志らくの“不倫妻擁護コメント”に違和感を持つ人が多いのはなぜか?《年の差婚の現代家族学》

文春オンライン / 2020年3月19日 17時0分

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立川志らく ©時事通信社

 週刊文春3月12日号で、落語家の立川志らく(56)の18歳年下の妻・酒井莉加(38)による複数の弟子との不倫行為が報じられた。雑誌発売当日、志らくは司会を務める「グッとラック!」(TBS系)で「かけがえのない妻を世間の目から守る、命がけで守る」とコメント。この妻を庇う発言を巡っては、SNSにさまざま反応が寄せられていた。目立ったのは志らくの気持ちを計りかねるという戸惑いのコメントだ。

 

《若い奥さんの自慢もほどほどにしないと、クビが締まるかも…》

《歳の差婚の場合、年下の妻が若い彼氏を作るのはよく聞きます。不思議とバレていない女性が多い。夫がそもそも疑わないからでしょうか?》

《「これくらいのことでは夫婦の絆は壊れない」と真顔で異常なことをいうから驚いた》

《夫は若い妻を手放したくないし、若い妻は年上夫じゃみたされないという、公認の不倫ってこと?》

 妻の不倫を擁護する発言をした芸能人夫はほかにもいる。「週刊文春」(2017年12月21日号)で妻である女優の藤吉久美子(58)が一般男性との不倫を報じられたことに対し、夫の太川陽介(61)は会見で「かみさんだもん。みんながそう思わなくても、ぼくは信じます」「誰が聞いたってクロだと思いますけどね(笑)」と笑顔で語った。「笑顔が怖い」という意見はあったが、「神対応だ」など概ね好印象だった。

 なぜ世間は太川を評価し、志らくのコメントに戸惑いを抱いたのか。家族社会学が専門の兵庫教育大学大学院学校教育研究科の永田夏来氏に聞いた。

 ◆ ◆ ◆

志らくは典型例ではない

 立川志らくさんの妻を擁護するコメントには多くの方が違和感を抱いたようです。「不倫を肯定するなんて」という批判も目立ちましたが、このコメントをどう受け止めていいかわからないといった声も聞こえてきました。

 それにはこの件の“特異性”が関係しているように思います。

 まずは志らくさんが落語家であるということ。一般の人からすると、落語家の子弟制度は特殊に思えます。内弟子が師匠の妻に代わって家事・育児をすることもありますし、会社勤めをしている夫の部下と妻との関係とは大きく異なるでしょう。そこには一般の人が想像できない関係が生まれることがあるかもしれない、と想像する余地があります。

 さらに落語家のなかでも「立川談志の弟子である」ということも関係しているかもしれません。立川談志という落語家は、落語の本質を「人間の業の肯定」だとしました。赤穂浪士の四十七士などヒーローが出てくる講談や映画と、落語は違うと説いたのです。落語に出てくるのはヒーローではなく、かっこ悪く逃げた残りの人です。善も悪もない。でもそんな人にも人生があり、それなりに生きていく。そういう人間の業を肯定してしまうところが落語のすごさだ、というのが立川談志の「落語とは人間の業の肯定」という考え方です。
 

 こんな師匠の教えからすれば、「妻が弟子と不倫」というまさに人間の業が現れた場面で、それを否定などできないでしょう。こうした “特異”な事情を知っている人は、批判しづらかったのかもしれません。

 そして、志らくさん夫婦の“特異性”はそれだけではありません。実は“年の差夫婦”であることも、昨今の社会では珍しい例なのです。

実は“年の差婚”は減少傾向にある

 芸能人夫婦を眺めていると、年の差夫婦は少なくないように思えます。たとえば、EXILEのHIROさん(50)と上戸彩さん(34)は16歳差、田中哲司(54)さんと仲間由紀恵さん(40)は14歳差、松山ケンイチ(35)さんと小雪(43)さんは8歳差です。昨年11月には、オードリーの若林正恭(41)さんが15歳年下の一般女性とご夫婦になりました。

 高齢化が進んだ現代社会において、年の差夫婦は変化を迎えつつあります。平均寿命が延びたことで、仮に60歳の人と結婚したとしても、その後の人生はかつてよりも長く想定されるようになった。現代の60歳と昔の60歳は、社会的な「若さ」の位置づけが異なってきているのです。だから一昔前の20歳差と、現在の20歳差の感覚は変わってきていると考えられます。特に芸能人は年齢を重ねても若々しい容貌の人も多いので、なおさら年齢差を感じにくいでしょう。

 こう考えると年の差結婚が増えているのではないかと思えてきますが、社会全体のデータを見ていくとそうではない。夫婦の年齢差は縮まっていっている傾向にあるのです。

 厚生労働省がまとめた人口動態統計特殊報告によると、初婚・再婚を合わせた夫妻の年齢差は、昭和60年には平均で2.9歳の差がありました。それが平成22年には2.2歳差まで縮小。初婚同士の結婚に至っては、その差は1.7歳にまで縮まっています。依然として男性が年長の傾向はありますが、「同世代夫婦」はこの半世紀でどんどん増えていきました。

 

 その理由は、大きく2つあります。女性の高学歴化と、夫婦の出会い方の変化です。

 女性の大学進学率が上昇し、女性の学歴が高くなりました。その結果、それまでであれば短大卒で結婚していた人が、四大卒で結婚するようになった。女性の結婚年齢が後ろに下がったというのが原因の一つです。

 また、お見合い結婚が減少していくなかで、夫婦の出会う場が職場や学校へと変化をしていったことが挙げられます。自分と同じような立場の相手を、自分の周辺で見つけるようになった。この2つが重なることで、年齢の離れた人と出会うきっかけ自体が減っていきました。同世代夫婦が増えた結果、年の差夫婦が目立っていますが、数の上では年の差夫婦は特殊な例なのです。

“年の差夫婦“につきまとうあるイメージ

 そして、SNSに投稿されているコメントを見ていると、この特殊な例である年の差夫婦にはあるイメージがつきまとっているようです。それは若さと経済力は「交換」されるものだというイメージです。

 かつては、女性にとっての結婚はある意味で「生まれ変わり」とされてきました。高度経済成長期に入って男性の雇用が安定していくとともに専業主婦が増加。学歴や収入が男性と比べて低かった多くの女性たちにとって、好条件の相手と結婚することは社会的地位を獲得するための大きな機会でした。

 

 一方で男性は結婚相手に長らく若さを求めてきました。バブル時代には結婚適齢期の女性をクリスマスケーキに例えて「24歳、25歳、26歳を過ぎると売れ残る」と口さがないことも言われました。

 その後、女性の社会進出が進み、自分と同じくらいの年齢で、同程度の社会的地位の同世代夫婦が増加していきます。そのため同世代夫婦が男女平等の空気を纏っているように感じる方も多いかもしれません。しかし同世代婚が増えたから、女性の若さや男性の社会的経済的地位が重視されなくなったかと言えば、そうとも言い切れません。

アプリでは若い女性と年上男性がマッチング

 

 夜の街のクラブなど、“プロの世界”では依然として男性の経済力、女性の若さや美貌がことさらに強調されていますし、近年広まっているパパ活などでもその関係は再生産され続けています。今年1月には、SNSに「パパ活」をしたい女性を募集する書き込みをしていた40代の男が10代の女性に睡眠薬を飲ませて性的暴行を加えたとして、逮捕される事件も起こってしまいました。

 金銭的な生々しいやりとりをするパパ活は極端な例ですが、交際相手を探す出会いの場として広まっているマッチングアプリでも、興味深い傾向が出ています。

 マッチングアプリは、1.相手を探す、2.良い相手を見つけたら相手に「いいね」を押すなどして興味があることを示す、3.相手からも興味を示されたらメッセージ交換が可能になる(マッチング)、4.メッセージをやりとりし、5.パートナーを見つけたら退会する、というステップを踏みます。

 女性が20代前半の若いうちは、30代前半くらいまでの年上の男性とマッチングをするケースがしばしば見られ、女性の年齢が上がり30代を超えていくと、同世代の相手とのマッチングが多くなっていったのです。女性の20代前半と年上の男性とを比べると、互いの社会的・経済的な地位に差があります。女性が年齢を重ねて自身の社会的・経済的な地位が高まっていくと対等な相手を選んでいく一方で、若い頃はその「若さ」と年上男性の経済力が「マッチング」した可能性があるのです。

 そして実は、夫が再婚・妻が初婚というケースに限ると、夫婦の年齢差はそれほど縮まっていません。昭和60年には平均で7.0歳の年の差がありましたが、平成27年でも6.7歳の年齢差がありました。男性の方が7歳程度年上の状況が続いています。 「志らくの18歳下妻だけじゃない! なぜ大物芸人は“超年の差再婚”に行きつくのか?」 には、38歳以上離れた再婚夫婦も紹介されています。女性には妊娠・出産の年齢的なリミットがありますから、子供がほしいと望む再婚男性からすれば、若さは価値に繋がりやすいのでしょう。

「年の差」を理由にするのは嫌らしい?

 女性の若さや男性の社会的経済的地位に価値を見いだす考えはまだ根強くあります。しかし対等な関係の相手と築く同世代夫婦が主流である現代では、その価値観を公言するのは憚られるようになりました。だから、志らくさんの妻を庇うコメントに対して、「年上夫は年下妻が可愛いからだろう」と批判することには、少し気まずさを感じてしまうのです。

 年の差があってもなくても、夫婦にはそれぞれ結婚した理由があります。両者の関係は当人たちにしかわかりません。特に志らくさん夫婦は落語家の夫に女優の妻という特殊な例です。彼らを一般的な物差しでは上手く理解できなかった人もいたでしょう。それゆえに志らくさん夫婦への違和感を「年の差」で理解しようとした。でも、それは“嫌らしい見方”になるので、大きな声で批判はできなかったのではないでしょうか。

 志らくさんの妻擁護コメントへの違和感と、批判することへの戸惑いは、こうして生まれているのではないでしょうか。

(「週刊文春」編集部/週刊文春デジタル)

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