検察がやってきて「部屋着をパーッと脱いで全裸に…」河井案里参院議員が逮捕直前に語ったこと

文春オンライン / 2020年11月13日 17時0分

写真

保釈された河井案里被告 ©文藝春秋

〈人生は辛いですね。〉

 河井案里参院議員が私のスマホにメッセージを送ってきたのは、今年6月15日午後9時15分。彼女が参院選広島選挙区の公職選挙法違反で逮捕される3日前である。マスコミから「説明責任を果たしていない」と糾弾され続けていた逮捕目前の国会議員は、思いのほか饒舌だった。

〈私たちは、汚いお金で勝ったのではありません。私はそれを主張しなければなりません。〉

〈多くの人が、汚名を着せられているのを、私はそのままにはできません。〉

「決意表明」と思しき文章は、夜中の15分間にいくつも送られてきた。

 あれから5か月後。案里氏の被告人質問が11月13日の午前10時から東京地裁で始まり、一連の裁判はヤマ場を迎えた。8月25日から同日まで25回を数えた公判の中で、案里氏に発言の機会が与えられたのは、裁判長との短いやりとりや不規則発言を除けば、無罪を主張した初公判以来初めてだ。

 案里氏は、逮捕直前の6月5日に私が行った独占インタビューで「私は裁判で勝てます」と自信たっぷりに語った。彼女が3時間にわたって私に話したことは、逮捕当日(6月18日)に発売された「週刊文春」6月25日号に掲載した。

 彼女は10月27日夜に保釈され、132日ぶりにシャバに戻った。だが、開会中の臨時国会に姿を現すことはなく、マスコミの取材にも一切応じていない。自民党離党後も二階派に特別会員として籍を置く関係で、二階俊博幹事長との面会を望んでいるが、それもかなっていないようだ。

 絶体絶命に追い込まれながらも、議員バッジをつけて被告人質問に臨んだ案里氏。胸元をVの字に開け、体の線を見せつけるようにタイトな黒いジャケットを羽織り、静かな法廷内にハイヒールの音を響かせながら被告席に向かった。ズボンではなく、スカートを履いて裁判所に現れたのは、25回行われた公判の中でも初めてだ。

 平成政治史に残る大型買収事件を引き起こした「渦中の女」が御白州で語るタテマエ論の奥に、どんなホンネがあるのか――。

 6月の「週刊文春」に掲載したロングインタビューの全文を、ここに再び公開したい。

◆◆◆

「はぁい、どーもー」

 6月5日、午後0時50分。参院議員会館2階の自らの事務所に、本会議を終えたばかりの河井案里参院議員(46)が、真っ白なジャケットに紺碧のワンピースといういで立ちで現れた。

 会議室に一人で入ってきてマスクを取ると、テレビの映像で見る数カ月前の表情よりも、ほっぺがふっくらして血色も良かった。

「早速回していいですか」

 私がそう言いながら目の前にICレコーダーを置くと、彼女は笑顔で、あっけらかんと“自殺未遂”について語りだした。

「私、3月に自殺を図ったでしょ(3月28日に体調不良で病院に搬送されたと報じられていた)。鬱病があるんで、すごく強い睡眠薬を持っているんです。それを多めに口に含んで。ワインや日本酒……家にあるいろんなお酒で飲んだんです。普段は全然飲めないんですけどね。でも、薬の量が足りなかったみたい。7~8錠だったから。

 別に、そんなに積極的に死のうとは思わないけど、私のような鬱病の人間は、どちらかというと“死”が近くにあるんですよね。薬が目の前にあったので、もう、意識を失くしてしまいたいって気持ちがあって」

「そろそろ会いません?」「いいよ」

 私は昨夏、参院選直後に週刊文春の依頼で、「『代議士の妻』が国会議員になる時」という特集記事のために、案里氏にインタビューした。ポスト安倍の一人、岸田文雄氏の地元・広島での自民分裂選挙で、首相官邸や党本部の異例の梃入れによって勝ち抜いた彼女に興味を覚え、取材を重ねた。

 昨年末、汚職で有罪になっても当選し続ける異色の政治家・中村喜四郎を描いた自著を渡すと、数時間後にスマホに長い感想文を寄越した。広島地検の捜査が進む中、コロナ禍で直接会えない状況でも“リモート”でやりとりを繰り返した。

 いよいよ立件間近、夫婦W逮捕かとも囁かれる中、電話で「そろそろ会いません?」と申し込んだ。すると彼女は「いいよ」と言って即断即決。翌日のお昼の時間帯を指定してきた。

家庭内不和があったので

――夫とは赤坂議員宿舎で、一緒に住んでいるんですよね。薬を飲んだ時は?

