A級順位戦でトップを走る斎藤慎太郎八段 初参加での快挙達成なるか

文春オンライン / 2020年10月30日 11時0分

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2020年2月13日、B級1組順位戦ラス前で勝利した斎藤慎太郎七段(当時)。直後に競争相手が敗れて、初のA級昇級が決まった ©相崎修司

 A級八段。棋士にとって大きなステータスである。特に棋戦が少なかった昭和20~30年代は、文字通りA級に昇級するしか一流棋士への道がなかった。そして、タイトル戦に登場する棋士もA級在籍者が当然の時代だった。

 現在は棋戦が増えたことに加えて、若手棋士の台頭も著しく、低段の棋士がタイトル戦に登場することも珍しくはない。

「A級順位戦は遠くて特別な場所という印象でした」

 それでもやはり順位戦のA級リーグ在籍は、棋士にとって特別な地位だろう。今期は2人の新A級八段が誕生した。菅井竜也八段と斎藤慎太郎八段である。双方とも、すでにタイトル獲得の経験があり、新たな戦場での活躍も大いに期待される。

 特に斎藤八段は開始から4連勝の好スタートを切り、初参加ながら4回戦が終了した現時点では唯一の無敗で、名人挑戦権へ一番近い所にいる。斎藤八段にA級順位戦について聞いてみた。

「積み重ねていかなければたどり着かない、遠くて特別な場所という印象でした。A級順位戦の対戦表や、行われている対局を観戦するのをいつも楽しみにしていました。特別な場所だからこそ、A級昇級を決めた際は喜びよりも気持ちが引き締まるところが大きかったです。そこで戦うことには責任や重みもあるだろうと想像できました」

 A級は新参者に厳しい戦場と言われている。それはなぜか。「順位」戦だからである。

 リーグを終えた結果、順位1枚の差でA級残留とB級1組降級の明暗を分けた例は枚挙にいとまがない。そして新参加の2名は、当たり前だがリーグ内順位が最下位とブービーでスタートになる。

 挑戦権を争う場合もそうだ。2名が同星で並んだ場合は両者によるプレーオフだから問題ないが、3名以上が同星で並ぶと、まず下位者2人が戦い、その勝者が上位者と戦う。これを繰り返して最終的な勝者が名人への挑戦権を得る。

中原誠十六世名人も、初参加のA級では指し分けに

 プレーオフにおいて、順位下位者のつらさが顕著だったのが2017~18年に戦われた第76期のA級順位戦だろう。前代未聞の6人プレーオフとなって争われた名人挑戦権は、A級初参加だった豊島将之がプレーオフで久保利明、佐藤康光、広瀬章人を破ったものの、4人目の羽生善治に敗れて、名人挑戦はお預けとなった。羽生はその後、稲葉陽も破って名人挑戦権を獲得している。

 このプレーオフは例外中の例外としても、A級初参加で名人挑戦権を獲得した棋士は極めて少ない。18歳でA級八段となり「神武以来の天才」と呼ばれた加藤一二三九段も、A級1期目は負け越している。

 また、史上初のA級全勝を達成して名人挑戦権を獲得、そして大山康晴十五世名人の長期政権に終止符を打ち「棋界の太陽」と呼ばれた中原誠十六世名人も、初参加のA級では指し分けに終わっている。

 昭和の大棋士である升田幸三実力制第四代名人、大山十五世名人の両名にしても、初参加のA級では挑戦権獲得には至らなかった。それほどまでにA級の壁は厚かったのである。

〈序盤のうち“ふるえ”多し、未熟さを痛感〉

 A級初参加で挑戦権を得た史上初の棋士は山田道美九段である。1964~65年の第19期A級順位戦にて7勝2敗の好成績を挙げ、大山名人への挑戦権を獲得した。A級初参加から挑戦権を得るまでの山田の「対局メモ」を一部紹介したい。

〈39年6月29日  三枚ヤグラの千日手になる。序盤のうち“ふるえ”多し、未熟さを痛感、先が少々思いやられる。 7月2日  四日におよぶ長期戦もようやくけりがついた。加藤一氏に中盤ギモン手が一手あり、勝つことができた。あと四勝して早く安全けんに入りたいものだ。 7月15日  一昨日、対加藤博戦に敗れてまた悔いが残る。“負けてくやしいハナ一モンメ”といった気持ち。1勝1敗、前途けわし、夏の代打、充実した研究をしよう。健康も充実させよう。 9月9日  昨日の対丸田戦に勝って2勝1敗、なんとか一息つけた、まだまだ不安定である。 11月3日  昨日の対五十嵐戦に勝って、一息つく、だが、まだ安心できない、残る四局、特に対大野戦に全力をあげて戦おう。 12月7日  現在の状況  挑戦候補 升田5勝。加藤博5勝1敗。松田4勝1敗。  降級候補 大野5敗。五十嵐1勝4敗。加藤一1勝4敗。  中間 塚田3勝2敗。山田3勝2敗。丸田2勝3敗。二上2勝4敗。 12月14日の状況 山田(4勝2敗) 大野(6敗) これでなんとか今期は残留できそうだ。来期はもっと余裕をもって戦えるようにしたい。王将戦もシード決定(二上戦に勝って)まずは気楽な正月になりそうである。 1月17日  のんびりした日曜日。14日の対二上戦に勝って5勝2敗と安全ケンに入る。 1月27日の状況 升田(6勝1敗) 松田(5勝2敗) 加藤博(5勝2敗) (山田5勝2敗) 2月9日  明日の対塚田戦の策戦につかれ迷う。これが自分の将棋の弱さであり狭さである。“筋違い角”か、“タテ歩取り”か、あるいはまた“横歩取り”で戦うか、いずれにしても狭い狭い。 2月10日午後11時50分  いま帰ったところ。塚田九段の策戦は「タテ歩取り」であった、相手の拙策で比較的楽に勝つ、幸運であったと思う。現在の状況、升田6勝1敗、山田6勝2敗、加藤博5勝2敗 2月25日  昨日、升田九段が敗れて升田、加藤博、山田ともに6勝2敗となる。3月中旬の対升田戦が面白くなった。 3月11日  いよいよ対升田戦が5日後に迫った。毎日、研究しているのだが、あまり進まない、昨日、母から手紙来て、16日のことにふれてあった、運は天にまかせて、自分の力一杯の努力をしてみよう。 3月13日  午前9時半、晴天、陽気はあたたかくなった、対升田戦の研究、思うように進まず。 3月29日  午前2時半、意外に、まったく意外に挑戦者になってしまった。弱ったと思う。この上は捨て身になって名人に対するのみである。“身を捨ててこそ浮かぶ瀬あり” (以上、「将棋精華」より抜粋。文中の年は昭和)〉

