「号泣です」「涙腺崩壊」……“AI美空ひばり”が歌う新曲『あれから』に、なぜ感情を揺さぶられるのか

文春オンライン / 2019年10月12日 5時30分

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美空ひばり

 美空ひばりさんの新曲『 あれから 』がすごく話題になっている。正しくは、NHKスペシャル『AIでよみがえる美空ひばり』で発表された、「AI美空ひばり」さんの新曲だ。でもツイッターの世界では「#美空ひばり」が盛り上がり、トレンド入りしたそうだ。

 検索した。賞賛の表現として、「泣いた」と書いている人が多かった。「号泣です」「涙腺崩壊」などなど。「紅白歌合戦出場希望」などのリクエストと並んで「iTunesで売られないかな…」もあった。世代を超えて、感動が広がっている。

 私もオンエアを見た1人だ。AI技術の解説がわかりやすく、明かされた美空さんの「歌唱の秘密」に感心した。AI美空さんの声と歌詞が、くたびれ気味の58歳(私です)の心にしみた。「私も歳をとりました……振り向けば幸せな時代でしたね」。現在と過去を肯定してくれる歌だった。さすが秋元康さん。

 番組を見ながら、ずっと頭の端っこで考えていたことがある。「山口百恵さんだったら、どうだろう」。

百恵さんは確かに人生を歩んでいるが、新曲は聞けない

 百恵さんのファンであると自覚したのは、彼女が1980年に引退してからだ。喪失感と引き換えに知った愛。寂しい。美空さんは、89年に52歳で亡くなっている。ファンの喪失感、寂しさはさぞやだったと思う。それから30年の長い不在。

 それにしても、まさか自分が美空さんの年を超えていたとは。番組で享年を知り、驚いた。美空さんは物心ついて以来、ずっと「大御所」だった。その点、百恵さんはデビューの時から知っている。しかも、これは何百回と自慢していることだが、私は2つ年下ではあるが、百恵さんと同じ誕生日なのだ。

 引退から3年後に就職して、LP(!)を買いまくった。全楽曲コンプリートのCD集が出た時も、即買いした。長男の三浦祐太朗さんによるカバーアルバムも買い、この夏は三浦百恵さんのキルト作品集『 時間の花束 Bouquet du temps 』も買った。百恵さんは確かに人生を歩んでいるが、新曲は聞けない。AI美空さんの新曲が出来ていく過程を見ながら、「AI百恵さんの新曲が出たら、私は何を思うかなあ」。そんなことを考えていた。

AIの歌声は「同時代を生きてきた人の歌と思えない」

 番組には、美空ひばり後援会の女性たちが出ていた。「全国各地の公演にも足を運び、ひばりさんの晩年は裏方として支え、病室にも足しげく通っていた」と説明されていた。年齢に幅はありそうだが、生きていれば82歳の美空さんより若く見えた。途中経過のAIの歌声を、彼女たちが聴くシーンがあった。「違う」と皆が口を揃え、中の1人はこう言っていた。

「ひばりさんの歌を聴くと、ものすごい濃い空気の中にいるような気持ちになるんですけど、空気が足りない」

 うまさが足りないという指摘だったのかもしれない。同じ歌声を聞いた秋元さんは、「正確に歌っても、感動はさせられない」ということを言っていた。でも私は、「濃い空気」とは同時代感なのだと思った。一緒に生きてきた人の歌と思えない。そう言っているのだな、と。

 百恵さんの歌を聞く、または脳内で再生する時、私はその時々の自分を思い出している。『絶体絶命』がはやったのは、高校3年の時。「はっきり、片をつけてよ」と歌う百恵さん。受験勉強に身が入らない自分。「このままじゃ、片がつかないよなー」。どんよりした当時の気持ち、はっきり思い出せる。

 取るに足らない記憶だ。でも、そんなささやかな記憶の積み重ねと共に、私の中に百恵さんがいる。一緒に生きていた。時代を共有していた。小さな人生のシーンと共に、心に刻まれる人を「スター」と言うのだと思う。一緒に生きてきたのに、思い出はもう更新されない。そういうスターについて、ずっと考えていた。