「ちょうど、宅配便がピンポンと来た瞬間に気が遠のいていったんですよ。主人は家にいたんですけど、別の部屋でバタンと倒れた音で気が付いたみたい。すぐに救急車を呼んでくれて、目が覚めたら病院でした。十何時間も眠っていて、起きたのが真夜中。主人を見て、私、すごく怒ったんです。救急車を呼ぶとは何事か、って。政治家が家に救急車なんか呼んだら、政治生命にかかわるじゃないの、って。全身に管がいっぱいついていて、あちこち痛いし、頭もぼうっとしてるんだけど、眠れない。それで看護師さんに『すみません。ペンと紙ください』と言って、紙一枚にバーッと書き始めたんです。一つはエッセイみたいな子ども時代の思い出、あとは家族コメディみたいな小説の冒頭をひと息で書いたんです」

――どうしてそんな時にコメディ小説を書こうと?

「私、生きているって証明したいと思ったんです。こんな最悪の状況なのにコメディを書く力がある、生きる力があるんだっていうことを。自殺未遂は一度だけですが、正直、死んでしまいたいと思うことは何度もありましたね。だって分からないから。(自分の選挙事務所で)何が行われたのか。これから検察の取り調べや裁判のなかで何が明らかになって、どう判断されるのか、何も分からない。すごく不安だったんです。

 4月はひと月ほど精神科に入っていました。精神科って初めてだったけど、入院してだいぶ良くなりましたね。世の中と離れるのが鬱病には良いんです。

 うちは昔から両親同士や、姉と親の仲が悪かったり、家庭内不和があったんです。だから小さな頃からいろんなことを考える子でした。私が“和”をつくる役を一人で背負っちゃって。一家団欒というものを知らないんです。で、大学院を出る頃に、鬱病になっちゃった。ずっとカウンセリングを受けて、自分を直視して、だいぶ克服してきたんですけどね」

海外ピアニストの音色を聴くことで気持ちを静める

 案里氏は、1973年宮崎県生まれ。父は建築家で飲食業にも進出、愛車のポルシェで娘を学校に送ることもあった。一方の母は元声楽家。その影響で案里氏もクラシック音楽に詳しく、疑惑発覚以降は海外ピアニストの音色を聴くことで気持ちを静めようとしてきた。

 県立宮崎大宮高から慶応大総合政策学部に入学。同大大学院を経て、科学技術振興事業団に入職したが、27歳の時に10歳上の克行氏と結婚し、広島市に転居。仲人は橋本龍太郎元首相。息子の岳氏(現厚労副大臣)は大学時代の友人だった。

 2003年、29歳で広島県議に初当選。県議通算四期、09年には広島県知事選で敗れた経験もある。

 19年7月に参院広島選挙区から自民党公認で出馬し、同党岸田派のベテラン・溝手顕正氏らを破り初当選。二階派に入会した。克行氏との間に子どもはいない。

「さっき言った通り、家庭内不和があったので、子育てをする自信がなかったんですね。あんな苦労はしたくないから将来は子どもはいらない、結婚もしない、と思っていました」

――夫婦仲はどうなんですか?

「政治家の家って、どうしても仕事が中心になってしまうでしょ。結婚してすぐの頃から2人とも政治活動してきたから、普通の夫婦よりも仕事でつながっている部分が多いんですよ。それが、この7カ月間、一緒に家にこもっていたことで夫婦の関係もだいぶ変わりました。子ども時代の問題も、前から話していたつもりだったんだけど、彼のなかにストンと入ってきたのは、ごく最近だと思う」

――夫はスキャンダルが多い。例えば文春が報じた秘書への暴行やパワハラ疑惑。どう見ていました?