 上記のメモに、A級で戦う棋士の本音が吐露されている。第19期A級順位戦の状況を説明すると、頂点には大山康晴名人(42歳。年齢及び段位は当時、以下同)が君臨しており、A級の順位1位に二上達也八段(33)、以下升田幸三九段(47)、加藤一二三八段(25)、丸田祐三八段(46)、塚田正夫九段(50)、大野源一八段(53)、加藤博二八段(41)、五十嵐豊一八段(40)と続き、前期にB級1組から昇級してきた松田茂役八段(43)と山田八段(31)の10名で戦っていた。

 リーグでは加藤博と山田が7勝2敗で同星となり、挑戦者決定戦(当時は三番勝負)の結果、山田が初の挑戦権を得た。

昇級組54名の棋士はどのような成績を残したか

 山田以降に初参加のA級で挑戦権を得たのは第36期の森雞二、第41期の谷川浩司(名人奪取)、第52期の羽生善治(名人奪取)、第53期の森下卓、第54期の森内俊之、第74期の佐藤天彦(名人奪取)、第75期の稲葉陽の7名がいるが、みな似たような心境だったのではないだろうか。

 改めて、羽生善治九段がA級に初参加した第52期から昨年度の第78期まで、B級1組からの昇級を決めたばかりの54名の棋士がどのような成績を残したか見てみよう。

◎は挑戦権を獲得し名人奪取、○は挑戦権を獲得するも奪取ならず、△は勝ち越し、▲は負け越し、●は降級。★はA級初参加者
第52期 ★羽生善治◎、加藤一二三▲
第53期 ★島朗▲、★森下卓○
第54期 ★森内俊之○、★村山聖▲
第55期 ★佐藤康光△、森雞二●
第56期 高橋道雄●、★井上慶太△
第57期 ★丸山忠久△、村山聖・リーグ開始前に逝去
第58期 ★郷田真隆●、田中寅彦▲
第59期 青野照市△、★先崎学▲
第60期 ★藤井猛▲、★三浦弘行▲
第61期 島朗▲、郷田真隆●
第62期 ★久保利明▲、★鈴木大介△
第63期 ★深浦康市●、高橋道雄●
第64期 森下卓●、郷田真隆△
第65期 深浦康市●、★阿部隆●
第66期 ★木村一基△、★行方尚史●
第67期 鈴木大介●、深浦康市●
第68期 高橋道雄△、井上慶太●
第69期 ★渡辺明△、久保利明▲
第70期 佐藤康光▲、★屋敷伸之△
第71期 ★橋本崇載●、深浦康市▲
第72期 行方尚史△、久保利明▲
第73期 ★広瀬章人△、★阿久津主税●
第74期 ★佐藤天彦◎、屋敷伸之△
第75期 ★稲葉陽○、三浦弘行▲
第76期 久保利明△、★豊島将之△
第77期 ★糸谷哲郎△、阿久津主税●
第78期 渡辺明◎、木村一基●

20代の新A級が2名そろうのは久保利明・鈴木大介以来

 名人挑戦が6名であるのに対し、B級1組へのUターンを余儀なくされた棋士は17名。勝ち越せた棋士ですら16名(挑戦者を含むと22名)と、やはり「家賃の高さ」を思わせる。2名そろってB級1組に突き返された年も3回ある。

 このうち、同星ながら頭ハネ降級を喫したのは第58、61期の郷田真隆、第63、65、67期の深浦康市、第64期の森下卓、第67期の鈴木大介、第68期の井上慶太、第71期の橋本崇載、第78期の木村一基。延べ人数にすると10名だ。そして4勝5敗ながら涙を呑んだのが第61期の郷田、第63、65期の深浦、第78期の木村である。

 一時期における郷田と深浦の入れ替わりの激しさをみると、実力では遥かにB級1組を超えているが、順位の壁に泣かされた悲哀がもろに現れている。だが、これが順位戦なのだ。

 今期の新A級は両名とも若いが、20代の新A級が2名そろうのは第62期の久保利明と鈴木大介以来のことになる。厳しい戦場に新風の嵐を巻き起こせるか。

 斎藤八段に後半戦に向けた抱負を語ってもらった。

「開幕までは緊張や不安もありましたが、対局が始まれば普段の公式戦と変わらないですし、A級順位戦ということを意識しすぎず臨めているのが良い方に出ているのかなと感じます。今後も一局一局に集中して、良いところを出せるように頑張っていこうと考えています」

(相崎 修司)

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