崖っぷちの救急医療……医師自身が過労死しかねない現場

文春オンライン / 2019年9月9日 5時30分

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患者が選別される時代へ……「助けるべき命」と「助からなくてもいい命」とは? から続く

 救急車の現場到着時間が年々伸び続けるなかで、搬送される高齢者は増え、医師不足は避けられない。この国の救急医療にいったいどんな問題が隠されているのだろうか――。実態を生々しくレポートした 『救急車が来なくなる日:医療崩壊と再生への道』 から一部を転載する。

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病院が救急から手を引き始めた

 このように、救急医療の崩壊はすぐそこにまで迫っている。似たような様子は、別の場所でも見られるようになってきた。驚くべきことに、全国各地で救急医療から撤退する病院が出てきたのだ。

 2019年6月、「市立大津市民病院で救急医療に携わる医師の大半が一斉に退職する」というニュースが流れた。市消防局によると、2018年に救急搬送した合計1万6,000人のうち、およそ25%を同院が受け入れていたという。もし同院が救急医療から完全撤退することになれば、滋賀県大津市の救急患者のうち、4分の1が他院へまわされることになる。これらの病院の負担が重くなるのは想像に難くない。

 ニュースが報じられて以降、市立大津市民病院のホームページには「当院の救急に対する不安を与えるような事実に反する報道が一部ありましたが、今後もこれまでと変わらず救急患者の受入・治療を行ってまいります」とある(2019年6月11日付)。仮に医師たちの一斉退職が事実だとしても、ほかに救急医療に携わる医師を立てればいいわけだから、救急患者を受け入れることは可能だ。だが、もしかすると医師の人手不足に悩んでいる可能性はあるだろう。

 同院のホームページでは「安易に救急外来を受診すること」に警鐘を鳴らす、次のような文面が見られる。

 救急外来の敷居が高いことで本当に重症の患者が、救急外来の受診を我慢するようなことがあってはいけませんが、本当に救急医療を必要とする患者さんが適切な医療を受けられるように、休日や夜間の安易な受診を控えるなど、受診者一人ひとりのモラルの向上が必要です。

 救急患者を受け入れたいが、人手が不足するなかで、これ以上患者さんを受け入れるのは厳しい──市立大津市民病院のホームページからは、そんな思いがにじみ出ているように筆者には感じられた。

ある医師の悲痛な訴え

 全国に先駆けて、1977年に救命救急センターを開設した広島市立広島市民病院(広島県)においても、近年は救急車を受け入れることがより厳しくなってきたという。

 広島市民病院は、重症の救急患者対応や、がん拠点病院として高度医療を担ってきた。救命救急センターに加え、軽症患者を受け付ける「救急科」(ER)を増設したのは2006年のこと。広島市からの要請を受け、救急医療体制を整備したのだ。これによって、軽症患者は救急科で治療を受け、救命救急センターでは重症患者のみが集中治療を受けられる仕組みになった。

 理想的な構造に思えるのだが──同院の「応需率」は低い。筆者が指摘すると、救命救急センター主任部長の西岡健司医師がうなずき、重い口を開いた。

「救命救急センター設立当初は、すべて受けていたんです。それが今、どんどん応需率が落ちてきている。重症患者の治療に専念できる医師がいないんです。だから、その時いる医師でやるしかない。そうすると、「それでもいいですよ」と言ってくれる一部の医師に負担がかかる。48時間勤務とかザラです」

 ややこしく感じるかもしれないが、つまりはこういうことだ。

 広島市民病院の「救急科」には救急専従医がいるのだが、重症患者を担う「救命救急センター」には専属の医師がいない。どの医師も他の診療科と兼務している状態だ。実際、西岡医師も循環器内科部長を兼任している。

 すると、どんなことが起きるか。

「日常の循環器科の業務が膨大にあるなかで、突発的にやってくる重症の救急患者さんの対応もしているので、大変過酷な労働環境です。たいていの医師はスペシャリティを磨きたいんです。内科なら内視鏡を勉強したいし、循環器だったら心臓カテーテルを極めたい。だから、いろんな科が入り混じる救急の集中治療をしたいという医師は、なかなかいないんです」

 私たち患者の立場からすると、どんな疾患でも診ることのできる医師は、映画や小説に出てくるスーパードクターのように思える。しかし実際の医師にとっては、循環器も救急患者の集中治療もできることは「勲章」にならないのだ。それよりも「この手術ができるのは、自分を含めて日本で10人しかいない」といった、「独自の技」を持つ医師のほうが医学界では尊敬される。