「こんなこと書かれてバカね、って。私は『あんたがちゃんとしないからだめじゃない』みたいなことを言って、叱りましたよ」

――女性記者の身体を触るなど、セクハラ疑惑も過去に報道されました。

「あれには怒った。『ちゃんと最後までやらないからこんなことになるのよ。途中でやめちゃダメ』って」

部屋着をパーッと脱いで、「ナプキンの中も調べたらいいでしょう」

――自殺未遂の前、検察がホテルに押し掛けてひと悶着あった。案里議員が全裸になったという記事も複数の週刊誌に出ました。

「あの時は、弁護士がニューオータニの部屋を取ってくれて、そこに主人と一緒に泊まっていたんです。3月3日の深夜、11時半ぐらいでした。主人に『そろそろ寝ようか』と言っていたら、ピンポンされて。私、ルームサービスかなんかが来たのかなと思って、『はーい』と言ったんだけど、もう、私の返事が言い終わらないうちに、ドンドンドン、開けろ! って。何を言ってるのか分からなかった。『おらあ! ばかやろう』って怒声が聞こえてきて。主人がドアののぞき穴から見たら、黒い服の男がいっぱいいて、中には坊主頭の人もいた。一瞬ソッチの筋の人か、文春の記者かが来たのかと思ったんです。扉をこじ開けようとするから、主人が押しとどめようとした。そしたら、U字型のドアチェーンを壊して入ってきた。令状を出して、『検察だ!』って言うから、『ちょっとなんですか、あなたたち。こんなやり方はないんじゃないの』って言って、主人も、『ちょっとあんまりだよ』って話になりました。

 15人くらいはいましたね。女性が2名ほど、あとは全員男性です。なんかもうホントに空疎な、権威主義の馬鹿馬鹿しさを感じました。この人たち、刑事ドラマの見過ぎじゃないのって感じ。今風に言うと“イキってる”。『調べさせてもらう』と言うので、『そんなに言うなら全部調べれば』と言って、私は部屋着をパーッと脱いで、生理中だったから、『ナプキンの中も調べたらいいでしょう』って、ポンと投げたんです。皆さん、なんか、見ないようにしていましたよ。だから言ったんです。『膣の穴でも、お尻の穴でも見ればいいじゃない?』って。で、女性の一人が私にストールを羽織らせようとするから『ちょっとやめて、汚れるんで』って言ったりして。あんまり馬鹿馬鹿しいんで、『まあ、皆さん、興奮して暑いでしょうから』って言って、みんなにルームサービスでペットボトルの飲み物を取ってあげたんですよ。私も一本をもらって、持っていた睡眠薬をちょっと多めに飲んで、『じゃあ、後はよろしく。好きにして』って一人で寝室に行って寝たんです。で、起きたら朝。よく眠れたんで、すっきりしました。スマホが持っていかれていましたけどね」

合計2000万円を超す現金を配ったとされるリストを押収

 その後、事情聴取は3月に4回。GWにもあり、計6回行われたという。一回当たり6~7時間。案里氏の担当検事は2人。夫とは常に別々に行われる。場所は、都内のホテルの一室だ。

「事情聴取をしたのは、あの日の(押し入ってきた)15人とは違う検事だったみたい。でも私、わざと聞いたんです、取り調べの前に。『あの夜、オータニに来られた方?』って。

 聞かれるのはいつもウグイスのことでした。いくら私が知らないと言っても、『知らない』ということを証明はできないし。だから不毛な取り調べでした」

 ウグイス嬢の違法買収については、6月16日に第一審の判決が出て、案里氏の公設秘書、立道浩被告が有罪判決を受けた。この捜査の過程で河井夫妻の自宅から、100名以上の県議や首長らに合計2000万円を超す現金を配ったとされるリストが押収され、広島地検はさらに、公職選挙法違反(買収)の疑いで、河井夫妻2人の逮捕を目指してきた。4月には案里氏の地元後見人だった元広島県議会議長、檜山俊宏県議の事務所にも家宅捜索が行われる一方、安芸太田町長が克行氏からの20万円の受領を認めて辞職するなど動揺が続く。

「検察がむりくり、絶対に主人がお金を渡した、と言っているんですよ。例えば檜山先生には、たとえ陣中見舞いでも、何かを差し上げること自体、(目上の人なので)無礼に当たるって感じです。検察は買収と言われている件について、まだ私たちには当ててこないんですよ。今後、身柄を取って本格的に調べるのかもしれませんね。でも、私は、身柄を取られるようなことはまったくしていない」

 一般論として、例えば自民党国会議員の政党支部から同党地方議員の政治団体などへの「寄付」は政治資金規正法上、認められている。河井夫妻が現金を配ったとされる時期が昨春の統一地方選の前後のため、陣中見舞い、当選祝い、という理屈が成立すると見る識者もいる。一方で、金銭授受の時期が案里氏の参院選直前でもあり、しかも直接、現金を配る手法だった今回のような例は、公選法で禁じられた「買収行為」の疑いが濃いとする指摘もある。

1億5000万円は「きれいなお金」

「(安芸太田町長の件は)主人がやっていることなので、私自身は知らないんです」

――ただ、案里議員が数名の地方議員に封筒を持っていったとも報じられている。

「私はあの、そういう、説明できないようなことは何もしていませんよ。ただ、(金銭の)やりとりについては先方のこともあるし、私が今ここで言うべきことではないので。それぞれの方の収支報告書にも載るでしょうから(昨年分はこの11月に公開される)」

――選挙資金となった1億5000万円については。

「あれは党からのお金です。党からの振り込みで通帳にも記録が残っている。まったくきれいなお金です。皆さん1億5000万円という数字に恐れをなして、うがった見方をしているようですが、人件費、事務所経費、印刷物、全戸配布のポスティングなどで、使い切りました。全戸配布なんて3回もやりましたから。1億5000万円を原資に(県議らを)買収したなどと言われていますが、一切そんなことはない」

「まあ、もらい事故って感じですよ」

――では、裁判で徹底的に争うのか?

