「なるようになる」 ベイスターズを去る筒香嘉智に伝えたいケ・セラ・セラ

文春オンライン / 2019年10月14日 11時0分

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こんなに心を鷲掴みにされ、夢中で応援して、思わず何か書きたくなってしまう、そんな選手は筒香が初めてだった ©文藝春秋

『ケ・セラ・セラ』という歌の中で、小さな女の子はお母さんにたずねる。「私は大きくなったら美人になれる?」「お金持ちになれる?」。そしてお母さんはこう答える。「ケ・セラ・セラ(気にしてもしょうがない)」「なるようになる」「明日のことはわからない」。

 どうしてお母さんは「美人になれるよ」「お金持ちになれる」って、答えてあげないんだろう。先のことなどわからないけど、わからないからこそ、なれるよって言ってあげればいいのに。ずっとそう思っていた。

 なぜだろう。他の選手は、「梶谷」だったり「カジ」だったり、「タッケ」だったり「雄洋」だったりその時その時で私の中の呼び名は変わるのに、筒香だけは「つっつ」でも「ゴウ」でもなく、いつも「筒香」。筒香の響きだけで強くなれる、元気になれる、勇気が出てくる。本当に不思議な名前だ。

 初めて買ったユニフォームも筒香だった。それまでユニフォームはなんかこそばゆくて、いつも帽子しか被らなかった。普通の服にベイスターズの帽子を被ってハマスタに行く。絶対に家から被っていく。コンビニの店員さんに二度見される。近所のエキセントリックおじさんは、大体野球帽を被っている。私は近所のエキセントリックおばさんという十字架を背負うことで、ベイスターズの勝利を神様にお願いした。神様には気づいてもらえなかった。

 初めて「TSUTSUGOH」と書かれたユニフォームに袖を通した時の気持ちが忘れられない。なんて誇らしいんだろう。近所の皆さん、この筒香という選手は、世界中のかわいいを集めてもまだ足りないくらいかわいいのに、すごいホームランも打つんですよ。私はもう近所のエキセントリックおばさんじゃない、近所のTSUTSUGOHおばさんだ。「ふんふんふふーんふふーん(さあ打て筒香〜)」と鼻歌交じりに駅までの道を歩く。なんて誇らしいんだろう。筒香がいる惑星に生まれてよかった。

 私が笹川良一なら全国の小学校に筒香の銅像を寄贈するのにと思った。筒香が1億円プレイヤーになった時は、なぜか私が調子に乗ってタクシーとか乗った。筒香がドミニカ修行に行けば、途切れ途切れで画像ゲキ悪のストリーミングで、どんな遠くにいる筒香でも見つけ出せる特殊能力を身につけた。筒香がケガをすれば、ケガした箇所を神に捧げた。受け取ってもらえなかった。あんなすごい筒香のホームランを見られない筒香はかわいそうだと思った。ホエールズもベイスターズもずっと好きだったけど、こんなに心を鷲掴みにされ、夢中で応援して、思わず何か書きたくなってしまう、そんな選手は筒香が初めてだった。

 筒香は私と野球の、私とベイスターズの距離感を変えてしまった。

どうして筒香はいつも一人で背負うとするの

 そして筒香も変わっていった。

 くるくるしたくせ毛でほんわかした表情の青年は、いつしかたくましく、大人になった。胸に「C」のマークを付け、輪の真ん中でチームメイトを鼓舞する人になった。侍JAPANの四番にも選出され、情熱大陸にも出た。大きな大きな看板になって、道ゆく人はみんな筒香を見上げた。

 初めてCSに進んだ翌年の2017年。シーズン序盤から筒香を襲ったスランプ。何かを背負っているのは容易に想像できる。だけど私には、チームを勝利に導く一打が出ず無の表情でバッターボックスを去る後ろ姿を、ただただ見送るしかない。「かわいいかわいい」はしゃいでいた無邪気な筒香おばさんはもういない。ツイッターを遡るとわかる。「筒香」と一言だけのツイートが多くなっている。期待と絶望、歓喜と悲しみ、そして祈り。「筒香」という1文字から言葉にならない感情が溢れ出していた。私は筒香が何かを取り戻すのをただ電信柱の陰から見守る、陰鬱な筒香おばさんになっていた。

 それはたぶん、常に視座を高く持ち、新しい試みにチャレンジし、ベイスターズというチーム、いや日本の野球全体をより良くしようと孤軍奮闘する筒香に、ファンである自分をフィットさせなければと、勝手に背負っていたのかもしれない。筒香はかわいい、かわいいのにホームランも打てる、目を線のようにして屈託無く笑い、時折ニヤリと邪悪に笑い、今永のズボンを必要以上にずり上げ、嶺井のカバンにいたずらし、雄洋にべったりする。そんな筒香が好きな自分を封印したのだ。

 筒香が外国人記者クラブで語った、少年野球を取り巻く問題。筒香の勇気やリーダーシップは世間から絶賛された。私にも子どもがいる。子どもは少年野球経験者だ。よくぞ言ってくれたと思った。影響力のある選手の言葉は、社会を動かすから。

 だけど一方で、筒香おばさんの私はもがいていた。たった一人で会見に臨む筒香を見て、胸が苦しくなった。どうして筒香はいつも一人で背負うとするの。“子どもたちのスポーツに関わる問題”なんてシリアスで途方もない重みを、どうして筒香一人が背負わなきゃいけないの。そう思ったらスーツ姿で表情を強張らす筒香に涙が出てきた。誰か続いて、誰か「俺もやるよ」と手を差し伸べて……と。

「なるようになる」筒香を信じているから、そう言える

 2019年CSファーストステージ第3戦。9回、アカペラで歌い続けた筒香の応援歌。これが最後になるかもしれないとどこかで思い、それを打ち消すように声を張った。2017年CSの、あの甲子園よりもっと冷たい雨が、私の涙をスタンドへと落としていた。

『ケ・セラ・セラ』の小さな少女は、やがて母になり、子どもに同じことを聞かれる。「僕はハンサムになれる?」「お金持ちになれる?」。彼女は優しくこう語りかける。「気にしてもしょうがない」「なるようになる」「明日のことはわからない」。

 私は今、「なれるよ」とは言わずに『ケ・セラ・セラ』と歌う、お母さんの気持ちがとてもよく分かる。「筒香はメジャーで活躍する?」「チームを勝たせる一打を放てる?」。私もやっぱりこう答えると思う。「気にしてもしょうがない」「なるようになる」「明日のことはわからない」。『ケ・セラ・セラ』は突き放す言葉ではない。『ケ・セラ・セラ』は信頼の言葉だ。筒香を信じているから、そう言える。「活躍」より「成功」より、もっともっとすごい未来が筒香を待っているからそう言える。だから「なれるよ」とは言わずに、『ケ・セラ・セラ』と言って送り出すと決めた。決めたの。

 ありがとう筒香。自分のエゴと戦いながら、優勝争いできるチームの土台を築いてくれて、筒香ありがとう。言いづらいこと、誰もが見て見ぬ振りをすることに、声を上げてくれてありがとう。メジャーでは、ねこのように自由に、軽やかに、自分のエゴを満たしてくだい。私には見える。「オオジーザス……メッチャプリティツツゴウ!!」「コンナニプリティバットホームランバチコンアンビリーバボー」と一瞬で虜になるAunt TSUTSUGOHの姿が。いやマジ負けらんねえジャパニーズトラディショナル筒香おばさんとしてな!!

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(西澤 千央)

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