カオス状態の「都構想」住民投票、なぜ“意外なグループ”が反対するのか

文春オンライン / 2020年10月29日 17時0分

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「大阪都構想」への住民投票を呼びかける電気自動車「行こう!投“ヒョウ”号」。車体にはヒョウの写真がラッピングされている=12日午前9時18分、大阪市役所前 ©時事通信社

 大阪市を廃止して4つの特別区に再編する「大阪都構想」の是非を問う住民投票が11月1日に行われる。通常の選挙と違ってテレビCM・ビラ・拡声器等の制限がないため、様々な団体がありとあらゆる手段で賛否を訴え、さながらカオスを煮詰めたような状態だ。

 大阪市内では賛成反対両派の街宣車に加え、投票を啓発する「行こう!投“ヒョウ”号」(下の写真)なるアクの強い車両が連日走り回る。全国でも少しずつ取り上げられるようになってきたが、関西のローカルテレビはもっと前から都構想一色と言ってもいい。

 そんな中、都構想が実現すると大きな不利益を被るとして、強く反対しているグループがいる。それは、生活支援を必要とする障害者たちだ。

 様々な種別の障害者が参加する、大阪府の代表的な障害者団体の一つ、「障害者の自立と完全参加を目指す大阪連絡会議(障大連)」の古田議長と鳥屋執行委員に、障害者である筆者が話を聞いた。

障大連が都構想に反対する理由

 彼らは都構想に反対している。それは何故なのか。

〈障大連「障害者福祉の水準が下がると考えるからです。私共に限らず、他の障害者団体も同様でしょう。積極的に賛成しているという団体は聞いたことがありません」〉

 その背景には「財源や権限が府に吸い上げられたり特別区間で財政格差が出たりして今の行政サービスが維持できなくなる」という懸念がある。

 具体例を挙げよう。筆者は入浴・着替え・歯磨き・料理・爪切り、何一つ独力ではできない。そんな重度障害者が一人暮らしできるのは、ヘルパーによる居宅介護やバリアフリーな市営住宅といった障害者福祉制度のおかげなのだ。

 しかし、筆者が生活に必要な支援を受けられているのは幸運に過ぎない。これらは自治体の匙加減が極めて大きい事業だからだ。そういった分野ほど、自治体の財政状況がサービス水準に直結する。

「特別区の財政基盤は今よりも脆弱になる」?

 そして「都構想で生まれる特別区の財政基盤は今の大阪市よりも脆弱になる」というのは障害者団体だけでなく反対派の共通認識だ。もちろん推進派の主張通りに今よりも財政が豊かになるなら何の問題も無い。

 この争点は極めて政治化されているため公平中立な立場を取るのは難しい。誰一人として党派的なバイアスから自由ではなく、それは筆者も例外ではない。しかし、筆者も協定書の精読はもとより、8年以上大阪府に暮らしながら幅広く情報や意見を収集し、自らの公務員経験や財政学の知識にも照らして熟慮したつもりだ。

 その結果「こうした懸念には一定の合理性があり、少なくとも可能性としては十分に考えられる」と判断した。従って、以下ではこの前提に沿って話を進めることをご了承願いたい。

介護サービスの支給量に3倍もの差が

 さて、「障害者福祉は全国一律ではないのか」と思われた読者もいるかもしれない。しかしそうではない事は上述した通りだ。

〈障大連「自治体の財政状況によって障害福祉サービスに格差があるのが現状です。居宅介護等の国の法律に定められた障害者サービスであっても、別の自治体に転居したり首長が交代したりすると、支給量が減らされ生活に困ることが少なくありません」〉

 筆者も地元の農村から大学進学で今の自治体に転居した時、2つの役所から提示された支給量に3倍もの差があり驚いた経験がある。今は月120時間以上介護を受けているが、地元で相談した際は「おそらく月30~40時間くらいしか受けられないだろう」という目安を示されていたのだ。

 当時は月40時間の介護でも頑張って大学生活を送るつもりでいたが、仮にそうなっていたら、おそらく半年もしないうちに限界を来たして中退せざるを得なかっただろう。

 こうした都市と地方の格差だけでなく、各都道府県内でもばらつきがある。それは上述した財政状況に加え「その地域で生活してきた障害者がどれくらい居るか」といった前例にも左右されるからだ。

都構想実現で、支給水準にばらつきが出る可能性

 では、現在の大阪市の24区間での格差は無いのか。

〈障大連「支給決定は各区の保健福祉センターが行っていますが、区ごとに介護時間数や医療費負担の上限にばらつきが出ないよう、大阪市がある程度責任を持って全体の水準を揃えています。

 

 しかしその役割を担うのが各特別区になると、それぞれの区の財源によって差が出たり引き下げられたりすることが考えられます。自主事業もそうです」〉

 自主事業とは、各自治体が独自の判断と財源で行う政策である。大阪市は特色ある自主事業を行い注目を集めてきた。具体的には、市内在住の障害者が地下鉄(現大阪メトロ)や市営バス(現大阪シティバス)に無料で乗れたり、入院時にヘルパーのサポートを得られたりする制度がある。

 可決された場合には様々な影響があるようだが、市の障害者福祉を担当する部署から、それらの見通しについて説明は無いのか。

〈障大連「ありません。障害福祉の各担当課では『自分たちもどうなるかは分からない。住民投票後に考えていくしかない』と。実際、特別区設置協定書には殆ど具体的な事は書かれてないので、彼らも答えようが無いのでしょう」〉

 では、行政サービスについて、協定書には実際にどう書かれているのか。

〈障大連「そこが極めていやらしいんですよね。

 

『特別区の設置の際は、(中略)その内容や水準を維持するものとする。』と書いてある。

 

 ところが『特別区の設置の日以後』は『その内容や水準を維持するよう【努める】ものとする。』という書き方なんです。

 

 公務員がわざわざ努力義務として書き込む時は『できない』と言っているに等しい。彼らもできないと分かっているからこそ、そのような表現になる訳です」〉

 公務員として文書を作った経験もある筆者とすれば、これは決して穿ち過ぎた見方ではない。将来を確約できない時に使う表現である事は確かだ。

隣接する市に、影響が広がる可能性も

 ところで、今回投票できるのは大阪市民だけだ(*1)。それ故この問題を扱うことに対しては、大阪府内の障害者である筆者でさえ「差し出がましいのではないか」という躊躇もあった。まして府外や健常者の人からすれば、そもそも自分が意見や賛否を表明して良いのかすら分からないだろう。大阪市民としてはその点をどう考えているのか。

〈障大連「大歓迎です。色々な人の意見が入って、もっと議論が深まれば良い。影響は大阪市民に留まらないからです」〉

 どういうことか。

〈障大連「まず大阪市の隣に住む人には直接的な影響があります。大阪市が特別区になれば、隣接する市は市議会と府議会の賛成で特別区に移行できるようになるし、住民投票も省略できる(*2)。他の道府県にしても、大阪府のように政令市から財源や権限を吸い上げようと動き出すかもしれません。

 

 そうなれば、それらの市の方も私共と同じような問題に直面することになります」〉

 影響はより身近な形でも及ぶ。

〈障大連「『障害者は施設や親元で暮らすのが当然』とされていた頃から、大阪市では地域での共生を実践してきました。障害者福祉の分野ではモデルケースであり続けてきたんです。大阪市が前例を作り、国や他自治体の制度がそれに追随する事で全国の水準を引き上げてきたつもりです。

 

 当然その逆もある。大阪市で水準がどんどん切り下げられていけば、それが悪しき前例になって他自治体も追随する可能性があります。

 

 これは何も障害者施策に限らず言えることです。全国一律と思われている介護保険制度ですら自治体によって運用や基準が全然違います。

 

 都構想が実現すれば、高齢者や子育てへの支援も含む福祉政策全般に甚大な影響があり、全国に波及しかねない。ですから今回の問題は誰一人無関係ではありません」〉

 高齢者が受けられる介護サービスの上限や種類の制限にも、実際は地域間格差があるという。子育て支援についても同様だ。

*1……ただし日本国籍を持つ者のみ。
*2……大都市地域における特別区の設置に関する法律 第13条第2項。具体的な手続きについては同法第4条から第9条に定められている。

進む「子育て支援策」の縮小

 ここ数年、若い世代へのアピールとして子育て支援策の導入や拡充がされているが、そのコストは多くの自治体にとって頭痛の種である。実際に、自治体間の競争についていくことをやめ、子育て支援策に所得制限を新たに設けるなど、対象世帯を縮小する自治体も出ている。

 私の働いていた役所でも、子どもの医療費助成の対象年齢を拡大する度に市費負担は億単位で増大し「もう財政的に限界だ」「ここまでしなければいけないのだろうか」と漏らす幹部もいた。

 このように、拡充傾向にある政策分野であってもその土台は非常に危うく、いつ流れが反転してもおかしくないのだ。

競争に相応しい分野とそうでない分野がある

 近年「住民に近い地方自治体こそが、そのニーズを的確に反映したサービスを行える」という考え方が台頭し、地方分権の流れを加速させてきた。ふるさと納税や観光振興に代表されるように、自治体間競争も今後一層激化していくだろう。

 しかし、競争に相応しい政策分野とそうでない分野は慎重に見極めねばならない。

 確かに地域ならではの魅力を創出するようなプラスアルファの事業については、国があれこれ口を出すというよりは、自治体が自らの財布から自由にお金を使い、その責任を負うべきだろう。

 問題は、生活の基盤を保障する福祉などだ。これは自治体間競争に最も馴染まない分野であり、所得の再分配機能の中心を担う国こそが一律に責任を持って地域間格差を抑えていかねばならない。そうした事業では、国の費用負担の割合を高めるなど、自治体に過度な財政負担を掛けない制度設計が求められる。幼児教育の無償化や児童相談所の設置等で、国と地方がその財政負担を巡って激しく対立したことは記憶に新しい。

 基礎的な福祉がしっかり担保されない中で現状変更を議論すれば、生活が脅かされる不安が生まれ、自治体と住民の間の信頼に基づく協働が難しくなる。結果として、まちおこしやブランディングの推進にも悪影響が出るだろう。

「私共は地域で当たり前に暮らしたいだけなんです」

 都構想によって、魅力と個性に溢れた世界に冠たる大都市を作り上げ、ひいては副首都として日本の一翼を担う。とても前向きで楽しげで、ワクワクするような夢のある話に思える。しかし多くの障害者にとっては現実的な生活不安の方が大きく、そういった夢のある話に思いを巡らすどころではないのが実情だ。切実な思いをこう表現する。

〈障大連「私共は何も特別な事や特別扱いをしてもらいたい訳ではないんです。地域で当たり前に暮らしたいだけなんです。

 

 歳を重ねる中で障害を負う可能性は誰にでもあります。これをきっかけに、困った時に互いに支え合える社会を皆で考えて貰えればと思います」〉

(ダブル手帳)

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