闘牛は「時代遅れな動物虐待」? 動物愛護団体vs.伝統文化、法廷闘争で勝ったのは

文春オンライン / 2019年8月30日 19時40分

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闘牛再開を告げるポスター。スター闘牛士たちの写真が目印(マヨルカ島の闘牛場「バレアレス・コロシアム」のフェイスブックより)

 男女差別を理由に国技の相撲の興行が中止されたようなもの、といえば伝わるだろうか。スペインのある地方で国技の闘牛が違法化された後、2年を経て先日、ようやく再開された。

 すったもんだの原因は世界中で闘牛はじめ、さまざまな動物がらみの興行に反対を唱える動物愛護団体や、それになびいた自治体と、伝統を重んじる国側との対立。再開の後もその対立は深まるばかりのようだ。

 8月9日、地中海西部に浮かぶ3600平方キロメートルの島、スペインのマヨルカ島では、2年ぶりに再開される闘牛を前に、闘牛場の出入り口に人がはみ出んばかりに詰めかけていた。

 両側がコアラの耳のように膨らんだ独特の黒い帽子に金や赤のきらびやかな刺繍が施された衣装をまとった闘牛士、マタドールが、背丈より少し低いほどの大きさのマントを振ると、闘牛士の数倍は大きい漆黒の牛が突進する。

「芸術じゃない、虐待だ!」動物愛護団体の反対運動

 牛の突進をひらりと舞ってかわす姿に多くの観客が熱烈な歓声を上げた。だが、それをかき消すような大合唱も、プラカードとともに、その場では起きていた。

「芸術じゃない、虐待だ!」「闘牛にノーを!」

 開催決定から反対を唱え続けてきた動物愛護団体の支持者らだ。闘牛場には入らず、施設を囲むようにして反対の声を高らかに上げる人々。どんな反対運動でもみられるような光景だが、今回はさらにもう一波乱があった。会場から、さらに反対の声をかき消すような音楽が鳴らされたのだ。

 大音量で流されたのは、国内での放送が厳重に禁じられている歌「太陽に顔向けて」だった。1936年から没する1975年までスペインを率いた独裁者フランコ時代の公式讃歌だ。抑圧的なフランコ時代の記憶がまだ色濃く残るこの国で、その音楽が看過されるはずもなく、警察が捜査に乗り出す事態にまで発展した。

マヨルカ島が「闘牛反対派」に

 騒動の直近の発端は2年前に遡る。以前から動物愛護団体から「動物虐待」とする抗議活動は続いていたが、ついに2017年、マヨルカ島のあるバレアレス諸島自治州の地元議会が闘牛の運営法に規制の網をかける法案を可決したのだ。法律は厳密には闘牛そのものを禁止してはいなかったが、内容を見る限り、実質的な禁止であることは明らかだ。

 いわく、競技時間の10分以内への制限、馬の使用禁止、槍や銛など武器の使用禁止、牛の体重制限、牛を殺すことの実質制限など。

 スペインの闘牛では闘牛士のほかに騎乗のピカドールが牛を槍で突き、最後に闘牛士が剣を突き刺す。二種類の布と素手だけでやれ、というのは伝説の空手の達人、大山倍達でも断る条件だろう。

 一連の動きは2010年、別の自治州カタルーニャで闘牛が禁止されたのを受けてのものだった。カタルーニャはバルセロナを中心とし、歴史的経緯から民族運動が盛んな地域で、2017年には独立宣言まで行い、トップが亡命した因縁の地。闘牛はスペインの伝統ではあってもカタルーニャの伝統ではない、という論法だ。

 独立運動をしているわけでもないマヨルカ島まで禁止派に入ったことで、国内では当然、論争が再燃した。一旦の結論をつけたのは憲法裁判所だ。昨年12月、動物愛護団体の期待もむなしく、闘牛を禁じる自治州の法律を違憲と判決したのだ。

「まわし」「まげ」「女性力士」を禁じるようなもの?

 裁判所の理由はこうだ。

 スペインの憲法46条では《公的機関はスペインの人々の歴史的、文化的、芸術的な遺産の保護や振興を保証しなければならない》と規定する。

 だが、今回の法律が実質的に禁じる“牛の殺害”は、「現代の闘牛に不可欠な要件の一つ」。そのため「牛の最期」をなくす今回の法律は、従来の闘牛と「認識できないまでに闘牛を改変してしまう」。よって「スペインの無形文化遺産の一部である闘牛の保護義務に違反する」というのだ。

 ふたたび相撲に引きつけると、こういうことになる。名古屋場所や九州場所など、地域によって運営方法を変えることはあっても、従来の相撲だと分からなくなるような変更まではまかりならん。まわしやまげを禁じたり、女性力士を認めたり、というような改変は許されない、というところだろうか。

闘牛禁止の流れが止まった「ある闘牛士の死」

 そもそも闘牛の発祥は古代ローマ帝国時代にまで遡るという。いまのスペインがイスラム帝国から独立を回復したのは、レコンキスタ(国土回復運動)が終結した1492年。それよりもはるか昔に遡る伝統として、子供のあこがれの職業であるのみならず、闘牛はスペイン人の文化、アイデンティティーの根幹として認識されてきた。

 ただ、欧州は動物愛護運動の発信地の一つでもある。いったんは広がるかに見えた闘牛禁止の流れが止まった背景には、憲法だけでなく、ある闘牛士の死がある。

 2016年のことだ。スペイン東部の闘牛場で29歳の闘牛士、ビクトール・バリオが牛に角で突かれて死亡した。闘牛士の死亡事故は1985年以来、実に31年ぶりのことだった。31年前、スペインでは殺された闘牛士を悼んで多くの人々が葬儀に詰めかけた。

不謹慎狩りを続ける「進歩的」欧州人への反発

 だが、バリオのフェイスブックに寄せられたのは、遺体となったバリオをさらにむち打つ内容のコメントだった。

《死後もずっと牛に攻撃され続けますように。そうすれば痛みを感じても永遠に死ねないでしょう》

《普段は苦しんで死ぬのは牛だが、今回は虐待する方だった。こんな動物虐待は時代遅れだ》

 普通に考えれば、この死は、動物愛護団体どころか、闘牛士の妻をはじめ人間を愛護する団体による闘牛反対運動まで起こしかねない事態だろう。だが、違った。スペイン国民の圧倒的多数が追悼の意を示す中での、こうした動物愛護を標榜する人々のコメントが反感を呼んだのだ。

 戦争自体は非難されても、犠牲になった特攻隊員を非難する声が支持を集めないようなもの。こんな世論の風向きを受けて、先の憲法裁判決となったわけだ。

 実は、闘牛再開の動きは深層意識のレベルでは英国のEU離脱や仏独での極右勢力躍進とも微妙に繋がっているともいえる。いずれも、欧州のエリート的な価値観への反発から生まれているのだ。ポリティカル・コレクトネスをふりかざし、風紀委員ばりの不謹慎狩りを繰り広げてきた「進歩的」欧州人の価値観への反発、という点で闘牛再開は、スペインもイギリスや仏独の流れに乗ったともいえる。

 無論、伝統的な価値観と進歩的な価値観の対立は憲法裁判所の判決程度でおさまるものではない。今回は一敗地にまみれた動物愛護団体だが、闘鶏、闘犬、はては象によるポロ競技などほかの動物競技に反対するグループもいる。動物愛護団体と伝統文化との闘いは、今後も続く。

(末家 覚三)

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