逃亡犯条例撤回 「こいつら暴徒だわ」香港デモ隊の“醜い真実”をあえて書く

文春オンライン / 2019年9月5日 12時15分

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右上から時計回りに、(1)公共物を破壊して作られたバリケード、(2)デモ隊が放った火、(3)後退するデモ隊、(4)投石用の石を割る、(5)バリケードとデモ隊、(6)投石用に剥がされた敷石。いずれも8月31日撮影

 約3か月間にわたって香港を騒がせていた大規模デモは9月4日、騒動の引き金である逃亡犯条例改正案の完全撤回を香港政府側が表明したことで大きな岐路を迎えている。デモ賛同者の多くは「遅すぎる」と不満を表明し、残りの要求事項の実現を求めて抗議継続を宣言しているが、長期間の抗議運動が一定の成果を引き出したのは事実だろう。

 私は8月26日から現地に滞在している。騒動が一定の節目を迎えたことで、現地で見聞した不都合な事実――。すなわちデモ隊にとって都合の悪い情報についても、あえて伝えるべきだと考えて今回の記事を書くことにした。以下で詳しく書くように、デモ参加者の一部はかなり暴力的な行動にはしっており、さらに従来我々に伝えられてきたデモ報道は(欧米メディアの情報も含めて)あまり客観的ではない。

 条例改正案の撤回という最低限の落としどころが生まれたことを契機に、このデモは収束してほしい。私はいまやそう願うようになっている。

破壊、投石、放火、占拠

「こいつら、暴徒だわ」

 香港島が大荒れに荒れた8月31日夜、ガスマスクの下でそんな独り言を漏らした。私は香港の専門家ではないが、隣の深圳を中心にした広東文化圏とは10代のころからの付き合いだ。香港のデモ隊が立ち上がった事情は 自分なりに理解している し、その動機にも相当な共感を持っている。だが、目の前の光景からは「暴徒」という感想しか出てこない。

――もっとも、香港のデモ隊(正確には過激な闘争方針を辞さない「勇武派」)を「暴徒」と書く行為は相当な勇気が必要だ。

 香港の若者には日本語ができる人が多い。彼らが気に食わない記事を実名で発表すれば、すぐに「五毛記者(中国の回し者記者)」や「黒記者(不良記者)」などと呼ばれて各種のSNSで拡散され、吊し上げられる。デモのシンパになっている香港好きの日本人たちからも、純粋な若者たちの思いに寄り添わぬ不届き者としてお叱りを受ける。

 だが、バス停を引っこ抜き路傍の柵をぶっ壊してバリケードを作り、そのバリケードに火をはなち、信号を解体し、道路の敷石を剥がして警官隊に投石する集団は、日本人の良識に照らして言えば「暴徒」である。少なくとも私はそれ以外の語彙を知らない。

「香港ではああいう表現もありなのです」とデモ隊を擁護する人もいる。そうなのかもしれない。だが、仮に日本で同じことをやる集団がいれば、たとえ彼らがどんなに美しい正義を掲げていようと、私は決して支持する気にはならないと思う。

「ナチス中国」を罵りながら街を破壊する

「光復香港,時代革命」(香港を取り戻せ、時代を塗り替えろ)
「黒警死全家」(不良警官は一家まとめて死にくされ)
「Free Hong Kong」
「狗官」(イヌ役人)
「Fuck China」
「CHINAZI」(ナチス中国)

 銅鑼湾から中環にいたる香港島の目抜き通りは、そこらじゅうが黒スプレーの落書きだらけだ。東京でいう銀座から丸の内に相当する地域である。広東語はもともと粗口(chou1 hau2;悪口)のバリエーションが多い言語で、罵り言葉におそらく文字面ほどの悪意はない。しかし、それでも見るとぎょっとする。

 夜になってMTR(地下鉄)の銅鑼湾駅に入ると、覆面をした黒スプレー部隊が切符の自販機や改札機、窓口などを汚している真っ最中だった。改札内の監視カメラも壊されている。

 彼らの理屈では、MTRの運営会社の港鉄は悪しき香港政府の手先であり、デモ隊の移動を妨害している。なので天誅を加えて当然なのだそうだ。だが、それによって一番困るのは香港政府ではなく、港鉄の一般職員や清掃のおじさん、なにより駅を使わなくてはならない市民だろう。

 この翌日には香港国際空港に近い東涌駅がさらに激しく荒らされ、改札機などが破壊された。中国政府を「ナチス」と罵倒している(この表現自体はさほど間違っていないと思うが)人たちが、みずからクリスタル・ナハトをやってどうするのか。

