「殺したいとは爪の先ほどぐらいもなかった」松永の関与を巧妙に否定する“物語”

文春オンライン / 2020年10月6日 17時0分

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 あらゆる手段を使って戦う、との姿勢を崩さない松永太弁護団の攻勢は続く――。

 2003年2月18日、同弁護団は、松永が少女の父親・広田由紀夫さん(仮名、当時34)殺人容疑で2月3日に逮捕された件で、その2日後の5日に発布された勾留状についての「釈明要求書」を、福岡地裁小倉支部に提出した。

 これは、勾留状に記載された被疑事実について、いまだに〈不明確であると思慮される〉として、いくつかの事項を挙げ、同地裁に釈明を求めたものである。

松永弁護団、由紀夫さん殺人の被疑事実について釈明を要求

 内容は以下の通りだ。

第1 被疑者(松永)らが広田由紀夫(以下「由紀夫」という。)を支配下に置いていたとする点について

 被疑事実中「(由紀夫の)自由を制約するなどして自己らの支配下に置いていた」とあるのは、実行行為に含まれるのか。含まれないとして、構成要件的には余事記載とみてよいか。余事記載ではないというのであれば、構成要件的にはいかなる意味を持つのか。

 第2 由紀夫の死因について

 被疑事実においては、由紀夫の死因は「多臓器不全」とされているが、多臓器不全が直接の死因となっているという意味か、それとも、間接的な死因となっている場合が想定できるのであれば(例えば、多臓器不全により衰弱したことで足元がおぼつかなくなり、転倒して頭部等を強打し、それが直接の死因となった場合)それも含むという趣旨か。

 第3 実行行為の内容について

 1 本件被疑事実の実行行為は、どれとどれか、具体的に指摘されたい。

 なお、不作為を実行行為として指摘する場合は、作為義務の発生の根拠となる、結果発生を防止する法的義務(単なる道義的義務では足りない。)をも明らかにすることを要する。

 2 被疑事実中「医師による適切な治療を要する状態に陥っていた」とあるが、被疑者らにおいて、由紀夫に対し、医師の治療を受けさせる作為義務があったとする趣旨か。

 そうでない場合、この記載は、構成要件的にいかなる意味を持つのか。

 3 同じく「その生存に必要な(「必要かつ」の誤記ではないかと思われる。)十分な食事を与えないまま」とあるが、被疑者らにおいて、由紀夫に対し、生存に必要かつ十分な食事を与える作為義務があったとする趣旨か。

 そうであるとする場合、作為義務の発生の根拠となる法的義務の内容は何か。

 4 同じく「身体の保温に十分な寝具及び暖房器具を与えることなく」とあるが、被疑者らにおいて、由紀夫に対し、十分な寝具等を与える作為義務があったとする趣旨か。

 そうであるとする場合、作為義務の発生の根拠となる法的義務の内容は何か。〉

 この第1のなかに出てくる“余事記載”とは、罪となるべき事実以外の記載という意味。つまり、“殺人”の容疑で逮捕された松永らが、由紀夫さんに対する「自由を制約するなどして自己らの支配下に置いていた」行為が、“殺人”の実行行為に当たるのかとの疑問を呈し、もしそうでないのならば、“余事記載”ではないかと主張。それが違うのなら理由を説明するように要求しているものである。

 続く第2は、由紀夫さんの死因である「多臓器不全」が、“殺人”の直接の死因であるかどうかを問うもの。こちらも、多臓器不全を引き起こしたことが、“殺人”となり得るのか、さらには、もし間接的な死因と捉えるのならば、より“殺人”からは遠ざかるのではないかということを示唆している。

 最後の第3、第4は、本件での“殺人”の実行行為はなんであるかを明らかにさせようというもの。「医師による適切な治療」を受けさせなかった、「その生存に必要な十分な食事」を与えなかった、「身体の保温に十分な寝具及び暖房器具」を与えなかった、などの不作為(やらなかった)とされる行為を、“殺人”の実行行為であると捉えるのならば、それらの不作為とされる行為を“やらなければならない”根拠となる法的義務を、示す必要があると主張するものである。

裁判長は「明確性は現時点で十分」

 これらの釈明要求に対して、2回目となる勾留理由開示公判が、2月20日に福岡地裁小倉支部で開かれた。

 その席で裁判長は、「犯行時、現場にいた関係者の供述などから相当な嫌疑が認められる。共犯関係や犯行態様からきわめて重大な事案であり、通謀などの証拠隠滅の恐れや、住所不定に加え、その家族関係などから逃亡の恐れがある」との拘置理由を述べた。

 さらに松永弁護団による「釈明要求書」については、「明確性は現時点で十分」として、釈明は認めなかった。

 この公判では松永が意見陳述を行っている。その概要は次の通りだ(カギカッコ内は松永の陳述)。

松永の陳述「殺したいとは爪の先ほどぐらいもなかった」

「そもそも由紀夫が死亡したことは間違いない。遺体を(緒方)純子と清美(広田清美さん=仮名)が解体したことも間違いない。容疑のなかで動機が最大の問題。まず当時、由紀夫を殺さないといけない理由はない。恨みもいささかもない。由紀夫に死んでもらいたいという気持ちもない。当日は月曜日で清美は学校。普通の生活が営まれていた。少女(清美さん)の授業態度などから証明できる。(由紀夫さんに)食事を与えずとあるが、たしかに生活費はいただいていた。最低限度の食事、カロリーメイトのチーズ、フルーツ、チョコレート味を毎日食べさせていた。牛乳300(ml)、砂糖大さじ1杯、バナナも毎日食べさせていた。それは無理やりではない。具合が悪いなら自分から進んで病院に行けばいい。無理やり病院に連れて行くことはできない」

「通電、殴る蹴るの暴行、いたずらをやったことは、私は認める。刑事は調べで、『そんなことはどうでもいい。黙秘しろ』と言った」

「逮捕容疑についてはほとんど認めている」

「たしかに(由紀夫さんには)風呂場で寝てもらっていた。電気ストーブはやけどをするので、毛布、布団を与えていた。衰弱というのは私には見えなかった」

「多臓器不全について、腎臓・肝臓が悪くなったとあるが、7年前のこと。盲腸や胃けいれんならわかる。肝臓は“沈黙の臓器”と呼ばれ、いつ発症してもおかしくない。腎臓も風邪をひいただけでも炎症を起こす。当時、医学知識もないのに、緒方とどうやって見抜けばよかったのか」

「殺意について、殺したいとは爪の先ほどぐらいもなかった」

「純子が供述しているが、内心のことはわかりません。妊娠中で由紀夫の世話は大変だったろうと思う」

「拘置するのならば、警察にとってマズイような内容でも調書にしてほしい。取り調べの規範にもそう書かれている。解体時の状態についてもきちんと調書を作成してほしい。殺そうとは思っていなかった。ありがとうございました」

松永弁護団の意見陳述「人工呼吸を一生懸命にした」

 続いて弁護団の意見陳述が行われた。その内容は先の「釈明要求書」にあったように、勾留事実の不明確性を訴えるものだ。それらは割愛するが、弁護団の作成した「意見書」のなかに、松永の説明をもとに作成したと思われる、由紀夫さんの死亡前後の状況が記されていた。後の裁判では、事実ではないと否定される内容が多々含まれているが、当時の松永の主張を知るために引用する。

〈由紀夫は、死亡する前日の午後10時ころから、当日の午前3、4時までの間、被疑者(松永)及び純子と一緒に飲酒した。由紀夫は、ビール4、5本、日本酒2合、焼酎2合くらいを飲んでいた。

 その後、由紀夫は、浴室で就寝し、午前7時ころ起床し、ラジオを聴いたり週刊誌を読んだりしていた。

 夕方になり、由紀夫は、甲女(清美さん)と風呂掃除をしていた際、浴室で足を滑らせてころんで左頭部を壁に打って倒れ、いったん立ち上がったものの、またすぐに倒れ、いびきをかき出した。そこで、被疑者らは、台所に座布団を用意し、そこに由紀夫を寝かせた。被疑者らは、由紀夫は寝ているものと思っていたが、30分くらいでいびきが止まり、おかしいと思った被疑者が確認すると、由紀夫は呼吸していなかった。そこで、被疑者は、いわゆるマウスツーマウスの方法で人工呼吸をし、純子が心臓マッサージや手足をさするなどしたが、結局由紀夫が息を吹き返すことはなかった。被疑者は、人工呼吸を一生懸命にしたため、目の中に内出血ができた。

「死んだことが納得できずに通電」「水葬の意味で骨は海に散布」

 自分と純子は指名手配中であり、由紀夫の死体の処理に困り、当初、(北九州市小倉北区)三萩野の病院に死体を運んでから、純子と逃走しようと話し合ったものの、甲女が一人残されるのを嫌がったことから断念し、死体は解体することとした。解体の前に、被疑者が由紀夫の瞳孔、呼吸、心音で死亡を確認した。純子は、由紀夫が死んだことが納得できずに、由紀夫の死体の手足や心臓に通電した。甲女は、父との別れを惜しむ意味で、由紀夫の死体解体を手伝った。解体の際、由紀夫の脳を見たところ、左側に出血の跡のように変色して黒ずんでいたのが見えた。水葬の意味を込めて、骨は海に散布した。純子とは、「時効になれば墓を竹田津(大分県国東市)に作ろう」と話していた。毎年盆には風呂場で供え物して由紀夫を供養した〉

 松永作の、まさに自身の“殺人”への関与を巧妙に否定したストーリーである。なお、ここで説明された状況について、同意見書内には、〈検察官の取調べでは、「由紀夫は、朽ち果てて倒れたか、清美が叩いて倒れたか、滑って壁に頭をぶつけて倒れたかが問題だ。」などと言われている〉との、松永が検察官に言われたとされる文言も加えられている。それらからは、自作のストーリーを正当化しようと腐心する、松永の企みが透けて見える。

(小野 一光)

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