「東大合格は努力か環境か?」『二月の勝者』作者と考えた“中学受験の親”が捨てるべき下心

文春オンライン / 2020年7月23日 11時0分

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「君達が合格できたのは、父親の『経済力』。そして、母親の『狂気』」――刺激的なセリフでヒットしている中学受験漫画『 二月の勝者 』。

 その人気マンガの名場面と「中学受験の親が子どもにかけたいセリフ」を掛け合わせた異色のコラボ本『 中学受験生に伝えたい 勉強よりも大切な100の言葉 』が話題だ。著者は教育ジャーナリストのおおたとしまささん。教育関連書籍を60冊以上執筆している中学受験の専門家だ。

『二月の勝者』作者・高瀬志帆さんとおおたさんに「中学受験の親が持つべき心構え」について話してもらった。(全3回の1回目/ #2 、 #3 も公開中)

◆ ◆ ◆

高瀬 漫画の各シーンとおおたさんの言葉がぜんぶ見事にマッチングしているので、すごいなと思いました。それに、 “作者としての真意”をかなりくみ取ってもらっていると感じました。

おおた そういう意味で言えば、この本は『二月の勝者』を深く理解するための解説本や考察本のように読むこともできるでしょうし、先にこちらの本を読むことで『二月の勝者』がどういうメッセージを秘めた漫画なのかというのがわかる部分もあると思います。もちろんこの本単体でも中学受験の親がもつべき心構えを説いたものとして参考になると思います。

「中学受験生はかわいそう」というのは、余計なお世話だよね

高瀬 まず「はじめに」で感動しました。

おおた えっ、どういうところですか?

高瀬 「子どもにそのまま渡して読ませないでください」というところがいいなと思いました。実は私が『二月の勝者』を描いているときも同じ気持ちなんです。親御さんが咀嚼して、お子さんに伝えてほしいんです。この本にしても、漫画にしても、いちばん大きなテーマは、「誰かに正解を求めるのではなくて自分の頭で考えよう」ということですよね。漫画の前後のシーンも読んで自分の頭で考えてほしいというメッセージを最初に訴えてくれていることがうれしかったです。

おおた そこは私も企画を考えるうえで最初に大切にしたことです。12歳のための自己啓発本にはしないぞって。

高瀬 それに、「第1講」の<「中学受験生はかわいそう」というのは、余計なお世話だよね>というのがまさに私が最初にこの漫画を描こうと思ったきっかけなんです。じつは私自身も中学受験について知る前は、かわいそうという先入観が多少なりともありました。でも実際に取り組んでいるお子さんを見ていて、大人が勝手に「あなたたちかわいそう」と決め付けることで、子どもたちが「かわいそう」にされてしまっているとわかりました。最初にそこへのパンチをもってきていることが良かったです。

おおた ああ、良かった。

「東大に合格できるのは、努力か環境か」問題

高瀬 なかの文章にも響いた部分がたくさんあるのですが、「第91講」の<恵まれた環境に生まれたのなら、その恵まれた環境を最大限に活かして将来世の中の役に立つことが、恵まれたひとの使命だと思う>って、たとえば「第59項」の<偏差値で学校や人間の価値を判断するような浅ましい人間にならないために、いまキミは勉強しているんだよ>とかこの本のいろいろなところと連動していると思っていて……。

おおた そうかもしれません。

高瀬 親御さんが偏差値に囚われていると、どんなに子どもが優秀に育っても、結局恵まれたひとの使命を果たせないと思うんですよ。中学受験というプロセスを通して、1人の人間として成長していくんだという大きな視野でのメッセージがところどころに織り込まれていますよね。

おおた たとえば「東大に合格できるのは、努力なのか環境なのか」という問題が毎年のようにネットで盛り上がると思うのですが、「第92講」の<あなた自身の努力がなければ合格はできなかった。でも一方で、あなたにはどうにもできない幸運が重ならなければやはり合格はなかったはずなんだ>というのが、私なりの答えです。

