大日本プロレスの元レスラーが熱波師に…… 「いらない」と言われてもサウナで“熱波”を送り続ける理由とは

文春オンライン / 2020年6月20日 17時0分

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メディアにも度々登場する「ファンタージーサウナ&スパ おふろの国」カリスマ熱波師・井上勝正さん

「泣き叫ぶ母と父を下ろして……」イジメ、父からの暴力、闇金、そして……カリスマ熱波師の人生は壮絶だった から続く

 数々の苦労を経て、やっとのことで手に入れたプロレスラーの地位。しかし、発覚した母の借金、そして父の自殺……。

 廃業を決意し、行く当てもなくさまよっていた井上勝正は、いかにしてカリスマ熱波師になるのか――。波乱万蒸の人生、後編。
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 父の自殺をきっかけに、人生の階段を降りかけた井上を押しとどめたのは、プロレスの仲間達だった。

「親父のことを電話で伝えたら、当時の登坂栄児統括部長(現・大日本プロレス社長)が絶句して嗚咽しちゃって。『井上さんがプロレスできなくなるというのは、絶対させない』って言ってくれましたね。他にも色んな人から電話をいただきました。世話になっている方々に悲しい思いをさせるのは苦しかった。

 後になって母親とふたりで話した時に、『あの時は大変だったなぁ』だなんて笑ってましたけどね。あの時はほんと辛かった」

プロレスラー“引退”ではなく、“廃業”

 周囲の協力もあってそこからキャリアを続けたが、ほどなくして“廃業”を決意した。身体はもうボロボロだった。

「もともと靭帯も断裂しているし、試合中に踏み込みが遅れたりすることがしょっちゅうあったんです。それで改めて全身を医者に診てもらったら右目視神経症という難治性の負傷が発覚しました。右半分がほとんど見えていない状態で、これはもう廃業だなって。“引退”という言葉をあえて使わなかったのは、その後も業界に残って後進の教育とかできる人だけが使える言葉だと思ってるからなんです。

 父が死んだことも精神的に大きかったし、身体的にもこれ以上プロレスを続けることはできませんでした」

 まさに人生山あり谷あり。運命に翻弄されるとはまさにこういうことを言うのだろう。家族、金、身体、プロレス……。すべてを失った井上は、ぼんやりと父の軌跡を追うように、あてどなく大阪に帰るしか術はなかった。しかし、そんな井上にまたもや人生の転換期がおとずれる。

「『おふろの国』の林和俊店長がプロレス好きで、よくイベントで大日本のレスラーを沢山使ってくれていて。事情を知った林さんが大日本プロレスの登坂社長と話してくれて、『よかったらうちの会社にきませんか』って誘ってくれたんです。

 最初の仕事は閉店後の清掃で、毎日深夜1時半くらいから作業はじめて朝9時までびっちり。精神的にも肉体的にもしんどくって、体重が30キロ以上落ちました」

 こうして「おふろの国」で働き始めた井上。初めはお風呂の清掃だけだったのだが、思いもよらないところから“サウナとの再会”を果たすこととなる。

「清掃だけだと収入的にもちょっと厳しいっていう話をしたら、林さんから『熱波っていうのがあるんで、よかったらやってみませんか? たまにやってもらったらいいんで』って言われて。そこが最初でした」

「熱波はいらない」と言われ続けた日々

 熱波師とは、サウナヒーターの上にあるサウナストーンに水を注入し、水蒸気を発生させ(ロウリュ)、その熱をサウナ室全体にムラなくいきわたるようにタオル一枚でお客にまんべんなく送る技術者。巧みな話術や美しいタオルさばきで参加者を魅了する、近年のサウナには欠かすことのできない存在だ。

 しかし、10年前にはロウリュや熱波という言葉は定着していなかった。それゆえ当初は、お客さんには不評で全く受け入れられなかったという。

「最初は月に1回程度で、全く生活の足しにはなりませんでした(笑)。林さんはいずれ他の施設にも派遣して……というようなことを考えていたみたいですけど、僕自身全くピンときてなかったし、そもそもロウリュをちゃんと理解できていなかった。熱された石にアロマ水をかけて、とりあえず『あおぎます』とか言いながらやっていました。

