51歳でタイトル挑戦 中井広恵女流六段が語る対戦相手「里見さんのギャップ」

文春オンライン / 2020年11月4日 11時0分

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中井広恵女流六段

小学生名人戦準優勝 レジェンド・中井広恵女流六段が、稚内から上京して内弟子になった小6のころ から続く

 間もなく始まる第18期大山名人杯倉敷藤花戦三番勝負、里見香奈倉敷藤花への挑戦権を獲得したのは中井広恵女流六段だ。51歳での挑戦権獲得は女流棋界史上、最高齢での挑戦となる。

 長年にわたり第一線で活躍してきたレジェンドに、女流棋界がとげた近年の変化やコンピュータ将棋との付き合い方、そして対戦相手の里見清麗の印象について聞いた。(全2回の2回目/ 前編 から続く)

瀬川晶司現六段のプロ編入試験で、試験官を担当

――1990年代から2000年代にかけての中井女流六段は、清水女流七段と並んで、女流棋界を代表する存在でした。女流棋士代表として世間の注目を集めた1つの出来事が、05年に行われた瀬川晶司現六段のプロ編入試験で、試験官を担当されたことだったのではと考えます。

中井 試験官に関しては事後承諾だったので、詳細が発表されて「あれ、私の名前がある」と、ちょっとびっくりしました。プロ編入試験は今でこそ制度化されていますが、あの時は何でああいうメンバーになったのか、米長先生ならではのパフォーマンスでしょうね(笑)。

――試験官として臨んだ対局へのモチベーションはどのようなものでしたか。

中井 負けたくないという思いはありました。女流棋士で対局するのは私だけだったので、女流のレベルを判断されることになると思いました。取材陣も多く、これまではどちらかというと対男性の対局では私にカメラが向けられることが多かったのですが、初めて背中から取られる経験をしましたね。結果は負けでしたが、将棋の内容は途中までよかったので、そのことも覚えています。

――試験対局に関して、他の女流棋士から何か言われたことなどはありましたか。

中井 「頑張ってね」くらいは言われましたけど、周りの人もどう見ていたんでしょうね。ただ米長先生が「こういう制度は女性のためにもなる。女流棋士も既定の成績を取ればいい」と言い続けていました。当時は私もピンと来ていなく、制度としてはあっても、現実的に女性がその成績を取れるかどうかというと……。ただ今の里見さんや西山さん(朋佳女流三冠)をみると、米長先生の慧眼だったというべきなのでしょうか。

――お聞きしにくいことを伺いますが、女流棋士の独立問題に関して、今だから言えることなどはありますか。

中井 う~ん。あの時は、現実とあまりにも違ううわさ話が飛び交っていて、私たちが聞くと「何それ」と思うようなことばかりでしたね。周りの女流棋士も色々と惑わされた部分が多かったのではという気持ちはあります。何が本当なのかわからなくなっていました。実際に総会で決議されたことが、いつの間にかなし崩しになっていたこともあります。なかなか難しいなあというのが印象的なところですかね。

新たな女流棋士、そして産休制度

――それから十数年が経ちます。ご自身が手掛けていた中井塾からは、渡部愛女流三段や和田あき女流初段といった女流棋士も誕生しました

中井 中井塾に関してはLPSA(日本女子プロ将棋協会)のプロ資格を確立するための研修の場を設ける意味合いで、技術的なことと礼儀作法、あるいは記録の取り方など、一通りプロになるためのことを教えました。1年間通ってもらって、愛ちゃんもあきちゃんも、どこに出しても恥ずかしくない存在になったのかなと思います。

 その後、愛ちゃんに関しては色々なごたごたに巻き込んでしまって、申し訳なかったですが、今の女流棋界を引っ張っているのが里見さんをはじめとする奨励会経験者なので、愛ちゃんのように奨励会を経験していなくてもとアピールできる存在は大事だと思います。あとは女流棋界の制度についても再考しなければならないのではと思います。女性初の四段誕生も現実味を帯びてきましたし、新たな局面に入ったのではないでしょうか。

――制度、という意味では、女流棋士にとっては産休というのも大きいのではないでしょうか。これまで中井女流六段が女流棋界を引っ張ってきた時代は、同時に母親業との両立をどのようにするか模索されていた時代だったのではないかと拝察します。

中井 私に限らず、その点に関しては色々考えたり悩んだりしている人が多いでしょうね。私も何人かの後輩から話は聞きました。特にタイトルを目指そうとすると、大きな課題となります。

――当時は産休制度がなかったため、中井女流六段には臨月でタイトル戦を指した経験もあります。

中井 私より先輩の頃は棋戦が2つしかなかったので、同じような状況になった方はいませんでしたね。私の時もタイトル戦を延期してもらいましたが、主催上の都合もあり、ここまでという限度はあります。今も産休制度が完全に確立されているかというと、微妙なラインとは思います。

