日本人ほど「独裁」が嫌いな人たちはいない――作家・中路啓太が考える、天皇の役割

文春オンライン / 2019年9月23日 5時30分

写真

中路啓太さん

『昭和天皇の声』を描いた作家・中路啓太「この世を支配しているストーリーとはいかなるものか」 から続く

 令和の時代を迎え、『 昭和天皇の声 』という小説を上梓した作家の中路啓太さん。「今、昭和を描く意味」や「日本人にとって天皇はどういう存在なのか」というテーマについて中路さんはどのように捉えているのでしょうか。聞き手は、近現代史研究者の辻田真佐憲さんです。(全2回の2回目/ #1 へ)

私は、合理主義を信用していないんです

——8月10日発売の月刊「文藝春秋」で、天皇についてのエッセイを書かれていますが、今の社会において、天皇という存在がどういった位置づけになっているとお考えですか。

中路 天皇とは、不合理であるがゆえに安定に寄与している存在ではないかなと私は思っています。

——不合理といいますと?

中路 私は、合理主義を信用していないんです。合理主義というのは、社会に激しい対立を生み出し、やがては独裁制に行き着くものだと思っています。これは表現が難しいですが、天皇家が「万世一系」として大切にされるというのは、憲法における平等の原則に反するかもしれないが、「万世一系の天皇」という存在があったからこそ、日本社会が安定してきたという面もあると思っているんです。

天皇と敬語とのかかわりの問題

——月刊「文藝春秋」のエッセイを拝読していると、天皇に対してしか使わないタイプの敬語を使われていますね。

中路 小説では、天皇に対して、地の文では敬語は使わないようにしてきました。作中の天皇は他の人物と同様、私の「創作物」「作り物」に過ぎないからです。しかも、その「作り物」を敬語をもって叙述すれば、あたかもそれだけで本物の天皇が立ち現れたような印象を読者に与えることができるわけですが、その方法で小説のリアリティを作ろうとすることは、書き手としてだらしがないと思います。ただ、このあいだのエッセイに関しては、どのくらい敬語を強く使おうか迷ったんです。エッセイの内容が、天皇と敬語とのかかわりの問題を含んでいましたからね。

——そうだったのですね。中路さんは、皇室に対する、いわゆる尊崇みたいな意識がおありなのかなと思ってお聞きしました。

中路 子どもの頃はそんな意識はなかったですし、大学生のころは、国の代表的存在は世襲ではなく、投票で選ぶという方法もあるのではないか、と考えたこともありました。ただ、今の世界を見ていて、「投票で選ばれた人は必ず立派なのか」といえば、そんなことはない。だとすれば、象徴的な人物が、形式的なものであっても、「下品でない言葉」を述べる方がいいのではないかと思っています。

ベルリンの壁が崩壊したとき、すぐにヨーロッパへ飛んだ

——以前は大統領制のようなものもいいと考えておられて、今は、合理主義に対する懐疑をお持ちになっている。それが切り替わるきっかけはあったのでしょうか。

中路 様々な要素があってのことですので、難しいですが、理由の一つは、東西対立が終わったことでしょうか。人生の中でもっとも驚いた出来事でしたから。20世紀のはじめまでは、国家同士の利益関係の変化に応じて同盟関係も変遷し、多くの国家が離合集散を繰り返していました。ところが、冷戦期においては、同盟関係や対立構造はほとんど変わっていません。それは同盟や対立が単なる利害によってではなく、思想によって形成されたものだからだ、というのが世界史の常識であったわけです。そのような強固な対立が、自分が生きているあいだに終了するとは思っていませんでしたから、ベルリンの壁が崩壊したとき、大学の学部生であった私は、すぐにヨーロッパに飛んで、1カ月半ぐらい滞在しましたね。

 東側陣営が信奉していた共産主義は、合理主義と言えます。これだけの人口に必要なカロリーを生産するには、これこれの食物をこれだけ作らなければならないと計算し、それを実現するためには、米や麦の名産地であっても、強制的にトウモロコシを作らせたりする。農民たちが長年、耕していた土地を奪って集団農場にする。また、宗教は人民の阿片であると言って、教会を潰す。権力の側からすれば、そうした政策は合理的であり、反抗する者は不合理であるわけです。けれども、先祖代々、耕してきた土地に愛着を持ち、また自分たちが作ってきた作物のおいしさに誇りを抱き、苦しくなったら教会に行って神に祈りを捧げたくなるのが人間です。人間はそういう「不合理」な存在なわけですが、共産主義という合理主義はそれを否定するわけです。そして結局、共産主義陣営は敗北しました。

不合理な存在であっても、長く続いているものには役割がある

——終わらないと思っていた東西対立が終わってしまった衝撃ですね。エッセイの中で、中路さんは、天皇に対して「悠久」という表現をしています。

中路 不合理な存在であっても、長く続いているものには、社会を安定させるための何らかの役割があるのだと、考えています。

——悠久の価値を持つ天皇と、一方で、合理的に動かなければならない局面がある我々の社会。この二つは、どういう関係にあるのでしょうか。

中路 これまた難しいですね。合理主義の考えでは、廃墟の上に理想を立てよ!と言われたりもします。私が思うのは、昔ながらの建造物をすべて壊して、鉄筋コンクリートで新しく建てるのではなく、例えば京都の町家のように、暑い夏でも涼しくすごせる建物を生かしつつ、ただ、いくらなんでも暑すぎるから一部の部屋にはクーラーをつけようというような考え方がいいのではないかと思っています。昔ながらのものを活用しながら、必要であれば変わっていこうという考えです。そういう意味では私は、漸進主義的保守主義者なのでしょう。天皇制についても、私はそういう風につきあっていくべきだと感じています。

コスパや効率を求める社会で、小説は読まれにくい

——最近の保守はちょっと別として、伝統的に保守派とされる評論家は、文学部の出身だったり、文芸評論をしていたりと、保守と文芸の関係は深いものがあったように思います。合理性とは違ったところに価値を置いているからではないかとも感じますが。

中路 なるほど。そうかもしれないですね。社会が、コストパフォーマンスや合理性、効率などを求めるようになってきたから、今は小説が読まれにくくなっているとも感じますね。

——俗っぽい言い方をしますと、「新自由主義」的な考え方でしょうか。すべてを数字に還元して、何年までに、これを達成して!というような。デジタル化により計算で予測可能なことが増えたからこそ、計算できない意味不明なものがはじき出されていっている、と。

中路 少し話が変わるかもしれませんが、教養主義的な考え方っていうのは、「この本を読むとすぐに成績が上がる」や、「読書自体が、すぐに何かの役に立つ」というものではないと思います。「役に立つ」というのは「量的拡大」にかかわっていて、ある尺度においては役に立つかもしれないですが、違う側面もあるかもしれないんです。例えば、スピードの速い高速鉄道を建設すれば、目的地に早く着けるという面では有益ですが、その過程で、公害などが発生するかもしれない。私は、役に立つために本を読むのではなく、そうではない読書、ということに意味があると思うんです。目先に効果はないかもしれないですが、長い人生の中で人間の幅を作ることにつながる。つまり、その人が壁に当たったときに、もしかしたら、素晴らしい発想が浮かぶかもしれない!というような。小説って、そういうものではないでしょうか。

若いころから本を読む習慣が必要

——なるほど。物語の話ともつながりますが、人間は、長く生きても80年から100年くらいですから、実証主義的に確実なことをいえることはほとんどなくて、大抵のことはよくわからないまま行動したり発言したりしなくてはならない。そういう不合理で不確実な世界を生きなければならないからこそ、効率主義ではない小説には逆説的に大きな意味や役割があるのだと、いますごく腑に落ちました。

中路 そうですか(笑)。有難うございます。たとえば、読書経験のあまりない人が管理職になって、人前で何かをしゃべるために本を読もうとするとします。そのとき手に取るのは「ビジネス書」などが多いと思うんです。こういった合理主義の塊の人には、小説はなかなか届かないでしょうね。若いころから本を読む習慣が必要だと思いますが、子育てをしている世代も読む人が減っていると言いますしね。どうしたらいいんでしょうね(笑)。


