日本学術会議の任命拒否問題は「反スガ」で解決するのか?

文春オンライン / 2020年11月13日 11時0分

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菅義偉首相 ©JMPA

 日本学術会議の任命拒否問題が火を噴いて、およそ1ヶ月。いよいよ撤回はむずかしい情勢になりつつある。各種の世論調査では、菅首相の説明不足を指摘しつつも、学術会議のあり方見直しについて首肯する意見が次第に増えつつあるからである( 朝日新聞 、 ANN 、 毎日新聞 、 JNN など)。

 なぜそうなったのか。その最大の原因は、学術会議の問題が「反スガ」のネタになってしまったことに求められるだろう。

リベラル派がAだといえば保守派は反Aだという

 元来、学問の独立や自由は、イデオロギーの左右と関係がない。左翼政権が、右派の学者を弾圧することもあるからだ。ところが今回は、「#スガやめろ」運動と結びついたことで、政府・与党や保守派が「政権を守れ」と擁護側にまわり、「やっぱり撤回する(ただし辞めない)」という穏当な着地の芽が摘まれてしまったのである。

 昨今のこのような左右対立は、玉突きに似ている。リベラル派がAだといえば、保守派は反Aだといい、保守派がBだといえば、リベラル派は反Bだという。菅政権を擁護する者の少なからずも、今回の二転三転する説明に納得していないものの、リベラル派が反対しているから、逆張り的に賛成に回っているのではないか。

 いかに空疎でも、ことここにいたると「反スガ」側に勝ち目はない。それは、安倍前政権下で明らかになったことだった。

「反アベ」を「反スガ」に切り替えるだけでは結果が見えている

 7年8ヶ月に及んだ長期政権は、「安倍」をリトマス試験紙にした。それは、肯定すれば保守、否定すればリベラルという、価値判断の基準になったのである。そしてこの構図のなかで、「反アベ」は敗北の連続だった。

 安倍政権は、あれだけ不祥事が指摘されたにもかかわらず、けっして倒れなかった。どんなに支持率が下がっても、北朝鮮の核・ミサイル実験など安全保障上の問題が起これば「小リセット」状態になり、国政選挙で勝利すれば「大リセット」状態となった。そしてこの政権は、異例の高支持率で引き際を華やかに飾った。

 この環境は、菅政権下でもまったく変わっていない。相変わらず国際情勢は不安定であり、野党は低支持率に喘ぎ、分裂したまま。であるならば、「反アベ」を「反スガ」に切り替えるだけの戦略は、おのずから結果が見えている。仮に菅政権が失策を重ねて倒れたとしても、あとを襲った政権は、やはり手強い存在であり続けるだろう。

任命拒否の撤回を求める署名は、10日間で15万筆にも達しなかった

 それに加えて今回、アカデミズムが市民社会からかならずしも信頼されていなかったことも明らかになった。これはこれで頭の痛い問題である。

 任命拒否の撤回を求める署名は、10日間で15万筆にも達しなかった。もちろん、この手の署名に加わらないひとも多数いるとはいえ、大学教員の数が本務者だけで約19万人いることを考えれば、かなり少ないといわざるをえない。

 政治は学問にたいして金は出すべきだが、口は出すべきではない。この意見は学問の発展を考えればまったく正しいけれども、それは市民社会からの信頼があってはじめて成り立つ。どんな状況でも、資金を出してもらって当然という態度では、ますます信頼を損ねるだけだろう。

いわゆる戦前回帰の問題ではない

 したがって、これはいわゆる戦前回帰の問題ではない。むしろ戦後75年の間、なぜこういうときに市民が守ってくれる状況を作れなかったのか、という問題だ。ここを真剣に考えなければ、かつての公務員バッシングのようなことが、今後アカデミズムにたいして行われる可能性もなしとしない。

 このように学術会議の問題は、一朝一夕に解決するものではない。もちろん、「反スガ」運動も、抗議活動も、やめろというつもりは毛頭ない。好きにやればよろしい。ただ、「水を差すな」といわれ、沈黙を強いられる筋合いもない。

 アジア太平洋戦争のとき、彼我の国力を比較して、日本の敗戦不可避と予想したとしよう。それは日本が負けていいと主張していることと、かならずしもイコールではなかったはずだ。これにたいして「非国民」「士気を下げる」「敗北主義」と非難を浴びせかけるのは、同調圧力や精神主義にほかならない。

 ここで述べたこともこれに尽きる。いつものように、「どっちもどっち論」や「冷笑主義」という批判は、現実を見えなくするという意味で有害でしかないのである。

 辻田真佐憲さんの連載「〈視聴覚〉のニッポン考」は、「 文藝春秋digital 」に掲載されています。

(辻田 真佐憲/文藝春秋 digital)

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