“北の侍”の召喚 ガッツ小笠原道大がいるだけでファイターズはファイターズになる

文春オンライン / 2019年10月12日 11時0分

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ヘッド兼打撃コーチに就任した小笠原道大

 小笠原道大ヘッド兼打撃コーチの就任会見を見た。14時からユーチューブで会見場がただ映って、ウンともスンともいわない状況だったので、つい油断していた。突然、スーツ姿の人影が見え、栗山監督とガッツ小笠原だった。うおおお、と叫んでしまう。本当にガッツだ。ヒゲ面だ。「北の侍」だ。

「小笠原です。ただいま、でよろしいでしょうか?」

 もう一度、うおおお! この感じは何と表現すればいいか。

 召喚(しょうかん)だ。

 キャラクターのカードゲームで、強い魔力・霊力のキャラクターを召喚し、勝負に出る感じ。じゃなかったら昔、『料理の鉄人』って番組があったでしょう。鹿賀丈史演じる美食アカデミー主宰が、挑戦者の求めに応じて鉄人を召喚する。鉄人は道場六三郎ら現実の料理人だが、番組冒頭ではセットのなかで静止している銅像、いや、鉄の彫像だ。主宰が呼びかけることで命が吹き込まれる。「よみがえるがいい、アイアンシェフよ!」

 そうやって「北の侍」が14年ぶりに姿を現した。召喚した主はもちろん栗山監督だ。「おかえりなさい」と声をかけ、ファイターズのレジェンドと隣り合って座る。席上、栗山さんは召喚の意図をはっきり口にした。「来年勝たねばいけない状況のなかでいちばん必要なものをチームに戻してくれる。力を合わせてやっていきたい」

ガッツがいるだけでファイターズはファイターズになる

 僕としては「うわうわ本物だ」感である。伝説のヒーローがそっくりそのままよみがえった。いや、もちろん巨人や中日のユニホーム姿は知っているのだ。中日の2軍で指揮するのもウエスタンリーグで目にしている。だから彼のキャリアや実人生は理解している。が、何か14年凍結していて、召喚されたヒーローに思えるのだ。まるで静止していた彫像が動き出したように。

「14年ぶりということで、だいぶチームが変わっていると思うので、また1から、0からのスタートと思って、やっていきたいと思います。また監督から言われた通り、自分が今まで経験してきたこと、勉強してきたことを、何とか北海道に恩返ししたいなという思いで、今日この場に座っております」

「昨日、飛行機から降りてタクシーに乗って、眺めていると、非常に懐かしい思いにひたりながら、このホテルに入ってきました。何かこう、浦島太郎のような、14年ぶりなので、本当に時代の流れも早い。懐かしいものもある。また新しいものもある。不思議な感覚で、昨日から過ごしてきました」

 ね、童話の主人公のようなことを言うでしょ。眠り姫とか三年寝太郎とか、何か人智を超えた存在を思わせる。僕はユーチューブに釘付けだ。やっぱりスターだなぁ。とんでもない存在感だ。ガッツがいるだけでファイターズはファイターズになる。ガッツがいれば眠っていたファイターズは目覚め、ファイターズに戻るんじゃないか。

 そんなことを考えながらジーンと来ていたのだ。小笠原道大の存在感。彼の風貌、たたずまいを見ているだけで僕は「東京ドームの本拠地最終戦」や「札幌ドーム06年プレーオフ第2戦」に引き戻される。感無量だ。こんな日が来るんだなぁ。僕はあれから遠くまで来たように感じていたが、何も変わらない。ガッツ小笠原道大が大好きだ。

 もちろん現実の小笠原道大は野球人として経験を重ねただろう。セ・リーグで多くの人と出会い、研鑽を重ねた。僕は中日の2軍監督として良い評判を聞いている。まぁ今度の「ヘッド兼打撃コーチ」という役職はざっくりしすぎているけど、経験を生かしてくれるだろう。就任会見の質疑応答で出てきた言葉も「クリーンな状態で全選手を見てから、選手個人個人を判断して」「監督としっかり話して、選手個人個人の特徴を教えていただき、しっかり自分の目でも見て」と、まず見ることを強調している。いいコーチは選手を見るのだ。ダメなコーチは選手を見ず、自分の型を押しつける。

小笠原の背中だけが僕の気持ちをわかってくれていた

 僕はガッツ小笠原というとどうしても忘れられないシーンがある。といっても(あんなに打ったのに)ホームランを打ったシーンではない。笑顔の姿でもない。背中なのだ。2004年のプレーオフ第1ステージ最終戦。まだCSという呼び名がなかった頃のポストシーズンのゲームだ。

 球場は西武ドーム。ファイターズは西武・和田一浩にサヨナラホームランを食らった。シーズン最後にストッパー、横山道哉が投じた球は落ちないフォークだった。ライトスタンド・西武ファンの歓喜が爆発する。1塁ベンチからライオンズの選手が飛び出す。和田がダイヤモンドを一周する。見ればファイターズファンで埋まったレフトスタンドからホームランボールが投げ返された。こんなもんいらねぇ。非情な野球のコントラスト。明と暗。

 僕はレフト際でそれを見ていた。グラウンドに転がるボールを森本稀哲が残念そうにグラブにおさめてから、内野席の少年ファンに放ってやる。そして小走りにベンチへ戻る。センターの守備位置からは新庄剛志が戻ってくる。ファンにせいいっぱい感謝を示しながら駆けてくる。選手らは今シーズンを終えたのだ。西武の歓喜の裏側で、皆、表情を消してベンチへ戻ってくる。

 ただひとり小笠原道大だけがサードの守備位置を動けずにいた。僕はその背中をずっと見た。背番号2。むこうでは和田が西武ナインの手荒な祝福を受けてもみくちゃになっている。が、小笠原は守備位置を動かない。

 あんな雄弁な背中はなかった。僕はこの男に賭けようと思った。彼の背中だけが僕の気持ちをわかってくれていた。絶対にファイターズは優勝する。あの背中から物語が始まる。小笠原はしばらくそうしてたたずんだ後、サヨナラホームランが消えたレフトの一角を振り返り、ベンチへ下がっていった。

 僕が小笠原コーチに求めるのはああいう背中を持った選手だ。ああいう背中をつくってほしい。カッコつけた選手なんかいらない。本気で悔しがり、本気でチームの勝利を求める「次の小笠原道大」をつくってほしい。それが栗山監督が会見の席上言った「いちばん必要なもの」に違いないのだ。

 ウェルカムバック、ガッツ小笠原道大! 帰ってくるのを待ってた。

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(えのきど いちろう)

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