25kmで水3トン “コスパ悪い”乗り物「SLの運転ってどのくらい難しいの?」――東武に聞いてみた

文春オンライン / 2019年10月17日 6時0分

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SL大樹。東武鉄道が2017年8月に約半世紀ぶりに復活させたSL列車

 令和になって、今や鉄道も自動運転の時代が目前である。すでに一部の路線では自動運転が導入されているし、近い将来あらゆる路線で自動運転の列車が走るようになりそうだ。なんだかワクワクするような、新時代のお話である。が、そうした中で、ハイテクの自動運転とはまったくの対極、究極のアナログの列車も人気を集めている。究極のアナログ列車とは、なにか。そう、蒸気機関車である。

SLの運転は電車とはまったく違う?

 自動運転とは行かずとも、最新の電車ともなればかなりの部分がコンピューターで制御されていて、運転操作もだいぶシンプルで楽になっているという。それに対して、蒸気機関車はコンピューターなどとはほとんど無縁のアナログ列車。いったい、どのようにして運転をしているのだろうか。それを知りたくて、東武鉄道の下今市駅近くにある下今市機関区を訪れた。この機関区では2017年8月から「SL大樹」という列車を走らせている。話を聞かせてくれたのは、そこでSLの機関士たちを束ねる運輸科長の眞壁正人さん。やっぱりSLの運転は電車とはまったく違う?

「そうですねえ……。よく言うのは、『電車は運転する、SLは“動かす”』ということ。もうぜんぜん別物ですよ」

 そもそも大きく違うのは、乗務する人数。電車だったらひとりで運転台に座るが、SL大樹では3人乗務が基本だという。ひとりが運転台に座ってさまざまなハンドルを操ってSLを動かす機関士。残る2名がそれをサポートする機関助士である。

「機関助士のうち、1人が石炭をくべる仕事をしますね。もうひとりが機関士とは反対の右側に座って前方確認とかをするんです。だからその3人のコンビネーションが大事になってくる。お互いのことを考えながらやらないと。機関士が好き勝手に蒸気をいっぱい使っていたら助士は苦労するし、逆に助士が機関士のことを考えないでどんどん石炭をくべていたら圧力が上がりすぎて安全装置が働いてしまいますから。それに、同じようにやっているつもりでも機関助士によって圧力の作り方が変わってくるんですよね。だからお互いに相手の特徴を把握しながら、相手のことを考えて。そういうのは電車の運転では絶対ないところですよね」

そもそもSLはどうやって動く?

 と、ここで簡単にSLの動く仕組みについて。巨大な蒸気機関車は電車などと比べると複雑な構造をしているように見えるが、「理屈的にはシンプル」と眞壁さんは言う。火室に石炭をくべて火を燃やして水を沸かして蒸気を作り、その蒸気をシリンダーに送って動輪を動かす――。火が燃える火室の中は1500℃を超える。機関室の中も真夏には60℃くらいになるという。「真夏の35℃も涼しく感じる」という。さらにSLは仕組みはシンプルであっても「奥が深くて難しいことだらけ」(眞壁さん)。

 

「蒸気機関車は毎日違うんです。いつも同じようにやれば同じように動く、というわけではなくて。温度や湿度によっても変わるし、お客さまの多い少ないによっても変わる。あとは、機関車そのものの調子ですかね。だからSLは五感で運転する、と言うんです。音を聞きながら調子をうかがって、その日その日にあわせて対応しながら動かしていく感じです」

「鉄の馬」とはよく言ったものです

 現在、SL大樹はJR四国から譲渡された客車を使用しているが、今年の春からかつてJR北海道の急行「はまなす」として活躍していたドリームカーを連結することもある。そのときにはまたSLの運転にも微妙な変化が出るという。同じ日は二度とない、まさに生き物を操るのと同じような感覚なのだ。

「鉄の馬、とはよく言ったものですよね。ハンドルにしても電車だとせいぜい2つしかないですが、SLだとかなりたくさんありますから。簡単に言うと、まずはアクセルになる加減弁ハンドル。これでシリンダーに送る蒸気の量を調整するんです。で、逆転機がクルマのギアのようなもので、これで速度調整をします。停まるときにはブレーキを掛けますが、これも2種類のハンドルがあります」

 ブレーキは、機関車だけにブレーキが掛かる単独ブレーキと客車を含めた列車全体に掛かる自動ブレーキの2種類。さらにこれを組み合わせて微妙な速度調整を行っているのだという。

「背中で感じろ」SL運転の極意

「お客さまがどれだけ乗っているかによって、ブレーキを掛ける量を変えていきます。電車だったらお客さまがどれくらい乗っているかもコンピューターが計算してくれるんですが、SLはそれも全部自分でやらないとダメですからね」

 また、機関車が客車を牽引する列車の構造上、ブレーキは列車全体に同時に掛かるのではなくて、機関車から最後尾まで時間差で掛かっていく。その際のブレーキの効き方なども把握しながら駅ではピタリと停止位置に止めなければならない。まさに職人技なのだ。

「止めるときには外を見ていないといけないので、ハンドルは見ていません。だからどこにどのハンドルがあるのか、身体で覚える必要があります。もちろん機関車の調子も感じながら。私は指導してくれた方には『背中で感じろ』と教わりました」

