監督のことを怖れていないチームは強い 「金足農業」を取材して感じた衝撃

文春オンライン / 2020年3月23日 11時0分

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©鈴木七絵/文藝春秋

 2018年夏の甲子園を沸かせ、一大フィーバーを巻き起こした「金足農業」ナインの素顔にせまった『 金足農業、燃ゆ 』を刊行したノンフィクション・ライターの中村計。体罰や暴力指導など、連綿と続く野球界の閉鎖性と、そこから脱するチームのあり方に迫った『 野球と暴力――殴らないで強豪校になるために 』の著者・元永知宏。二人が、金足農業について、高校野球指導について語る。

「センバツ」開催中止を受けて

元永 本題に入る前に、センバツが中止となりましたね。本当に残念ですが、この決断によって、高校野球自体も、選手や高校も、おかしなバッシングにさらされなくてよかったという気もします。

中村 開催しようとしまいと、高野連叩きが起こるのは気の毒ですよね。あっさりと中止にしたほうが楽だったはずですからね。高野連としては、最後まで本当に選手のために考えた末の決断だとは思います。

元永 もし「選手が感染しました」ってなれば、「それ見たことか」と絶対に言われるし。もちろん球児のことを思うと、やってほしかったですけど。難しいところですよね。

中村 ただ、どこかでこの自粛ムードも切り替えないといけない時期は来るんじゃないですか。そういう意味では、甲子園をやらないことのインパクトは大きいでしょうね。

元永 甲子園に手が届いているのに行けないっていうのは、本当に可哀そうだけど、「国の一大事です、国難です」って言われたらね……。「けしからん」ってムードも強くなっていましたよね。あるスポーツ紙でアンケートを取ったら、6割くらいは開催に反対だったようです。ただ、「野球だけが特別なのか」という批判もあったけど、それぞれの持ち場で責任のある人がジャッジしているわけだから。野球は野球で責任のある人がやっているんだから。それは、「野球だけが特別なのか」って話ではないでしょう。高野連が叩かれたり、甲子園という存在が批判されたりすることに対しては、どう思いますか。

こんなによくできている大会はない

中村 もちろん悪い面もあるんでしょうけど、こんなによくできている大会ってないと思っていまして。逆に、他の競技は何で真似しないのかなって思うくらいに、いい部分もたくさんあるんですよ。一例ですけど、取材機会がこんなに整っているスポーツイベントって他にはなくて。試合前と試合後にしっかりと時間を取ってくれて、すべての選手に話を聞けるような場を用意してくれる。なので、一人で取材している地方紙の記者やフリーライターでも深い取材ができて、内容の濃い記事が書ける。その結果、読者は高校野球に関心を持つようになる。なので、センバツが無観客で実施されそうな方向で動いているとき、取材方法もかなり制限がかかりそうだったので、そこは寂しいなと思っていました。

元永 僕らみたいなフリーの立場でも、パスさえ持てば聞かせてくれますよね。

中村 箱根駅伝は、見せ方とか報道の仕方に関して、甲子園のいい面を取り入れたのかなと思うところがありますよね。なので、近年、すごい盛り上がりを見せている。

金足農業に取材して感じた衝撃

元永 さて、僕は一昨年の甲子園では、金足農業にとって2回戦となる大垣日大戦から観に行きまして。そのときに、中村さんと会ったら、「吉田輝星を見ましたか、すごいですよ!」って言われたことを覚えています。毎年、すごいピッチャーは現れますけど、「吉田はモノが違う」と。

中村 そうでしたっけ(笑)。でも、1回戦からすごかったですからね。雰囲気というか、存在感というか。頭も良さそうでしたし、ただ速いだけじゃなくて。ただ、あそこまで勝ち上がるとは予想していませんでした。

元永 そもそも、この本を書こうと思ったのは、やはり準優勝したのを見て?

中村 いや、最初は本にするつもりはまったくなくて。『週刊文春』で一年を振り返る特集の中で、「金足農業について書いてくれ」と依頼されまして。それで学校にうかがったんですけど、最初は吉田君ら3年生はなかなか取材許可が下りなかったんです。学業に集中させたい、ということで。それで、まずはベンチ入りしていた下級生とか指導者を取材しつつ、手紙を書いたりして、徐々に理解をしてもらって、ようやくレギュラーの3年生にも話を聞けるようになったという感じです。『金足農業、燃ゆ』の冒頭に、吉田君たちへの最初のインタビューの様子を載せたんですけど、こんな高校生がいるんだと、もう、おかしくておかしくて。なんていうのか、大人に矯正された感じというか、つくられた感じがまったくない。一発で、好きになっちゃったんです。それで、彼らを存分に書きたいという欲が抑えられなくなってしまって。