 計画を立ててきっちり行えることではないので、厳密な制度として構築するのは難しい面もあるでしょうね。特に対局者同士の出産がかち合うと調整も大変になってきます。ただ、勝ち上がっている人が出産のために、挑戦者目前で残りの対局を不戦敗ということが何度か続き、それは残念に思いますね。ご本人はもっと悔しいでしょうけど。止むを得ないことなのかもしれませんが、何とかならないのかなあと。

藤井聡太二冠ブーム

――ここからは最近の将棋界についてうかがいます。まずはいわゆる『藤井(聡太二冠)ブーム』に関してはいかがでしょうか。

中井 実は、藤井さんとはまだお話ししたことはないのですが(笑)。ブームは確かにあって、将棋を指す子供は増えました。ただブームはあくまでもブームなので、一過性のものとせず、どのように長く続けるかが課題です。一つ言えることは、将棋を指す女の子が確実に増えているということですね。これは藤井さんのブームより前からあった傾向ですが、あるいはそれに拍車がかかったかもしれません。比率が五分五分になったとまでは言いませんが、以前と比較して「将棋は男の子のゲーム」というイメージがなくなっているのではないかと思います。

――清麗戦、そして白玲戦と、最近相次いで創設された女流新棋戦についてはいかがでしょうか。

中井 私のデビュー当時は2棋戦しかなかったので、感慨深いですね。当時は負けると次の対局がいつになるかわかりませんでした。単純計算では半年間、対局が出来なくなる可能性も。対局の場が増えるのは本当にありがたいことです。特に最近の情勢において、一般の方から見る将棋というものがどのようなものであるのかと考えます。

「将棋は絶対に必要なものではない」とは師匠が常々言っていたことで、「安定していた時代にはいいが、生活が大変な時代に将棋は厳しい」と。ただ(コロナ禍で)外出できないときに将棋があってよかったと言ってもらえることは多く、将棋指しという職業が皆さんの生活を明るくすることになっているのであればよいですね。またデビュー当時にはなかったネット、オンラインの技術と将棋の相性がよく、ファンの方に見てもらえる機会が格段に増えました。新しい時代を迎えた将棋界がさらに盛り上がっていくのかという期待はあります。

将棋ソフトは生かすも殺すもその人次第

――新しい技術ということで、将棋ソフトに関しては。

中井 女流棋士もみんな使っているんじゃないかと思いますけど、何て言うんでしょうね。ソフトは使っているんだけど、どう生かしていくかというのは難しいところです。評価値も出るけれど、その通りにはうまくいかないのが人間の指す将棋で、結局はソフトを生かすも殺すもその人次第です。うまく使えば武器になるし、逆に感覚が崩れていくところもあります。

――ソフトを導入されてから、ご自身の将棋が変わったと考えますか。

中井 最新の戦型に関してはついて行くのが大変です。今までの将棋は、ある局面をみればそこに至るまでの展開が読めましたが、最近の将棋は途中の局面だけを切り取ると、何でこういう形になったのかというのがまったく分からないというくらいに駒が乱舞している印象があります。

――倉敷藤花挑戦を決めた直後のインタビューで「おじさんも頑張ったのでおばさんも頑張る」とおっしゃられていたことが注目を集めました。弟弟子の「おじさん」こと木村一基九段も、将棋ソフトの活用がタイトルに結びついた面はあると語っています。

中井 今、勝率が高い人は、ソフトをうまく使いこなせている人なのかという印象はありますね。ただ私自身のことで言えば、ソフトが示す手を選択しても、手だけを追っても感覚がつかめないと頭がついて行きません。特に今は早めに桂馬が跳ねていく将棋が多い。『桂馬の高跳び歩の餌食』という格言がありますが、その通りにすぐ取られてしまっている。ですが取られるのが前提という指し方なんですね。私たちが修業時代に学んだ感覚とはまったく違います。それがソフトを使う上で、ネックになることの1つです。

――最後に、番勝負で戦う里見倉敷藤花への印象をお願いします。

中井 普段話しているとよく笑うし、しゃべります。盤に向かっている姿と、普段の明るい姿とはギャップがありますが、芯が強いという印象です。とにかくマジメで、礼儀正しい。里見さんに限らず、今の若い子はみんなマジメで、聞き手をやっていても上手。しっかりしてますよね。里見さんが第一線で活躍されるようになってから長くなりますが、そのことで若い子には憧れであり目標になっていると思います。また、男性棋戦でも活躍しているので、そちらのほうでも頑張ってほしい。もし編入試験の資格を得たら、私個人としてはチャレンジして欲しいなと思います。

写真=三宅史郎/文藝春秋

(相崎 修司)

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