「広島市にこの病院が必要だと思うから、愛をもってやっています。ですが、この体制を続けることが、本当に患者さんのためになるかどうか……」

 このままでは診療の質が落ちると西岡医師は繰り返す。

「たとえば……」と、同院救命救急センター所属の看護師長杉山直子さんが言う。

「胸痛を訴える患者さんが来たとします。胸痛だから循環器専門の医師が診る。でも診察しても循環器系でとくに異常はみられない。もしかすると肺炎かもしれない。診断がつかないと、呼吸器内科の医師につなぐのが大変です。ほかにも意識障害の患者さんが来たとして、低血糖なのか大量服薬なのか、それともまた別の疾患なのか……その診断をつけるのが、専門の先生では並大抵のことではありません。また、いくつかの科が複合しているような症状……たとえば低血糖に肺炎を合併しているとなれば余計にややこしい。やはり、急性期の重症患者の集中治療をしてくれて専門につなぐ、救急に詳しい先生がいるのが理想です」

 たしかに、重症患者の診断と初期治療はたやすいことではない。それは、文字どおり「救命救急」の仕事だ。しかし同院では、軽症を診る救急科にはいる救急専従医が、重症患者を診る救命救急センターにはいない。この点が苦しい事態を招いているのだった。

専門医不在で小児死亡

 ここで、何でも診られる救急医の不在が、不幸な結末につながった事例を紹介しておこう。

 2002年9月、岩手県一関市に住む生後8か月の男児に、1日夜から発熱・下痢(げり)・嘔吐の症状が出た。さっそく同市内の病院で診療を受けたが、3日夜になっても症状が改善せず、両親は救急指定の病院に連絡した。しかし「眼科医しかいない」と断られ、次の病院も応答がなく、他の総合病院でも「整形外科医しかいない」などと断られた。

 このように、救急診療に従事する専門医がいない病院では、各診療科の医師が当番制で救急診療にあたるケースが大半だ。その際、当直医の専門外の症状を訴える患者は断られてしまいがちだ。当直医からすれば、救急要請のある患者に対して「助けたい」気持ちはあっても、ミスをしたくないからと診療に積極的になれないのだろう。

 男児の両親は、結局、眼科医しかいないという1件目の救急病院を受診した。当直の眼科医は、非番の小児科医をポケットベルで呼ぼうとしたが連絡がつかず、応急処置を施しただけで帰宅させた。しかし翌朝、自宅で男児の呼吸が止まっているのに気づいた両親が119番通報。再び同院に運ばれたが、すでに死亡していた。

「ほかの病院で断られた患者に勇気をもって手を挙げる。しかし結果が悪いと非難される。そうすると一番いいのは、すみませんと最初から診療を断ることです。医者だって訴えられたくありません」

 ある医師はそう話す。似たような例では、新幹線や飛行機で救急患者が発生し、「どなたかお医者さんはいませんか」というアナウンスが流れた場合がある。医師758人を対象としたあるアンケート調査では、「飛行機・新幹線内で救助要請に応じる」と回答したのは、わずか34%。要請に応じた経験のある医師のうち約25%は「今後は応じない」と回答した。

 躊躇(ちゅうちょ)する原因として、医師の89%が医療過誤に対する法的責任が不明瞭である点を問題にしている。業務上過失致死傷罪などで訴えられ、犯罪者扱いされることを危惧(きぐ)しているのだ。

 医療の進歩に伴い、各診療科の医師たちは、高度に専門分化された診療を担当する。当然のことだが、専門分野に特化した医師は、どうしても専門外に弱くなる。こうした状況で、夜間や休日に当直で救急当番が回ってくれば、不安になって患者を断るのも無理はないだろう。

 一関市のケースでは、同市の小児科医不足が議論となった。しかし、本質的には救急医が充足していれば、こうした問題は解決すると筆者は考える。とくに医師不足になりやすい地方こそ、科を問わずに何でも診られる救急医がいるとよいだろう。

 救急医がいないため、救急医が足りないために、救急患者を断るケースを責めることはできない。救急医ではない医師が、勇気をもって手を挙げて事故が起きてしまう場合も同様だ。しかし、その狭間で亡くなってしまう患者を思うと胸が痛い。