「もう争うのも馬鹿馬鹿しいというか、本当は次の人生を歩んだほうがいいに決まっている。でも、今回これを買収だと私たちが認めてしまったら、日本の選挙のやり方そのものを変えることになるし、公選法の精神をも変えてしまう。ちゃんと争わないと他の人が困るって言われているんですよ。(地方議員への)陣中見舞いや当選祝いを自分が出る選挙の前に持っていけば全部『買収』となる、というのであれば、他のみんなも(選挙違反で)やられてしまう。だから、たとえ私が身柄を取られても、別に私は裁判で勝てますよ。検察もやったらいいと思う。

 まあ、もらい事故って感じですよ。自分は、まったく(違法行為に)手を染めていないので。だから、説明責任を! とマイクを突きつけられても、本当に申し訳ないんですが、説明できることがないんです」

――ただ、克行議員が現金を渡していたことについて、夫婦なら当然、情報共有していると普通は思われます。

「そう疑われても、しょうがないよね。検察もそういうストーリーでやってくるんでしょう。でも、この(法相辞任からの)7カ月、2人で一緒にいても、主人は全然言わないですね。『あなたが知らない方がいいこともある』と言って。弁護団も別々ですし。ウグイスの3万円も、どういう会計処理をしているのかすら、全然知らないんですよ。なんで3万円だったのかも。秘書に任せっきりでしたので」

――案里議員の報道対応も批判されました。疑惑発覚から2カ月半後の1月15日の囲み会見まで、ずっと説明せず雲隠れした。

「私は早く取材対応したかったけど、私の弁護士にも自民党の顧問弁護士にも絶対ダメだと止められました」

――あの時「日本を変えたい(から議員を続ける)」と言ったのはなぜですか?

「あれは記者の方が小動物みたいな純粋な目で“なんで辞めないんですか?”って聞いたんですよ。まだ、私が辞めるような流れじゃなかったから、“え、この人は何を言っちゃってんの?”と思って、ちょっとからかいたくなっちゃった。ちゃめっ気のつもりだったんですけど、みなさん真に受けて、批判されて。でも、実際この仕事をしていたら、みんな“日本を変えたい”と思っているわけですし」

――会見終了後、宿舎に戻る際、笑顔がテレビに映され、これもまた批判された。

「あれは朝日新聞の男の子が追ってきて、“案里さん!”って呼んだんですよ。パッと振りむいて、もう職業柄、条件反射で笑顔が出ちゃうんです。元々広島支局にいた知ってる記者だったし“どうもありがとう”って言ったら、その瞬間が撮られて流された。もうこういう流れになると、しょうがない。何をやっても、すごく悪い感じで報じられるので。私にはどこかで、期待に応えなくちゃっていう気もあって、できるだけ黒い服を着て、悪い感じを演出したりもしています」

〈私は今回の事件では、大将です〉

 案里氏と話していると、強がりなのか、以前に聞いた話と食い違う時がある。例えばこの日、「小説を書く時、プロットは作らない」と言った。ところが、会う直前に本会議場で文春に撮られた彼女の写真を見ると、手元のノートに登場人物やプロットが書いてあった。後日改めて聞くと、「新作からは作ることにした」と言う。

 また、朝日新聞の記事を私に郵送してきたこともあった。そこには、ウグイス嬢への「3万円」は違法だが、“全国的な相場”である旨が書かれていた。彼女は電話でも「マスコミが報じている『河井ルール』って、『広島ルール』なの」と説明し、広島選出の大物議員らの例を語った。だが、この日、再度確認すると、そうした話は「私、知らない」と言った。

 芝居がかったセリフも多い。自殺未遂2日前のメールにはこう書いてあった。

〈私は今回の事件では、大将です。家臣が良かれと思って行った戦術でたとえ敗けが込んでも、武将の勝敗として歴史に残ります。それが大将というものです〉

――昨夏の初当選から疑惑発覚までの3カ月間を今振り返ると?

