「香港旅行は大丈夫?」「なぜ吉野家も標的に?」今さら聞けない“香港デモ入門・12のQ&A”

文春オンライン / 2019年10月10日 5時30分

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デモ隊の若者によって火が付けられ、燃え上がるバリケード(10月1日) ©共同通信社

「デモ隊に中国スパイがいる?」「周庭さんがリーダー?」今さら聞けない“香港デモ入門・12のQ&A” から続く

 終わりの見えない香港デモ。6月、8~10月と現地で取材した安田峰俊氏が挑む「日本一わかりやすい解説」後編。(全2回/ #1より続く )

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Q7. 人民解放軍は来るの?

――中国の武装警察や人民解放軍が香港のデモ隊を鎮圧しないんでしょうか?

A7. 9月までの時点では「ありえない」話だったが、10月以降は一笑に付せなくなってきた、というところだと思います。

 もともと、日本のメディアは6月時点から「人民解放軍が来る」「天安門再び」と煽る例が多かったですが、これは香港への予備知識がなく「中国(香港)のデモなら天安門事件」という単純な連想によるものでした。香港基本法(憲法に相当)には、香港がコントロール不能な状態になった場合の中国内地からの介入を認める条項がありますが、一国二制度の縛りもありますし、現実的にはよほどのことでないと実行されません。

 ただ、10月1日の国慶節(中国の建国記念日)の前後にデモ隊が暴れすぎたこともあってか、林鄭月娥は禁じ手である緊急法を発動しました。これはすでに「よほどのこと」ですから、今後は何が起きても不思議ではありません。

 

 実は香港にはもともと、人民解放軍の駐港部隊6000人が駐留しています。彼らは市民生活とほぼ断絶している存在でしたが、緊急法の施行後は市内を軍用車で巡回して威嚇したりしている。逆にデモ隊側も(実はこれまで中国政府関連施設にはわずかしか攻撃してこなかったのですが)10月6日には九龍塘にある解放軍施設をレーザーポインターで照射。対して施設内から、「攻撃をやめろ、さもなくば思い知らせる(後果自負)」とアナウンスが出るなど緊張した状況になりました。

 現時点での駐港部隊の動きは単なる脅しにとどまるのですが、今後の情勢次第ではどうなるかわかりません。本来はありえない話のはずですが、すでに何でもありの状況ですので……。

Q8. 香港警察に人民解放軍は加わっている?

――中国の武装警察や人民解放軍が、香港警察の部隊に大勢加わっているという話もありますが?

A8. 日本の独立系ジャーナリストのメディアなどが伝えていますが、こちらは現時点ではほぼデマと見ていいでしょう。デモ隊や市民の間では風説レベルでそうした話があるものの、裏は取られていません。「香港人が同じ香港人にあんなひどいことをするはずがない」といった話は根拠にもならないでしょう。香港でも日本でも、警察は本質的には市民を守るためではなく体制を守るために存在する暴力装置だということです。

 香港警察内部にもデモ隊のシンパはおり、人民解放軍や武装警察の人員が組織的に加わるような事態があれば、ネットで内部告発がなされるはずです。また、 この記事 のように、香港警察はデモ後は慢性的な人手不足にあるとされます。中国国内から人員のヘルプがあるなら、香港警察はここまで苦しんでいないでしょう。

 ちなみに、武装警察とは中国国内で大衆運動の鎮圧などをおこなう準軍事部隊を指します。対して、香港でデモ隊を鎮圧している香港警察の普通の部隊は通称「防暴」、精鋭部隊が通称「速龍(スピードドラゴン)」です。日本側の週刊誌報道などで、フル装備の香港警察を「武装警察(武警)」と呼び、さらに中国国内の武警と混同して「中国から人が入ってきている」といった書き方をしている例がありますが、間違いです。

 ほか、ネットなどでは「香港警察が普通話(標準中国語)や中国訛りの広東語を話していた。正体は大陸から来た武警や解放軍だ」といった話もよく流れています。しかし、香港はもともと移民都市で、返還前から中国大陸出身者を新規に数多く受け入れ続けています。移民やその子どもは職探しが大変ですが、警察の末端なら就職は比較的簡単です。普通話が母語だったり、中国訛りの広東語を喋る香港人(=移民)が警察のなかにいた、と考えるほうが妥当ではないでしょうか。

Q9. デモ隊が日系企業を襲っているって本当?

――デモが暴徒化するなかで、吉野家などの日系企業の店舗が破壊されていると報じられていますが?

A9. ほぼ事実です。破壊対象になっているのは吉野家や元気寿司などで、資本の上ではほぼ香港企業ともいえますが、いずれも日本の本社はグループ企業として扱っている会社です。香港でのフランチャイズの運営元の美心グループが「親中的」であるというデモ隊の論理のもとで、店舗の破壊がおこなわれています。

 当初、襲撃対象は(デモ隊が「香港を裏切った」とみなした)香港地下鉄だけでしたが、それが中国銀行などの中国系企業、東亜銀行や優品360などの「親中的」な香港企業へと波及し、吉野家や元気寿司、さらに同じく美心グループのスターバックスなどの外資系チェーンの店舗にもどんどん拡大している形です。

 例によって日本向けの文宣部隊は「僕たちは日本が大好きです」「フランチャイズ企業は香港企業であり日本と無関係」といったメッセージで火消しを図っています。ただ、これは危険な傾向です。

 なぜなら、デモ隊は破壊行為のたびに「彼らは〇〇だからだ。正当な理由がある」と主張するわけですが、この「正当な理由」の解釈権は彼らにしかありません。ゴールポストがどんどん動くので、今後の情勢次第では、香港に拠点を置き中国内地で工場や店舗を展開している他の企業も狙われる可能性は否定できないと思います。

――たとえばどういった企業のリスクが大きいでしょうか?

 たとえばユニクロや無印良品は現時点では無事ですが、いずれも中国に広範に店舗を展開しているため、デモ隊側の解釈がより過激になれば、いまにやられてもおかしくないでしょう。また、現地の駐在員などがツイッターや微博で、デモ隊の批判や親中国的な発言(日本語でのつぶやきも含む)をおこなったことを理由に、企業が攻撃対象にされる可能性もあります。

Q10. 香港に旅行に行っても大丈夫?

――香港は台湾や韓国とならんで、日本人にとっては身近な旅行先のひとつです。現在、香港旅行をするうえで注意点はありますか?

A10. 9月なかばまでは、勇武派が参加する激しい衝突現場を避ければOKでした。航空券もホテル代も安くなっているのでむしろオススメできるくらいでしたが、10月からは情勢がかなり混乱しているので勧められません。

 デモや集会が事前予告なく突発的におこなわれる例も増えており、一般の旅行客が回避するのは難しいものがあります。週末は地下鉄がほとんど停まってしまいますし、現在の香港への不用意な渡航は避けたほうが無難です。少なくとも広東語か英語で普通にコミュニケーションが取れる人や、現地の土地勘がある人でなければ、やめたほうがいいと思います。

――もしも出張などの際にデモに遭遇した場合は?

 出張者が現地でデモに遭遇した場合は、催涙ガスにまかれたり流れ弾に当たらないよう(殺傷力が低いとされるゴム弾などでも当たりどころが悪ければ失明の可能性があります)、すぐにその場を離れて隣の路地に向かうか、空いている店舗に入りましょう。

 地下鉄は封鎖されている場合が多く、また大型ショッピングセンターの内部でも警官隊とデモ隊の衝突が起きる可能性があるので、飲食店やホテルのほうが安全かもしれません。警官隊には逆らわないほうがいいでしょう。

 いっぽう、デモ隊の行動に抗議したり撮影をした場合でも、中国のスパイだと疑われて暴行を受ける可能性があります。香港の若者はある程度なら日本語がわかる人が多く、対日感情もおおむね良好なので、トラブルのときはまず日本語を口に出したほうがいいかもしれません。普通話(標準中国語)は仮に話せたとしても、話さないのが無難です。パスポートは必ず携帯しましょう。

Q11. 香港のデモを支援したい場合は?

――香港のデモを支援したい日本人もいると思います。その場合は何をすればいいでしょうか?

A11. 在日香港人留学生が月に1回くらいのペースで、千代田区の香港経済貿易代表部(大使館に相当)への請願運動や、渋谷駅前などでの街頭デモ・集会などをおこなっています。Twitterに複数ある、日本語を使う香港人の文宣アカウントに連絡すれば情報をもらえるでしょう。募金なども可能だと思います。

 日本でのデモや集会は平和的なので、参加しても問題ありません。ただ、香港デモは現地においては、すでに激しい暴力や破壊活動をともなう政治騒乱に変わっていますので、その一端に参加する自覚は持ったほうがいいと思います。また、日本国内の左右の政治団体や宗教団体がかかわる香港支援集会もあるため、よく調べてから加わったほうがいいでしょう。香港に渡航して「応援」しに行くのは、よほど広東語が流暢で、現地で逮捕されることをおそれない人でなければ勧めません。

 また、日本だけではなくカナダなどでも見られる現象ですが、第三国での香港人のデモ支持集会には、中国系と見られるデモ破り集団がしばしば登場します。彼らは大きな中国国旗を振り回して罵声を浴びせてくるなど、かなり不快な妨害をおこないます。トラブルが起きないようにカウンター勢力からは距離を置くようにしてください。

Q12. 日本にとってのリスクは?

――日系企業の襲撃や香港でのビジネス環境の悪化以外で、日本にとってのリスクは?

A12. 現場を見た上で私が懸念したのは、香港でおこなわれている、過激な反政府行動のノウハウの輸出です。匿名化されたチャットグループで組織された身元不明の遊撃部隊100人が、現代都市の特定エリアを一瞬のうちに破壊し尽くす……、という話は村上龍さんの小説みたいですが、香港ではすでに現実化しており、毎週末のようにおこなわれています。

 今回の香港デモに関心を持つ日本人は、普通の「香港好き」のほかに、左右の政治勢力や一部の宗教団体なども含まれています。可能性はまだそれほど高くないはずですが、香港デモで日々実験されている都市機能を効率的に破壊するノウハウや、現代の先進国の社会で実行可能な匿名性の強い反政府組織の作り方のノウハウが、日本の過激な勢力に流入することへの懸念くらいは持ってもいいかもしれません。

――ほかに日本が香港デモから考えるべきことはありますか。

 今回の香港デモの背景には、ここ10年ほどで中国がナショナリスティックな色彩を強め、北京の中央政府が国民統合のモデルを押し付けようとした結果として生じたエラー……、という側面があります。事実、(他にも経済などの要因もありますが)香港の若い世代の間での対中国感情はここ10年間で一気に悪化しています。

 香港は19世紀前半から中国内地とは異なる歴史を歩んで、独自の文化を形成した地域なので、返還後20年以上を経た現在でも「北京の論理」「内地の論理」が通用しない部分が多いのですが、中央政府は「同じ中国人だから」と香港の統合を急ぎすぎました。香港デモのそもそもの理由である逃亡犯条例改正案問題も、林鄭月娥行政長官が「内地の論理」を過剰に忖度して、北京に気に入られそうな政策を通そうとしたことで生じたものです。

 日本はこの問題を他山の石にはできると思います。20世紀後半に祖国に返還されるまでは他の国の植民地や占領地で、内地とは異なる歴史・文化の伝統や現地の人たちの独自のアイデンティティがある地域――という点だと、たとえば沖縄がこれに該当するでしょう。「内地の論理」をもとに現地の独自性を無視したアプローチをやりすぎると、たとえ先進国水準の社会ですら反乱が起きるという実例は、現在の香港が証明しているのではないでしょうか。

#1(Q1~Q12)より続く

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(安田 峰俊)

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