“アメリカの虎の尾を踏んだ”からロッキード事件は起きた? 戦後最大の汚職事件を巡る通説と真実

文春オンライン / 2020年10月30日 6時0分

写真

©iStock.com

「日本は政治的“ピグミー”だ」ロッキード事件の裏側で田中角栄への侮蔑を重ねたリチャード・ニクソン から続く

 戦後最大の政治スキャンダル「ロッキード事件」。事件の全容はこれまで、長らく明らかにされてこなかった。そんなことからさまざまな陰謀が囁かれている。陰謀説のなかでも代表的なものが、「田中がアメリカの虎の尾を踏んだ」からロッキード事件が起きてしまったという通説だろう。

 しかし、さまざまな証拠をあたってみると、その通説は一種のうわさ話に過ぎなかったであろうことがわかる。国際ジャーナリストである春名幹男氏が、15年に及ぶ取材で手にした豊富な“証拠”を手がかりに巨悪の正体、陰謀説の真偽に迫った書籍『 ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス 』(KADOKAWA)から「ロッキード事件」についての秘密を紹介する。

◇◇◇

幅を利かせてきた陰謀論

 田中角栄は「日本独自の資源供給ルートの確立」を目指していた。それは、石油ショックに襲われる前からの田中の政策である。

 エネルギーの安定的確保のため、大手石油企業(メジャー)の支配から独立し、供給源を多角化する必要性を、田中は痛感していた*15。1973年の欧州歴訪、1974年の東南アジア歴訪および中南米歴訪も、日本独自の資源供給ルートを確立するための「資源外交」がテーマだった。

*15 早坂『田中角栄』、362~392頁

 ロッキード事件は、そんな資源外交で「アメリカの虎の尾を踏んだ」(田原総一朗)ために起きた*16、とする陰謀論が、これまで幅を利かせてきた。つまり、そんな田中の意欲的な資源外交が米国に嫌われ、失脚したという考え方だ。

*16 田原総一朗「アメリカの虎の尾を踏んだ田中角栄」、『月刊「中央公論」』、中央公論社、1976年7月号、160~180頁

 しかし、本当に、田中の資源外交をぶっ壊す国際的謀略はあったのか。そんな疑問に対して、証拠を示した回答が提示されたことは、これまでまったくない。

 実は、1974年11月のフォード訪日の直前、アメリカ政府は田中の資源外交の経緯を秘密文書にまとめていた。その中に、陰謀論の真贋(しんがん)を決する明白な事実が明記されていた。

 田中はその5カ月前、ホワイトハウスに「シベリア開発」に関する覚書を提出し、日米協力の推進を重ねて提案していたのだ。これらの文書から「虎の尾」の真相が浮かび上がった。

謀略論の源泉になった論文

 日本では、ロッキード事件をめぐって、長らく陰謀論や謀略論が満開の様相を呈してきた。これに対し、政治学者の新川敏光(しんかわとしみつ)が斬新な見方を提起している。

 新川によれば、どの謀略論の源泉も「若き日の田原総一朗による『アメリカの虎の尾を踏んだ田中角栄』に辿り着く*17」というのだ。

*17 新川敏光『田中角栄』、ミネルヴァ書房、2018年、229~235頁

 この田原論文は、今日に至るまで繰り返し引用され、再生産されてきた。それには理由がある。この論文は、さまざまな陰謀説を満載していて、刺激的に面白い読み物だからだ。

論文が繰り返し引用されたワケ

 その内容を読み返してみよう。陰謀説の情報に丸数字を付けると(1)~(13)にまでなった。

 田原論文に最初に「情報源」として登場するのは「丸紅の中堅社員K氏」だ。彼は次のような疑問を投げかけた。

 (1)児玉誉士夫がロッキード社と交わした契約書は1969年で為替が固定相場制の時代で、1ドル=360円なのに、契約書の円換算が1ドル=300円というのはおかしい。

 (2)児玉の領収証印が古いタイプで、米国西海岸の日本語新聞社の活字から米国で作られたものらしい。

 (3)米企業が外国人に支払ったコンサルタント料はニクソンらへの献金に還流したようだ。

 (4)ロッキード事件は、ロックフェラー財閥など東部のエスタブリッシュメント対メロン財閥を中心にした新興勢力の内ゲバが起き、ニクソンを血祭りにあげたのが第一幕で、現在は第二幕目が展開されているという。

 (5)チャーチ議員がインタビューで「日本こそは国がらみの多国籍企業であり、この超大企業の暴走はアメリカの国益を損ねる危険性がある」などと力説したという。

 (6)キッシンジャーは田中の資源政策を“反ユダヤ的行為”と決めつけ、チャーチのスポンサーであるロックフェラーは田中角栄の資料を密かに集めさせた形跡があるという。

 (7)『文藝春秋』の「田中金脈研究」の元資料が英文だったと言うルポライターがいる。

 以上の情報は、いずれも伝聞だ。中でも、(6)の「チャーチ情報」はK氏が親しい新聞記者から聞いたというのだが、その記者の情報源が不明という。情報源が存在するかどうかさえ、怪しいのだ。

