永瀬拓矢叡王vs豊島将之竜王・名人 「城崎の無勝負」は波乱の幕開けか

文春オンライン / 2020年7月18日 18時38分

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本局では後手番の永瀬拓矢叡王

 城崎にて。勝者も敗者も生まれず、2枚の棋譜だけが残された。

 永瀬拓矢叡王(27歳)に豊島将之竜王・名人(30歳)が挑戦する、第5期叡王戦七番勝負。第1局は、豊島が千日手指し直し局を制した。第2局は7月5日に兵庫県豊岡市「城崎温泉 西村屋本館」で行われ、持将棋(=引き分け)が成立している。持将棋は永瀬がデビュー以来4回目、豊島が初だ。八大タイトル戦の番勝負で持将棋は5年ぶりだが、その前は22年ぶりと非常に珍しい。

「勝とうと思って打ってはいけない」

 第1局の千日手に続いて持将棋が現れたのは、波乱の幕開けを予感させる。史上最年少タイトルホルダー、藤井聡太棋聖が誕生したいま、彼らはどんな時代の分岐点に立っているのか。

 持将棋を巡って1点の駒取りが繰り広げられるなか、筆者は昨晩に読んだ兼好法師「徒然草」の一節を思い出した。

〈双六の名人と言われる人がいた。秘訣を訊ねてみたらこう答えた。「勝とうと思って打ってはいけない。負けないように打つ。どの手が一番はやく負けるかを考えて、その手を避けて、一目なりとも勝負を先延ばしにできる手を打つのがよい」。

 道を知れる人の言葉は、治国平天下の骨法に通じる〉
※『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集07 枕草子 方丈記 徒然草』(河出書房新社)より。徒然草の訳者は内田樹。文中の「双六」は「盤双六」のことで、将棋と同様に二人対戦で交互にコマを動かす。バックギャモンに近い。

タイトルを1つずつ分け合う群雄割拠の状況に

 豊島が初タイトルを獲得したのは、2018年7月の第89期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第5局。棋聖を奪われた羽生善治は竜王のみになり、31年ぶりにタイトルを1つずつ分け合う群雄割拠の状況に突入した。そしてそれに終止符を打ったのも豊島で、9月に第59期王位戦七番勝負を制して、二冠を達成している。12月に羽生は竜王を失冠し、27年ぶりに無冠となった。

 現在、豊島は竜王・名人の座に就き、渡辺明は棋王・王将の二冠。永瀬は叡王と王座、木村一基は王位、そして藤井聡太が棋聖を獲得した。この2年間でタイトル防衛に成功したのは渡辺明のみで、タイトル保持者が次々と入れ替わっている。

 33年前、七大タイトルの在位者が7人だった期間は1ヶ月だった。そのひとりが本局の立会人を務めた福崎文吾九段で、当時は十段のタイトルを保持していた。現代と似た戦国時代のなかで何を思っていたのか、控室で話を聞いた。

「そうか、いわれてみたら似てますねぇ。20代が強くてねぇ。

 僕のときは、羽生さんが来る嵐の前の静けさ。いまやと藤井さんが来る前になるのかな。でもいまの20代は僕のときよりはるかに強いし、AIもあるから簡単には藤井さんでもいかんと思う。そういいながら、もう取りそうなところまで来てるねんけど(笑)。いまの時代で三冠はめちゃくちゃ強い。そんな渡辺さんを追い込んでいるからねぇ。そう簡単にと思うねんけどね」

お盆にはバナナひと房の10本が置かれていた

 2020年、城崎温泉は開湯1300年を迎えた。対局当日は曇り空。夏至から小暑に移り替わるころで、日本海の荒波で育ったトビウオやマダイが名物になる。対局場の「西村屋」は安政時代に創業し、160年の歴史がある純日本旅館。新型コロナウイルス感染拡大防止のため4月から営業を自粛していたが、7月に営業を再開した。ロビーには七夕が飾られている。街いく人々は浴衣姿ながらマスクを身に着け、7つの湯めぐりを楽しんでいた。

 対局室には豊島、永瀬の順に入室した。両者のお盆にはズラッと飲み物が並び、豊島側にゼリータイプと固形タイプの栄養補助食品、永瀬側にバナナひと房の10本が置かれていた。持ち時間は各5時間で、戦いは夜まで続く。途中で1時間の昼食休憩、30分の夕食休憩、15時におやつが出されるものの、パッとエネルギーを補給できなければスタミナ切れに陥りやすい。第1局は千日手のすえに23時13分に終了し、対局時間は13時間を超えた。

 対局は10時に開始され、角換わりに進む。第1局の千日手局、指し直し局でも登場した戦型で、居飛車党のトップ同士では避けて通れない。角換わりの相腰掛け銀は後手が待機して千日手を狙うことが多く、この原理は戦後から脈々と続いている。

電王戦が呼び起こしたもの

 ドワンゴ主催の棋戦といえば、2012年から2017年にかけて行われた電王戦が浮かぶ。棋士と将棋ソフトの白熱した戦いは注目が集まり、社会現象にさえなった。異次元の強さを誇る将棋ソフトは盤上に影響を及ぼし、研究にソフトを導入する棋士が大いに増えた。ソフト発の作戦が公式戦で猛威を振るい、まったく指されなくなった流行形もある。

 将棋ソフトによって、人間の築いてきた歴史が侵食されたように見えるかもしれない。だが面白いのは、人工知能による進歩は人間の過去をすべて切断するわけではないことだ。

 第1図(45手目▲4五歩)で9筋を突き合う形にし、2二の玉を3一、6八の銀を7七にすれば、1957年の第7期王将戦挑戦者決定リーグの▲有吉道夫五段-△大山康晴八段戦(初手合いの師弟戦)と同一局面になる。

 本譜は第1図から△4五同歩▲3五歩△4六歩▲同金△3五歩(第2図)と進んだ。この手順自体は、「打倒大山」を公言した山田道美九段の『山田道美将棋著作集 第三巻近代戦法の実戦研究 3』(【編】中原誠 大修館書店)に類似形(9筋を突き合い、先手は7七銀、後手は3一玉・6三金・8二飛型)で紹介されている。△3五歩まで進み「先手の攻め足は鈍ってしまう」と山田九段は記しているが、第2図を見ると、6八銀型なので△3九角がなく、▲3五同金に△4六角もない。もちろん同一局面ではなく、仕掛けまでの駆け引きはまったく違う。ただ、先手の攻撃態勢だけ見れば、豊島が山田九段の問いに答えた格好だ。

温故知新のトリガーになっている

 将棋ソフトが登場する前でも大棋士の棋譜を並べ、当時の観戦記を読むことはできた。だが、現在進行形で研究されている作戦であれば、自分の読み筋と比べて先人の戦いがより鮮やかに蘇る。将棋ソフトは革新だけでなく、温故知新のトリガーになっているといえるだろう。

 近年の角換わりで主流になっている4二玉・6二金・8一飛型を指したのは、将棋ソフトをいち早く取り入れた千田翔太七段。第1回電王戦に出場した初代叡王・山崎隆之八段の研究パートナーを務めた。本局の後手の作戦は玉の位置こそ違えど一段飛車と金の配置は同じであり、木村義雄十四世名人が名人戦で指した形と同じである。そして、電王戦でソフトに勝利した豊島と永瀬が「叡王」のタイトルを争うのは感慨深い。ドワンゴが将棋界に蒔いた種は立派に育ち、地殻変動を起こしている。

永瀬叡王がスーツに着替えた理由とは

 昼食休憩からの再開前、永瀬は和服ではなくスーツに着替えて登場した。現代の縁台将棋、ニコニコ生放送では「お色直し」「なんかこぼした?」とコメントが飛び交ったが、本人は局後に「和服は不慣れな点が多く、スーツのほうが指しやすいので、対局しやすいように着替えました」と話した。

 和服をまとって指す棋士は、タイトル戦などの大勝負に出場する棋士に限られている。永瀬は昨年5月、3回目の挑戦で初タイトルの「叡王」を獲得した。秋に王座も奪取して二冠となり、今回は5回目のタイトル戦ながら初防衛戦である。和服に慣れるのは、もう少しかかるのかもしれない。

 豊島は2011年に20歳でタイトル戦に初登場しながらも、5回目の挑戦でようやくものにした。タイトル獲得は4期ながらも、まだ防衛に成功したことがない。二人が時代の覇者を目指す戦いは始まったばかりである。

「タイトルを取ったときよりも……」

 トッププロが戦国時代にどう臨むかは様々だ。60歳を迎えた福崎九段は1978年に四段にデビューし、1986年に十段、1991年に王座を獲得した。タイトル戦の舞台で16歳上の米長邦雄永世棋聖、同年代の高橋道雄九段と谷川浩司九段、一回り下の羽生善治九段と戦った。激しい世代間闘争のなかでタイトルを獲得した福崎九段だが、それは棋士人生でいちばんうれしいことではなかったという。

「同じ棋士でも志が違うんですよ。棋士になったらええなという人もいれば、それだけじゃあかんと思う人もいる。僕なんかは四段になったのがめちゃくちゃうれしくて、棋士で食べていけるのがすばらしいと思った。タイトルを取ったときよりも、四段になったのがうれしかったんですよ。だから志は高くないんですよ。

 奨励会を途中でみんな辞めちゃうでしょ。研究会やっていても、『もう福崎くん、会われなくなってん。もう辞めることにしたから』といわれてねぇ。『なんでそんなこというてくれへんの、もっと練習しような』というたら、『福崎くんにいうたら絶対に止められるから、帰郷直前までいわなかった。君は棋士になろうとしているから、僕に対してもそういう気持ちでやってくるから。絶対に僕に対してもそういう気持ちでやってくるから』って。つらかったですよ、もう明日から会われへんから、突如言われて……。だから棋士になるかどうかって、本当に大事なんですよ。四段昇段でうれしかったので、あとはどんだけといわれても考えていないわけですよ」

 当時、「関西では谷川さんがひとり飛びぬけた存在だった」という。そこに羽生世代が続々と現れて切磋琢磨する時代になった。それがまた谷川九段にとっては刺激になり、1995年に羽生に七冠独占を許すも、タイトルを奪い返して竜王・名人になっている。「谷川さんはライバルが大好きなんです」と福崎九段は述懐する。

 永瀬と豊島を最も意識させる年下のライバル、それは藤井聡太棋聖に違いないだろう。20世紀末のように競争が激化するのだろうか。

写真=小島渉

令和の覇権をかけた永瀬と豊島の頂上決戦 そこには藤井聡太も参戦してくる へ続く

(小島 渉)

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