課金ゲーム化する中学受験 “偏差値71の超難関校”開成中学はなぜ「授業料免除」を始めるのか?

文春オンライン / 2019年11月27日 6時0分

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開成中学高等学校 ©文藝春秋

 東大合格者数No.1の開成中学高等学校。日本屈指の難関校だ。この開成中学が来年度から新入生向けに“授業料免除”の『開成会道灌山奨学金』を開始する。

 一見、不思議な話である。中堅校が学力の高い生徒を確保するために、“授業料免除”の特待生を募集することはあるが、難関私立ではまずありえない。開成は中学入試で偏差値71(※)と全国でトップの水準であり、ほっておいても地頭がよく学力も高い生徒が入ってくるのだから。

開成の狙いはどこにあるのか?

 しかし、奨学金の条件を眺めると開成の狙いが分かってくる。まず、受験前に奨学金への応募受付を終わらせる。そして、主な条件は「年間所得218万円以下、または給与収入のみの場合収入額400万円以下の世帯の子弟」「合格したら必ず開成中学に入学する意思がある者」である。入試での成績の順位や点数は問わない。ようは、経済的に余裕がない家庭の子供を、受験前に囲い込もうということだが、なぜ、天下の難関私立中学がこのような試みをするのか。

 その理由には、中学入試の質の変化があるように思える。今回は、中学受験が課金ゲーム化している現状と、それに開成がどう対抗しようとしているかをみていくことで、日本のエリート教育の変化について考えてみたい。

お金をかければかけるほど、勝てる確率は上がっていく

 中学受験をテーマにした『二月の勝者』(高瀬志帆・小学館)という人気漫画がある。この中で、受験生の母親が「中学受験は課金ゲーム」と言い切るシーンがある。この台詞に心から共感できた人はどれだけいるのだろうか。「いくら金をかけても本人にやる気がなければ仕方ないのでは」と思う人もいるはずだ。

 しかし、2019年現在、中学受験が課金ゲーム化しているのは事実だ。それを説明するために、まず、アプリゲームの課金システムをみてみよう。私はゲームが得意ではない。その私とゲーム達人の小学生がアプリゲームで同じ条件で対決したら、確実に私は負ける。しかし、私が大人の経済力を駆使し、課金しまくったら、情勢は変わるだろう。私がガチャを回しまくり、強い武器を入手し、それを使って戦えば、勝利する可能性は大になる。

 中学受験も同じ構造になっている。お金をかけても100%勝てるとは限らない。だが、お金をかければかけるほど、勝てる確率はどんどん上がっていくのだ。少なくとも課金ゲームと同じレベルには、金のかけ方が合格不合格に影響する。

※開成中学の入試偏差値は日能研予想R4、2019年10月16日版を参考にした。

 開成や麻布などのトップクラスの難関校に入る子供たちは今も昔も地頭はいい。ただ、地頭がよいだけでは受験には勝てない。2000年代までは、地頭がいいのに加えて、勉強が好きだったり、自制心が強かったりして、自ら机に向かって学習する性格でないと、難関校には受からなかった。大切なのは塾での予習や復習であり、自学自習できる受験生たちが“二月の勝者”になっていった。

「子供が勉強をしない」をお金で解決できるようになった

 その頃に受験を経験した難関校の卒業生にインタビューすると、「大手塾に通って、あとは家で自分で復習してただけです。そうしたら、成績が伸びたんで、周囲に勧められ開成を受けて入ったんです」といった話をしばしば聞かされる。本人も親も無理をしていない。自分のペースで勉強していて、学力にあったところに入学し、それが難関校だったというだけだ。

 ところがだ。現在は勉強が好きでなかったり、集中力がない受験生を強制的に勉強させるノウハウやツールがそろっている。今も昔も世間の親の最大の悩みは「子供が勉強をしない」であるが、現在はその悩みをお金で解決できるようになっている。

算数一教科のために月40万円を支払う家庭も

 個人指導塾の講師はこう話す。

「偏差値上位中学の合格者の40%が大手塾、サピックス出身者です。上位校に特化した塾ともいえますが教材が不親切なんですよ。授業で分からなかったところを、後から子供が見直そうとしても、解説が分かりにくいので自力で復習できない。それを補完するために個人指導や家庭教師を利用するケースが増えていったんです」

 取材で接したサピックス現役生(小6)の母親が「サピックスの塾代と個人指導塾の費用、そして、家庭教師代で月に20万円払っている」というので、私が「そんなにたくさんかかるんですか?」と驚くと、「サピックスで一番上のクラスにいて、開成や桜蔭なんかを狙う子たちはもっとかかっていますよ」と話してくれた。

 こういった個人指導塾講師や家庭教師は、料金は高いが、その額に見合う能力がある。それらを利用している受験生ほど塾の授業についていけるので、より成績もあがっていく、という仕組みである。プロ家庭教師派遣企業の経営者を取材した時のことだ。「保護者向けに各科目の対策を講習するので見学しないか」と誘われた。「勉強の内容を聞いても退屈だろうなあ」と思いつつも見学したところ、夢中になって聞き入ってしまった。教え方がうまく、わかりやすい。勉強嫌いの中年の私が面白く聞けるのだから、受験生も集中できるだろう。

 この企業の家庭教師は、感じがいい女性たちばかりで、志望校の選択などの相談から、メンタルケアまで対応する。この企業のトップクラスのプロ家庭教師たちを雇うと、1時間1万2000円である。1回2時間、週に1回呼ぶとしたら、月に10万円ほどかかる。中には算数一教科で、月に40万円近い家庭教師代を支払う家庭もあるという。

 ただ、彼女たちの能力を目の当たりにした私からすると、その額は決して高くはないように感じる。私は中学受験で立方体の問題が苦手だったが、あのプロ家庭教師たちに教わっていたら、ある程度はマスターしていたように思う。このような敏腕プロ家庭教師が指導した受験生たちは非常に“戦闘力”が高くなる。この多額課金キャラたちに、自学自習で学力を伸ばす従来型の秀才が負けていくことも増えているのだ。

「少数からお金を搾り取るビジネスモデルに変化している」

 現在、小学校6年生で受験生の息子を抱える母親はいう。

「うちは幼い弟が騒ぐこともあって、自宅では勉強できない環境です。落ち着いて集中する環境を与えようと個人指導塾に通わせたら、みるみる成績があがっていくんですよ。当たり前ですよね。今まで大手塾以外で勉強しなかったのが、週に何時間か集中して勉強するようになったんですから。ましてやプロがついて、大手塾の復習をさせてくれるんですものね」

 課金したら、成績が上がった。こうなると、課金は止められなくなる。

 中小の塾の経営者はいう。

「少子化の中、教育産業は広く浅くではなく、少数のコアな層からお金を搾り取るビジネスモデルに変化しているんです」

難関校が“放任主義”を捨てはじめた

 さて、この中学受験の課金ゲーム化に最も頭を抱えているのが難関中学である。難関校は元来、地頭がよくてかつ自学自習ができる生徒たちが入ってくるところだった。だから、学校は環境だけを提供して、大学受験対策はしなかった。放任主義が難関校の基本姿勢だった。

 ところが、親に課金され、強制的に勉強をさせられてきた生徒たちはほっておくと勉強をせず、どんどん学力が落ちていく。そのため、いくつかの難関校では放任主義を止め、小テストや宿題をおこない、管理教育をし始めた。ここで新たなる問題が出てくる。難関校には、管理して、生徒を勉強させるノウハウがないのだ。

 難関大学専門塾の講師がこう話す。「ある難関校の生徒が学校で出された“東大対策”の課題を僕のところに持ってきたんです。その課題の質があまりに低い。全然東大対策が分かっていない」。ようは大学受験対策のノウハウが蓄積されてないから、適切な課題を出せないケースもあるわけだ。

 このように、難関校としては、課金されて入ってくる生徒たちの対応に非常に手を焼いている。開成もそれは同様で、本音では、従来のような自学自習できる生徒がほしいはずである。その秘策として今回の奨学金制度があるように思える。

「年間所得218万円以下、または給与収入のみの場合収入額400万円以下の世帯の子弟」が条件だ。この経済状況の家庭では、まず個人指導塾や家庭教師は利用できない。そうなると、大手塾に通うとしても、後は自ら机に向かって自力で復習をし、中学受験をクリアしてくる受験生たちとなる。

課金キャラに負けない「最強秀才キャラ」を囲い込む

 この奨学金制度に対して、「中学受験は特殊なので大手塾に通いノウハウを学ばないとクリアできない。経済的な余裕がない家庭は大手塾の費用すら出せないから、そもそも開成に合格できないのでは」という指摘もあるが、そこにはちゃんと救済策がある。

 中学受験の大手塾では成績優秀者を授業料全額免除、もしくは半額免除にして囲い込む。実際、難関校出身者を取材していると、実家は裕福ではないが、入塾試験で高得点を出し、特待生として格安で塾に通ったという話をしばしば聞く。ごくわずかだが、世間にはいるのだ。自学自習中心で勝負をし、課金キャラに負けない秀才たちが。

 その希少な最強秀才キャラはどこの学校でも喉から手がでるほどほしい。その層を囲い込むために、開成中学は奨学金制度をはじめるようにみえる。

 ちなみに、開成は高校入試では2015年から、この“授業料免除”の『道灌山奨学金』をすでに導入している。高校入試組は学費が安い学校を選ぶ傾向があるから、学力が高い層ほど国公立に流れる。昨今は都立や県立高校が力をつけているから、開成は第二志望校という位置づけだ。だから奨学金制度で、学力上位層に第一志望校として選んでもらおうという作戦なのだと推測できよう。

 この高校での試みが成功したため、中学にも拡大するということなのだろうが、中学受験では開成は第一志望校なので、事情は違ってくるはずだ。中学でも奨学金制度はうまく機能するのだろうか。日本のエリート教育の行方を見守るためにも、開成の試みに注目し続けたい。

(杉浦 由美子)

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