“藤井聡太フィーバー”で逆風 開き直った渡辺明棋聖にある光景を思い出した

文春オンライン / 2020年7月10日 20時0分

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現在、棋聖に加えて棋王、王将の三冠を保持する渡辺明棋聖 代表撮影:日本将棋連盟

 終局後に代表質問者から「カド番で迎えた本局はどういうお気持ちで臨まれましたか?」という問いかけがあった。

 ややあって「開き直って」という言葉が、追い詰められていた王者から発せられた。その言葉を報道控室で聞いた筆者は、十数年前のある光景を思い出していた。

世間が「自分が負けることを期待している」

 将棋の第91期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負は、第3局を迎えた時点で、挑戦者の藤井聡太七段が2連勝と、初タイトル奪取へ王手をかけていた。藤井にはタイトル獲得の最年少記録更新がかかっていたこともあり、世間のフィーバーは最高潮に達していたといえる。

 逆に言えば、タイトル保持者の渡辺明棋聖にとっては厳しい状況だった。単純な星勘定だけではない。世間のほとんどが「自分が負けることを期待している」のだ。そういう空気を当事者が感じないわけがない。

 ただ、渡辺は少なくとも過去に2回、世論上で自らが敵役を演じる番勝負を経験している。羽生善治九段が永世七冠達成へ「あと1局」と迫ったとき、その相手が渡辺だった。

 最初は2008年の第21期竜王戦七番勝負。挑戦者の羽生がいきなり3連勝、しかも局が進めば進むほど羽生の圧勝度が増していた。誰もが羽生の竜王奪取、それにともなう永世竜王、永世七冠の誕生を信じて疑っていなかっただろう。当の渡辺本人ですら、次の第4局を「負けるにしても熱戦にしたい」と述べ、自分が勝つ構図を思い浮かべていなかったのである。

「永世七冠の瞬間を観に来たんだろう」

 果たして、羽生の大記録が掛かった第4局には普段とは段違いの報道陣が現地へ集まった。現在の藤井フィーバーと比較しても遜色はなかったと思う。当然、皆が永世七冠誕生を期待しているのだ。

 かくいう筆者もその一人で、大熱戦の末に渡辺が踏みとどまったあとの打ち上げ会場では「何でここにいるんですか?」と、微醺を帯びた顔の渡辺に問いかけられた。

 対して「永世七冠の瞬間を観ようと思って」とよりによって本人の前でそういう返事をしてしまうのが粗忽者の自分らしい、と長年思い込んでいたのだが、その場にいた担当記者が「永世七冠の瞬間を観に来たんだろう」と混ぜっ返したことに対して私が言葉に詰まったというのが真相のようである。いずれにしろ、当時の筆者が歴史的瞬間の場に居たいという気持ちを持っていたのは事実だ。

 対する「(最終第7局が行われる)天童まで無駄足を運んでください」という力強さに溢れた言葉は、それが事実になったことも含めて、今でも印象に残っている。

 このシリーズは「勝った方が永世称号を得る」という将棋史上初にして、あるいは二度と起こらないかもしれない対局となった最終第7局が特にクローズアップされるが、シリーズとしての転機は、渡辺が九死に一生を得た第4局だっただろう。

渡辺自身も「どん底状態」と振り返っている

 羽生の永世七冠が実現したのは2017年の第30期竜王戦七番勝負であるが、この時に挑戦を受けた渡辺は明らかに成績が下降していた。結果として2017年度の年間勝率は5割を切っている(21勝27敗、0.4375)が、これは渡辺にとって自身初の屈辱でもあった。

 このシリーズで筆者は第4局を除いてすべて現地を訪れ、また決着の第5局では主催紙観戦記を担当したが、9年前と比較しての渡辺の覇気のなさは気になっていた。連敗後に1勝を返した第3局ですらそうだったのだ。

