「夕飯はいつもオハウでした」宇梶剛士が明かす“アイヌ民族出身の母から教わったこと”――文藝春秋特選記事

文春オンライン / 2020年6月28日 11時0分

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宇梶剛士氏 ©文藝春秋

「文藝春秋」6月号の特選記事を公開します。(初公開:2020年5月29日)

 アイヌ文化への関心が高まるなか、北海道・白老町に「ウポポイ 民族共生象徴空間(国立アイヌ民族博物館)」がオープンする。今年直木賞を受賞した『 熱源 』で、19世紀末から20世紀にかけての厳しい時代を生き抜いたアイヌの人々を描いた川越宗一さんと俳優の宇梶剛士さんがアイヌ文化の魅力について語り合った。

 宇梶さんは、生まれ育ちは東京ながら、アイヌ民族出身の母・静江さんを通して幼い頃からアイヌ文化に触れてきた。

 それはいい思い出ばかりではないという。

晩ごはんは「アイヌの伝統食」だった

宇梶 家にアイヌの着物が掛けてあったり、アイヌ文様の漆器があったりと、身のまわりにアイヌ文化がありましたけれど、僕自身はアイヌとしては育っていませんから、同級生たちと違うところは変だなと思っていました。

川越 同級生たちと違う?

宇梶 たとえば、晩ごはんですね。友だちの家ではお母さんがハンバーグとかカレーライスとか子どもが好きな料理を作ってくれるでしょう。ところが、うちの食事はいつもオハウ(アイヌの伝統食、三平汁の起源とも言われる)でした。鮭や野菜などを煮込んだ温かい汁ものです。だから僕は、50歳近くになるまで鍋が嫌いだったんですね。鍋の味は好きなんですけど、あの頃を思い出すから食欲が出ない。「どうして僕だけカレーやハンバーグを食べられないんだ」という気持ちが蘇るというか……。

川越 食べ物の恨みは怖いですね(笑)。

宇梶 僕は意識しなくても、生活習慣のなかにアイヌ文化はありました。「こんにちは」はアイヌの言葉で「イランカラプテ」といいますけど、「あなたの魂にそっと触れさせてください」という意味です。いつも話している「こんにちは」がアイヌでは「魂に触れる」なんだと、無意識にアイヌの精神みたいなものに親しんでいたように思います。

 母は、僕が火をまたいだり、川にゴミを捨てたりするとものすごく怒りました。これもアイヌの教えです。よく叩かれながら「そんなこと学校で習ってないよ」と反発する気持ちはもっていました。

「ここで撃たれるか、北海道で働くか」

 そんな宇梶さんも年齢を重ねるにつれて、自分のルーツについて関心が強まったという。昨年、アイヌの地を舞台にした「永遠ノ矢=トワノアイ」で脚本と演出を手がけたのもその1つ。ウポポイではPRアンバサダー(宣伝大使)を務め、プロモーション映像に自前の民族衣装を着て登場している。

『熱源』と同様、明治期のアイヌが登場する漫画『ゴールデンカムイ』は、ふたりとも愛読者。その話題で盛り上がるなか、宇梶さんは「グレて」いた、若い頃の仰天エピソードも披露した。

宇梶 あの漫画を読んで思い出したことがあるんです。僕が高校時代にグレていたとき、浦川治造という母の弟に北海道へ連れて行かれました。テレビではお話しできないことですが、この叔父さんは狩猟もしていて、そのときに「アイヌは人に迷惑をかけない。ここで撃たれるか、北海道で働くか、選ばせてやる」と言われたんです。その言い方が『ゴールデンカムイ』のアイヌの少女とそっくりだなと思ってね。昔の西部劇でよく見た「インディアン、嘘つかない」も一緒だなと。

 宇梶さんを叱りつけた叔父の浦川氏は東京アイヌ協会名誉会長を務め、アイヌの長老として知られる著名な存在だ。

 それぞれの立場でアイヌ文化の魅力を語り合った宇梶さんと川越さん。その対談「 知れば知るほどアイヌは凄い 」は、「文藝春秋」6月号及び「文藝春秋digital」に掲載されている。演劇と小説の違いはあっても、アイヌ文化を伝えていくには、人々をよろこばせる「楽しさ、面白さ」が大切という思いは共通していた。

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(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2020年6月号)

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