銀行が巧妙に隠していた8000万円の連帯保証が発覚! なぜ “相続放棄”はできなかったのか?

文春オンライン / 2020年3月12日 6時0分

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 民法の相続分野の規定が約40年ぶりに大改正され、その多くが令和元年7月からスタートしています。ただ、「うちにそんな財産はないから対策は必要ない」「お金は遺さず使い切っていくから大丈夫」などと自分には無関係と思い込んでいる人も。相続では、プラスの資産だけでなく、マイナスの資産も相続しなくてはいけないことがあります。けれど、もし金融機関だけが知っているマイナスの資産があったとしたら、相続する人は奈落の底に突き落とされるかもしれません。

◆◆◆

小さな金型工場を営んでいた父の突然の死

 小林勇吉(享年77・仮名、以下同)が亡くなったのは、東京に初雪が降った2017年12月の終わりのこと。心疾患であっという間の他界でした。

 小さな金型工場を営み、職人仲間からも慕われていた勇吉の通夜には仲間をはじめ取引先や銀行などから、多くの弔問客がやってきて、その突然の死を悼みました。

 勇吉の父は、戦争で焼け野原になってしまった東京下町の廃墟の中で金型工場を始め、勇吉は2代目。幼い頃から職人だった父親の背中を見て育ち、中学校を卒業してすぐに父の工場で働き、その技術を叩き込まれてきました。

 高度成長期には金型の仕事も多く、たくさんの職人が働いていましたが、バブル崩壊後、経済が低迷するに伴って金型業界も不況の波に押されて行きました。さらに家電メーカーなどの下請けに組み込まれたことで納入価格を叩かれ、倒産するところも増えました。

 そんななかで、勇吉は仲間と助け合いながら一緒に頑張ってきました。ただ、「子どもたちには、この仕事は継がせたくない」が口癖でした。なぜなら、苦労が多い割には儲からないということを実感していたからです。

 勇吉には、3人の息子がいます。無理をしてまで3人の息子たちを大学に行かせたのは、社会に出てそれぞれの道を歩んで行ってほしいと思ったからです。

思い出話で通夜は遅くまでつづいた

 勇吉の通夜には、多くの人がやって来ました。

 生前、苦しい時に勇吉に勇気付けられたという人、勇吉の工場で働き、独立して一人前になって立派に会社を経営している人、仕事がなく工場が潰れそうな時に勇吉から仕事を回してもらってなんとか食いつなぎ、潰れずに済んだと涙を流す人などさまざまです。

 みんな、その場を去りがたく、思い出話で通夜は遅くまで盛り上がりました。

 そうした話を聞くたびに、3人の兄弟は父の知られざる一面を知り、誇らしく思いました。

 もし、このままだったなら、父の思い出は、3人の兄弟の心に一生輝かしいものとして残ったはずでした。

突然発覚した8000万円の連帯保証

 けれど、勇吉が亡くなって3カ月ほど過ぎたある日、この気持ちに水を差すような事件が降って湧いたように起こったのです。

 ある日、勇吉の長男の哲夫(48歳)宛に、○○銀行から内容証明付きの郵便物が届きました。開封してみると、そこには、勇吉が8000万円の連帯保証人であるので、それを遺族で支払って欲しいと書かれていました。

 それは、窮地に追い込まれていた知人の工場を立て直すために、頼まれた勇吉が行った連帯保証でした。

 ところが、その工場がピンチを脱しきれずに倒産。勇吉が負った8000万円の連帯保証だけが残りました。

 故人の債務は遺族にマイナスの資産として引き継がれます。ですから、銀行からの通知は、これを払って欲しいという内容だったのです。

土地建物を売却しても7000万円にしかならない

 母親は早くに亡くなっていたので、勇吉の遺産を相続したのは3人の息子です。相続財産は自宅兼工場の100坪ほどの土地建物で、立地があまり良くないため、売却しても7000万円くらいだと不動産業者には言われていました。

 8000万円の連帯保証に対して、7000万円の財産しかなければ、相続した財産をすべて返済にあてても1000万円足りません。

 そこで兄弟は相談して「マイナスになるくらいなら、相続放棄をしよう」ということになりました。

相続放棄が出来ない――その理由は

 ところが、兄弟は知らなかったのですが、相続放棄は相続を知ってから3カ月以内に行わなくてはなりません。もし、放棄しないまま相続し、債務を返済しないと年5~14・6%という馬鹿高い延滞料がかかり、金額がゆきだるま式に増えていくのです。

「なぜ、もっと早く知らせてくれなかったんだ」

 長男の哲夫は憤(いきどお)りましたが、後の祭りです。

 急いで経理を見てくれていた税理士に電話し、事の顛末を話しました。税理士も、勇吉の連帯保証の話は知らなかったようでした。

「とりあえず、通夜に来た人の中に、○○銀行の関係者がいないか見てください」

 と税理士に言われて、芳名帳を見返すと、確かに内容証明を送ってきた銀行の支店長が焼香に来ていました。

兄弟3人がお通夜に出席しているかを確認にきていた支店長

 そのことを聞いた税理士は、こう説明しました。

「これは、計画的ですね。民法915条1項では、『相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない』となっています。

 つまり、自分が相続人になったことを知ってから3カ月以内に相続放棄をしなくてはダメだということ。ですから、支店長は、相続をするあなたたち兄弟3人が、みんな出席しているかどうかを通夜の時に確かめに来たのでしょう。相続人がみな通夜の席にいたら、後から、『父親が死んだことは知らなかった』などと言い逃れはできない。

 それを確認しておいて、3カ月経ってから連帯保証の話を切り出せば、もはや相続を放棄することはできなくなりますから」

 その言葉に、3人の兄弟は唖然としました。

「父の工場とあの銀行とは長い付き合いなので、故人を偲んで線香をあげに来てくれたのかと思っていたのに。なんで、その時に言ってくれなかったんだ!」

 哲夫が言うと、税理士が続けます。

「銀行としても相続を放棄されたら、8000万円の債務は取りっぱぐれになってしまうので、口が裂けてもそんなことは言わない。

 通夜に来て、相続する家族が揃っているかどうかを確認すると同時に、『御愁傷様でした』と言葉を交わしながら、それとなく家族が連帯保証のことを知っているかどうかについても探りを入れていたと思いますよ。そして、もしその場でそうした話が出なければ、家族はそれを知らない可能性が高い。

 だから、ひたすら3カ月経つのを待っていたんじゃないですか」

「連帯保証をしているかどうか」は家族でもわからない

 本人が連帯保証をしているかどうかは、家族でもわかりにくい面があります。

 住宅ローンのように双方に契約書がある場合には、それによってローンを組んでいることがわかります。また、毎月の返済が滞ると督促状もきますから、そこからお金を借りていることもわかります。

 けれど、連帯保証をしているケースでは、「金銭消費貸借契約書」に貸主である銀行と借主、連帯保証人の三者がそれぞれ署名押印するものの、銀行がその契約書を借主と連帯保証人に渡さない、しかもコピーもくれないといった問題が数年前までは当たり前のようにありました。ですから、連帯保証をした人が家族に「俺は連帯保証人になっている」と言っていない限りわかりません。

 商売をやっている方は、たいていは家族にいちいち誰の連帯保証をしているなどとは言いません。特に、勇吉は仲間からの信望が厚い人物だったようですから、いろいろな人に頼りにされ、債務も膨らんでいたのでしょう。

「銀行全体を相手に訴訟を起こします」

 3人の兄弟は事態がいかに深刻なことになっているのかを理解しました。

 税理士が続けます。

「相続放棄はできそうもないので、とりあえず、債務の減額をしてもらえないかを銀行と話し合ってはどうでしょうか。

 もし、お父様の連帯保証の話を知っていて相続放棄をしたとしたら、7000万円の相続も放棄せざるを得なかったわけですから、とりあえず父親からもらった7000万円は銀行に返済し、残りの1000万円についてどれだけ減額してもらえるのかという観点から交渉するのがいいでしょう」

 3人は銀行の支店長を訪ね、税理士のアドバイス通りにかけ合いました。

 最初は支店長も渋い顔をしていましたが、長男の哲夫が、

「だったら、このままではだまし討ちにあったようで気持ちが収まらないので、弁護士を立てて裁判をしましょう。銀行全体を相手に訴訟を起こします」

 と迫ったのを機に、支店長の顔色がサッと変わりました。

 そして、打って変わった柔らかな口調で、

「裁判になると話が複雑になるだけで、お互いにとってメリットは少ない。残りの1000万円については、申し訳ありませんが1人200万円ずつ負担していただき、私どもで400万円はかぶるということで、ご了承いただけませんか」
 こんな提案をしてきました。

 支店長としては、裁判沙汰にされて本社の人事の耳に入り、自分の銀行での出世にケチがついたり、スムーズに債権回収ができなくて債権回収会社に債権を安く売ったりするよりも、債権そのものを7600万円にディスカウントして、それをスムーズに回収するほうがいいと計算したのでしょう。

 そして最終的には、この支店長の提案で3人も妥協しました。

金融機関が口をつぐんでいると突き止めるのは難しい

 結果、相続するどころか、1人200万円ずつ父親の連帯保証の返済をすることになってしまいました。ただそれでも、3人には、多くの人に慕われてその人たちのために連帯保証人にまでなった父親に対して、恨む気持ちはなかったようです。

 この事案を担当した税理士に話を聞くと、このように言っていました。

「故人が亡くなってすぐは、ご遺族と相続などの生々しい話はあまりできないのが通常です。ですから、家族の気持ちが落ち着く時期である四十九日の法要の席などで相続をどうするかという話が出るケースが多い。

 ただ、金融機関が口をつぐんでいると、そこから約1カ月の間に故人に債務があることを突き止めるというのは難しいでしょう。

 ですから、やはり債務がある場合には、生前にそのことをご本人から家族に伝えていただいていないと相続放棄は難しいのです」

 この記事は『 最強の相続 』(文春新書)「意図的に隠された故人の “連帯保証” 」を転載しています。まだまだある「こんなの想定外!」な事例の数々を本書でご覧ください。

(萩原 博子)

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