芥川賞を“卒業”した高樹のぶ子から見城徹へのメッセージ「作家の心細さを理解してほしい」

文春オンライン / 2019年8月20日 5時30分

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高樹のぶ子さん ©共同通信社

 7月17日に開かれた第161回芥川賞選考会。受賞作は今村夏子氏の『むらさきのスカートの女』に決まった。

 同時に、今回をもって高樹のぶ子氏(73)が選考委員を退任することとなった。高樹氏は1984年に『光抱く友よ』で芥川賞を受賞。2001年に同賞の選考委員に就任し、18年にわたって多くの作品の選考に携わってきた。

 選考会の翌日、高樹氏に芥川賞と共に歩んだ35年間を振り返ってもらった。

「高樹さんは化けるかもしれない」

 芥川賞を受賞した1984年の選考会当日、高樹氏は自宅で家族とテレビ中継を見守っていたという。

「受賞作発表後、しばらくして会場から出ていらした吉行淳之介さんに、記者やカメラがわっと集まっていった。その囲み取材で吉行さんが私の作品に触れ、こうおっしゃってくださったのです。

『高樹さんは化けるかもしれない』

 私はその言葉にずっと励まされ、一方では支配されながら、作家生活を続けてきた気がします。選考委員の方々の言葉というのは、ご当人はなんとなく発言されたものなのかもしれませんが、作家にとってはある種の“予言”であり、非常に重たいものなのです」

 高樹氏は、芥川賞選考委員の退任とともに、吉行氏の言葉から解放されたのだと言う。その表情は非常に晴れ晴れとしていた。

「(吉行さんの言葉を胸に)『化けなきゃ』と思い続けて頑張ってきた。でもよく考えると、『化ける』の正解が全く分からなかったのです。昨年に文化功労者に選ばれた時も、目標を達成できた気はしませんでした。だから私は昨日までずっと、“半化け”の状態だったと思っています。

 私を縛りつけていたこの言葉は、芥川賞からの卒業と同時に捨て去ろうと思っていました。最後に選考会場を去る時、吉行さんへの答礼のつもりで、机の上に置いてきました」

見城徹氏の“実売部数公表問題”の本質とは?

 小説を書くというのは、孤独な作業だ。その心の支えになるものとして、作家はそれぞれ自分の“杖”を持っているのだと高樹氏は語る。

 高樹氏にとっての杖は吉行氏の言葉だったが、それは受賞した文学賞、本の売れ部数、担当編集者からの励ましの言葉……と、作家ごとに異なっている。

 その上で、高樹氏は幻冬舎の代表取締役社長・見城徹氏の言動を批判した。

 見城氏は5月16日に自身のツイッターで、作家・津原泰水氏が自社で出した小説本の実売部数を公表(現在は削除済み)。同業者から批判の声があがっていた。

「この問題の本質は、実売部数を公表するという行為の是非ではありません。作家の一番の味方であるべき出版人が、その杖を折るような行動を見せたことです。作家は、自分は才能がないかもしれない、本が売れなくなるかもしれない……という悩みを内に抱えて戦っている。出版に関わる人たちにはその心細さを理解してほしいと思います」(高樹氏)

 高樹氏が初めての選考会、作品の評価軸、石原慎太郎氏との衝突などを語ったインタビュー「吉行淳之介さんの言葉が支えだった」は、現在発売中の 「文藝春秋」9月号 に掲載されている。

(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2019年9月号)

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