 お客さんに『いらない』ってはっきり言われたことや、タオル投げられたことも数え切れないほどありましたよ。それでも地道にやり続けたら少しずつ喜んでくれる人が出てきて。なによりやっているうちに、自分がどんどん健康になっていることに気づいたんです」

傷だらけの心と体を救ってくれたサウナの存在

「仕事中はロウリュ、仕事の後もサウナにずっと入ってたんです。サウナで体に熱を入れて水風呂でクールダウンさせて血流が良くなって、だんだん体中の痛みがやわらいでくる。『あれ、これって体にええんちゃうかな』って。散々痛めつけてきた体中の古傷がサウナで緩和されて、睡眠の質も良くなりました。

 そこから自分なりに少しずつ色々わかってきて。お客さんに『熱波って何の意味があるの』って聞かれた時に、きちんとその効果を説明したいと思うようになったんです」

 そこからサウナについての知識を身につけようと調べ始めたという。そして、サウナにより精神的にも肉体的にも安定を得た井上は自分なりのスタイル「熱波」を確立。その道を歩み始める。

「サウナ室でバスタオルを手に『パネッパー!』と叫ぶ印象が強いかもしれませんが、本当は僕のスタイルではバスタオルは必要ないと思っていて。ロウリュの一番のクライマックスは、蒸気が立ち上るところ。本当はそれでいいんだと思うんです。僕の中ではロウリュを立てて、天井で充満させて、ゆっくり入浴者の頭の上から下ろしてきて完成。ただ、沢山の人にエンターテインメントとして楽しんでもらうために、バスタオルを振ったり除夜の108回とか365日熱波とかやりますけど」

 熱波師として独自路線を見出した井上が、この仕事を続ける理由があった。

「なんで僕ここまでやれるのかっていうと、確実に人の体にいいことをやってるという確信があるのと、テレビとかでとりあげられて僕が評価されたら、死んじゃった親父が褒められているみたいで嬉しいんです。

 うちってお墓ないんです。債権者にガンガン金づちで破壊されてしまって(笑)。でもよく考えたら、父親と母親のDNAが入っているこの体自体が墓標なんじゃないかなって思っていて。だからサウナに入ってくる子どもたちにも『お父さんとお母さんが本当に好きなら、その体を大切にしなさい。それが最終的にみんな守ってくれるから』って伝えさせてもらってるんです。じゃあ大切にするってどういうことか。体を定期的に温めて、冷やすということ。サウナと水風呂ですよね。人体は精密機械なんでメンテナンスが大事なんです」

「純粋に日本文化としての、サウナと水風呂を伝えていきたい」

 自らのフィジカルで感じ、編み出した独自のサウナ理論、“熱波道”。なんとも元プロレスラーらしい。こうした井上の生き様や考え方に惹かれ、熱波を受けに来る客は後を絶たない。今や他の施設にも呼ばれるほどのカリスマ熱波師にまで上り詰めた。

「僕がやってきたことって、家業もプロレスも、その時々は点だけど、結局全部が繋がって線になっていったと思うんです。熱波師はまさにその延長線上にある。

 今、『おふろの国』で熱波師検定の講師として、サウナの良さを皆さんに教授させてもらっているんですけど、僕の中では“教えている”という風に思っていないんです。だって僕、教えられない。別に技術もないし(笑)。純粋に日本文化としての、サウナと水風呂を伝えていきたいんです」

 数々の苦労を重ねながら、人生を一歩一歩進んできた井上。彼が目指す先には、なにがあるのか。

「今、温浴施設も新型コロナウイルスの影響を受けていて、人間にとっての脅威ではあります。でも、昔から人間はそういうウイルスと共存してきたと思うんです。今回の新型コロナウイルスだって、きっと克服できるはず。だとすれば、サウナに入って体温を上げて水分を沢山とって、代謝をよくすることは今こそ大事なことなんじゃないかと思うんです」

 四角いリングからサウナ室に場所を変え、井上の闘いは続いていく。

「僕が人生をもって体で感じたサウナの素晴らしさを、今後も絶対に伝えていきたい。だから熱波師は可能な限りずっと続けていく。そう思ってこれからもやっていきます」

INFORMATION

ファンタジーサウナ&スパ おふろの国

住所 神奈川県横浜市鶴見区下末吉2-25-23

土曜日を中心に井上熱波イベントを開催中。詳細は公式サイトをご確認ください。

http://ofuronokuni.co.jp/

(五箇 公貴)

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