これでいいのか森田健作・千葉県知事 台風の最中に都内で乾杯、年休151日……仕事ぶりに批判

文春オンライン / 2019年10月9日 6時0分

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台風の夜に宴席出席(ウィスコンシン州関係者のツイッターより)

 9月8日夕、東京・帝国ホテルで開かれた国際会議。「乾杯!」と右手で小さなグラスを掲げ、笑顔で祝杯を交わすスーツ姿の二人の男性。ツイッターにアップされた一枚の写真には、森田健作千葉県知事(69)と米ウィスコンシン州知事の姿がある。

 その数時間後、台風15号が関東地方に上陸、大きな爪痕を残していった――。

◆◆◆

 社会部記者が語る。

「気象庁は8日午前の緊急記者会見で『今は晴れていても夜には一気に世界が変わって猛烈な風や雨となるおそれもある』と異例の表現で、記録的な暴風に対して警戒を呼び掛けました」

 ところが気象庁の注意喚起も“どこ吹く風”とばかり、台風の夜に森田氏が出席していたのが冒頭の国際会議だったというわけだ。

「日米の国際交流を図る会議で、経済団体や自治体関係者約300人が参加しました。森田知事は夕方から夜にかけて、日米合同常任委員会という会議と米側を歓迎するレセプションに出席しました」(千葉県庁秘書課)

 県内のほとんどの市町村は9日までに災害対策本部を設置。だが、県庁が災害対策本部を設置したのは、10日午前9時になってから。さらに災害救助法の適用や県職員の現地派遣も12日と、いずれも後手後手に。

 日を追うごとに深刻な被害状況が判明するにも関わらず、知事の動静は“平常運転”だった。

 10日は首都圏中央連絡自動車道建設促進県民会議に、11日は東京五輪関連の会議に出席、12日は姉妹都市の知事表敬訪問といった具合。被災地の視察は、実に台風が通過して5日後の14日になってからだ。

 さらに台風直後の県庁の体制は本来、総動員体制といえる「災害警戒体制」へ移行すべきだったが、その前段階に留まっていたことも小誌の取材で判明した。

 元鳥取県知事で、東日本大震災時に総務相だった片山善博氏は疑問を呈す。

「県の第一の役割は状況把握です。私が知事だった2000年の鳥取県西部地震の際には、地震翌日に防災ヘリで被災状況を視察に行きました。そうすると、どういう状況か手に取るように分かるのです。

『市町村から要請がなかった』とか『人が足りなかった』と千葉県は弁明しているようですが理解不能です。住民対応で混乱する市町村から要請なんて来るはずがありませんし、県庁も全庁的な態勢で初動対応していれば人は足りたはず」

「オレは菅官房長官とパイプがある」

 実は森田氏の被災時の対応の遅さは今に始まったことではない。

 東日本大震災時の対応について、前浦安市長の松崎秀樹氏がこう振り返る。

「浦安市は深刻な液状化で電気・水道・ガスのライフラインが大きな被害を受けました。そこで、予定されていた統一地方選の延期を申し入れるため、選管と県庁に連絡したのですが、一向に対応してくれない。森田さんは携帯番号も教えてくれないのでどうしようもなかった。私だけでなく、他の首長も彼とアポが取れない人が多かった。

 現場を知ることが大事なのに、森田さんが浦安市を視察したのは震災から100日後のことで菅直人首相(当時)と同じ日。被災者にもっと寄り添うべきですよ」

 09年4月に知事に就任して現在三期目の森田氏だが、市町村の首長とのコミュニケーションはほとんど取れていないようだ。

〈本日、知事が総理に激甚災害指定を要請されたとの報道。被災市長・町長で明日国に同じ要請をする予定で、県にも情報提供していたのですが、知事が総理に会う話は誰も聞かされていませんでした〉

 9月18日、熊谷俊人千葉市長はこうツイート。さらに「一緒に行けば現場の窮状をより具体的に説明できたと思います」と森田氏との連携不足を嘆いた。

 さらに安倍首相との面会をめぐっては、地元県連ともチグハグな状況に。

「対応遅れを批判された知事は、当初『オレは菅義偉官房長官とパイプがあるから会いに行く』と一人で官邸に行こうとした。でも、自民党千葉県連も当然調整しているわけですから、慌ててストップさせ、県連と一緒に行くことにしたんですよ」(自民党関係者)

 首相との面会後、森田氏は国や県の対応に批判が出ていることについて、「混乱したことは事実で、混乱の中で色々な問題が出てきた。誰が悪い、これが悪いではない」と強調した。

「東電には不眠不休でやってほしい!」と言うが本人は?

 状況を正確に把握し、各自治体と連携を密にして混乱を最小限に留めるのが森田氏に求められるミッションだが、その資質には各方面から疑問の声が上がる。

 05年と09年の知事選の公開討論会で司会を務めた、元朝日新聞編集委員・山田厚史氏が振り返る。

「彼は政策討論が出来ないため、他の候補と議論になるのを避けていました。討論会なのに『時間がない』と言いたいことだけ言って席を立とうとしたんです。それに対して、堂本暁子前知事から『ちょっと待ちなさい! 討論会なんだからここにいなさい!』とたしなめられ、結局、ちょっとだけ座ってから帰りました」

 千葉で長引いている停電に、森田氏は「電力がなければ県民生活はどうにもならない。東電には不眠不休でやってほしい!」と厳しい口調で東電を批判した。では、本人はこれまでどれくらい働いていたのか。

休日151日……普段何をやっているのか

〈休日151日〉

 17年の知事選で、政治団体「市民ネットワーク千葉県」が作成したビラには、知事の1年間の休日についてそのような記載がある。

「情報公開請求で15年度の『知事の行動予定表』を入手したのですが、驚きましたよ。知事が登庁して職員と話す時間は1日1時間以下が62日に上り、その内訳もほとんど10分~20分。普段何をやっているのか全く見えてきませんでした」(市民ネットワーク千葉県の大野博美元県議)

 森田氏を取材する千葉県庁担当記者もこう呆れる。

「“台本”がないと何も話せず、千葉県市長会での挨拶も読み上げのみ。知事としての実績といえば、東京湾アクアラインを800円に値下げしたことくらいです。

 5年前の記者懇談会では、自分が出演した青春ドラマ『おれは男だ!』の主題歌『さらば涙と言おう』を熱唱していた。所属事務所の女性タレントを連れてきたこともあります」

「対応遅れとは考えていない」森田知事の回答は?

 一向に活動内容が見えない森田氏だが、芸能活動をしているわけでもなさそうだ。政界進出後も所属する事務所・サンミュージックの幹部が語る。

「普段は『千葉のために頑張る』と知事の仕事が忙しそうで、顔を見るのも数カ月に1回ぐらい。会社に昼頃フラッと現れて『頑張ってる~? 寿司でも食う?』と声をかけてくれます。今はほとんど芸能界の付き合いはないはずです」

 森田知事は小誌に対し、次のように回答した。

「県は暴風警報発令と同時に初動体制をとったほか、台風後も情報収集等にあたっており、対応遅れとは考えていない。(国際会議出席は)台風の状況を随時確認しながら出席し、速やかに退席した」

 9月1日、千葉県を会場に首都圏の自治体から約5000人が参加した防災訓練で、森田氏は「災害はいつ来るか分かりません。忘れずに備えをしておきましょう」と締めくくった。ただ台本を読むだけなら「おれは知事だ!」という資格はない。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2019年10月3日号)

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