「いつも親分の隣に座っている男が刑事?」ヤクザを知り尽くした“伝説のマル暴捜査員”がいた

文春オンライン / 2020年7月12日 17時0分

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6代目山口組傘下の組事務所に入る高山清司若頭(左端)(2019年10月) ©時事通信社

 国内最大の指定暴力団6代目山口組ナンバー2、若頭の高山清司(72)が昨年10月に出所して以降、全国で頻発していた山口組の対立抗争。コロナ禍で落ち着きを見せていたが、5月に岡山で6代目山口組系幹部が神戸山口組系幹部を銃撃して重傷を負わせる事件が発生するなど、ふたたび緊迫した状態となっている。

 そんな市民生活を脅かす存在の暴力団の活動に、監視の目を光らせているのが警察だ。警視庁には、暴力団犯罪捜査などを専門にしている「組織犯罪対策部」が設置されているほか、名称の違いはあるが全国の警察本部に同様の組織を置いている。

 では、警察当局は暴力団に対して、どのような捜査をしているのか。時にはガサ入れ(家宅捜索)で事務所に乗り込む様子がテレビのニュースなどで報道されるが、組織犯罪捜査部門にある「視察」担当と呼ばれる、情報収集が専門の捜査員が水面下で活動している実態はあまり知られていない。

ヤクザの情報収集が専門の「視察」担当

 30年以上にわたり神奈川県警で暴力団犯罪捜査にあたってきたベテラン捜査員が語る。

「組対には『視察』という特殊な仕事を担当している捜査員がいる。ヤクザの情報収集がメインの仕事だ。情報収集といってもヤクザに『何か情報をくれ』と頼んだところで事件につながるような情報を提供してくれる訳ではない。対象の組織について、組長から幹部、末端の構成員まで基本的な組織形態などを把握するところから始まる」

「視察」の仕事は、組織の内部に食い込んでいくことが求められるという。

「割り振られた暴力団の実態を知るため、日常的にヤクザの事務所に顔を出して、組長をはじめ幹部クラスたちと面会して顔つなぎをする。昔は事務所の壁に組長から順番に組員の名札が掲げられていた。これをチェックして構成員は何人いて、どういう名前の組員がいるのか把握する。もちろんそれだけでなく、組織の動向全般について探りを入れていた」(ベテラン捜査員)

 関東では、東京に主な拠点がある住吉会や松葉会、極東会、横浜や川崎に拠点が多い稲川会などについて警視庁や神奈川県警の視察担当が常時、出入りしていた。住吉会や稲川会ともなると組織が大きいため直系の2次団体だけでも多くの組織があり、足を運ぶ事務所はかなりな数に上る。

「事務所の組員の名札が裏返しになっていたりすると、『刑務所に沈んでいる(服役している)のかな』、名札自体がなくなっていたら『不祥事を起こして組織から破門されたのかな』と想像できる。そして、それとなく幹部に話を向けて実態を探る。組織について把握した内容を報告書にまとめていた」(同前)

稲川会定例会に毎回出席していた捜査員

 神奈川県警には今でも語り継がれる伝説の視察担当者がいた。

 暴力団にとって警察は最も脅威であり忌み嫌う存在のはずだが、国内3番目の組織である稲川会を創設した伝説の人物である稲川角二(1914~2007年)に信用のおける「人物」として認められ、当時本部が置かれていた静岡県・熱海で毎月開かれていた稲川会の定例会に同席することを許され、常に稲川の隣の席を用意されていたという。

 そのため、直参に取り立てられて定例会に出席するようになったばかりの若手幹部らは、「親分の隣にいつも座っている人はどういう役職の人だろうか」とすっかり稲川会の大幹部だと思い込んでいた、というエピソードが残されている。

 当時を知る神奈川県警の元捜査幹部が様子を明かす。

「この担当者がいた時は、稲川会の会合で出た話は全て警察として把握することが出来た。稲川会内の人事や直系の2次団体の近況報告などだ。しかし、警察に聞かれてはまずい話はこの場では出さず、場を変えて会合が持たれていただろうが、公式の会合に出席してリアルタイムに情報を把握できたのは大きかった」

 その後も、視察担当と暴力団幹部の間のパイプが保たれていた時期には、何か事件が起きた際には、組長クラスに視察担当が直接電話を入れて、「やったヤツを出頭させろ」と要請することも多々あったという。

 数十年前には、そんな出頭要請に応じていた時代もあったが、近年は「実行犯はまず逃げてしまい、追跡は大変な苦労になっている」(前出・ベテラン捜査員)という。

義理が通じなくなった「警察とヤクザ」の関係

 暴力団にとって「義理事(ぎりごと)」は欠かすことが出来ない重要な行事であることはいつの時代も変わらない。

 各組織で葬儀などがあれば多額の香典を包んで焼香に訪れ、跡目を継承した組長の襲名披露や刑期を終えて出所した組員の放免祝いなども同様だ。こうした法事や慶事に招かれた場合に、欠席することは義理を欠くことになり許されない。