催涙弾241発……そして実弾2発

 31日の日中まで話をもどそう。

 同日午後、不許可デモながらも平和的な数万~10万人程度の市民デモがおこなわれた。その解散後、午後5~6時ごろから、マスクとヘルメットで完全武装した数千~1万人の勇武派が政府庁舎前で警官隊と衝突を開始。やがて戦線をジリジリと銅鑼湾方面へ下げていった。

 バアン、ドン。路上では警官隊が催涙弾を撃ちまくり、群衆無力化のための唐辛子ガスが周囲に漂う。はっきり言ってやりすぎであり、目の前で見ているともちろん警察側にも腹が立つ。

 この日1日で、香港警察は催涙弾241発、ゴム弾92発、スポンジグレネード10発、ビーンバッグ弾1発と、空に向けての2発の実弾発砲をおこなった。今回の問題が長期化し、さらに少なくない市民がデモを支持し続けているそもそもの原因も、6月12日から香港警察がおこなってきた過剰な暴力行使である。

 もっとも、勇武派もレンガや火炎瓶の投擲でかなり過激に対抗している。周囲が暗くなると強力なレーザーポインターがいくつも登場し、警官たちの目を狙いはじめた。前線で守りつつ反撃する者、中層で投石用に路面の敷石を砕く者、それを運ぶ者、前進や撤退を示す作戦旗を出す者、後方で水や物資をリレーする者……と、目を見張るほど鮮やかな役割分担だ。

人民解放軍が「来ない」本当の理由

 今回の香港での抗議運動は、明確なリーダーや中心となる組織が存在せず、人々はネットの呼びかけで集まっている。デモ隊の装備などもほとんどは市民の募金によるとされる。

 それどころか、デモ隊が目標として掲げる、逃亡犯条例の完全撤回をはじめとした「五大要求」も、ネットでなんとなく決まったものだ。全体戦略も個々の現場での戦術も、その場にいる人間の機転によって、ある意味いきあたりばったりで決定されている。

 だが、約80日間の闘争で鍛え抜かれた勇武派の部隊は、前進・後退・転進・バリケード構築と、もはやヘタな小国の軍隊以上の統率ぶりである。勇武派の若者には中高生や比較的学歴が低い無職・ブルーカラー層の人も多いが、基礎教育の水準が高い香港人たちは、もとが「烏合の衆」でもキッチリと組織的に動けてしまう。

 もっとも権力のパワーは圧倒的だ。デモ参加者が湾仔のヘネシー・ロードに建設した巨大なバリケードは、あっという間に突破された警官隊がちょっと本気を出して催涙弾や唐辛子弾を何発かブチ込めば、勇武派といえども後退するしかない。

 個々の衝突局面では、香港警察の火力で充分に制圧できている。デモの鎮圧に中国の人民解放軍や武装警察が投入されることはまずないだろう。政治的なハードルの高さ以前に、そこまでの戦力の投入は不必要だからだ(現在、香港警察が最も手を焼いているのは個々の衝突に勝てないことではなく、街のあちこちでゲリラ的に蜂起や騒ぎが発生することである)。

火炎瓶に群がる世界のマスコミ

 私は過去、戦場や暴動現場を取材した経験がない。なので、最初に銃声を聞いたときは恐ろしさで震え上がった。肌は唐辛子ガスのせいでヒリヒリと痛く、防毒マスクがすこしでもズレれば苦しくて仕方がない。だが、やや時間が経って戦線がヘネシー・ロードまで後退する頃には認識をあらためた。

「少なくとも、この場で死ぬ人間はいない。自分も絶対に安全だ」

 理由は世界各国のマスコミ関係者が異常なほど大量にいることだった。揃って蛍光ベストを着ているので認識は容易である。衝突の場面によっては〔警察1:マスコミ1:勇武派2〕くらいの人数比になっている。こんな状況では、警察側がデモ隊に無茶な危害を加えることは不可能に近い。

 よく見ると、(少なくとも8月31日夜のヘネシー・ロードでは)警官隊と戦う勇武派たちも、実は自分の生命の安全を確信して動いているように思えた。彼らが投げる火炎瓶は大部分が警官隊よりも手前で着弾し、白兵戦も起きない。私自身も慣れてきて、近くで炎や催涙ガスが広がっても平気になり、呑気にスマホを取り出せるようになった。

 安全な中間地点にエサ(=火炎瓶)が落ちると、数十人のマスコミが池の鯉のように群がり、火炎の向こうにいる勇武派をカメラにおさめる。市街地の真ん中とはいえ、路上の炎は10分ほどで消えるので安心だ。逆に警官隊が催涙弾を撃つと、煙の向こうにボンヤリ見える勇武派の写真を撮るべく、やはり「池の鯉」たちが着弾地点に殺到する。

 やがて勇武派が後退し、路上の大きな水たまりの前に陣取った。すると再び「池の鯉」たちが集まり、コミケの人気コスプレイヤーに集まるカメコさながらにローアングルでレンズを向けはじめた。彼らは水面に映った香港の夜景とデモ隊という、報道映えする絵を撮りたがっているのだ。

 香港警察も各国メディアも必死で自分の仕事をおこなっており、勇武派も覚悟のうえで相当なリスクを負っている(隊列からはぐれて逮捕されたり、催涙弾などが直撃する危険もある)。だが、この場にいる全員が真面目に頑張っているにもかかわらず、どこかお仕着せのショーや茶番劇めいた感覚がつきまとう。

中国メディアも欧米メディアも信用できない

 マスコミはマスコミ自身を映さない。ゆえに私たちが日本で報道を見るとき、当然ながら彼らの動きの大部分はカットされる。だが、デモ隊の悪い面ばかりを報じる中国メディアの肩を持つ気はないとはいえ、どうやら欧米メディアの報道も信用できないことは現場から見て取れた。

 欧米メディアは旧英国領の国際都市・香港に好意的で、近年世界的に警戒論が高まる独裁国家・中国に批判的だ。ゆえに香港の「暴徒」たちがいくら乱暴狼藉を重ねても、カメラのなかの香港デモは「純粋な若者の民主化運動」としての顔が強調される。自由と正義のために戦う少年少女の、心を打つ姿ばかりが真実として配信されていくのだ。

 いっぽう、当然ながら中国メディアの方針はその真逆である。彼らは香港人がなぜ逃亡犯条例に怒ったか、中国がなぜ近年の香港の若者から嫌われているかは伝えないが、「暴徒」の振る舞いや警官への暴行(ニセ情報を含む)といった非人道的な行為は詳細に報じている。

 彼らは報道のなかで、平和的な市民デモの参加者もすべて「暴乱分子」や「香港独立分子」と決めつけて罵倒し、今回の抗議運動への影響力をほぼ持たないジョシュア・ウォンや周庭らの有名な活動家を「香港独立運動の親玉」と激しく非難するのだ。

 私のスマホには毎日のように、中国人の友人から香港デモの「真相」と称するプロパガンダ記事のURLが送られてくる。対してツイッターを開くと、ロイターやAPFの衝撃的な写真があふれ、ちょっと香港デモに不都合な話を投稿しただけで、運動シンパの日本語話者から「フェイクだ!」と叱られる。はっきり言って、非常に面倒くさい事件である。

21世紀のプロパガンダ・ウォー

 特に8月以降の香港デモは、すでに逃亡犯条例改正案の撤回問題はもちろん、香港人自身の権利要求の場としての意味付けすら徐々に薄れはじめている。替わって顔をのぞかせているのは、米・英・欧の西側自由主義陣営と、香港政府の裏側にいる北京の中国政府とが、お互いに事実の隠蔽と印象操作を繰り返しながらメディアを使って殴り合う熾烈なプロパガンダ・ウォーだ。

 いまや香港のデモ隊と警官隊は、西側自由主義陣営と専制中国による21世紀型の代理戦争の兵士に変わっている。もっとも、香港のデモ隊は欧米勢力の単なる駒には甘んじていない。むしろ、彼ら自身がかなり積極的にプロパガンダを駆使して情報戦を戦い、欧米と中国の双方を翻弄している感すらある。

 ここでデモ隊が積極的におこなっているのは、西側のメディアに「報道映え」する写真をできるだけ撮らせること。そして、自陣営に不利な印象を与える「暴徒」的な数多くの悪行の実態を、デマの上書きを繰り返すことで真偽不明の情報に変えてしまう情報工作だ。

 たとえば31日の衝突直後、勇武派が多数の火炎瓶を投げていたことに非難の声が出た。すると間もなく、それは警察側の工作員の仕業だとする写真付きの検証情報が流されたが、後にこの情報自体がデマ(=「工作員」の装備がただのエアガン)であることが判明した。

 8月24日に九龍半島東部の観塘で起きた衝突でも、本来はデモ隊が投げた火炎瓶をめぐり似たようなデマ合戦が発生し、事態がウヤムヤになっている。

“セルフ戦争広告代理店”

 紛争とプロパガンダといえば、1990年代なかばのボスニア紛争が有名だ(高木徹『ドキュメント 戦争広告代理店』参照)。ただ、20世紀末にアメリカのPR会社を味方につけて対セルビアの国際世論戦を制した主体は、ボスニア・ヘルツェゴビナという「政府」だった。

 しかしスマホとSNSが普及し、個人による情報発信が当然になった2019年の香港では、デモ参加者の一人一人が「セルフ戦争広告代理店」と化すようになった。デモ隊の勇武派は、警官隊との衝突現場で自発的に統制された動きを取っているが、これは銃後のプロパガンダ戦士たちも同様である。

 デモ隊は自発的に宣伝部隊や外国語対応部隊を作り、SNSを通じて自陣営に有利な情報を「ガイジン」に吹き込み続け、マズい情報は隠蔽する。たとえ日本語や英語の投稿であっても、不利な意見には外国語部隊が火消しを仕掛ける。

 募金を集め、世界中の新聞にクールなデザインの意見広告を掲載させることも何度もおこなっている。他に私自身が現地で見聞したところでは、デモ隊の日本語話者が日本のジャーナリストやテレビクルーの通訳者に入り込み、自分たちに有利な意見や情勢分析を伝えていく事例も3件観察された。

 香港は先進国水準の社会であり、若者の平均的な知的水準が高い。しかも英国と中国の「良いところ取り(悪いところ取り?)」をした香港人気質ゆえか、プロパガンダ戦士たちは抜け目がなくて狡猾である。彼らは戦闘における絶対的な火力の不足を、ソフトパワーで国際世論を丸め込むことで補おうとしている。

 しかも、街頭で戦う勇武派の部隊と同じく、個々の人が誰の支持も受けずにそれをやり、割と成果を上げているのである。

こんな世の中はぶっ潰してしまえ!

 ただし、今回の香港デモの問題点は、個々の戦術面では香港人のスペックの高さゆえの強靭さを見せるいっぽう、リーダーがいないせいで全体の戦略が描けていないことだ

「他者の行動を批判しない」というデモの不文律が、リアルかオンラインかを問わず、強硬路線を容認する結果も生んでいる。9月4日に逃亡犯条例改正案が撤回されてからも抗議継続が呼号されているのも、そういう理由だろう。

「もはや条例案の撤回は重要じゃない。香港が独立するか、すべてを失うまで、死ぬまで戦ってやる。地下鉄駅の破壊も、港鉄(鉄道会社)が香港を裏切ったんだから当然です。街への落書きも支持しています」

 9月2日、香港中文大学で開かれた決起集会で出会った女子学生はそう話した。2018年のアジア大学ランキングで東大を上回るエリート校にもかかわらず、彼女と同様に「暴徒」行為を肯定する人は何人も見つかる。集会では学生運動家が「宣伝活動をやるやつも、地下鉄をぶっ壊すやつもみんなガンバレ!」とアジ演説をぶっていた始末だ。

 デモ隊の原動力は、すでに条例案の撤回ではなく、過剰な暴力を行使した香港政府・警察への復讐心と、若者層の生活の不満をぶつけるものに変わっている。本来、先進国ならどこでも起きている若者の貧困化と閉塞感の高まりが、香港ではちょうど中国の経済支配が強まった10年間と重複して進行したことで、恨みがことさら中国に向いている面もある。

 香港版のロストジェネレーション世代の一斉蜂起は、もはや何のために戦かうのかも不明になりつつあるがテンションは高い。閉塞感が爆発した運動ゆえに、最近は「攬炒(laam5 chaau2:やけくそ、死なばもろとも)」という言葉も流行りはじめた。「こんなくだらない世の中はぶっ潰してしまえ」というジョークを、本気で行動に移す人が徐々にデモの主流に近づきつつある。

 だが、自陣営の肯定的な面をアピールし続けるプロパガンダ戦争のなかで、そうした面はなかなか見えてこない。仮にそれを指摘する意見が出ても「中国からの妨害工作がおこなわれた」という新たなプロパガンダによってすぐに上書きされてしまうからだ。

 香港が大規模デモの嵐に見舞われてから約3ヶ月。デモ参加者たちの強みと弱みがあらわになってきた段階で、香港政府は条例案の撤回を表明した。事態はまだまだ当面は荒れ続けると思われるが、早期の沈静化を望みたい。

写真=安田峰俊

(安田 峰俊)

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