「君主は倒されるべきもの」とは少し違う、日本の天皇

——「役に立たなくていい」という話の流れですから、また少しずれるかもしれませんが(笑)。中路さんはエッセイの中で、天皇のような存在がいるからこそ、災害にあったときも、励まし合って協力できるのではないか、と書いてらっしゃいます。日本では、天皇に対してすごく肯定的な人も増えていますが、一方で、否定的な人も多くいます。否定的な方々に、天皇の意義を訴えるとしたら、どういった観点からでしょうか。

中路 否定的な人に天皇の意義をどう訴えたらよいかは私にはわかりませんが、私の若い頃にくらべて、否定的な人が多いようには思えません。海外の記事で、「天皇制に反対の人が減っている」というものも読みました。世論調査などを見ても、若い人も含めて、天皇に親しみを感じている人が増えているようです。この結果は、イデオロギー対立がなくなった影響が大きいのではないでしょうか。

 マルクス主義的な歴史観でみれば、「君主は倒されるべきもの」だったわけですが、日本の天皇は、そういった君主とは少し違いますよね。一説には江戸時代の大衆の多くは、「天皇がいる」ということすら知らなかったという話もあります。君主として意識されず、憎しみの対象でもなかったわけです。その後、マルクス主義思想が出てきて、戦後は東西思想対立と、帝国主義的侵略戦争についての戦争責任ということと関連づけられて、かつては、「思想的に天皇はけしからん」という意見が多かったのでしょうか。

新たなパラダイムで権力者を分析すべきである

——中路さんのこれまでの著作を見ると、近現代を舞台にしたものに関しては、政治家や官僚、天皇など、権力側を描いてきているように感じます。私たち小説を読む側にとっては、反権力の人の物語はわかりやすい。権力側は常に「一枚岩」で、庶民を弾圧する悪しき存在というのが、ありがちなストーリーだと思います。ところが実際は、権力者たちにも様々な利害関係があり、心の揺れがある。『 ミネルヴァとマルス 』で中路さんが描いた岸信介の例が典型ですね。

中路 辻田さんがおっしゃるように、権力者という存在は、そんなに単純なものではないと思います。例えばですが、太平洋戦争を語るときに、東条英機を悪者のように言いますよね。じゃあ我々が東条の立場になったら、戦争を止めることができたか、ということです。

——東条や軍部が悪かった、というのは中路さんのいうところの「都合の良いストーリー」ですから、それは強固なんでしょうね。

中路 私は単純に権力者を肯定したいわけでもないですし、庶民の物語を書きたくないわけでもないのですが、新たなパラダイムで、権力者を分析していく必要があると思っています。「民衆の思うとおりに物事を決めていけば戦争は起きない」という考えに対しても、必ずしもそうとは言えないと思うんです。

反抗すればかっこいいんだ、という考えはおかしい

——「権力だから悪で、反権力だから正しい」ではなくて、人間も社会もとても複雑で、いたずらに単純化してはいけない、というわけですね。小説が、人々の教養として深く入っていけば、すぐに役立たなくても、10年、20年の社会で、例えば何か大きな危機があった時に「こう考えてはどうだろう」と間接的な影響を発揮するかもしれません。

中路 確かに、そうあってほしいですよね。私は、もっといえば、反権力という立場にずっといるひとは、「だらしがない」と思うんですよね。「悪魔崇拝」に似ていると思うんです。悪魔崇拝者は、キリスト教に反抗し、聖書を反対からよむなど、様々な儀式を行います。ただそれは、キリスト教を前提として成り立っているにすぎない。権力者が間違っているのであれば、そのときには徹底的に戦えばよいのであって、つねに「俺は反権力だ」と意気がっているのは、それこそ権力にべったりと寄りかかっている証だと思うのです。

——中路さんの学生時代は、反権力志向が強い時代だったと思いますが、そのころから違和感をお持ちでしたか?

中路 たしかにそうですね。反抗すればかっこいいんだ、という考えは、おかしいとは感じていましたね。

「この権力者がこの国を変えた」というフォーマットが存在しない日本

——最近は、昔の権力者が、現代にタイムトリップするという映画もあります。ヒトラーの映画もありましたし、今度、イタリアのムッソリーニが帰ってくるらしいんです(笑)。こういうとき、日本だとしたら、どの権力者になるんでしょうか。

中路 日本にはふさわしい人がいないですよね。東条英機は、たしかにナチス・ドイツと同盟を結んでいた国の指導者ですが、「自らの死期」が権力の終わりだったヒトラーとは立場がまったく違います。戦時中であっても、帝国議会には反抗されるし、重臣たちや、軍部内でも若い将校たちから足を引っ張られ、戦争の途中で総理の座から引きずりおろされている。つまり、東条英機は小粒な権力者です。

——近衛文麿にしても、途中で辞めてしまいますからね。「この権力者がこの国を変えた」というフォーマットが存在しないですよね。これは日本の近現代史でよくいわれることですが、独裁的な権力者がおらず、誰が責任者なのかわからない状態で、日本はずるずると戦争へ突き進んでいってしまった。

中路 昭和天皇がおっしゃっていた「統制が効かない」「みんな好き勝手している」「下克上」という発言はまさにそういう意味だと思いますね。

日本人ほど「独裁」が嫌いな人たちはいない

——もしかしたら日本は、「下克上モデル」の国なのかもしれないですね。

中路 かもしれないですね。私は、世界中で日本人ほど「独裁」が嫌いな人たちはいないと感じています。こういう組織のモデルは、どこからきたのか、という疑問はずっと持っています。江戸時代でも、幕府の重要な役職は月番制なんです。つまり月ごとに交代し、責任が1カ所に集中しないようになっています。また、幕末の外交交渉においても、欧米列強の代表者たちは、日本側代表のうち、誰が責任者なのかがわからずに戸惑っていました。「奉行」と呼ばれる武士の隣に、「目付」がいたりするわけですから。

 この「いったい誰が一番偉いんだ?」という状況は、明治以降も、もっと言えば今も続いているような気がしています。たとえば、東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムのデザインについて、盗作として訴えられたときなども、組織のなかでの責任の所在はまったくわからないままですからね。

戦争を実体験していない世代の作家として

——これまでの著作を拝見していると、当初は戦国時代や江戸時代を描かれ、ここ最近は、近現代史が増えてきたように思います。なぜテーマを変えられたのでしょうか。

中路 テーマを変えるというよりも、実は私が飽きっぽい性格だという部分が大きいんです(笑)。もともと江戸時代を描いて、その小説でデビューできたのですが、その後は、その都度、その都度、書きたいものを書いているだけなんですよね。

 ただ、司馬遼太郎さんが、日露戦争を扱った『坂の上の雲』の連載をはじめた1968年は、日本海海戦やポーツマス条約締結から63年後でした。戦後70年を超えた今、当時を実体験していない世代の作家が、昭和史を本格的な歴史小説として書いてもいいのではないか、とも思っています。

——近現代の方が、戦国や江戸よりも資料が圧倒的に多いため、先ほど申し上げた想像力を生かしにくいと思うのですが。

中路 確かにそういった面はあると思いますね。特に昭和天皇の話なんて、資料どころか、直接知っているという方すらご健在なわけです。担当編集者と一緒に、かつて昭和天皇に仕えていた方にお話を伺ったこともありますが、その方はさらに、子どもの頃、二・二六事件が起きたとき、叛乱軍鎮圧のために地方から上京した兵隊さんが家に泊まった、という経験も聞かせてくださいました。そういう時代のことを書くという怖さはありますよね。

——これからは、どんなテーマを描いていきたいとお考えですか?

中路 近現代を舞台にしたものも、そうでないものも考えています。しかし、詳しくは「一緒に仕事をしましょう」と言ってくれる編集者にのみ打ち明けることにします(笑)。

——今後の作品も楽しみにしています。

中路 有難うございます。

写真=石川啓次/文藝春秋

(辻田 真佐憲)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング