藤井聡太棋聖の活躍で人気チャンネルに 歴代1位の視聴数を叩き出した対局とは

文春オンライン / 2020年7月17日 6時0分

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ABEMA将棋チャンネルは、藤井聡太棋聖誕生の歴史的瞬間も生中継していた(代表撮影)

「ABEMA」は、ネット広告事業を主とする株式会社サイバーエージェントが母体となって4年前に開局。2017年には、将棋番組を毎日無料で見られるという画期的な「将棋チャンネル」が開設された。タイトル戦や藤井聡太棋聖の対局を中心にした生中継はもちろん、オリジナル対局の「AbemaTVトーナメント」など独自制作番組も人気を集め、将棋ファンの毎日には欠かせない存在だ。

 そんなABEMA将棋チャンネルの“中の人”はいったいどんな人なのか、どんな準備をして将棋中継に臨んでいるのか、ゼネラルプロデューサーの塚本泰隆さんと、プロデューサーの谷井靖史さんにインタビューした。

 場所は東京都渋谷区神宮前にあるABEMAのスタジオ「シャトーアメーバ」。中継で大盤解説に使う部屋を見せてもらいながら、話を聞いてみた。

(全2回の1回目。 #2 を読む)
※文中の段位などは、インタビュー当時のものです

◆ ◆ ◆

「おじさんの趣味」というイメージを変えたいと思いながらやってきました

――シャトーアメーバには初めて来ましたが、東京将棋会館から近いのですね。解説の棋士、女流棋士の皆さんも来やすそうです。

谷井 そうなんです。偶然ですが、東京将棋会館まで急げば徒歩6~7分くらいの距離です。対局の後に記者会見を中継したときは、走って汗だくになりながら2往復したこともあります(笑)。

――ABEMA将棋チャンネルは、ABEMA開局から1年後の2017年2月にスタートしました。チャンネルができたいきさつを教えてください。

塚本 弊社社長の藤田(サイバーエージェントとAbemaTV社長を兼務する藤田晋氏)と「麻雀最強位」にも輝いた棋士の鈴木大介九段が親しくしていて、先にABEMAに麻雀チャンネルができた時に「将棋チャンネルも作って、若者にも将棋を広めて欲しい」と鈴木九段からお話があったのがきっかけです。藤田は、麻雀だけでなく「将棋も面白い」と考えていましたから、じゃあやろうと。

――塚本さんは麻雀のプロ資格をお持ちだとうかがいました。

塚本 大学時代に麻雀のプロになりましたが、その当時はそれでは食べてはいけなかったので卒業後は他の会社で働いていました。その後藤田の麻雀の練習相手をしているうちに「麻雀チャンネルのプロデューサーとして来て欲しい」と話をもらい2016年の9月にAbemaTVに転職、麻雀チャンネルのプロデューサーを任されました。数カ月で将棋チャンネルの立ち上げが決まり、そちらも兼任することになりました。

――転職時には20代だったわけですよね。それで、大きな仕事を任されるのは若い社員が多いサイバーエージェントらしいですね。実力があれば大きな仕事を任される社風なのですか。

塚本 実力があればというより、やりたいと手を挙げた人に仕事を任せることの多い会社です。私が将棋チャンネルに関わったのは手を挙げたわけではないのですが。将棋も麻雀も「おじさんの趣味」というイメージを変えたいと思いながらやってきました。

「将棋チャンネルの仕事にチャレンジしたい」

――谷井さんは、将棋チャンネルのプロデューサーに立候補したのですか。

谷井 そうですね。サイバーエージェントの別の部署にいたら、ABEMAに将棋チャンネルができたのです。もともと将棋好きなのでびっくりしました。しばらくして「将棋チャンネルの仕事にチャレンジしたい」と塚本のところに相談しに行きました。2018年に将棋チャンネルに異動することとなりました。

塚本 兼任で忙しかったですし、将棋が好きで知識もあるからぜひ来てもらえればと話を進めました。もともと、サイバーエージェントは希望を出して部署を異動するということは活発に行われていますね。

このままどこまでも連勝を伸ばしていただきたい、なんて思いました(笑)

――将棋チャンネルが立ち上がった直後の2017年3月には、四段になったばかりの藤井聡太七段の「炎の七番勝負」が放送されました。塚本さんは、その仕掛け人として注目されました。藤井七段の勝ちっぷりは予想していたのでしょうか。

塚本 増田康宏六段(当時四段)や永瀬拓矢二冠(当時六段)ら若手強豪に加えて、羽生善治九段(当時三冠)、佐藤康光九段などトップ棋士の方々にご出演いただくことができました。藤井七段(当時四段)の実力はもちろん未知数でしたし、7戦全敗もあるかというのが大方の予想だったのではないでしょうか。

