“死体なき殺人事件” 北九州監禁連続殺人事件の捜査はなぜ難航したのか

文春オンライン / 2020年10月6日 17時0分

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 松永太弁護団による、勾留理由開示公判が開かれた翌日となる2003年2月21日には、同弁護団と緒方純子弁護団の会見がそれぞれ行われた。

 松永弁護団は前日の公判について、裁判所が釈明に応じなかったことへの不満を表明した。そのうえで、起訴の判断を待つ状態にある、広田由紀夫さん(仮名、当時34)に対する事件について、「起訴されるのだろうけど、当然、争うことになる」と述べている。

緒方弁護団2回目の会見、食い違う主張

 一方、これが2回目となる緒方弁護団の会見では、これまでに殺人罪で起訴された4事件のうち、緒方のめいである緒方花奈ちゃん(仮名、当時10)と、おいの緒方佑介くん(仮名、当時5)の事件について言及。花奈ちゃんについては、「(起訴状にある)すのこに縛り付けての通電はしていない」ということを、佑介くんについては「全面的に容疑は認めるが、凶器は電気コード」だという緒方の主張を訴えた。また、佑介くん事件においては、「松永から指示はあったが、松永は実行行為はしていない」とのことだった。

 さらに、起訴前の由紀夫さん事件についても触れ、「逮捕時の認否で『なにも言えない』としたのは、死因について違うところがあるということ。面を食らったのではない」とし、「風呂場で転倒したこと自体は否定しないが、頭を打って死んだ、というのとは違う。事故死という認識はない」と、松永の主張とは異なる見解を明らかにしている。

2日後に、広田由紀夫さんに対する殺人罪で両名を起訴

 この会見の2日後となる2月23日、福岡地検小倉支部は、広田由紀夫さんに対する殺人罪で松永と緒方を起訴した。起訴事実の要旨は以下の通りだ。

〈被告人両名は、かねてより北九州市小倉北区片野所在の『片野マンション』(仮名)30×号室において、知人の広田由起夫(当時34)をその自由を制約するなどして自己らの支配下に置いていたものであるが、平成8年1月上旬ころには、同人が肝機能障害ないしは腎機能障害等により身体がやせ細り、四肢には多数の痒疹が生ずるなど医師による適切な医療を要する状態に陥っていたところ、被告人両名は、共謀の上、殺意をもって、そのころから同年2月26日ころまでの間、同人を同室内の狭あいな浴室に閉じ込めるなどした上、その生存に必要にして十分な食事を与えず、長時間の起立あるいはそんきょの姿勢をとること、また、厳寒の時期にもかかわらず、身体の保温に必要にして十分な寝具及び暖房器具を与えることなく同浴室の洗い場で就寝することを強制し、さらに、同人を木製の囲いの中に入れるなどして、その腕部に電気コードの電線に装着した金属製クリップを取り付け、同電気コードの差込プラグと、電圧100ボルト、電流30アンペアの家庭用交流電源に差し込んだ延長コードの差込口とを接続して同人の身体に通電させたり、その身体を殴打、足蹴にするなどの暴行を加え、これらの虐待行為を継続的に繰り返すなどにより、上記肝機能障害ないしは腎機能障害等を悪化させるとともに同人を衰弱させ、よって、同日ころ、上記マンション30×号室において、同人を上記障害等による多臓器不全により死亡させて殺害したものである。

 罪名及び罰条

 殺人 刑法第199条、第60条〉

松永は「起訴が適法か争うことを検討」

 この起訴を受けて、松永弁護団は「公訴事実は不明確なので、有罪無罪の点はもちろん、起訴が適法かどうかについても争うことを検討したい」とコメント。一方、緒方弁護団は「虐待によって死亡したのは認める。虐待を続ければ死ぬかもしれないと思いながら続けたので、殺意については“未必の故意”の限度で認める」とコメントした。

 じつはこの由紀夫さん事件については、松永弁護団は、殺人罪での起訴についてだけでなく、その勾留の理由についても、徹底抗戦の姿勢を崩していなかった。

 同弁護団はまず3月7日に福岡地裁小倉支部に対して、由紀夫さん事件で2月5日に同地裁支部が決定を下した起訴前の勾留の裁判について、「現裁判を取り消し、検察官の勾留請求を却下するとの決定を求める」との準抗告を申し立てている。

 さらに、この準抗告が同日に同地裁支部で棄却されると、今度はその決定に判例違反があるのではないかとして、3月12日に最高裁に特別抗告を申し立てたのだった(最高裁は同抗告を棄却)。

 それに止まらず、4月4日には福岡地裁小倉支部に、今度は同事件について、3月13日に同地裁支部が決定を下した勾留の裁判について、再度の勾留請求却下を求める準抗告を申し立て、それが4月7日に棄却されると、4月10日には最高裁に対し、特別抗告を申し立てたのである(最高裁は同抗告を棄却)。

 それはもはや、“熱心”を通り越し、“執念”ともいうべき戦いぶりだった。

 また、4月16日には、その時点で福岡県警小倉北署の留置場に勾留されていた松永の身柄について、防禦権保障の観点から小倉拘置支所に移すよう、「勾留場所に関する申し立て」を福岡地裁小倉支部に対して行い、4月30日には勾留場所の変更が認められている。制約の多い“代用監獄”から、制約の少ない拘置所に身柄を移されたことにより、松永が手紙を書くことのできる時間が増え、弁護団との十分な接見の時間も確保されたのだった。

緒方智恵子さん殺人容疑で両名を逮捕

 時系列での話に戻すと、2月23日の由紀夫さん事件での、8度目となる起訴に続いて、福岡県警は2月25日に松永と緒方を、緒方の妹である緒方智恵子さん(仮名、当時33)への殺人容疑で逮捕した。逮捕事実は〈被疑者両名は、他と共謀のうえ、平成10年(1998年)2月10日ごろ、北九州市小倉北区片野×丁目のマンションの一室で、殺意をもって被害者の頸部を電気コードで絞め、そのころ、同所において窒息死させて殺害したものである〉というものだ。

 彼らの逮捕はこれで9度目。弁解録取書で松永は「殺していないし共謀もしていない」、緒方は「その通り間違いありません」と答えている。

 この逮捕から3日後の2月28日に開かれた松永弁護団の定例会見では、逮捕後に接見した際の松永の発言が伝えられた。弁護士は次のように言う(一部を抜粋)。

「松永さんとしては、(智恵子さんを)殺していない。指示もしていない。殺そうと話し合ったこともない。殺そうと思ったこともない」

「松永さんは、隆也さん(仮名=智恵子さんの夫)から『自分が殺した』と聞いた。純子さんも殺害現場にいたが、後から『私は(隆也さんを)止めたんだけど』と聞いた、と」

「捜査当局、とくに検察は、松永さんが実行行為に関与していないことは認めており、むしろ共謀について追及されている。『嘘でもいいから認めろ』と……」

「警察情報で(智恵子さんを)監禁していたと流れるかもしれないが、松永さんは智恵子さん、隆也さんに対して監禁はしていない」

「夫婦は離婚を考えていた」松永の検証不可能な説明

 その他にも、智恵子さん殺害の前年である1997年秋頃に、隆也さんと智恵子さんが夫婦喧嘩をしており、隆也さんが智恵子さんの首を絞めたりしたことがあったという。彼らは97年12月から98年1月頃には離婚を考えていたとも、松永は嘯いていたようだ。弁護士は質疑応答のなかで答える。

「隆也さんは『緒方家に騙された』、と。智恵子さんは遊びまわっており、緒方家から(跡取りとして)土地などの財産も貰えなかったことなど、緒方家にいい感情を持っていなかったという。あとは性格も合わなかった」

 まさに“死人に口なし”といえる状況に乗じた、松永発の検証不可能な説明が続く。

 この会見では、智恵子さん事件だけでなく、5日前に起訴された広田由紀夫さん事件についても、質疑応答で触れられた。

 記者から由紀夫さん事件の起訴状にある、“木製の囲い”について問われた弁護士は、まず次のように説明する。

「起訴状にある“木製の囲い”は、単なるイジメ的要素だったのでは……。すのこを組み立てて作ったもの。それを松永さんは“領土”と呼んでいたそうです」

「写真の由紀夫さんはたしかに痩せています」

 続いて、殺害の時期について「96年(平成8年)1月(上旬)頃からとあるのは?」と記者から尋ねられた弁護士は、以下の答えを返している。

「その頃の写真があるからでは……。調べのなかで松永さんは、2枚の写真を見せられたそうです。1枚目は95年(平成7年)2月頃撮影で、由紀夫さんが酒を飲んでいる写真。『片野マンション』で由紀夫さんを撮影したもので、顔も血色が良くて、酒を飲んで真っ赤で恰幅もいい。一方、2枚目の写真は96年1月上旬頃の写真で、『片野マンション』でA君(松永と緒方の長男)を撮影したもの。誕生日祝い? それはわからない。この写真はA君の前にカズノコが写っており、正月にでも撮影されたものじゃないでしょうか。A君の後方に由紀夫さんと少女(広田清美さん=仮名)が写っている。その由紀夫さんが“領土”に“ゲタ(スリッパ代わりの段ボール)”を履いて、しゃがんだ姿勢で写っていた。由紀夫さんの両腕に5、6か所のなんらかの痕があり、それが起訴状の“痒疹”ということなのだろう。松永さんによれば、その痕はペンチでひねったり、あるいはクリップの痕で、主に5割は少女がやったもので、なかには松永さんがやったものもあるそうです。少女は、由紀夫さんの体を噛んでいたこともあるので……」

 さらに弁護士は付け加える。

「松永さんは、勾留理由開示公判の日の調べのなかで、この写真を見せられ、『衰弱だと言え』と言われたそうです」

 ただし、2枚目の写真に写る由紀夫さんの体が、起訴状にあるように痩せ細っていたことについては、弁護士も認めている。

「2枚目の写真の由紀夫さんはたしかに痩せています。また、顔のほほや眉毛に黒い痣もあり、松永さんによると、通電やクリップを挟んだ痕かもしれない、と……」

 死体が残された殺人事件であれば、法医学的な検証もある程度は可能である。だが、“死体なき殺人事件”には、こうした言い逃れの余地が生じてしまう。そこにこの事件の捜査の難しさが表れていた。

(小野 一光)

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