際航路である。

 こちらは国鉄時代からのものではなくJRが発足してから就航した路線で、1991年に博多~釜山間で運航を開始している。当初はJR九州直営だったが、2005年に子会社のJR九州高速船に事業が移管されて今に至る。水中翼船・ジェットフォイルを用いた高速船「ビートル」を、1日に2~3往復運航し、博多~釜山間を約3時間5分で結ぶ。途中に対馬の比田勝港に立ち寄って、国内線と国際線の混乗を行なっている便もある(混乗は日本初の事例)。2020年7月には新型高速船「QUEEN BEETLE」の就航も決まっているなど、インバウンド全盛の今、大きく注目を集めている航路のひとつだ。今回は、その「ビートル」の運航について、JR九州高速船の森裕一朗首席船長に話を聞くことにした。まずは、ビートルとはそもそもどのような船なのか。

「航海中は基本的に船長・一等航海士・機関長・一等機関士の4名がコックピットで操船を担い、そのほかに3~4名の客室乗務員という体制ですね。操船は交代で行い、船長の私は出入港時や危険の多い海域を担当。その他の時間帯は一等航海士に任せています」

飛行機のように“飛んで”走る船

 水中翼船のビートルは、普通の船とはかなり違う特徴を持つ。停船時や低速での航行中は一般的な船と変わらず船体が海面に浮いているが、スピードが上がると船体の下に設けられた翼が揚力を得て、さながら飛行機のように“飛んで”走る。翼のフラップを使い、船体そのものを傾けて方向転換をするなど、「船よりも飛行機に近い」(森船長)乗り物だ。ビートルの場合、通常40ノット(時速約75km)で走っているという。

「海上を飛んでいる、という感覚ですね。だからスピードも出ますし小回りも利く。一般的な船と比べるとダントツで揺れないので、乗り心地もよくて船酔いもしにくい。出入港の時だけ普通の船のように航行するので、その時だけ『船みたいだったね』というお客さまの声をいただくこともあるくらいです。ただ、一方で航行中はお客さまには座席に座ってシートベルトを締めていただく必要があります。客室サービスも乗務員が歩いて回る飛行機スタイルですね」

 つまり、ビートルは乗客にとっても飛行機のような船、というわけだ。さらに船体を海面から離して“飛んでいる”ため、独特な操船が必要になることも多い。

自動操縦ではなく船長が手でコントロールすべき部分とは

「当社では波の高さが3mまでなら出航します。船の特徴として船体が海面から2mほど浮いているので、それくらいの高さの波なら影響はあまりないんです。ところが、2mを超える波だと何もしないと高い波が船体にぶつかって大きく揺れてしまう。そこで、我々は深度を変えて波を避ける操船をしています。3mの波が来たら、さらに1m船体を持ち上げて波が当たらないように逃して、波が去ったらまた元に戻す。左右の操舵に加えて高さのコントロールもしているんですね。つまり、ビートルの場合は2Dではなくて3Dの操船が求められる、ということです」

 ビートルには自動操縦の機能もあり、高さのコントロールももちろん可能。ただ、あくまでも実測値に基づいた制御をするため、波が高くなるとうまくいかないことも増える。そこで、たいていは船長や航海士が自らの手でコントロールしているのだという。針路の指示も同様で、コンピューター通り真北に進んでいても波や風で針路がずれることがあり、そうした調整も船長たちの仕事なのだ。

3mの波を操るには3~5年の経験が必要

「特にこの船は別物だと思います。普通の船に長く乗っている人でも、高さのコントロールはすぐにはできない。タイミングとか船の傾け方とか、そういうコツを掴まないといけないので、そこはまさに経験ですね。 3mの高さの波に対応しようと思ったら3~5年は必要かな。ただ、自転車と同じで一度掴んだらあとはスイスイと。慣れてくれば体が反応してくれるようになりますよ」

 熟練の“職人技”によって、多少の波ならばほとんど揺れを感じない快適な船旅ができる、というわけだ。

 ビートルが航行する対馬海峡は、一部3~4ノットという早い潮の流れもあり、さらに途中に対馬があるため潮や風の流れが変わることも多い複雑な海域だ。また博多港は大型客船や貨物船のほか、小型の漁船やプレジャーボートも盛んに行き交う。そうした中で、安全の確保は船長の重要な仕事のひとつだ。

「大きな船の場合はどこに行くかもだいたいルートが決まっていて、無線通信もできるからそれほど難しくない。ただ、水上バイクには細心の注意を払います。水上バイクって、時速100kmで走るものもあるのでウチの船よりも速いんですよ。それに小さいから死角に入ってしまうと危険です。だから出入港時は見張りを増やし、あとはレーダーで監視しています。プレジャーボートはマリーナから出てくることが多いので、マリーナ方面にも注意を向けますね」

 釜山港や対馬の比田勝港にも注意すべき点がある。

「釜山の場合、漁船は我々とは違う港に入っていくので良いのですが、貨物船が多いのと、出入港の際にポートコントロールと細かい調整を行うことが多いので注意が必要です。比田勝港はもともと地元の漁船が使う小さな港ですが、最近は韓国からの高速船なども入ってくるし、日本全国の漁船が中継地点としても使っている。小さい港ですけどのどかってことはなくて、気を使うところが多いですね」

対馬海峡に潜むビートルの“大敵”

 飛行機の場合、離発着時が最も事故のリスクが高いと言われるが、それは船でも同じ。20年以上のキャリアを持つ森船長でも、出入港時は緊張するそうだ。ならば出入港以外の時間帯は比較的安心できるのか……と思いきや、対馬海峡にはビートルの“大敵”が潜んでいるという。それは、“クジラ”だ。

「ビートルが走る海域にいるのはだいたいミンククジラなんですが、これとぶつかってしまうことがまれにあるんです。ミンクはクジラの中では小さい方ですが、それでも大きいと体長が8mくらいあります。ビートルの船体の横幅が9.14mですから、同じくらいの大きさのクジラがバーンと当たることになる。そうすると衝撃も大きいし、水中翼が脱落したり、船体が損傷したりして、航行できなくなることもありえます」

 そうなっては、乗客にとってはせっかくの旅が台無しになるばかりか、怪我をする可能性もある。そうした事態を防ぐため、ビートルでは万全の対策を取っている。過去にクジラを発見した海域では速度を40ノットから35ノットに落としたり、見張りを強化している。さらに、水中翼にスピーカーを取り付けてクジラが反応する周波数の音を出す(1km先まで届くとか)などの対策もしているという。これはビートルがクジラを避けるためというより、クジラの方から避けてもらうためだ。

「見張りでクジラを発見したらまあたいていはなんとか避けられるんです。でも、見えていない時がやっかいで。クジラって、呼吸するために時々海面に出てくるじゃないですか。そのタイミングで出会い頭にぶつかるケースは防ぎようがない。そこで、音を出してあらかじめここに船がいるよ、とクジラに教えてあげる。クジラとの衝突は大きな船ならば気にすることはないんでしょうが、我々のビートルのような小さな船ではクリティカルなこともありますから」

長さ3倍以上、新型ビートルへの期待

 こうした点も含め、森船長は来年就航予定の新型高速客船「QUEEN BEETLE」には大きな期待を寄せているという。QUEEN BEETLEは現在の水中翼船とは異なる三胴船で、船体の長さは約83m。現在のビートルが27m強なので、実に3倍以上の大きさになり安定性も増すため、クジラとの衝突も気にかけなくて済む。定員も191席から502席へと大幅に増え、今まで必要だったシートベルトも不要に。客席のデザインはJR九州で「ななつ星 in 九州」をはじめ、さまざまなデザインを手がけてきた水戸岡鋭治氏が担当する。まさにまったく新しい船、なのだ。

「航行中、お客さまには船内を自由に歩き回っていただけるようになります。展望デッキを設けて外を見ていただいたり、ショップで買い物をしていただいたり。揺れについてもQUEEN BEETLEはゆっくりとした揺れなので、船酔いもきっと少ないと思いますよ。その分、今よりも少しだけ時間はかかってしまうのですが、QUEEN BEETLEでは移動そのものも旅の楽しみのひとつになってくれれば、と思っています」

今は「船乗り」も人手不足

 QUEEN BEETLEへの期待を隠さない森船長。船長としてのこだわりは、「コミュニケーション」だとか。すでに入社してから20年近くがたち、新入社員との年齢差も大きくなった。

「だからこそ、向こうに気を使わせすぎてはいけないな、と。僕に対して意見を言いにくいということを少しでもなくしていきたい。僕が安全だと思っても、向こうが危ないと思ったらそっちに寄せる、とかですね。若い社員でも免許を持ったプロですから」

 ビートルが就航してから30年近くが経った。船舶事業を立ち上げた頃は他のJRグループで連絡船に乗船していた人たちの力を借りたり、もともと鉄道の運転士や保線マンだった社員たちがマスコンを舵輪に持ち替えて新たに免許を取得するなどしたという。航海士免許を取得して入社した森船長は草創期を支えた“レジェンド”に次ぐ第2世代。QUEEN BEETLEを旗印に、船乗りになりたい子供たちが増えて欲しい、という願いもあるという。

「僕が入社した頃は、免許を持っていても就職先がなかなかなかった。でも、今は人手不足なんです。だから、子供たちに将来なりたい職業は?と聞いたときに『船乗りさん』と言っていただけるようになれば嬉しいですね。まあ、船の仕事と言っても、ずっと海を眺めていられれば良いですが、実際はなかなかそうはいかない。でも、やりがいはありますよ(笑)」

 JR九州がこれまで送り出してきた数々の列車は、鉄道の旅の楽しさを改めて教えてくれた。森船長らが操る新型客船QUEEN BEETLEも、新しい船旅の楽しさを教えてくれるものになりそうだ。

写真=鼠入昌史

(鼠入 昌史)

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