『ドッグマン』――桜庭一樹のシネマ桜吹雪

文春オンライン / 2019年9月1日 11時0分

写真

©2018 Archimede srl - Le Pacte sas

 犬を飼い始めた時、あまりにも一日中、人間のほうを見ていることにおどろいた。犬は群れを作って生活する動物なので、ボスと決めた犬(もしくは飼い主)を常にみつめる習性があるらしい。

 そうなんだー、動物って大変だなぁ、と思ったけど、よく考えてみたら、人間だって多かれ少なかれ同じようなものだ。わたしたちもなかなか一人で生きられるものじゃないから、職場、家族、友人グループなど、いろんな群れに所属している。上司、親、幹事など、群れごとにボス的な存在もいる。その中でやんわりした“掟”を作り、守り、支えあって暮らしている。

 さて、この作品は、そんな共同体から“はぐれた”一匹の男の凄まじい狂騒の一夜を描く、イタリア発の実話をもとにした芸術的バイオレンス映画なのだ。

 海辺の寂れた町。マルチェロは犬のトリミングサロンを営む男だ。動物好きだから仕事は性に合うし、夜はいつもの仲間と食卓を囲めるし、別れた妻に引き取られた幼い娘とも会いたい時に会える。穏やかに満たされた生活。ただ一つ……暴力的で嫌われ者の悪友シモーネがおり、脅されては犯罪に加担させられそうになるのだけが悩みだった。

 マルチェロは善良な人なので、シモーネが怪我をすれば治療してやるし、自分が警察に捕まってしまっても、悪友を売ることができず罪を被ったりする。でもその時々の優しい選択が、最終的に共同体にどんな迷惑をかけることになるのか、という“トータルの計算”ができない。結果、彼自身は悪いことをしてないのに、いわゆる“空気が読めない”という形の掟破りをしたと見なされ、つまはじきにされてしまう。生きる縁(よすが)の群れを失ったマルチェロは……?

 衝撃と静寂のラストシーンの空気をまとって、呆然と帰宅しました。犬はこの夜も、わたしのほうを黙ってじーっと見続けていました。

INFORMATION

『ドッグマン』
ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて上映中
http://dogman-movie.jp/

(桜庭 一樹/週刊文春 2019年9月5日号)

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