高瀬 そこは私も同感です。

「中学受験をさせられるのも、親の実力じゃない」

おおた 「第90講」の<私立の中高一貫校に通える状況にある子どもは実はものすごく少ない。その恵まれた環境から受けた恩恵を独り占めしてはいけない>の解説文には「わが子に中学受験をさせられるということも、親の実力なんかじゃないということを、親こそわきまえなければ始まらない」とも書いていて、「中学受験生たちに伝えたい」と言いながら、90番台のメッセージは完全に親へのメッセージなんです。

高瀬 私の気持ちも代弁してくれていると感じます。

おおた 昨年の東大での上野千鶴子さんの祝辞のメッセージともリンクしている話だと思いますし、おそらく『二月の勝者』の今後の展開においても重要なテーマになってくるんだろうと思います。この本の中では「第91講」の挿し絵として使わせてもらっていますが、主人公の黒木蔵人が塾講師として働く傍ら夜の街の片隅で「星を拾っては投げている」という部分の説明はまだ漫画の中では出てきていませんからね。この本の90番台は今後の漫画の展開への伏線になるんじゃないかという思いも込めて書きました。

中学受験は「親子でできる最後の二人三脚」

高瀬 でも、本をそのまま子どもに渡しちゃう親御さんもいらっしゃいますよね。

おおた いるでしょうね。それは怖いなと思って。

高瀬 怖いですよ。本を子どもに渡してしまっていたら、いざ本当にそのセリフを親が言わなければいけないとき、たとえば「第70講」の<ほかにも良さそうな学校を探しておくから、まかせといて>なんかを、言えなくなっちゃうじゃないですか。「ああ、あの本に書いてあったことを言ってるのね」って子どもに見抜かれちゃう。その次の<どの学校も魅力的だよね。ぜんぶ受かっちゃったらどこに行くか迷っちゃうね>というのも、親がさりげなく言ってあげるべきことで……。親がいいところを見せるべきときに、こういう言葉が自分自身から出てこないというのは、親子関係という観点からするとどうなんだろうと。本をそのまま子どもに渡すんじゃなくて、自分の口で伝えてほしいですよね。中学受験って、親子でできる最後の二人三脚の挑戦だと思うので。

「塾って裏ではどうせこう言ってるんでしょ」

おおた 逆に言うと、ここに描かれているようなことを親自身が納得して中学受験に取り組んでいれば、実際にこんなキザなセリフを言わなくても、子どもにもその価値観はどこかで伝わるはずだと思うんです。だから「子どものやる気を引き出すため」みたいな下心に利用されたら嫌だなあと思っています。

高瀬 本当ですよね。私の漫画も「ビッグコミックスピリッツ」という大人向けの雑誌での連載漫画なのですが、そこをあまり考慮せずにそのまま渡してしまう親御さんも多くて……。

おおた 大人の世界を覗きたいという気持ちを子どもたちがもつことは当然あるとは思いますが、それってあくまでも覗き見であって、親が子どもに「はい、読みなさい」って渡すのは作者の意図とは違いますよね。もちろん作品をどう読むかは“作者の意図”なんて関係なく読者の自由なんですが。

高瀬 中学受験が終わって、中2、中3で読んでみるというのはわかるんですけど、これから中学受験を始める小3、小4とかで読ませちゃうひとがいるみたいなので、それは早いなっていう。塾との信頼関係もつくっていかなきゃいけない時期なのに、「塾って裏ではどうせこう言ってるんでしょ」みたいに思わせちゃったらどうするんでしょう。そういうところも含めてこの本にはちゃんと真意が書かれているので、安心しました。

おおた 高瀬さんにそう言ってもらえると、ほっとします。

(【続き】 “不幸にも”第1志望に受かり続けた親子の末路……中学受験「良い先生、良い親」の条件とは  へ続く)

“不幸にも”第1志望に受かり続けた親子の末路……中学受験「良い先生、良い親」の条件とは へ続く

(高瀬 志帆,おおたとしまさ)

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