 別の情報源は、次のような情報を伝えた。

 (8)田中の秘書をしていた通産省課長、小長啓一(こながけいいち[後に通産事務次官])によると、田中は資源外交で、英国では北海油田開発への参加、西ドイツでは資源開発協力の委員会設置を提案、ソ連ではチュメニ油田の開発を提案した。

 (9)アジア経済研究所の今川瑛一(いまがわえいいち)によると、田中が強引な資源外交でアメリカの神経を逆なでしたのは「無神経」すぎたという。

 (10)田中派の渡辺恒三衆院議員は、1974年1月の田中のインドネシア訪問時の「反日暴動」について、CIAの関与を暗示した。また『金脈研究』のネタ本はKCIA(韓国中央情報局)から出たという話もあると言った。

 (11)田中は辞任の二カ月前から、カナダでトルドー首相(父)と「オイルシェールやウラン資源の共同開発」、オーストラリアのホイットラム首相とウラン濃縮・再処理に至る核燃料サイクル共同開発について話し合った。

 (12)しかし、アメリカがオーストラリアに横やりを入れ、ホイットラム政権は崩壊、次の政権はウラン探査から手を引いた。

 (13)田中はオーストラリアに旅立つ直前の10月22日に外人記者クラブで金脈問題を追及され、結局退陣した。

情報は本当に正確なのか

 論文の最後、結論部分で、田中が金脈問題を追及されて辞任した裏にはアメリカの圧力があったかのような書き方をしている。

 チャーチからキッシンジャー、ロックフェラーに至るまでが、日本相手に陰謀を企んでいたような百花繚乱の陰謀説。田原はいずれの情報も大問題としている。しかし、実際は些細な問題か、確認不可能な伝聞情報だった。

田原の根拠に疑問

 ともかく、田原論文はうわさ程度の話も含め、真贋を吟味せず、証拠のない陰謀話を連ねている。結論的には、田中はウラン資源の確保に動いたため、金脈問題を追及され、辞任したとする仕立てのようだ。

 田原は後年、この論文について次のような説明をしている。

 田中角栄はオイルメジャー依存からの脱却を図って、積極的な資源外交を展開した。そのことがアメリカに睨まれて、アメリカ発の『ロッキード爆弾』に直撃された、という問題提起であった*18。(太字部筆者)

*18 http://www.the-journal.jp/contents/tahara/mb/post_117.html  2020年1月17日アクセス、「オイルメジャー」は大手石油資本のこと

 この田原論文は、月刊誌『中央公論』の1976年7月号に掲載されており、その発売日は前月の6月10日。7月27日の田中逮捕の約1カ月半前のことなのに、記憶違いか。傍点部のように既に「『ロッキード爆弾』に直撃された」ことになっている。直撃つまり逮捕とすれば、逮捕は47日後のことだった。

論文そのものが“ガセネタ“と断定されている

 田中の秘書、早坂茂三も田中に関する回想録の中で「(昭和)51年7月、彼(田中)が逮捕された直後、田原総一朗が『中央公論』に発表した……論文」と間違って書いている*19。

*19 早坂『田中角栄回想録』、229~230頁

 ただ、田原は「ロッキード事件では、田中角栄、中曽根康弘といった、いわゆる“自立派”がたたかれている」あるいは、「ロッキード事件は……田中金脈事件につづく第二幕」とも書いており、田中逮捕を予測して書いた、ということなのだろうか。

 いずれにせよ、論文発売後に、東京地検特捜部は丸紅および全日空の首脳、さらに田中の逮捕と続いて大混乱した。その後、田原の言う「アメリカの虎の尾」は時流に乗り、いわば共同幻想のような形で、現在に至っている。同じような問題意識の本も出版されている*20。

*20 例えば、山岡淳一郎『田中角栄 封じられた資源戦略』、草思社、2009年

 田中がアメリカ政府、またはエネルギー資本の逆鱗に触れたのが事実であれば、その首謀者や動機、証拠についても取材してしかりだが、そんな記述は見当たらない。

 そんなこともあって、立花隆はこの論文を「ガセネタ」と断じている*21。

*21 立花隆『「田中眞紀子」研究』、文藝春秋、2002年、308~309頁

 田原は石原慎太郎との共著で「ジャカルタの反日暴動は、実はアメリカが仕掛けたのだ、といわれている」と言い、石原は「田中氏が資源問題でアメリカの『虎の尾』を踏んでしまったというのは、まさにおっしゃる通りです*22」と返している。新川はこれを「憶測が、周知の事実のように語られている」と批判した*23。

*22 石原・田原『勝つ日本』、38~40頁
*23 新川『田中角栄』、231~232頁

 田中自身は、早坂の著書の中で「わたしの資源外交に対して、アメリカのメジャーからいろんな横ヤリがあるだろうとはわかっていたが、それはしょうがない」と語ったとしている。しかし、石油メジャーの、どの会社の誰が航空機産業のロッキード事件で田中を陥れる工作をしたのか。業種を超えて、そんなことは現実にはあり得るとは思えない。

(春名 幹男)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング