「なぜ人はエセ科学的に惹かれるのだろう」トンデモ医療ブームなかであえて作家が書いたこと

文春オンライン / 2019年11月29日 19時0分

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 ドラマ化もされて話題となった『わたし、定時で帰ります。』など、「仕事」をメインテーに作品を書きつづけている作家の朱野帰子さん。マーケティング会社に7年間在籍し、死ぬ気で働いたときの経験が、作品には大いに生かされているといいます。

 会社員時代、科学好きゆえに感じてきた葛藤・共感・反論……、昨今の似非科学ブームについて、お話をうかがいました。

◆◆◆

――似非科学・疑似科学というものについて、小説で書こうと思われたきっかけは?

朱野​ 深海潜水調査船の副操縦士を主人公にした『海に降る』を書いて以来、科学者の知り合いが増えました。その中の一人、小谷太郎さんが書かれた『理系あるある』(幻冬舎新書)という本の〈疑似科学に厳しい〉という項が、非常に面白かったんです。〈科学に偽装された科学でない何ものかです〉〈疑似科学を見過ごせる理系の人はいない〉〈店先で告発が始まります〉とか、非科学的なものを許せない人がやってしまう行動がユーモラスに書いてありました。「あるある」と、自分が共感する場面がとても多かった。

 私自身、血液型による性格判断の話を真剣にされると、つい「科学的根拠はない」などと言ってしまい、場の空気を悪くして、失敗したなと思ったことが何度かあります。

消費者はもっと危ない商品に行く

――大学卒業後、最初に勤められたマーケティングの会社での経験も、関係しているそうですね。

朱野 いわゆる似非科学と言われる商品も手がけましたが、それが科学的に正しい商品かどうかはそれほど意識していませんでした。そこに疑問を抱くのは私の仕事ではない。商品の特性や効能をいかに消費者に伝えて、更なる売り上げにつなげるか――それが仕事でしたから。

 零細企業が行う訪問販売や通販などには、行きすぎた効果をうたったものや、安全性の低い商品も多い。法外な値段だったり、身体に害を及ぼしたりするものもある。それに対して、大手企業の商品は薬事法を守るし、安全性テストもきっちりやります。自分たちの売る商品は本物の科学ではないかもしれない。でもこの商品がなければ、消費者はもっと危ない商品に行くという感覚もありました。実際にそういう側面もあると思います。

なぜ人は似非科学的なものに惹かれるのだろう

――おもにどのような商品を扱っていたんですか?

朱野 美容・健康系の担当でした。雑誌を沢山読んでトレンドを探すんですが、当時流行っていたのは、「貴金属を摂取するとデトックス効果がある」というものでした。エステの広告には「金糸を肌の中に縫い込む」という明らかに危なそうなものもありました。

 ただ、商品評価の場で、消費者モニターから「怪しくて値段の高いものの方が効果あるように見える」と言われたことがありました。さすがに愕然としましたし、なぜ人は似非科学的なものに惹かれるのだろう、と考え始めたのはその時です。

 マイナスイオンや、水素水は効果もなければ害もありません。あったら市販できないはずです。ですが、そういう他愛もない似非科学商品を疑問もなく受け入れていった結果、出産や病気という重大な局面で誤った治療を選択してしまうことになる。似非科学を信じる人が家族に一人でもいれば、失わなくていいお金を失ったり、治療を遅らせてしまったり、その結果、家族の間を裂いてしまったりもします。そして、自分もその流れに加担していたのかもしれない。

「賢い人物」側に立った気分になる

――似非科学商品を作る側、それを真っ向から否定する側。朱野さんの小説にも両方の立場の人が描かれています。

朱野​ 小説の主人公は科学オタクの電器メーカー社員です。似非科学を信じる人や、似非科学商品を作る人を一方的に断罪するキャラクターです。ただ、SNS上ならそれでいいかもしれないけど、現実はそんな単純ではない。似非商品が生まれる背景には、企業、消費者、医療者、科学者などたくさんの立場の人の仕事や生活が複雑に絡みあっています。

 だから主人公は悩みます。本の帯に「自分の主義に反するものをあなたは売れますか?」という読者への問いかけを書きました。似非科学に限らず、会社で消費者向けの商品を作る会社員であれば、誰もが一度は抱いたことのあるジレンマなのではないかと思ったからです。

 ではどうすれば似非科学商品は無くなるのか。この小説を書く前に、似非科学を糾弾する本をいくつか読みました。全てがそうではないですが、賢い人物が無知な人物に教え諭すという構図のものを読んだ時、なんだか苦しくなりました。似非科学を信じる人たちのことを嘆く時、自分も「賢い人物」側に立った気分になることに気づいたからです。

 SNSでも似非科学がなぜ悪いのかを論理的に説明し、上から説教するような投稿をよく見かけます。善かれと思っての行動だとしても、そのやり方はあまり意味がないと感じています。さっきも言いましたが、問題はもっと複雑だからです。

科学者でさえも、そこからは逃れられない

――母乳信仰、自然分娩信仰という、出産を経験する女性の多くが直面する話題にも、切り込んでいらっしゃいます。

朱野​ 「ミルクで育てるとキレやすい子が育つ」「帝王切開をすると母性が生れない」などですね。それを信じこんだ親にいくら「科学的根拠はない」と訴えても伝わらないことが多いですよね。当事者は急激な身体変化や、我が子が死ぬのではないかと言う恐怖、疲労や睡眠不足などに直面しています。そこへ、周囲から「善かれと思って」大量に発信される危険情報がなだれこみます。正常な思考ができなくなる環境が整ってしまっているのです。彼らに必要なのは説教ではなく、まず手助けだと思います。

 私自身の話をすると出産時には無痛分娩を選択しました。「痛みを味わわないで産んだら親になれない」と言ってくる人がいたら反論してやるとメリットもリスクも調べあげて待ち構えていたんですが、面倒な気配を感じたのか誰からも言われませんでした。ただ、そんな私にも非科学的なものを信じなければ立っていられない時はありました。

 東日本大震災のあと、亡くなった身内の幽霊を見た人がいる、という話がテレビで特集されていました。身近な人を突然失った人たちがどうやったら苦しみを乗り越え、自分の心に決着をつけられるのか。科学ではないもののストーリーを必要とすることが人生には何度かあるのだと思います。

 科学を信じる人たちも、科学者でさえも、人間である以上はそこからは逃れられないはず。かと言って、似非科学をこれが本物の科学だと偽って売ることが許されるわけではない。

科学への信頼は失われたまま

――まさにこの小説を執筆しているころに、STAP細胞の画像流用事件が起きました。

朱野​ 「はやぶさ」の帰還や、iPS細胞の研究がノーベル賞をとったりして、世間での科学への関心が高まっている時でした。でもあの事件があってから、科学への信頼は失われたまま回復していないように思います。一般企業の会社員にはSTAP細胞があるかないかはわからないけれど、リスクマネジメント研修は嫌というほど会社でやらされる。不正が生まれやすい土壌がある業界であるかどうかは不祥事への対応を見ればすぐわかります。

 また、怒りの声を上げていたのが一部の科学者だったこともショックでした。大多数の科学者の人たちは沈黙していたように見えました。「捏造なんてよくあること」という言説が流れていたのにも驚きました。そんな不確かなものを私たちは科学だと信じて税金という大金を払ってきたのか、と。それは似非科学を売ることと何が違うのでしょうか。

――〈理研、信頼失墜に拍車 不正問題が拡大〉といった見出しが、新聞に載りました。

 科学者も間違えるんだ、頭のいい人たちでも騙されることがあるんだ、という心細さはあの時からずっと私の中にあります。科学への信頼が失墜したことと、似非科学が攻勢を強めて来たことに関係がないとは言えません

〈本物の科学は人を救う〉と信じている

――科学の本当の面白さを伝える人が必要だ、ともおっしゃってますね。

朱野​ 私は幸運にも中学の理科の先生に恵まれました。植物の生殖、蛙の生殖の次に、その先生は「次は人間の生殖をやります」と言い出し、精子が卵子に辿り着くまでの映像を見せてくれました。荒れ気味のクラスもあるような中学でしたが、誰も冷かさずに見ました。生命誕生の瞬間を見た感動から、家に帰って「僕は2億匹の精子の競争に勝ったんだ」といきなり言って、母親を硬直させた男子もいたらしいです。

 先生はその流れで避妊の知識を教えてくれ、皆ノートにメモしました。今思えば先生は学校教育で行われていた男女別室の性教育に疑問を持っていたのでしょう。そのおかげで私は生命科学に興味を持ち、妊娠出産に関する情報リテラシーをも持つことができました。

 科学教育を受けていれば絶対に騙されない、ということはないと思います。私もその後何度も騙されたり、無自覚に騙す側に立ったりもしました。だから考えてしまいます。

 似非科学商品が蔓延るのはメーカーのせいなのか。それに騙されてしまう人たちのせいなのか。科学者でさえも偽物の科学に騙されてしまうのはなぜなのか。

 その問いに逃げずに向き合うことが、もしかしたら真の科学的思考であり、その努力を続ける人が身近にいたならば、人生の大事な局面で似非科学の方へ行かなくてもすむ人もいるかもしれません。

〈本物の科学は人を救う〉と私は信じています。 

朱野帰子(あけの・かえるこ)
東京生まれ。2009年、『マタタビ潔子の猫魂』で第4回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞し、デビュー。13年、『駅物語』がヒット。15年、『海に降る』が連続ドラマ化。19年、まったく新しいお仕事小説『わたし、定時で帰ります。』が連続ドラマ化され、大きな話題となる。その他の著書に『超聴覚者 七川小春 真実への潜入』『真壁家の相続』『対岸の家事』『会社を綴る人』『くらやみガールズトーク』『わたし、定時で帰ります。ハイパー』などがあ

(朱野 帰子)

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