 当時については渡辺自身も「どん底状態」と振り返っている。長い底を抜けたのは、竜王失冠からほぼ1年後のJT杯将棋日本シリーズでの優勝だった。

 短期間での逆襲と、長期間における不調からの脱出と、それぞれ状況は異なるが、渡辺はなぜ自らを立て直すことが出来たのだろうか。

 前者については「挑戦者」だったことが大きいのではないかと思う。立場としては羽生の挑戦を受ける側だったが、渡辺はこの時点で羽生とタイトル戦を1度しか戦っていない(2003年の第51期王座戦)。そして実績では圧倒的に羽生のほうが格上だ。

「タイトル戦で羽生に勝たなければ認められない」という雰囲気が当時の棋界にあった。渡辺本人がそう思っていただけでなく、おそらく羽生七冠誕生後に初タイトルを獲った棋士は、共通してそのように見られていたのではないだろうか。いわば「羽生に挑戦する立場」だったことが、3連敗後の開き直りに結びついたものと考える。

どん底状態が好転へのきっかけに

 対して後者はどうだろうか。渡辺は2017年度の成績低下に関して、その遠因は2013年度における自身初の三冠達成にあるのではないかともみている。三冠達成時は状態としてもベストだが、それ以降は多忙などもあり、対局への準備に時間が取れなかった。「三冠以降は勝率もよくなく、防衛戦だけを何とかしのいだという感じで、貯金がなくなった2017年度にどん底が来た」という。

 だが、どん底状態となったことが好転への一つのきっかけとなった。負け続けたことで対局が減り、結果として自身のモデルチェンジを図る時間が取れたのだ。

「後手番で勝てないのが勝率低下の原因で、この対策について一番悩んだ。自分の長所を生かすためには、居飛車で普通に指すのが一番いいという結論に達した」と渡辺は言う。その結果が2019年度における三冠復帰、そして今期の名人挑戦につながっている。

こういう負かされ方はきつい

 改めて、今回の棋聖戦を考えてみる。 

 まず立場としては名実ともに藤井が挑戦者であることは疑いの余地がない。そして五番勝負開始時点では藤井の1勝0敗という対戦成績だったが、渡辺は「若手がタイトル戦に出てくるまでは年長者が勝ち越しているのが自然。以前より力をつけているからこそタイトル戦に出てくるわけで、挑戦された時点で負け越していたら、年上は勝てません」と語ったことがある。

 そうなると出だしの2連敗もある意味では想定の範囲だったかもしれないが、その内容については第1、2局ともに藤井が王者を圧倒しての勝利だった。「渡辺棋聖の敗因がわからない」という声も多数聞かれた。こういう負かされ方はきつい。どこに反省点を求めるべきかわからないからである。

 そして、(少なくとも成績上では)渡辺が好調状態でこの防衛戦を迎えたのも大きかった。直前に王将と棋王を防衛し名人にも挑戦を決めた、現在最強の棋士と言っても文句がつけられない存在が、手ひどく負かされたのである。

やはり手番の優位は無視できない

「もう藤井には誰も勝てないんじゃないか」という空気まで作られたようにも思えるが、それを渡辺は第3局で見事に払拭した。「研究がうまくいっただけで、手ごたえを感じる内容ではない」と振り返っているが、研究を生かしての作戦勝ちを本当の勝利に結びつけられるのは真の実力があってこそである。

 そして第4局は渡辺の先手番だ。やはり手番の優位は無視できない。特に王位戦七番勝負を並行して戦っている藤井は、作戦をどこまで用意できるかということに懸念がある。そして王位戦第2局は棋聖戦第4局の直前に行われるというハードスケジュールも気になる。

 世相上の問題で、現在行われているタイトル戦の取材は相当に制限が掛かっている。報道控室に置かれているモニターから渡辺の「開き直って」という言葉が聞こえた時、筆者は2008年の竜王戦第4局の打ち上げを思い出していた。直接会って言葉を聞くわけにもいかないが、「第5局まで無駄足を踏んでください」と言われそうな気がしている(前回の竜王戦も含めて、大一番の現地にいることが無駄足だとはまったく思わないが)。

 そしてこの両者の勝負を一局でも多く見たいというのは、将棋ファンの総意だろう。

(相崎 修司)

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