 そのため、かつてヤクザと警察の間でそれなりのパイプがあった時代には、義理事の際には逮捕状が出ていても執行しないという不文律があった。

「かつては、逮捕を予定している幹部の所属する組織の新親分が襲名披露を開催する時などは、その幹部に『無事に終わったら、翌日には必ず出頭して来い』と伝えておくと、約束通りに出てきた。警察側が義理を欠くことがなければ、相手も義理を欠くことはなかった」(前出・ベテラン捜査員)

 しかし、「今では、逆に義理事こそ逮捕のチャンス」(同前)だという。

「いま、義理に期待していたら逃げられてしまう。最近はむしろ、義理事が開催されるとの情報が入って、捜査対象となっているヤクザが出席するとなれば、義理事の会場近辺で逮捕状を持って待ち構える。ヤクザにとって義理事は欠かせないから、必ず姿を現す。そこで逮捕する。最も確実な方法だ。義理事が終わるまで、などと悠長なことは言っていられない。まして『義理事が終わったら出てこい』なんていう牧歌的な話は、今となっては全くない」(同前)

弘道会の「3ない主義」

 警察と暴力団の関係が決定的に変化したのは、1992年に施行された暴力団対策法がきっかけだったという。

 かつて暴力団事務所には表に看板が掲げられていたが、暴対法施行後は多くが撤去され、事務所内の構成員の名札も外された。そして何より、事務所内に、視察担当も含めて警察関係者を全く招き入れなくなった。

 というより警察を事務所に入れないどころか接触さえしない、ましてや情報は出さないという姿勢に変わった。

 こうした方針を鮮明に打ち出したのが、6代目山口組組長の司忍、若頭の高山清司の出身母体である中核組織の弘道会だ。「警察に情報を売らない、付き合わない、事務所に入れない」というのは、弘道会の「3ない主義」として業界では知れ渡っている。

 弘道会系組織では一時期、警察がガサ入れの際に家宅捜索令状を示しても事務所の玄関を開けようとせず、機動隊員たちが門や玄関を電動ノコギリで破壊して捜索に入る、といったことが毎度のことだった。

「ある時、門を破壊して捜索に入ったところ、後日、修理代金の請求書が送られてきた。その場でゴミ箱に捨てたが」(前出・神奈川県警元捜査幹部)

 現役の山口組系幹部が、近年の事務所事情について語る。

「ヤクザの事務所には金庫があって、たんまりとカネが詰まっているといったイメージがあるだろうが、いまは全くそのようなことはない。ましてや拳銃や覚醒剤など入っていない。そんなものがあれば、警察のガサ入れの時にすぐにバレてしまう。

 警察に発見されて困るようなものは別のところにある。事務所はいわば会合の場。警察も何かあるたびにガサ入れに来るが、何もない。そういう意味では、ガサはただのセレモニーに過ぎないのではないか」

携帯電話の時代に組事務所はいらない?

 別の指定暴力団幹部は事務所機能の変遷について明かす。

「かつて事務所には部屋住みの若い衆がいて、電話番のような仕事が重要だった。例えば、縄張り内の居酒屋やクラブなどで『酔った客が暴れている』『料金が高いと文句を言って騒いでいる客がいる』などの連絡が入れば、駆け付けてトラブルを解決していた。ましてや知らないヤクザが来たとなれば当然動かなくてはいけない。

 しかし、今は携帯電話の時代。事務所に張り付いている必要はない。だから視察の刑事さんは事務所に来ない。付き合いがあっても、用がある際には携帯に連絡してきて、外で会うことにしている」

 さらに、かつてと様変わりしたエピソードも明かす。

「これまで事務所はシンボル的な存在だったが、近年はシノギ(資金源)が苦しく、事務所を売り払ってしまうこともある。ウチも数年前だが売り払い、かなりなカネが親分の懐に入ったはずだが、あれはどうなったのか。そのまま不問に付されているのだが……」(同前)

 ヤクザと警察をめぐる関係は変化したが、警察としては「情報を取れない」では済まされない。前出のベテラン捜査員が明かす。

「顔つなぎが出来ている幹部クラスと、事務所ではなく外に呼び出して喫茶店などで話を聞くようにしている。いくら携帯電話の時代でも、何かしらの方法で接触しなければ情報は取れない。とにかく内部の情報を提供してくれる協力者の獲得が重要だ」

 時代の変遷を経ても、水面下で警察とヤクザの暗闘は続けられている。(敬称略)

刑務所に入ったヤクザはどんな日常を過ごしているのか?「入れ墨を風呂で見て…」 へ続く

(尾島 正洋/Webオリジナル(特集班))

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