【芦名星さん急死】「結婚相手の条件は会話ができる人」生前に語っていた恋人、友人、家族

文春オンライン / 2020年9月16日 11時0分

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芦名星さん©AFLO

 9月14日午前6時半ごろ、俳優の芦名星(あしな・せい)さんが東京・新宿区内のマンションのクローゼットで首をつった状態で亡くなっているのが見つかった。36歳だった。

「芦名さんの遺体を発見したのは、芦名さんのお兄さんです。前日から本人と連絡が取れず、心配してマンションを訪れたそうです。捜査関係者によると、現場の状況から首吊り自殺を図ったとみられています。現場に遺書は残されていなかったと言います」(社会部記者)

 自宅マンションの周囲は閑静な住宅街だが、オートロックもなく、芸能人の住むマンションとしては質素な印象を受ける。近隣住民とも気さくに交流していた。

「彼女はここに10年ほど住んでいて、ジャージのような気取らない服装が多かった。コンビニで会うと、『こんにちは!』と明るく挨拶をしてくれました。地元では『芦名さん』というよりは、本名で『五十嵐さん』と呼ばれていましたね。とてもいい人だったのに、どうしてこんなことが起きてしまったのか……」(近隣住民)

10月からの「相棒」出演者リストにも名前が

 芦名さんは福島県郡山市出身。ファッション誌「CanCam」などでモデルとしてキャリアをスタートし、2006年の日本・カナダ・イタリアの合作映画「シルク」では候補者が1000人を超えるオーディションで日本人ヒロインに抜擢。これが転機となり女優としての活動を増やしていった。週刊誌の敏腕記者を演じたドラマ「相棒」シリーズ(テレビ朝日系)にも2017年から出演し、10月から始まるseason19にも出演が決まっていた。

 兄がマンションの鍵を持っていたことからもわかるように、芦名さんは郷里の家族をとても大事にしていた。

月に2、3度、福島の実家へ帰ることも

「家族のことも福島という土地のことも、芦名さんは本当に大好きでした。仕事が忙しくなってからも、時間があれば月に2、3度は実家へ帰ると話していたこともありました。高校に入ると同時に東京へ出てきましたが、実家こそが芦名さんにとって安らぐ場所だったのでしょうね」(芸能関係者)

 郡山でも、帰省した芦名さんの姿を近隣住民は何度も見かけたという。

 2011年に東日本大震災が起こった際に、芦名さんとたまたま一緒にいたという芸能関係者は、彼女の家族愛を感じたエピソードを話してくれた。

「東日本大震災が起こったとき、芦名さんはV6の井ノ原快彦さん(44)が主演する舞台『芝浦ブラウザー』の稽古中でした。揺れが収まった後に震源地が東北だと分かると気が気ではない様子で、家族の安否をずっと気にしていました。そんな芦名さんの姿を見て、共演者も一緒になって芦名さんの家族が出るまで電話をかけるのに協力していました。それは周囲にも、芦名さんの家族愛が伝わったからだと思います。

 郡山の実家やお兄さんが住む宮城の家は被災して、その後の除染など、苦労をしたようですが、その経験もあって募金活動などに積極的に取り組んでいました」(別の芸能関係者)

「福島に住む人たちに元気を与えられたら」

 福島出身という縁もあってか、2013年のNHK大河ドラマ「八重の桜」で神保雪子役に選ばれている。綾瀬はるか演じる新島八重の薙刀道場の同門生で、最後は新政府軍に囚われ自刃した会津藩士を凛々しく演じた。

 その出演者発表会見で、芦名さんはこう述べていた。

「実家に帰った時にはよく会津の方へ遊びに行くので、その土地の人を演じられるのは嬉しい。いまでも震災の影響が大きくて、福島に住む人たちに少しでも元気を与えられたら。(神保雪子は)悲しい人生を歩むかなと私なりには思っていますが、それでも強く逞しく、前を向いて生きていく生涯を、私福島県出身なので、会津の思いも一緒に乗せて演じたいと思います」

 

 一方で、売れっ子にもかかわらず派手な交友関係は聞こえてこない。昨年5月には俳優の小泉孝太郎(42)との熱愛が報じられたが、関係者によると、その後間もなく破局しているという。

恋人からのDV被害を告白していた

 芦名さんの恋愛観は奇抜で周囲を心配させることもあった。2007年11月28日放送の「グータンヌーボ」(フジテレビ系)ではこんな過激な自身の恋愛体験を披露している。

「暴力だったり、ありましたし、知らないうちに借金を私が返してたり。『顔以外、やめて』って言いつつ、やられるときとかありましたね。叩かれることに関してどうこうっていう、痛いとかそういうことじゃなくて、やられて、その人が言ってることとかに自分でズーンって『何てことしたんだろう』って。殴られていることがどうこうじゃなくて、(暴力を振るわせてしまった)自分に、ハァーってなってましたね、その時は」

「洗脳されてますもん徐々に徐々に。(別れる時は)会わなかったですね。最後はもう殺されるんじゃないかと思ってたから。『殺しに行くぞ』『テメェ下まで出てこい』って別れる日も言われて」

「交友関係が広いというタイプではなかった」

 芦名さん自身、人見知りであることを公言しているが、仕事関係者の間でも彼女のプライベートを知る者は少なかったようだ。

「交友関係が広いというタイプではなかったようです。『愚痴を言い合える友達って少ないから大事』と話していたこともありますし、今思えばですが、人と会うことが難しいこの半年間はつらかったのかもしれません。『ゼクシィPremier』(2017年5月発売号)のインタビューでは、結婚相手の条件に『会話ができる人』と答えていました。人とのコミュニケーションを大事にするタイプでしたから」(出版関係者)

 彼女がなぜ自ら命を絶ったのかは不明だ。家族に愛され、仕事も順調そのものに見えた彼女の人生に一体なにが起きたのか。

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

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