「あの頃はとにかく疲れていました。選挙後も体中が痛いし、もう、目を開けていられないんですよ。5月の連休から2カ月以上、2500カ所で街頭演説をやって眼球が焼けちゃったから。毎日眼科に飛び込んで、麻酔を打ってもらっていたんです。そこまでやって、選挙に通ったのに、こんなことで足をすくわれるんだっていう、悔しい想いがやっぱりある。10月27日の党広島県連のイベントで、今度の文春に何かが出るらしいって聞いた時も、きっと私じゃなくて主人のことだろうと思っていたんで。もう壇上で寝ちゃったくらい、疲労困憊でした」

「セクハラなんて、甘い、甘い」

 その4日後、10月31日に文春が発売されて以降、彼女は大きな渦に飲み込まれた。党内でも四面楚歌を強いられ、男性議員からは露骨に煙たがられたという。

 彼女は以前、自民党の体質を私にこう語っていた。

「セクハラなんて、甘い、甘い。男性議員の本当の恐ろしさとは、気に入らない女性を政治的、社会的に抹殺しようと、束になって潰しにかかってくることです」

 また、黒川弘務・前東京高検検事長が賭けマージャン問題で辞職した直後の5月24日夜、彼女は意味深なメールを送ってきた。

〈検察は今、大変なようですね。黒川さんも私も同じように権力闘争のおもちゃにされてしまって、権力の恐ろしさを痛感します〉

 公設秘書も一審で有罪判決を受け、連座制による彼女の失職も秒読み段階に入った。今後の人生をどう考えているのか――。

 二人きりのやりとりが3時間を回る頃、訊ねた。

「ミラノにファッションの勉強に行こうと思っていた」

「ここでひと区切りにして、ドロドロした政界と距離を置きたいなと。ホントは私、(昨年春に)県議を辞めて、ミラノにファッションの勉強に行こうと思っていたんです。でも結局、参院選に出ることになっちゃった。だから、自分がなんとなく、消費されているなという意識があって。岸田(文雄)さんと菅(義偉)さんの覇権争い、岸田派と二階派(案里氏の所属派閥)の争い、検察と官邸の対立……。そういう中で“消費される対象”として擦り減っちゃった。だから、自分を取り戻したいっていう気持ちがある。私、今までは、世の中のためになるかどうかという尺度だけで、自分の仕事も生活も計ってきたんです。でも、これから時間ができたら、小説を書くことに没頭したいと思います」

 私の手元に一編の未発表小説がある。題名は『ことばの部屋』。案里氏が5月中に丸5日をかけて綴った。選挙違反を疑われた女性政治家が事情聴取中に検事をなじり、挑発し、かみ合わない問答を続ける約2万字の「処女作」(案里氏)だ。

 彼女は私に、「これは実話じゃない」と強調したが、描かれた内容は、現実のものになろうとしている。

(初出:「週刊文春」6月25日号)

◆◆◆

 このインタビューを手掛けた私は8月の初公判から約3か月半、週に2~3度のペースで東京地裁に足を運び続けてきた。案里被告の公判を見るため、傍聴希望者の長い列に並び、抽選で当たった時には必ず被告席に一番近い最前列の傍聴席に座った。

 法廷闘争が始まった当初は緊張した面持ちで、終始うつむき加減で臨んでいた案里氏だったが、夫の河井克行氏との審理が分離された9月頃から一変。時に「ふふふ」と不敵に笑い、時に膝の上でピアノの鍵盤を弾くような仕草も見せた。

 一方で、証人が検察の主張に沿った証言を続けていると後ろに座る3人の弁護人にメモを渡すようになり、法廷で再会した現役女性秘書が案里氏に不利な発言をすると背後からギロッと睨みつける場面もあった。

 私はその目つきを見て、ハッとした。

「これは、滝尾小百合そのものじゃないか」

 滝尾小百合とは、案里氏が未発表小説『ことばの部屋』で描いた「疑惑の政治家」。エリート検事からの追及を高飛車な態度でことごとく跳ね返す妙齢の女だ。

『ことばの部屋』には、滝尾が逮捕された後のストーリーは書かれていないが、私は法廷で時折、無言の挑発を繰り返す案里氏の様子を見ながら、彼女があの続編を自ら演じているようにも思えた。

 第1日目を終えた被告人質問は、11月17日と20日にも予定されている。12月には結審を迎え、年明けには判決が下される。

 現実は小説よりもシビアだ。科される罪の軽重は、案里氏自らが創作することはできない。

(常井 健一/週刊文春 2020年6月25日号)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング