映画館では3階から客が墜落、73メートルの凌雲閣は倒壊――壊滅していく首都・東京

文春オンライン / 2020年3月11日 11時0分

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地震計の針は飛び散った。家屋崩壊、列車の転覆、地盤沈下――“関東大震災”が起こった日 から続く

 東日本大震災の90年近く前、日本は大地震に襲われている。1923年9月1日、午前11時58分、関東地方を襲った地震は東京・中央気象台の観測室におかれていた地震計の針が1本残らず飛び散り、すべての地震計を破壊させてしまう規模だった。

 建物の倒壊、直後に発生した大火災は東京・横浜を包囲し、おびただしい死者を出した。人々は混乱し、様々なデマが流れ――。20万の命を奪った大災害をノンフィクション作家・吉村昭氏が書いた『 関東大震災 』(文春文庫)より「東京の家屋崩壊」を再構成の上、一部抜粋して公開する。

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東京・消防署勤務だった林錠太郎さんの回想

 麴町区第一消防署勤務であった林錠太郎氏の回想によると、その日も若い署員が望楼に上って火災発生を監視していた。

 正午少し前、林氏が突然起った地震で署外に飛び出し望楼を見上げると、鉄骨作りの望楼が左右に激しく揺れている。倒れる恐れがあると思ったが、望楼は柔軟にしなうだけで折れる気配はなかった。

瓦が落下し壁が落ち、街の色彩は急激に変化してゆく

 後になって署員に地震発生時の状況をきくと、署員は望楼の上に伏して振り落されまいと手すりにしがみつき眼下の市街を見つめていた。

 街々は、篩(ふるい)の上の豆粒のようにひしめきながら震動していた。地鳴りのようなすさまじい轟音がふき上って、激浪の逆巻く大海にもまれる小舟にしがみついているような心細さを感じたという。

 そのうちに街の色彩が急激に変化していった。瓦が落下し壁が落ちはじめたのだ。と同時に、茶色い土埃が一斉に立ちのぼり、震動しつづける街をおおいかくしていった。

友人と浅草に遊びに行っていた14歳の少年が見た光景

 小櫃政男という本所区柳島梅森町に住む14歳の少年がいた。かれは、柳島小学校卒業後、精工舎に入社し時計の組立てに従事していた。

 9月1日は、休日だった。前日は給与支給日であったので、かれは小学校時代の同級生であった潮田文吉と浅草へ遊びに行った。

 浅草はいつものように賑わいを見せていて、かれは白地の浴衣姿で映画街へ入った。時刻は、11時近くであった。

 洋画専門の日本館では、フート・ギブソン主演の西部劇を上映していた。かれは、潮田と、胸を躍らせて館内に入った。

 フート・ギブソンの演ずるカウボーイは二挺拳銃使いで、乗馬も巧みであった。政男は、弁士のせりふに耳を傾けながら画面に眼を据えていた。

頭上から絶叫! 3階で映画を見ていた客が床に落下

 館内に入って1時間ほどした頃、不意に体が持ち上げられ、そして左右に激しく傾いた。と同時に、頭上から絶叫に似た声が起って、1階の椅子席に黒いものがたたきつけられた。

 かれは、一瞬なにが起ったのかわからなかった。が、椅子席に落下したものが、3階で映画を見ていた客の体であることに気づいた。

 館内は、大混乱におちいった。客は総立ちになると、出口に殺到した。その間にも、3階から2人の客が叫び声をあげながら落下した。

館外に出るも建物が倒れかかってくるような恐怖に

 スクリーンでは、依然としてカウボーイが原野に馬を走らせている。地震でスクリーンが伸縮するらしく、画像はゆがみながら揺れていた。

 政男は、潮田と人にもまれながらようやく館外に出た。前の道は鮨屋横丁で、余りの激しい震動に立っていることができず鮨屋の軒先の柱にしがみついた。が、その柱も大きく左右に揺れて、今にも店の建物が倒れかかってくるような恐怖に襲われた。

 地面に手をついている者もいれば、よろけて倒れる者もいた。映画館の看板が随所で落下する音があたりにみちた。

材木に挟まった男性は、眼球が飛び出し口から舌を垂らしていた

 震動がわずかに衰えた。かれは、柱から手をはなすと鮨屋横丁をぬけ出た。角に建っていた天ぷら屋が倒れ、1人の男が太い材木の下から顔だけを突き出していた。眼球が飛び出し、口から舌を垂らしていた。

 政男は、初めて眼にする死者の顔に恐怖を感じた。思考力は失われていた。大地震が起ったのだということは意識できたが、どのようにしたらよいのかはわからなかった。

「瓢箪池へ逃げろ」

 突然かれの耳に、

「瓢箪池(ひょうたんいけ)へ逃げろ」

 という人の叫び声がきこえた。

 その声に、かれは池の方向に走り出した。路面は粘液のように揺れつづけていて、足もとが宙をふむように心許なかった。ただかれは、潮田と手をにぎり合っていることに救いを感じていた。

 瓢箪池近くに来た時、潮田の口から短い叫び声が起り、その眼が前方に注がれていた。

高さは73メートルもあろうかという凌雲閣は傾き……倒壊

 政男は、その視線の方向に眼を向けた。前方には東京初の高層建築物といわれた十二階(凌雲閣・りょううんかく)が立っている。高さは220尺(73メートル弱)で、10階までが総煉瓦造り、11階と12階が木造の八角形の塔状建物であった。館内には絵画室、音楽演奏室、休憩室等があり、11階と12階には見料一銭の望遠鏡が設置され、雲を凌ぐ高層建築物として東京名物になっていた。

 その凌雲閣の上部が傾いている。そして、中央からやや上方の部分が裂けると右方へ倒れていった。

 揺れつづける足元に新たな地響きが伝わって、建物の倒壊音が鼓膜をふるわせた。その光景に、かれの足は萎(な)え、全身に激しい痙攣が起った。凌雲閣が、倒壊したのである。

花屋敷の檻が破れたのか、動物を射殺するらしい銃撃音

 政男たちが立ちすくんでいると、凌雲閣の飛び散った煉瓦に傷ついた者や土埃に包まれた者たちが逃げてくる。さらに花屋敷の檻も破れたのか、さまざまな鳥類が飛び交い、獣類を射殺するらしい銃撃音もきこえてきた。

 そのうちに、池の近くにあるキネマ倶楽部が傾いてきたので、政男は、他の人々とともに浅草観音の境内に逃げた。が、早くも花屋敷方面に起った火災の炎が近づいてきて、かれは母のいる家へ帰るため吾嬬橋を渡って本所区に足を踏み入れた。

凌雲閣の頂上展望台にいた人々

 凌雲閣は、東京の代表的な高層建築物であっただけにその倒壊は東京人の関心をひいた。その日、凌雲閣の頂上展望台附近には12名乃至13名の登閣者があったが、8階から折れたため地上にふり落されて即死し、ただその中の1名は途中福助足袋の大看板にひっかかって奇蹟的にも死をまぬがれた。

 堅牢と思われていた他の大建築物にも倒壊又は大破したものが多く、丸の内のビルディング街でも工事半ばのビルや土台の軟弱な建物がつぎつぎに倒れた。さらに丸の内郵船ビルの裏手に建築中であった内外ビルも後方に倒れ、工事作業中の労務者300余名が圧死した。

 また芝区三田四国町にあった日本電気会社工場は米国製の最新式設備をもった3階建て鉄筋コンクリート造りであったが、第一震でもろくも全壊した。当時工場内には約400名の社員・職工が勤務中で、出口近くにいた十数名の者をのぞく全員が瓦礫の下敷きになって死亡した。

地割れが発生し、橋梁は落ち電柱は倒れ、水道管が破裂

 その他、市内各所に地割れが生じ、橋梁は落ち電柱は倒れ水道管は破裂して、隆起・沈下によって東京市とその周辺の大地は激しく波打った。

 下町の本所区は、家屋全壊493戸、半壊479戸という大被害を受けているが、当時小学生であった内馬場一郎氏の回想談を記してみる。

内馬場一郎さんの回想談

「私の家は南二葉町にあって、本所被服廠跡(ひふくしょうあと)のすぐ前の横丁を入った所にありました。家業は金属加工業で、職人を10名ほどかかえておりました。

 その日(9月1日)は2学期がはじまる日で、始業式を終えて帰宅してから十軒ほどはなれた友達の家に遊びに行きました。ひととき遊んだ頃、友達の家の台所でまな板に庖丁を小刻みにあてる音がしてきました。母から他人様の家で遊ぶのもよいが食事時近くになったらすぐ帰ってこなければならぬと厳しく言い渡されておりましたので、友達の家を出ました。

 その時です。突然体がはね上ったと思った直後、地面が横に激しく揺れはじめました。立っているどころではなく、恐しさでしゃがんでしまいますと、傍の家の瓦が波のような音を立ててすべり落ち、壁も崩れてきます。そのうちに激しくきしみながら揺れていた眼前の家が、土煙りをあげて露地に倒れました。

「この樹木をはなしたら死ぬ!」

 私は、這ってでも家へ行くつもりでしたが、倒れた家で露地がふさがり進むこともできません。今にも傍の家が倒れはせぬかという恐怖で、私は物につかまりながら被服廠跡前の大通りへ辛うじて出ました。路上にも、多くの家が倒れていました。

 道に並木がありましたので、私は樹木にしがみつきました。木も右に左に揺れていましたが、この樹木をはなしたら死ぬと思いました。

 どれほどたった頃かわかりませんが、私の肩をつかむ人がいます。振り向くと、それは梅原という父の雇っている若い見習い職人でした。梅原の言うには私の家もすでにつぶれてしまったということで、ひどく悲しい気持になりました。

 震動が少しゆるやかになったので、私は、梅原と被服廠跡の敷地へ入りました。空地の多い亀戸村へ逃げようかという話もありましたが、広い被服廠跡の方が安全だと思ったのです。その頃、町の中から火事が所々で起きはじめていました」

警告されていた大火災の発生。意外な発火原因と、延焼をうながした最大の原因 へ続く

(吉村 昭)

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