スマホも握手会もなかった時代の「ファンの所作」

 美空さんと百恵さんが活躍した昭和には、スマホも握手会もなかった。ファンたるものがすべき所作は、テレビを見て、ラジオを聞いて、レコードを買う、以上だった。そうして、記憶を心に刻んだ。美空さんがデビューしたのは、1949年。「戦後」と共にある美空さんの同時代感は、73年にデビューした百恵さんよりずっと濃いはずだ。「ひばりさんの歌を聴くと、ものすごい濃い空気の中にいるような気持ちになる」。後援会の人の言葉の繰り返しだ。

 濃い空気に包まれていたのは、ファンだけでない。番組中、『あれから』をニューヨークで作詞する秋元さんが映った。美空さん最後のシングル『川の流れのように』を書いたというカフェで、パソコンを広げていた。放送作家だった30年前、仕事を辞めてここに来て、震えるような気持ちで詞を書いた。ひばりさんが「いい詞ね」と言ってくれて、「作詞家」と名乗ろうと思った。そう語る秋元さん。バブルの真っ只中、秋元さんは美空さんと生きた。

美空ひばりと山口百恵 ある共通点

 AI美空さんの振り付けのため、『あれから』を歌ったのは天童よしみさん。衣装をデザインしたのは森英恵さん。他にも大勢が美空さんを語り、協力した。完成した『あれから』を聴き、泣いていた。後援会の人も、思わず「ひばりちゃん」と声をかけてしまったと言って泣いていた。そういう美空さんだから、AIという最新科学が生きた。美空さん、AI。どちらが欠けても「新曲」は生まれなかった。

 番組を見ながらもう一つ感じたのが、美空さんと百恵さんの共通点だ。何度か美空さんが歌うシーンが映ったが、どれも寂しそうに見え、百恵さんに重なった。キャピキャピしていない、という表現はもう若い人には通じないだろうか。同年代のアイドルと百恵さんは、そこが明らかに違った。憂いがあった。そこにひかれたのだと気づいたのは、やはり引退後だった。

なぜ世代を超えて、涙を流すような感情を起こさせるのか

 美空さんの『あれから』には台詞が入る。技術的にはそこが一番の難関だったが、救ったのは息子の加藤和也さんが保存していたテープだった。小学生になり、地方公演に連れていけなくなった和也さんに、美空さんが残した読み聞かせのテープ。「かー君に、ママがお話をこれから読みます。これを聴きながら、おとなしく良い子で寝るんですよ」。そう語る、ゆっくりした声が流れた。

 和也さんは、美空さんの弟の子どもだ。複雑な事情を背負った弟、その子どもを養子とし、濃密な愛情を捧げた美空さん。知っているのは、私が昭和の子だからだ。百恵さんは複雑な家庭に生まれたことを、著書『蒼い時』で明かした。引退直前のことだ。

 冒頭、世代を超えて『あれから』が支持されていると書いた。泣いているという感想が多かった、とも。なぜ世代を超えて、そういう感情を起こさせるのかと考えると、美空さんの孤独さのようなものが関係しているのではないかと思う。とてつもなく歌がうまく、大勢の人の記憶に刻まれたスター。その人が、心の底に寂しさを抱えていた。だから、彼女の歌は人の気持ちのやわらかいところを刺激する。弱いところをそっと包み込む。気づけば、聴く人が泣いている。そういうことではないだろうか。

安室奈美恵にも共通する、スターの孤独

 安室奈美恵さんを思い出した。昨年引退した、平成のスター。彼女のコンサートに行ったのは引退の5年ほど前だった。少女のように見えた。MCは一切なく、英語で歌い、踊っていた。私はずっと「なぜ安室ちゃんは、寂しそうなのだろう」と思っていた。引退直前に出演したNHKの番組で彼女は「あまり悩みとかも、人に相談したりしてこなかった」と振り返り、涙ぐんでいた。孤独だったのだなあと、あの日の安室ちゃんを思い出した。

 美空さん、百恵さん、安室さん。世代の違う3人のスターに共通するのが「寂しさ」という不思議を思う。

 改めて『あれから』を聞いてみた。「今でも昔の歌を 気づくと口ずさんでいます」。AI美空さんの歌声。

 私は、百恵さんの新曲を聴きたい。AIでも。そう思った。

(矢部 万紀子)

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