94歳の料理研究家・桧山タミ先生はこんなものを食べてきた《レシピ付き》

文春オンライン / 2020年4月5日 11時0分

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桧山タミさん ©繁延あづさ

 最近、よく耳にする「人生100年時代」というキーワード。とくに女性の場合、男性よりも平均寿命が長いため、結婚していようがいまいが、最後には「おひとりさま」になる可能性が大。しかし、不自由のない老後を過ごすためには、お金や健康など十分な準備が必要だ。


 そこで「週刊文春WOMAN」2020春号では、大特集「女の一生100年って!?」を約40ページにわたって掲載。《働き方》《お金術》《墓問題》から《美容法》まで、100歳まで生きるならば知っておくべき9大問題を総ざらいしている。今回はその中から、《食事術》の企画を全文転載。

 いま猛威をふるうコロナに備えるためにも、日々の食事は非常に大事だ。94歳の料理研究家タミ先生は、幼いころは病弱だったという。80歳のころには足の筋を痛めたが、自作の「お手当て食」で3年かけて杖なしの生活に。その丈夫な体のカギとなるのは、「気候風土にあった日本の家庭料理」だった。

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九州・博多で料理塾を主宰する桧山タミさん、94歳

「目覚めに常温のお水をコップ半分。シュロのタワシを使った乾布摩擦を全身で20分ほど。手先足先から心臓に向かって、ゴボウを洗う感じでザッザッと。冷えは万病のもと。からだを芯から温める工夫は長年、心がけてきました」

 と話すのは、九州・博多で料理塾を主宰する桧山タミさん。大正最後の年に11人きょうだいの10番目として生まれ、幼い頃は病弱だったというが、94歳の今もお弟子さんの集まる勉強会を毎月指導している。

 父は眼科医で、福岡市の自宅はお手伝いさんも含めて20人以上が暮らす大所帯。幼い頃から好奇心旺盛で、食べることが大好きだったタミさんが、初めて包丁を持ったのは5歳のときのこと。お手伝いさんに習ってイワシの頭を落とし、内臓を取り除いたという。

 食べ物に並々ならぬ関心のあったタミさんは、博多の女学校を卒業後、17歳のときに母の導きで料理研究家の草分け的存在の江上トミ先生を知り、花嫁修業として「江上料理研究会」の門下生となる。江上さんはパリの料理学校「ル・コルドン・ブルー」で学ぶなど、西洋料理に精通。テレビの料理番組の草創期から活躍するなど、家庭料理の普及に尽力した人物だ。

31歳で夫の急逝「とにかくできることを仕事にするしかない」

 タミさんは、8歳年上の医師と25歳で結婚し、翌年に双子の男の子を出産。優しくおとなしい性格の夫と、平和でおだやかな日々を過ごしていた。ところが、わずか6年後の31歳の時、夫が急逝する。

「病気になり、手術をすることになったのですが、手術中に出血多量で命を落としました。わたしも夫も命に関わるような病気とは思っていませんでしたので、あまりにも突然の出来事でした」

 最愛の夫を亡くした31歳のタミさんは、4歳の息子2人を前にどうしてよいかわからず、ひとまず実家に身を寄せた。しかし、いつまでも両親に頼ってばかりもいられない。

  「子どもたちを育てていくためにも働かなければならない。とにかく自分にできることを仕事にするしかないと思いました。その時のわたしにできる仕事が料理だったのです」

転機は38歳で出かけた外国視察旅行

 1961年、兄の家の一室を借りて「桧山タミ料理学院」を始め、幼い子どもを抱えながら無我夢中で働いた。料理家としての転機となったのは、海外渡航が自由化された1964年、38歳のときに出かけた外国視察旅行だった。江上先生について、半年かけて海外へ食の視察に出かけたのだ。

「当時の海外渡航は留学か仕事のみで、女性が半年近くも旅をするなんて夢物語のような感じでした。4~5ヶ月かけてフランス、フィンランド、南アフリカ共和国など10カ国以上を回るというもので、1ドル360円の時代。小さな家が建つほどの渡航費で、わたしの稼ぎだけではとうてい無理な額ですが、こんなチャンスを逃すわけにはいきません。料理教室の仕事で少しだけ貯めていた貯金に加えて、足りない分は兄に頭を下げて借りました。ありがたいことに両親やきょうだいが応援してくれて、息子たちも『お母さん、行ったらいいやない』と背中を押してくれました」

農耕民族の日本人には、やはりお米

 世界各地をまわり強く実感したのは、自分の生きる土地に合ったものを食べることの大切さだ。

「フランス北部のノルマンディー地方では、バターを使った料理がいろいろありました。牛の放牧をして暮らす人が多いため、牛から取れる牛乳やバターを使う料理が多いのです。フランス料理にバターを使ったメニューが多いのは、ノルマンディー地方のバターを使っているからなんですね。

 イタリアのような暖かい国では、オリーブの木がよく育つのでオリーブオイルを使った料理が伝統料理になります。みな、自分の暮らす国の気候と文化と歴史の中で、どんなときもしっかり食べて力強く生き抜く知恵を磨いていることを知り、自分が日本人として生き抜く知恵をどう育てていくか考えるいい機会になりました」