働き方改革で生まれる救急車難民

 ここまで見てきたように、各地の病院で救急医療の人手不足から救急部門の閉鎖や、応需率の低下が相次げば、今後は路上から出発できずにいる「救急車難民」が出る可能性がある。

 東京医科歯科大学(東京都)救命救急センター長の大友康裕医師は「患者さんは、現状の医療を受けられなくなりますよ」と指摘する。

「すでに純粋に救急を診る医者の数が減ってきて、受け入れ能力が落ちている病院があります。それでも現在は「患者を助けたい」という情熱のある医師が救急医療を支えている側面がありますが、政府が進める「働き方改革」の影響で、近い将来それも難しくなるでしょう」

 国が推し進める働き方改革は、長時間労働が常態化している医師も例外ではない。働き方改革関連法による残業時間の罰則付き上限規制は、2019年4月から順次始まっている。医師は仕事の特殊性から5年間の猶予が認められているものの、2024年度から適用される予定だ。

 通常の医療機関の勤務医は、一般労働者の過労死レベルと同じ年960時間。しかし驚くべきことに、救急などの地域医療を担う病院の勤務医は、2035年度までの特例で年1,860時間とした。これでは「医師だけは過労死レベルを超えてもいい」というメッセージに近いのではないか。

 医師の過労死は珍しくない。2016年には、新潟市民病院の30代女性研修医が自殺した。救急患者の呼び出し勤務が激増している状況だったという。新潟労働基準監督署は過労が原因だったとして労災を認定し、これを契機に、新潟市は医師の勤務時間短縮を余儀なくされた。

「現場の医師からは、以前より20〜30%、救急患者を受け入れられなくなったと聞いています。そうなると近隣の病院が対応せざるを得ない。すべての病院が働き方改革に合わせて医師の勤務時間を減らせば、救急車難民が出るでしょう」

 現状のままでは現場は疲弊し、医療の安全を損なうことにもなりかねない。かといって医師の勤務時間を減らせば、人手が足りなくなり、救急車の行き先が少なくなる。そして、行き先のない救急車は、次の患者のもとに向かえなくなる。あなたが「次の患者」だったなら、救急車が来ないということだ。

医師の過重労働に甘えた制度

 これまで見てきたのは、救急車による搬送を想定した事例が中心だった。だが、救急医療は何もそれだけではない。夜間休日を含む救急外来では、徒歩来院(ウォークイン)も可能だ。しかし、救急車のたらいまわし同様、ウォークインでも長時間待たされることが大きな問題になっている。

 筆者には13歳の娘がいるが、娘がまだ1歳を超えたばかりの2007年、熱がなかなか下がらない日が続いた。ほぼ毎日のように近所の小児科を受診し、医師に診察してもらうのだが「異常なし」の診断だった。

 しかし4日ほど経った時、やはりおかしいと思い、東京都内の救急外来を受診した。その外来現場を見て仰天した。椅子は具合の悪そうな患者で埋め尽くされ、私たち親子が座る場所はなく、受付の女性からは「2時間待ち」と告げられたのだ。

 その場で娘の熱を測ると、40度近かった。

 筆者が「娘はぐったりしている。いつ診てもらえるか」と尋ねても、「そう言われても……順番ですから」と受付の女性は困り果てたように言う。その時、娘はもはや私の呼びかけにも目を開けることがないほど衰弱していた。このまま死んでしまうのではないかと思うほど不安になり、青ざめた心境は、12年経った今も色濃く記憶に残っている。

 娘は「細気管支炎」という病を発症していた。96〜98%が正常値、90%を切ると呼吸不全といわれる「サチュレーション」(血液中の酸素量の目安)が85%を切っていて、すぐに人工呼吸器が必要な状態だった。

 結局、その病院ではベッドが満床だったため、救急車で別の病院に搬送され、集中治療室に入院となった。担当医には「脳に障害が起きるかもしれない」と言われたことを覚えている。幸いなことに、現在、娘は元気に中学校生活を送っているが、あの時、これほど重症の娘が即座に診てもらえないのなら、救急の意味がないと憤った。

 近い将来、119番で救急車を呼んでもすぐに駆けつけてくれるとは限らない。救急車が来ても、行き先の病院が決まらず、ずっと路上で待たされるかもしれない。さらに、自分で救急外来を受診しても、このように待たされる可能性だってある。ほとんど八方ふさがりの状態だ。

 堺市立総合医療センターの中田医師も、今後は「がんばらない医療」になると話す。

「これまでが異常だったのです。今後は働き方改革もあって、医師の数や労働時間は減っていくでしょう。そうなると単純に「結果」は減ります。医師以外でもできる業務をほかの人がやるという手段もありますが、それを割り振る相手である若年労働者さえ減っている状況です」

 つまり、減った戦力でたくさんの相手(患者)と向き合うには、一人一人に対する力の出し方を下げるか、相手を選ぶしかないのだという。

「1人の患者さんに全力で120点の治療を目指すより、3人の患者さんに各々70点でいいかとなるでしょう。投げやりではなく、そうするしかなくなる。そうでなければ、自分の病院に与えられた役割にあった患者さんだけを受け入れて、診療を回していくしかない」

 中田医師の言葉は、現場の偽らざる本音だ。これまでの私たちは、医師の過重労働に頼っていたと言わざるをえない。医師に無理強いすることを止め、システム全体を見直す必要があるだろう。

医師は聖職者か労働者か

 働き方改革をめぐっては、「医師としての成長」という側面でも懸念がある。

 現在40代以上の医師が若手の時代は「過酷」の一言に尽きる。40時間連続勤務は当たり前、2年間無給で当直、1年間に3回しか休みがない──これらは、現場の医師が実際に話していたことだ。これまでの医療は、患者さんを治したい、医学を学びたい、という医師の情熱に頼ってきた面が大きい。

 東京女子医科大学(東京都)の矢口有乃(ありの)医師は「私が医師になった頃は、上司に労働基準法とか関係ないからと言われました」と笑う。

「でも、それがかっこいいな、と。医者という職業は聖職の一つだと思ったんです。24時間365日、祝日も夜間も働くことを要求されている。だから働き方改革の話を聞いた時は「ああ、医者もついに普通の労働者になるんだな」と思いました。仕方のない流れかもしれません。でも、本当は聖職である、社会からいつも求められている、というプロ意識だけは若い医師にもっていてほしい。その意識があれば、『夜間や休日は働きたくない』という気持ちは出てこないはずです」

 医師の働き方改革をめぐっては、1人で手術ができる独立した医師と、手取り足取り上級医から教えてもらわないとできない新米医師の時間が同じ扱いなのはどうか、という声もあった。

 勤務時間が大幅に制限されれば、医師が一人前になるまでの時間、たとえば10年であっても、制限の有無でその密度は変わってくるだろう。これまでの救急医は一般勤務医の2倍の残業をしてきたという声が少なくない。すると、単純計算にすぎないが、10年で1万時間以上もの差が出てきてしまう。したがって、今後は若い医師の「学び方」に工夫をしなければ、医師の技術的な面で「医療の質」の低下につながる恐れがある。

 八戸市立市民病院(青森県)院長の今(こん)明秀医師は、職種によって時間外のカウントを変えるべきだと主張する。

「事務職の人が夕方以降に会議に出たり、夜に書類を整理したりする作業は『時間外』です。ところが、外科医の部長が会議に出たり、書類の下調べをするのは『時間外』というのか疑問です」

 つまり、外科医の「時間外」とは夜中の手術や、朝早くに出勤して術後の患者の容態を診る場合などというわけだ。

「同じ会議に出席している時に、片方は時間外がついて、もう片方がつかないのは変だということで、同一にするから不具合が起きるんですよ。外科医の会議は『おまけ』です。その証拠に、外科医は『いま手術中だから会議に出ない』と平気で言う。事務職は許されません」

 湘南鎌倉総合病院(神奈川県)で救命救急センター長を務める山上(やまがみ)浩医師は、今医師を「自己犠牲をしてまで患者さんを救いたいと思う医師」と評する。だが、現在はそういう働き方をしてまで、救急の仕事をしたいという人は確実に減っているという。

「医師が9時5時で帰れると期待したら絶対ダメだし、奉仕の気持ちは必要です。一方、継続できるシステムも重要。医者の自殺率が高いのはよく知られています。ハードワークすぎずに継続できるシステムと、奉仕の気持ちを持つ医師をどう育てるか、日本の救急の課題だと思う」

( 『救急車が来なくなる日:医療崩壊と再生への道』 から一部転載)

(笹井 恵里子)

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