元永 本のあとがきで、〈甲子園で優秀な成績を収めると、以降、そのチームの練習や思想がスタンダードになることがある。しかし、金足農業の準優勝においては、そのような現象は起きていないし、今後も起きないだろう。〉〈金足農業のスタイルはどこも真似しないのではなく、どこも真似できないのだ。〉とありますが、中村さんの取材経験の中でも、それくらい特殊なチームでしたか。

中村 何度目かの取材で、金足農業伝統の「声出し」を目撃したんです。気持ちが入ってないということで、正座して、片手を上げながら、大声で「おおー!」って叫ぶやつなんですけど。

元永 ちょっと昭和を感じさせるような?(笑)。

中村 見てはいけないものを見てしまったのかなという気になりました。2018年の春先、ある記者が「こんなことをやっているチームは勝てるわけがない」と言っていたという話を知り合いのカメラマンから聞いたのですが、僕もその時点でこの光景を目の当たりにしていたら、同じことを思ったと思います。僕は高校野球における、名監督の条件とか、勝てる組織の条件とか、これが正しい正しくないと断定して語るのが嫌いで。でも、長年取材を積み重ねていくうちに、なんとなくこうかなと思うイメージはできてくるじゃないですか、どうしても。でも、金足農業を取材していくにつれ、それらの既成概念がすべて崩壊しました。やはり何が正しいかなんて簡単に言えない、と。それが一番楽しかったところですね。

監督のことを怖れていないチームは強い

元永 〈金足農業の野球は前時代的だった〉とも本にありますが、監督に対して「あいつに何も言わせなくしてやるよって感じでした」って言える選手たちは、たくましいなと。『野球と暴力』にも書きましたが、「はい!」「大丈夫です!」って返事するだけのコミュニケーションをすることが、野球界だと多いじゃないですか。

中村 この学年(吉田輝星の代)は、はっきり主張していましたね。元永さんの本の中に済美の上甲正典監督時代の厳しさが書かれていましたが、2004年春に優勝、続く夏に準優勝した頃の選手は、エースの福井優也を筆頭に、監督のことを怖れていませんでしたよね。効率的ではないですが、とんでもなく厳しい練習を課せられるチームは、それを乗り越えることのできる代が出てきたとき、とんでもなく強いチームになるのかもしれません。指導者が見てないところで、うまく手を抜いたりする感じは、全盛期の済美と、甲子園に旋風を巻き起こした金足農業と、似ていますね。

元永 たくましさとか、したたかさがないと、潰れていくこともあるでしょうね。

中村 おもしろいのは、金足農業が準優勝して、地元もあれだけ盛り上がったんだから、その後、いい選手がどんどん入ってきて、部員も急増すると思うじゃないですか。でも、実際はそんなことはなかったんです。

元永 それは、金足農業の野球部が特殊すぎるから?

中村 やっぱり厳しいは厳しいので、秋田の中学生からしたら、金足農業で野球をやることに抵抗があるようです。でも、指導者もそれでいいと思っているんですよね。「下手でも本気で金農で野球をやりたいと思ってるやつらの方がいい」って。

「僕ら凶悪な集団だと思われてるんで」

元永  秋田の人はみんな、金足農業の校風とか、野球部の伝統とかを知っているんでしょう。そこをわかったうえで入るのと、入ってから驚くのとでは、違うでしょうね。逆に表でイメージされているのと、実際とが乖離していると、問題が起きそうな気がしますね。

中村 僕の中でずっとフラストレーションになっていたのは、世間が選手に対して過剰に「高校球児らしさ」を求めることです。礼儀作法とか、容姿とか。それは実に小さなことだと思っていて。あの年代だったら、生意気だったり、世間知らずな方が、ある意味、健全じゃないですか。金足農業の選手たちは、そういう部分が残っていて、とても新鮮でした。もちろん礼儀正しいのは悪いことではないのですが、たとえば取材に行ったときに、わざわざ練習を中断し、一斉に挨拶されたりすると、ほんと、心苦しくて(笑)。そんなに気を使わないでください、と。

元永 甲子園で取材を受けている吉田くんが、「子どものときは、木登りが好きでした」とかって、得意げにしゃべっていて、高校生らしくていいなって思いましたよ。

中村 秋田で当時の3年生たちに初めて話を聞いたとき、吉田君が「僕ら凶悪な集団だと思われてるんで」って言ったんですけど、そういう彼らがまったく凶悪に見えなくて。思わず吹き出してしまいました。そもそも、本当に凶悪な人は自らそうは言わないでしょう。そういう彼らの奔放さを、おそらく監督とか大人は快く思ってないところもあったのですが、少なくとも僕は彼らと接していて、嫌な感情を抱いたことは一度もありませんでした。天然素材のままのような選手たちで、みんなたまらなくチャーミングでしたから。


写真・鈴木七絵/文藝春秋

【 #2 を読む】

 

熱心ないい監督さんだから仕方ない? 野球界から「暴力指導」がなくならない理由 へ続く

(中村 計,元永 知宏)

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