 麺もパンも好きというタミさんだが、毎日食べて飽きないのはやっぱりごはん。

「穀物は人の食事の基本となるもので、農耕民族の日本人には、やはりお米が合います。わたしたち日本人の体は遺伝子と結びついた米に適応し、腸が長く、ごはんをゆっくり消化して、活力が長続きするようになっているそうです」

 料理教室では、当初は高級西洋料理を教えていたが、戦後の高度経済成長の時代にまわりの料理関係者が相次いで生活習慣病などを発症したことが、食について考えるきっかけになったという。

「『命を支えるための食に関わる人がなぜ?』という疑問がわいたんです。食生活と体は結びついているので、料理を生業にする人は病気になってはいけません」

 このことがきっかけで、気候風土にあった日本の家庭料理をメインに教えるようになった。

病弱だった体を食べ物で丈夫に

 90歳を超えても、とても元気なタミさん。しかし、幼少の頃は病弱だったという。

「わたしは生まれつき病弱で、肝臓やリウマチを患っていました。小学校の時には学校を一年間休んで療養。今こんなに長生きしているのを両親が知ったら驚くと思います。丈夫になれたのは、体が弱いことを自覚して養生してきたことが大きいと思います」

 健康のための日課は、毎朝梅干し入りの番茶を飲むこと。

「昔から『朝の梅は難逃れ』といわれていて、朝の梅干しがわたしの健康のお守り薬。梅は血液をサラサラにして、殺菌や解毒作用などいろんな効能があって、体調を整えてくれます。風邪のひきかけには、古い梅干し。年数をかけて熟成した梅干しは、特に効果があるんです。火でよく焼いて、熱い番茶に入れて飲むと体の芯から温まって大汗が出て、治りが早い。この焼き梅干しは、せきや喉の痛みにも効くらしいです」

普段の食事は、お米とたっぷりの無農薬野菜に汁物

 普段の食事は、お米とたっぷりの野菜と汁物が基本。

  「お肉よりもお魚が好きですね。牛肉と乳製品は一切食べません。日本人には動物性タンパク質を消化する酵素が少ない体質の人が多く、肉食が過多になると便秘になって血が濁りやすいんです」

 毎日のごはんは土鍋で炊く。

  「わたしは世界中でいろんなものを食べてきましたけど、日本のお米ほどおいしいものはないと思います。若い方たちが自炊を始めるときや、家庭料理を学び直したいときは、まず鍋で炊くごはんを身につけることをおすすめしています。小さいキッチンでも、土鍋や厚手鍋が1つあれば、米も1カップや2カップの少量から炊けます。失敗したって大丈夫。だいたい食べられますよ(笑)」

 料理の味付けの土台は、毎日用意しているお出汁。水に漬けておくだけの「水出汁」が基本だ。

「いりこと昆布を瓶の水に漬けておくだけ。800㏄の瓶に水を入れ、10センチ角の昆布1枚と15グラムほどのいりこを入れ、一晩で出汁が出ます。ひと手間ですが、臓物を除いて使うと臭みがまったく違いますよ。あっさりとした上品な旨味です」

 旬のものを食べることにもこだわる。

  「地元でとれた旬のものは、新鮮で栄養価も高く、運送費もかかりません。人の体は季節のものとつながっているんです」

 毎日たっぷり食べる旬の野菜は、大分に住む長男が作る無農薬野菜が中心だ。

「生命力を感じる野菜をいただき、体を整えています。春は、冬に溜まった老廃物を流すため、アクの強い野菜を適度に食べて解毒。夏は水分を補うためにキュウリやナスなどの野菜を食べて、たっぷり汗をかき、からだに溜まった重金属の毒出しを。秋になると夏に消耗した体力回復のため、そして冬場に風邪をひかないよう、秋野菜でエネルギーを蓄積します。そして冬は、厳しい寒さに耐えられるよう、体を温める根菜類や冬野菜を取り入れます。季節の食材を食べることは、わたしたちの体が次の季節を迎える準備をするために、とても大切なことなんですよ」

50歳を過ぎたら腹六分目

 健康でいるために、気候や体調に合わせて献立を考えることも大切にしている。

  「たとえば、夏場の冷房負けで食欲が落ちているときには、胃腸にやさしくて滋養もある冷や汁がおすすめです。冬の寒い日に出かける家族には、特製のニンニクスープ『ソパ・デ・アホ』を飲ませて送り出して。体の芯からポカポカして冬でも汗をかいて代謝があがり、元気が出ること請け合いです。ニンニクを潰さず丸のままコトコト煮込むスープで、臭みが出ないので日中に飲んでも平気です」

 気圧が下がると体調が悪くなるという人も少なくないが、タミさんは「気圧の谷」まで考慮して献立を考える。

  「気圧が下がると血の流れが遅く、消化が鈍くなり、食欲も落ちて何となく気分が重くなります。気圧の谷が通った後は亡くなる方も多いそうですよ。ただ、気圧は目に見えないものですから、忙しい人たちは体に違和感を覚えながら、食べることとは結びつけずに調子を崩しがち。気圧の谷のときには、消化に時間のかかるかたまり肉や乳製品、油っぽいものは避けて、消化のいい野菜や魚、汁ものがおすすめです」

 年齢を重ねると、若い頃のように量も食べられなくなってくるが、タミさんは「腹八分目」でも多いという。

  「栄養バランスも大事だけど、年齢を重ねて気をつけないといけないのは食事の量です。食べすぎると、消化が追いつかず、腸に老廃物がたまっていくとさまざまな病気につながります、50歳を過ぎたら、腹六分目で十分。最初は少し物足りないかもしれませんが、胃袋というのは減らされた量ですぐに慣れるもの。合間にお腹が減ったらわたしはナッツや小魚を食べます。これだと我慢しなくてもいいですからね」

80歳、お手当食で足を治す

 80歳の頃、足の筋を痛めて杖が必要になったが、「絶対に自分で治す」と決め、3年かけて杖が必要なくなった。

「まわりからは、『最悪動けなくなるのでは』と心配されました。自分で治そうとわたしが考えたのが『お手当食』。質の良い筋肉を作るために大切なアミノ酸をたっぷり含んだ豚足のゼラチンをとるため、豚足煮を作り、ゼラチンゼリーを味噌汁や煮物に入れて毎食摂取したんです。これを2~3年食べ続け、とうとう杖いらずに。食べることで、体は再生できるんです」

 94歳の現在も、タミさんは血圧の薬も飲まず、胃腸もすこぶる丈夫。50代後半から30年以上ほとんど医者にかかっていないという。

  「この間、小さなお友達に『タミ先生はいつまで生きるの?』と聞かれたんです。いつまで生きるのか、実はあまり考えたことがありません。『タミさん、もう来ていいよ』と神様に呼ばれたら、いつでも行くつもりです。みなさん口を揃えて『将来が不安』といいますけど、将来っていつまでのことでしょう? まだ起きていないことを不安がっても何の得もありませんよ」

  「良く生きるためには、良く食べること」と、タミさんは繰り返しいう。

  「食は『生活の一部』ではなく、一食一食が家族と自分の命をつなげる営みなんです。いくつまで生きるかはわかりませんけれど、今を存分に楽しんで気ままに生きるつもりです。あの空の向こうに天国があるかもしれないけれど、わたしはこの世も天国だなと思っていますよ」

人生レシピ(1)「タミ流・土鍋ごはんの炊き方」

1. 米を洗い、鍋に水気を切った米と水(米と同じ量〜1.2倍くらい)を入れる。鍋にふたをして中〜強火にかける。

2. 湯気が勢いよく上がって沸騰したら、少し火を弱くして10〜15分ほど炊く。慣れるまでは途中でふたを開けて、水気がなくなったら火を止める。水分の飛ぶ音が「パチパチ」と乾いた音に変わるのがポイント。水気がなくなるとお米の表面に「カニ穴」がぽこぽこできる。

3. 火を止める前にふたをしたまま少し強火にして、鍋の底に残った水分を飛ばす。少し長めに強火にするとおこげができる。

4.そのまま10〜15分蒸らす。できあがったら、しゃもじをさっくり入れてほぐす。

人生レシピ(2)「ソパ・デ・アホ(ニンニクのスープ)」

材料(4人分)
ニンニク…2かけ 玉ねぎ…2個 水1.5L 菜種油…大さじ2 塩・コショウ…各適量
1. 玉ねぎは輪切りにしてからせん切りにする。ニンニクは皮をむく。

2. 厚手の鍋に油とニンニクを入れて炒め、玉ねぎを加えてあめ色になるまで弱火で炒める。

3. 2に水を加えて1時間〜1時間半煮込む。塩・コショウで好みの味に調える。

人生レシピ(3)「あじの冷や汁」

材料(4人分)
あじ(生魚・中)…2尾 味噌…大さじ4 白ごま…大さじ2 水…3カップ キュウリの薄切り・青じそのせん切り(水にさらす)…各適量

1. うろこや内臓を取ったあじを魚焼きグリルで素焼きし、身だけほぐす。

2. 白ごまを煎ってすり鉢でよくすった後、①のあじの身を入れすり潰す。味噌を加えてペースト状になるまでよくすり混ぜたら、すり鉢の内側に塗り広げる。

3. 2のすり鉢を逆さにしてガス台にのせ、弱火で香ばしく炙る。焦げ目がつく直前まで8〜10分ほど焼いたら火から離す。

4. 3のすり鉢に少しずつ水を加えて溶きのばす。キュウリと青じそを加える。

桧山タミ

1926年福岡県生まれ。日本の料理研究家の草分けとして知られる江上トミの愛弟子として、戦前より学ぶ。30代半ばで独立。94歳の現在も、博多で「桧山タミ料理塾」を主宰し、家庭料理とともに生活者としての知恵や心がけを伝える。

text:Yukiko Umetsu photographs:Azusa Shigenobu

 

(「週刊文春WOMAN」編集部/週刊文春WOMAN 2020 春号)

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