「なつぞら」そっくり!? 広瀬すず 静岡が生んだ“伝説の美少女”青春時代の写真8枚――2019上半期BEST5

文春オンライン / 2019年8月18日 11時0分

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同級生の中でも広瀬は小柄なほうだった

2019年上半期(1月~6月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。エンタメ部門の第2位は、こちら!(初公開日 2019年5月6日)。

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 NHKの朝ドラ「なつぞら」は6週目に突入。ヒロイン・奥原なつは、大自然に囲まれた北海道・十勝で農業高校に通いながら、酪農や演劇に奮闘中だ。主役の広瀬すず(20)が演じているのは、のびのびと成長する健康的なイメージの高校生だ。取材班が広瀬の生まれ育った地元・静岡を訪ねると、そこにはデビューから国民的女優へと駆け上がった、まるで“現代版・奥原なつ”とも言えるような、負けず嫌いな少女の素顔があった。

「ジャージ姿で家の前の塀にボールを当てて」

 戦争で両親を亡くし、北海道の柴田家に連れて来られた主人公・なつは、柴田家の長男・照男(清原翔)、同い年の長女・夕見子(福地桃子)、次女・明美(平尾菜々花)らと共に育つ。一方、広瀬自身は祖父の代から続く自営業を営む家に生まれ、3 人兄弟の末っ子として育った。広瀬が幼少期を過ごしたのは駿河湾と山々に囲まれた自然豊かな景勝地だ。

 広瀬の生家の近隣住民が話す。

「すずちゃんは活発な子でしたよ。『おはようございます』と挨拶もしっかりできて、小学校から帰って来ては毎日のように、ジャージ姿で家の前の塀にボールを当てたりして遊んでいました。お父さんやお母さんもこのあたりでは有名な美男美女で、お兄さんもイケメン。

 4つ年上のお姉ちゃん(広瀬アリス・24)とは仲がよくて、近所の駄菓子屋に自転車で2人乗りして出かけたりしていました。甘えん坊で、いつもお姉ちゃんの後をついて回っていたのを覚えています。ドラマに出て来る草刈正雄さんみたいな、白髪のダンディなおじいちゃんも、亡くなるまではよく自宅に来て、すずちゃんたちと遊んだり、食事したりしていましたよ」

恩師に「もっと強くなりたい」

 劇中、なつは演劇部に入部するが、実際の広瀬はバスケットボールに明け暮れ、弱小チームを県大会へと牽引した。当時のミニバスケットボールチームの恩師が懐かしそうに振り返る。

「小学校ではバスケをやっていました。とても細くて小柄で、ポジションはガード。ボール運びの能力はずば抜けて上手かったです。人の動きがよく見えるんですかね。そういうセンスがありました。

 5年のときはすごく弱いチームで、負けて泣いたりすることが何回かありました。ある日、すずが『もっと強くなりたい』というから、私は『厳しくなるよ』と言いました。それから練習は週5日のペースで校庭20周(4キロ)、夏休みには6時間の練習を20日間くらいやりました。チームは強くなり、市内大会で200点獲って大勝したこともあったし、最後は県大会で3位までいきました」

1対1の姉妹対決はいつも真剣勝負

 容姿端麗、スポーツ万能の広瀬だったが、そこにはいつも背中を追い続ける姉・アリスの存在があった。

「すずは、練習中に太腿の肉離れを起こしたことがあったんです。練習のし過ぎで肉離れを起こす女子選手というのは、私の20年間の指導者生活の中でも初めてのことでした。ドクターストップ中、肉離れしてから1カ月くらいしたときに、『そろそろ動いていいですか』とすずが聞くので、『治るまではダメだ』と言い続けました。それでもすずは出来る範囲で、ボールを使ってトレーニングしていました。

 もともとバスケを始めたきっかけはお姉ちゃんで、とても妹想い。時々、すずたちの練習を見に来てくれました。お姉ちゃんは体も大きくて、1対1の姉妹対決はいつも真剣勝負。すずがオフェンスをやって、お姉ちゃんがディフェンスをやるんですけど、『まだ通用しないよ』という感じでスチールしたり、容赦なくすずのシュートを叩いたりしていました。すずも悔しそうでしたよ(笑)。

 朝ドラを見ていると、当時の面影があって感慨深いです。お下げの髪なんか見ると、なおさらです。がんばって活躍してくれてるのでうれしいですね」(同前)

 広瀬は、小学生時代の作文で、音楽発表会の思い出について次のように語っている。

《終わりの言葉をかまずにやることができました。だけど、体育館全体にきこえるようにと何度も何度も思ったけど、思うように声が出せず、そのままおわってしまいました。そのことは、とてもこうかいしているけど、その分、午後の部で、がんばって、大きな声でうたえたのでよかったです。今までの中で一番良くできたと思います》

中学生からショートヘアに

 ミニバスケの恩師によれば、すずには県内の強豪私立中学から誘いがあったというが、広瀬は姉と同じ地元中学へ進学。そして、姉・アリスが専属モデルを務めていたティーン誌「Seventeen」のイベントに母親と来ていたところをスカウトされ、同じ事務所に所属することに。バスケ同様、広瀬は14歳で姉と同じモデルの道へと進んだ。

「中学生になってから髪型がショートヘアになりました。2年生くらいから仕事が増えて、学校で見かけることが減った。3年生になるとほとんど欠席。学校にはお化粧もしてきていて、学校はメーク禁止でしたが、すずだけは『モデルだから』と特別扱いで先生たちも黙認してました」(中学の同級生)

同級生は「ツンデレな性格だった」

 もちろん、男子生徒にはよくモテた。

「中学のときはツンデレな性格だった。休みの時間はバスケ仲間の女友達とよくつるんでいました。スタイルもよくて、男子生徒からすると、ちょっと声をかけづらい雰囲気。それでも中学3年生のときは、毎朝のようにすずの自宅まで、何人もの男子が自転車で迎えに行き、一緒に通学していました。

 仕事で東京に行くことが多かったのですが、静岡と東京の往復が大変で、友達には『東京は慣れないから、静岡のほうが暮らしやすい』と話していたそうです」(別の同級生)

父親は会社で「娘が主演で朝ドラに出ます」

 劇中で、なつは「アニメーターになりたい」と高校卒業後に上京するが、広瀬は中学卒業後に静岡を離れた。

「実は、すずちゃんが小学校5年くらいの時にお父さんが病気で倒れてしまった。家は大変だったと思うんですが、彼女は明るくいつものように振る舞っていた。今ではお父さんも体調が回復して、地元企業で働いていますよ。時々、アリスちゃんが静岡に来て、お父さんとご飯を一緒に食べているそうです。すずちゃんは忙しくてなかなか戻ってこられないみたいですが、お父さんはすずちゃんがドラマや映画に出るのがとてもうれしいみたい。会社では『娘が主演で朝ドラに出ます』『今度は映画に出ます』などとメモを作って、みんなの机の上に配って置いているそうです」(別の近隣住民)

 ウッチャンの語りのように、故郷から実父も応援していた。「がんばれ、すず!」。

(「週刊文春」編集部/週刊文春)

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