 あの長嶋茂雄選手だって鳴り物入りで球界入りして、デビュー当時は金田正一投手相手に4打席4三振したわけです。我々はメディアとして勝ち負けはともかく、最年少でデビューした、ABEMA将棋チャンネルと同時期に誕生した中学生棋士にスポットを当てたいという気持ちだけでした。もちろん結果はご存知の通りで、永瀬二冠に負けただけの6勝1敗。デビュー以来の公式戦連勝が13に伸びたところで、「炎の七番勝負」最終局で羽生九段に勝利した回の放送を迎えまして、この勝利は大きなニュースになりました。タイミングも良かったです。

――藤井七段の活躍とともに、ABEMA将棋チャンネルの人気も高まったという感じでしたね。

塚本 おっしゃる通りで、連勝を伸ばしていく間の藤井四段ブームの風は凄かったです。このままどこまでも連勝を伸ばしていただきたい、なんて思いました(笑)。将棋への注目がこれほど高くなり、将棋チャンネルがいまほど人気を集めるとは、正直なところ社内で誰も思っていなかったです。

「これでまだ十代なのか」とびっくりさせられます

――将棋チャンネルで、これまでで最高の視聴数を記録したのは、29連勝のときですか。

塚本 1位が30連勝をかけて戦って佐々木勇気七段(当時五段)に敗れた竜王戦、2位が増田康宏六段(当時四段)に勝って29連勝を記録した竜王戦です。連勝がストップすると、やはり視聴数は落ちましたね。

谷井 現時点(7月15日)の今年の1位は7月9日の棋聖戦第3局で、視聴数が600万に迫り、将棋チャンネル歴代3位でした。藤井七段のタイトル戦初挑戦は非常に注目されています。

――画面右下にMとK(1Mは100万、1Kは1000)の数字が出ています。これがその日の視聴数を表しているのですか。視聴数と視聴者数は違うのでしょうか。

塚本 出ている数字は視聴数でアクセスの延べ数です。PV(ページビュー)と同じ考え方ですね。

――藤井七段は、炎の七番勝負、魂の七番勝負のほかに、AbemaTVトーナメントは3回とも出演しています。印象の変化はありましたか。

塚本 初めてお会いしたときは学ラン姿の中学生でした。スタジオで大人に囲まれて将棋を指すなんて経験はなかったはずなのに、堂々として将棋が始まると顔つきも変わって集中し、プロなんだなと思わされました。本当に謙虚で気配りができてすごく大人びていましたが、最近はさらに大人になってどーんとした落ち着きが増し「これでまだ十代なのか」とびっくりさせられます。

視聴者を引き付けるためにしていることは

――将棋をあまり指さないファン、観る将と言われるファンも多く視聴しています。難しい解説だけでは理解できない視聴者を引き付けるために、工夫していることはありますか。

谷井 1手指すのに2時間以上かかることもありますから、なるべく画面上の変化をつけるように、解説棋士や聞き手の女流棋士の1週間を紹介したりしています。対局者だけでなく出演している棋士の方のことも応援したいという視聴者のニーズがあるので応えたいと思っています。最近、出演棋士のプライベートの写真の提供をお願いするようにしました。棋士の方も放送を楽しく盛り上げようと考えてくれ、写真をたくさん送ってくださったりと、非常に協力的で感謝しております。

塚本 自己申告を元に作った1週間の表が毎日「スプラトゥーン」になっていて、ゲーム好きが知れ渡った女流棋士の方もいました(笑)。話題性もあると思います。

――対局中の食事メニューを必ず見せています。これはスタッフが同じものを頼んでいるのですか。

塚本 対局者が食べる前に撮るのは難しいので、だいたいそうしています。もしかしたら、以前に頼んだ同じメニューの写真ストックから出している場合もあるかも(笑)。

昨年の12月から将棋AIを使った勝率表示を入れました

――最近は、解説陣に出したお弁当も紹介しています。

谷井 解説にお越しいただいた棋士、女流棋士の皆さんにはABEMAで注文したお弁当を召し上がっていただいています。とても評判で「ABEMAのお弁当は良い」とか「美味しかった」とか喜んでいただき、楽しみにされている方も。それで、お弁当の絵も見せることにしました。

――このあたり(シャトーアメーバのある渋谷区の神宮前。おしゃれな飲食店が多い)ならば、見た目も美味しそうなお弁当がいろいろありそうですね。ところで、画面上に出ている優勢か劣勢かを%で示す勝率は、欲しいという方と要らないという方がいます。あれは、つけたり消したりを視聴者が選ぶようにするのは難しいのでしょうか。

塚本 ABEMAの仕様として、ユーザーがどちらかを選択するのは難しいです。

谷井 開始からずっと放送を見続ける方は少数派で、多くは放送途中から視聴するので、見た瞬間に優劣が分かるように昨年の12月から将棋AIを使った勝率表示を入れました。賛否両論は承知しています。ただ、表示がないときの「勝率が欲しい」という声の方が、表示があるの「不要だ」という声より多いと感じています。

塚本 プロの一手の凄さや、終盤の難しさなど、視覚的に見せたい、初心者でも分かるようにしたいという意図もあります。

――解説と聞き手の人選はどのようにしていますか。

谷井 こちらで具体的な指名はしていません。日本将棋連盟さんに棋士、女流棋士のスケジュールを確認していただいたて協議の上、決めています。

――藤井七段のタイトル初挑戦の棋聖戦第1局には、最近、渡辺明三冠相手にタイトル挑戦したばかりの本田奎五段を起用。杉本昌隆八段と藤井七段の師弟対決となった竜王戦3組決勝では、兄弟弟子の金井恒太六段と飯野愛女流初段のコンビと、ツボを押さえた人選になっていると思うのですが、日本将棋連盟も上手く調整しているのですね。

谷井 ありがたい限りです。日本将棋連盟のメディア部には、ABEMA担当の方がいらっしゃいます。棋士の方2人のダブル解説も好評をいただいておりますが、こちらでは細かいことはお願いしておりません。お二人の話し合いで役割分担を決めていただいています。

藤井七段をABEMAでもより一層盛り上げていきたいです

――藤井七段のタイトル初挑戦が決まってどう思いましたか。

谷井 藤井七段は、そう遠くない時期に必ずタイトル挑戦はするだろうとは思っていました。それが、自粛が明けたばかりの時期に史上最年少タイトル挑戦が実現し、大きな明るい話題を提供したことに、さすがのスター性を感じ、無形の力を感じました。ABEMAでもより一層盛り上げていきたいです。

 これまでは1台のカメラで両対局者を真横から撮っていましたが、棋聖戦の挑戦者決定戦から、両対局者をワンショットで斜め前から撮れるようにカメラをさらに2台増やしました。

――カメラを増やすと、コストも手間もかかるのですよね。

谷井 もちろんそうなのですが、表情がよく見えたとか、こんなアングルは初めてで良かった等、評判は上々で、今までにない映像を届けられたことでコストに十分見合うだけの効果はあったと思います。

生中継にはしっかりと準備を

――ABEMAには解説なしの中継もありますね。

谷井 将棋盤にフォーカスした解説なしの将棋情報LIVEという中継スタイルです。この中継方法は2018年から始めました。対局室の音を拾うので、棋士のつぶやきや息遣いも聞こえると評判です。

――生中継ではABEMAスタッフとして藤崎智さん、田嶋尉さんがよく画面に登場し、視聴者にもおなじみです。このお二人の役割を教えてください。

塚本 藤崎は弊社社員で、生中継の技術面の責任者です。タイトル戦などを旅館などから中継するには、使えるインターネット回線があるかの確認から始めます。回線工事をNTTに依頼することもたびたびあり、地方の旅館の回線がABEMA中継で強化されています(笑)。このような準備をすることから藤崎の指示で進めています。最近では、候補手を表示する将棋AIを使ったシステム作りも担当しています。田嶋さんは、よくお願いしている番組制作会社「マジックボックス」の方で、元奨励会三段の将棋専門のディレクター。バリエーションのある映像を見せてくれますし、インタビューも得意です。

――旅館での生中継は準備が大事なのですね。いつごろ会場入りするのですか?

谷井 1~2週間前に技術スタッフが一度現地を訪ね、配線やカメラの設置場所などを考えます。天井にカメラを付けられないなら、やぐらを作ったりしないといけません。対局前日の朝からカメラを設置、映像が撮れているかのテストなどを検分までに終わらせます。現地に行くのは技術スタッフ含めて2~3人くらいです。

塚本 その映像をスタジオ(シャトーアメーバ)で受け取って、必要なテロップをつけたり編集して配信します。こちらのほうが人数が必要ですね。

――中継での失敗談があれば教えてください。

谷井 とある対局で、先手勝ちだと思ってスタジオにテロップなどの指示を出しました。しかし、最後に逆転して後手勝ちとなって慌ててテロップや番組仕切りをやり直しました。将棋は最後まで分からないので早計な判断は慎もうと思いました。

――ABEMAは無料視聴であっても、アクセス殺到でつながらなくなることがありません。どれくらいのアクセスに耐えられるのでしょうか。

塚本 チャンネル別ではなくABEMA全体で安定視聴できるように努力しています。乃木坂46の大型特番などアクセスが集中する番組もそうですし、将棋チャンネルでアクセスが増えてもサーバーダウンがないように強化していっております。

写真=杉山秀樹/文藝春秋

塚本泰隆(つかもと・やすたか) 33歳。麻雀プロ資格を過去に持ち、麻雀チャンネル、将棋チャンネルのプロデューサーを務める。4年前に転職してサイバーエージェントに入社。将棋チャンネルの立ち上げ、麻雀のナショナルプロリーグMリーグ立ち上げの他、ABEMA寄席など特別番組にも多く関わっている。AbemaTVトーナメントは第1回から担当している。

谷井靖史(たにい・やすし) 38歳。2007年サイバーエージェントに新卒入社し14年目。Webエンジニア、携帯ゲーム事業のプロデューサー、マネージャーを務めた後、将棋チャンネルに異動して3年目。主に生放送、編成を仕切る。6歳の頃から将棋が好きで、棋力はアマ初段。三間飛車党。

「棋士は遅い時間になればなるほどテンションが上がる」AbemaTVトーナメントの舞台裏 へ続く

(宮田 聖子)

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