「一緒にめっちゃ指しました」リアル将棋ラブコメだった及川拓馬、上田初美夫妻の青春時代

文春オンライン / 2019年10月31日 11時0分

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©深野未季/文藝春秋

 及川拓馬六段と上田初美女流四段が、「棋士」と「女流棋士」のご夫婦であることは、「観る将ファン」のあいだでも、よく知られたことだろう。

 ファンにとってお馴染みのお二人には、現在3歳と1歳の娘さんがいる。上田さんが育児の様子をツイッターなどで発信して、及川さんも原稿のなかで娘さんたちについて触れていることもあって、その子育てぶりにも関心を持つ人も少なくないだろう。

 そこで今回のインタビューでは夫婦揃ってご登場いただき、その馴れ初めから棋士夫婦の日常、将棋や子供たちへの想いなどをお聞きした。

 まずは、お二人の出会いから話を進めよう。及川拓馬六段と上田女流四段は、共に師匠が伊藤果八段といういわゆる「同門」である。となると、幼い頃から切磋琢磨するうちに恋が芽生え……という展開を想像してしまうが、どうもそうではないようだ。

◆ ◆ ◆

及川 私が小学4年生で師匠の教室に通い出したときに、彼女も同じ教室に来ていました。ただ、その存在を知っていましたが、話したこともないですし、フルネームも知りませんでした。もちろん将棋も指したことはありません。なんか「やんちゃな子がいるなぁ」という感じでしたね。

――やんちゃというのは、上田さんが……?

上田 将棋を指しているとき以外は、ずっと走り回っている子でしたので(笑)。

及川 私はずっと座っている感じだったので、タイプが違うなぁと思っていました。

二人が再び出会ったのは……

 このようにお互いの存在を知る程度だったというのが最初の「出会い」。その後、師匠の教室が開催されなくなったこともあり、二人はその後しばらく会うこともなかったという。

 二人の歩みを簡単に説明すると、小学校4年で師匠の教室に入った及川さんは、小学5年生で奨励会試験を受けて合格。20歳でプロになったので、およそ10年間の奨励会時代を過ごしたことになる。

 一方、上田さんは5歳で将棋を始めて、史上最年少の7歳で女流棋士の養成機関とされた「女流育成会」に入会。その後、師匠の教室に通うようになり、12歳という若さで女流棋士になった。

 そんな二人が再び出会うのは、及川さんが18歳で、上田さんが17歳のとき。元奨励会三段であり、現在「将棋講師」として漫画監修なども手掛ける 鈴木肇さん の誘いがきっかけだったという。

「女流棋士がこんなに指せると思わなかった」

及川 鈴木くんが「将棋やろうぜ」って誘ってくれたんですよ。そしたら、そこに彼女がいて。

上田 私はそのとき高校生で、ちょうど模試の日でした。模試なら行かなくてもいいかなと、指定された両国の将棋センターに向かったんですよね。

及川 そのとき初めて将棋指したんじゃなかったっけ?

上田 そう、初手合い。私が勝ったと思うんですよね。

及川 そうだっけ? 勝った?

上田 対局の終わりに「女流棋士がこんなに指せると思わなかった」という捨て台詞を言いました(笑)。

負けた人は待っている間に「詰将棋でも解いてなさい」

――では、そのときから上田さんは強いなという印象があったわけですか。

及川 ないない! ないですよ。負けたのも覚えていません。ただ、それからめっちゃ指したんですよ。

――週に1回とか?

上田 いや週に3回くらいですね。ただ二人じゃないですよ。鈴木さんなど誰かがいて3人で。

――3人って、どういう風に指すんですか?

上田 負け抜けですね。負けた人は待っている間に「詰将棋でも解いてなさい」という感じです。

――そこからお付き合いが始まったと。

及川 まあ。

――それは及川さんが、プロになる前ですね?

及川 そうです。三段リーグのときですね。20歳でプロになった期(2007年4月から2007年9月まで行われた第41期奨励会三段リーグ)の途中ですかね。

彼女がタイトルを取ったのは私のおかげ(笑)

――では、お付き合いしたのが、大きなモチベーションになってプロになれたと。

及川 そのようにいろんな人に言われるんですけどねぇ(笑)。ま、そういうことにしておきます。

――では、プロになったときは、上田さんも大喜びされた?

上田 いやぁ、それほどでもなく(笑)。電話がかかってきたんですけど、「ああ、よかったね」くらいでした。

――まあでも、及川さんが強くなったのは、上田さんとたくさん指したのが、けっこう影響していると。

及川 いやあ、私は逆だと思っているんですけど。彼女がタイトルを取ったのは私のおかげだと(笑)。

一時は将棋をやめようかなと

 上田さんが第4期「マイナビ女子オープン」に勝ち、初めてのタイトル「女王」を獲得したのは2011年のこと。二人の付き合いが始まってから4年ほど経ったときのことだ。

及川 二人でいっぱい指しましたが、初めて指したときと比べてずいぶん強くなっていたんですよ。

上田 ただですね。彼と初めて指したころは、私は将棋をほとんど勉強していなかったんですよ。12歳で女流棋士になってからモチベーションがなくなって、一時は将棋をやめようかなとも思っていたんです。ただ高校卒業を前にして進路を考えたとき、やっぱり将棋をやろうと改めて勉強を再開した。そんな状況と、彼といっぱい指した時期が重なっているんです。さすがに彼と指していただけじゃ強くならないですからね。

上田さんのほうが知名度が上だった

――2011年にタイトルを取られて、翌年は防衛するも2013年に失冠。この年に結婚されたんですね。

上田 タイトルを失うというマイナスのことがあった後、結婚というプラスのことがあってよかったねと、励ましてもらったのを覚えています。

――結婚されるときは、タイトルを取られていたこともあり、上田さんのほうが知名度もあったとか。

及川 今でもそうですけどね(笑)。結婚する前、師匠に「結婚するんだったら、妻のほうに注目が集まったときの気持ちの持ちようとか、振る舞いは大変だけど、それでもいいのか?」って言われたんですよ。そのときは、よくわかっていなかったから「はい」と軽い感じで答えましたが、結婚してから実感することはありますね。

――上田さんは、師匠には何も言われませんでした?

上田 ええ何も(笑)。

いつまで待っても来ないんですよ

 お二人が結婚した2013年は、及川さんにとって、プロになったとか、タイトルをとったとか、そういった特別な年ではない。結婚するときには、何か「きっかけ」を求める人もいるが、そういったものはなかったのだろうか。

及川 19歳の頃から6年くらい付き合っていて、まあ、そろそろかなという気持ちはあったんですけど……。

上田 いつまで待っても来ないんですよ。

――そんななか、なにかきっかけになったことはありますか。

及川 米長会長(故・米長邦雄永世棋聖。当時、日本将棋連盟会長だった)に「インタビューするから自宅に来てくれ」と呼ばれたんですよ。

上田 会長が週刊誌で連載されていた、米長節で棋士を紹介する記事ですね。

及川 そう。それで伺ったら「結婚しないのか?」って聞かれたんですよ。会長って誰と誰が付き合っているとか、そういう話題が好きで詳しいんですよ。それでも「いやぁ」とか返事を濁していたら、「君、早く結婚しないと何があるかわからないぞ」「ゴールしちゃえ」って、言われたんです。ですから、まあそれがきっかけということで(笑)。

「将棋と恋とは、よく似ていてな」

 米長会長宅で受けたインタビューは『週刊現代』で連載されていた「名棋士今昔物語」というもので、これをまとめた単行本が『 将棋の天才たち 』というタイトルで出ていることがわかった。手に入れることができたので、当該箇所と思われるところを引用してみよう。

《及川は今年の7月になって、家を出て独立した。「25歳だから一人暮らしをする気になった」というが、及川には恋人がいるらしいという噂もある。この辺りをズバリ聞いてみた。「そんなことも書くんですか」と驚いていたが、それがインタビューの骨子というものだ。数年前から付き合っている彼女がいて、6年越しの恋とか。「そろそろ決断しようかと思っています」と言ったので、私はこう先輩からの教訓をたれた。

「将棋と恋とは、よく似ていてな。いつでも詰ませられると思っていると、そういう訳にもいかないんだよ。詰ませられるときにキッパリと決めないと、勝ちを逃すケースがままあるからなぁ」

 その彼女のどこが気に入り、どこが好きなのかと問うたら「さっぱりしているところです」とな。たまにはケンカもするのかと思ったら、一度もないらしい。幸せとはこういうものかと思うほど、彼女の話をするときの及川はうれしそうだった》(『 将棋の天才たち 』米長邦雄・著/講談社/P227より)

 みなさんも米長会長の前で、たじたじになっている及川六段の顔が目に浮かんだのではないだろうか。

育児にも「ログインボーナス」を

 こうして結婚された及川さん、上田さんには、今、二人の娘さんがいる。

 上田さんは、あるインタビューで「30代は、将棋をやる」と述べておられたが、二人目の娘さんが生まれた今、時間がなかなかとれずこの目標も難しくなったと話す。

 子供はもちろんかわいいけれど、なかなか大変なことも多いのが子育て。上田さんにとって何より苦手だったのが、朝起きることだったという。しかし、お姉ちゃんが幼稚園に通うようになり、お弁当を作る必要が生じて、どうしても起きなければいけない――そんな状況にある今、ご夫婦で実践しているという「システム」について話してくれた。

及川 彼女は、朝、本当に起きないんですよ。まあ、子供がいないときは、私も自分のことは自分でするんでそれでもいいんですけど、子供が生まれて、起きざるを得ない状況になっても、なかなか起きない。

上田 お弁当を作るために起きなきゃいけないんですけど、もっとモチベーションがないと無理だって言ったんですよ。今、ケータイのアプリなんかでも、起動するとログインボーナスとかもらえるじゃないですか。それと同じことをしてよって。そしたらログインするからって(笑)。

――それでどうされたんですか。

及川 じゃあもう露骨ですけど、この時間までに起きたら100円あげるよって。

上田 起きたら100円もらえるので、それを専用の貯金箱に入れています。

及川 そして小学生が使うような生活予定表を壁に貼って「この日は起きられました。マル」とかつけています。

上田 幼稚園児みたい(笑)。

及川 いや、ほんとに。

上田 でもこの制度のおかげで、モチベーション高くなって起きられているので、私にはとてもよい仕組みだなって思っています。

夫婦で決めた「一人になれる日」

 上田さんは、ご夫婦で決めた「一人になれる日」には、焼肉にも行くという。「一人で焼肉ですか?」「行きますよ! 豪遊です」と素敵な笑顔を見せてくれた。中継などで見た通りの、明るく快活なママさんだ。

 上田さんが対局の日は、当然、幼稚園のお迎えなども、パパである及川さんの担当。当初は、周囲がママばかりの状況に戸惑ったが、あえてこちらから親しくしようとしなくてもいいとわかったところで、なんとなく楽になったそうだ。ちなみに、ママさんたちは、及川さんが棋士だと知っているという。

「でも、藤井さんのおかげで印象はいいですよ」とにこやかに笑う及川さんも、中継で見た通りの優しいパパさんだった。

写真=深野未季/文藝春秋

「あまり勝負へのこだわりがない」及川拓馬六段が勝ちまくる理由を妻はどう見たか へ続く

(岡部 敬史)

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