訓練のため、1年間秩父鉄道で修行

 現在、下今市機関区には運輸科長である眞壁さんを含めて機関士の資格を持つ人が5名所属している、その他に機関助士の資格保持者が10名(うち2名がディーゼル機関車の運転も担当)。ただ、東武鉄道がSLの運行を始めたのは2年前。そのため、SLの操縦免許(甲種蒸気機関車運転免許)の資格を取得するために他の事業者に出向して訓練を積んだのだとか。眞壁さんの場合は、「SLパレオエクスプレス」を運行している秩父鉄道で約1年間指導を受けた。

「SLはボイラーなので、まずボイラー技士の資格もとりました。秩父鉄道ではまず貨物列車を牽く電気機関車の運転をしました。そこで機関車とはこういうものだということを学んで、学科講習を経て実際に蒸気機関車の技能講習でSLを乗務しました。2名で出向していたので、往路で運転したら復路は石炭をくべる、という感じでしたね。それぞれ指導の方が横について、『ここくべて』と指導されました。最初は何がダメなのかよくわからないんですけどね。初めて運転したときは、自分で操作しているつもりでも実際には機関車のほうに操られていると、そういう感じでした」

 “五感で運転する”“背中で感じる”と言われても、その職人技の域にはそうそう簡単には達しない。訓練を繰り返すのみ、というわけだ。

「なにかきっかけがあってわかるようになるということでもないんですよね。ずっと音の違いなんてわからなかったのが、気がついたらわかるようになっている。SLは1年やったら1人前とかそういう世界ではないですからね。いつまでやっても“極める”というのはない。ここまで奥深いものは、鉄道の世界でもそうそうないと思います」

朝方3時の試運転での「思いがけない出来事」

 そんな眞壁さん、2017年5月に東武鬼怒川線で初めてSLが試運転を開始したときに運転台に座っていた。まだ営業時間帯の試運転はできず、朝方3時ごろの試運転だった。

「そんな時間だから見に来る人もいないだろうと思っていたんです。でも、実際に走ってみたら沿線に地元の方々が出てきてくれて、手を振ってくれた。電車の場合はそんなことまずないですからびっくりしました。蒸気機関車というのはそういう乗り物なんだなあ、と」

 東武鉄道がSLを導入したきっかけは、「鉄道産業文化遺産の保存と活用、日光・鬼怒川エリアの観光活力創出による地域活性化、ひいては東北復興支援の一助となること」だそう。鬼怒川線は終点の新藤原駅から先の野岩鉄道線や会津鉄道線とも直通運転を行っており、首都圏と福島県会津地方を結んでいる。東武鉄道では「課題はあるがゆくゆくは会津までのSL運行も考えたい」という。さらに、現在は新たにC11形蒸気機関車1台を購入し、2020年冬を目標に復元作業に取り組んでいるところだ。現在走っているC11形は以前よりJR北海道で走っていた“動態保存車”だが、復元に取り組む新しいC11形は“静態保存車”。つまりは長く動かしていなかった車両を“復活させる”というなかなか途方も無い作業である。

 さらに、既存の機関車のメンテナンスも楽な作業ではない。SLは火を焚いて高温の熱で蒸気を生み出す。そのため、運行していないときでも絶えず火が入った状態を保っている。運行のたびに新たに火を入れることもできるが、そうすると缶があたたまるまでに4時間ほどかかることもあるし、温度差で鉄が収縮して不具合を起こす可能性も出てくるという。そこで検査などのタイミングを除いて火を絶やさないのだが、当然そうなれば24時間体制で火の番をしなければならない。

「あとは修繕も大変なんですよね。なにせ古い機関車ですから部品ひとつとってもすぐに手に入るようなものじゃない。我々は乗務を担当する運輸科ですが、下今市機関区には車両科もあってそちらでメンテナンスをしています。同じ職場ですから日常的に情報交換をして機関車の状態を伝え合いながらきめ細かくやっている。部品を削ったりする作業もウチのスタッフができるようにしているんですよ」

「25kmで石炭0.5トン、水3トン」それでもSLに力を入れる理由

 SL大樹は現在1日3往復。1往復で24.8kmを走る。1往復で石炭は0.5トン、水は3トンほど使うという。さらにメンテナンスの苦労や乗務員の育成にかかる時間も考えれば、お世辞にも効率のいい乗り物とは言えないだろう。にもかかわらず、新たな機関車を導入してまでもSLの運行に力を入れる東武鉄道。簡単にできることではないだろう。それについて尋ねると、眞壁さんから「鉄道魂」という言葉が返ってきた。

「鉄道はもちろん安全第一ですよね。その安全は人が作るもの。安全第一を絶対的な基準として、技術を磨いてさらにおもてなしも磨いていく。今ではなかなか使われなくなっている技術継承にも役立ちます。そしてこうやって安全を作っていくという、鉄道魂を改めて認識するきっかけになっていると思います」

 鉄道にも自動運転の時代がやってこようとしている今だからこそ、運転からメンテナンスまですべてが手作業、人の力が欠かせない蒸気機関車を走らせることに意味がある、ということなのか。

 眞壁さんは「SLは運転台の3人だけで動かしているわけではない」と強調する。実際、SL大樹には機関士や機関助士だけでなく車掌や車両係、日光市観光協会のSL観光アテンダント、車内販売やフォトサービスのスタッフなど多いときには12名前後が乗っているという。さらに日常的に機関車や客車の保守を担う人がいる。これだけの人のチームワークで蒸気機関車が走る。これこそが“鉄道魂”の原点なのかもしれない。

写真=鼠入昌史

(鼠入 昌史)

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