“元横綱・稀勢の里”荒磯親方が後輩力士に伝える「休むことは悪いことではない」

文春オンライン / 2019年11月29日 11時0分

写真

明治神宮奉納土俵入り ©文藝春秋

 横綱の鶴竜、大関の豪栄道と高安、関脇の栃ノ心など上位陣の途中休場が目立った大相撲九州場所。だが、「休むことは悪いことではない」と説くのが荒磯親方(元横綱・稀勢の里)だ。発売中の「文藝春秋」12 月号でスポーツライターの生島淳さんのインタビューに答え、これからどう後進を育てていくかについて抱負を語っている。

ケガに悩まされた「休まない力士」

 100キロを優にこえる力士同士がぶつかり合う相撲にはどうしてもケガが付きまとう。しかし、荒磯親方は現役時代、「休まない力士」として知られた。横綱になるまでの15年間、在位88場所で、不出場は2014年1月場所の千秋楽、1回だけだった。

 だが、横綱昇進後はケガに悩まされた。初の場所となった2017年3月の春場所、13日目に日馬富士との対戦で左肩周辺に大怪我を負ってしまう。その場所は、後世に語り継がれる「奇跡の逆転優勝」を果たしたが、以後8場所連続休場を余儀なくされるなど、代償は大きかった。この時、ケガをしたことが、現在の親方の考え方に大きな影響を与えたという。

「ケガをしてからは、人間の体についていろいろと勉強させてもらいました。暇さえあれば、人体模型のアプリを見ていたり(笑)。骨格、関節、そして筋肉はどんな動きをするのか。動きを頭で理解しつつ、復帰したらどんな動きをしようかとか、あれやこれやと考えていました。もちろん見ているだけでは、治らないのですが(笑)」

「場所が終わってからは、1ミリか2ミリほど、筋肉が削れていました」

 そうした勉強を進めていく中で、荒磯親方は「自分がなぜケガをしたかがわかってきました」という。

「それは、稽古のし過ぎです。人間の体にとって必要な、休養の重要性をわかっていませんでした。私は1年365日、基本的に稽古を休まない人間でした。それが強くなる唯一の道だと信じていたのです。ところが、場所前と場所後にエコーで筋組織を調べてみると、場所が終わってからは、1ミリか2ミリほど、筋肉が削れていました。

 稽古をすればするほど強くなれると信じていた自分にとっては衝撃的な事実でした。やればやるほど負担も大きく、筋肉が痩せていく。私に必要だったのは休養だったのです。

 そうした基本的な人体の知識さえ知らず、土俵の上で戦っていたのが私の土俵人生でした」

 現役を続ける後輩力士たちには、同じ失敗をしてほしくないと感じている。インタビューは九州場所前の10月初旬に行われたものだが、以下の言葉は、今場所中日8日目から休場し、大関陥落が決定した田子ノ浦部屋の弟弟子・高安へのエールとも受け取れる内容だった。

「私はケガをしてからも動かし続けたことで、回り道をしてしまった。私の経験からすると、土俵の上に立ちたいと思う気持ちは大切だけれど、トレーニングをして場所に出たら、また振り出しに戻ってしまいかねない。

 ケガをして休場が続くと、番付が下がってしまう不安もあるでしょう。ですが、たとえ番付が下がったとしても、また這い上がるチャンスはある。そうは行かないのは横綱だけです。休場が続いても番付が下がらない横綱の先には引退しかない。この立場の苦しさはなかなか理解していただくことは出来ませんが、それこそが横綱の責任なのです」

「休むよりも稽古」という考え方を変えていきたい

 そして、荒磯親方は改めて「休むこと」の重要性を強調した。

「相撲界では依然として『休むよりも稽古』という考え方が支配的です。私も引退間際は『稀勢の里は休んでばっかりだな』と言われていましたが(笑)、私の経験上、『休むことは悪いことではない』ことを、これからの力士たちには伝えていきたいです」

「私はラグビーやアメリカンフットボールといった他のスポーツが好きなこともあり、トレーニング方法などについて話を聞く機会が多いのですが、最近は、試合翌日には休まず、回復を早めるために軽く体を動かして体に酸素を供給し、試合の翌々日に休養を取るようになったと聞きました。

 今後、相撲界にも、こうした最先端の知識を取り入れていけば、より強い力士が育てられるのではないかと考えています」

「より強い力士を育てる」ために荒磯親方はさまざまな新しい方策を考えている。「文藝春秋」12月号および「文藝春秋digital」に掲載されている「 稽古を改革して横綱を育てたい 」では、その革新的なビジョンが披露されている。

(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2019年12月号)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング