「はっきり自分より立場が上になった」1年ぶりの対局で感じた藤井聡太二冠の“進化と成長”
文春オンライン / 2020年11月16日 11時0分

広瀬章人八段
順位戦ではA級に7期連続で在籍して、昨期はタイトル戦では竜王戦、王将戦の七番勝負に登場。今期も王将戦リーグを戦いながら、棋王戦トーナメントで決勝に進んだ。広瀬章人八段は、間違いなく棋界を代表するトップ棋士の一人だ。
現在進行中の竜王戦七番勝負や王将リーグ戦、そして自身の棋風の変化や成長著しい藤井聡太二冠との対局など、将棋界の最前線について広瀬八段に聞いた。(全2回の1回目/ 後編 に続く)
広瀬八段が見る竜王戦の二人
――10月から竜王戦七番勝負で豊島将之竜王に羽生善治九段が挑戦しています。羽生九段の「タイトル100期」がかかるだけに注目されています。広瀬八段は、このお二人と昨年と一昨年の竜王戦七番勝負で対戦しましたが、今年の竜王戦をどのように見ていますか。
広瀬 ベスト4の段階で羽生さんと近い世代の棋士が多く残りました。若手の梶浦さん(宏孝六段)の戦いも注目でしたが、貫禄というか力を見せて、羽生さんの挑戦となりました。ただ、羽生さんの世代のタイトル戦出場が減っていることは、ここ数年の変化ですし、注目するべき点だと思います。
――年齢の壁や戦術の変化が大きいのでしょうか。
広瀬 どちらもありますね。戦術の面では、やはり将棋ソフトをみんなが使うようになりました。いつの時代もそうでしょうけど、年長者ほど現在の将棋に合わせるのは大変なのではないかと思います。サイクルの早い近年は特にそれを感じます。
最新形は中途半端に追いかけるのが危険
――羽生九段についてはいかがでしょうか。
広瀬 ここ数年、全体的な成績でいうと若いころのような高勝率ではなくなっているかなと思います。ただ、番勝負となると考え方が変わってきます。七番勝負だと先に4勝したほうが勝ちですから、番勝負用に対策を練ると思います。
序中盤で先行して逃げ切るのが豊島さんの必勝パターンだと思うので、羽生さんが序盤で離されないように、どういう作戦を持ってくるかが見どころです。
――羽生九段は2年ぶりのタイトル戦です。苦戦しながらも最新形を取り入れているように見えます。第1局も最先端の将棋でしたが、広瀬八段はどのように見ていますか。
広瀬 最新形は中途半端に追いかけるのが危険なパターンで、それなら、最初から力戦にしたほうがいいと個人的には考えています。羽生さんもそうしたことは感じていると思います。第1局を踏まえてどういうスタンスで臨まれるかですね。
豊島さんは容赦なく序盤を飛ばしてきますから、持ち時間のプレッシャーも少なからず出てきます。もちろん、持ち時間がすべてではないですけど、1日目で2時間以上差がつく可能性もあります。持ち時間は豊島さんと番勝負を戦うなら、みんな気にするところだと思います。
挑戦者のときよりも思い切りのよさが影を潜める
――その豊島竜王についてうかがいます。ソフトによる研究はよく聞かれますが、昨年の竜王戦では広瀬八段の序盤がうまくいった将棋も多かったと感じました。
広瀬 作戦の用意や準備段階では少し負けていたなと思います。ただ、形勢に大きく差がつかなかったので、終盤の入り口で逆にこちらがよくなっている将棋がありました。
――対局の流れでは途中でペースをつかんだ将棋が多かったけど、序盤が豊島竜王の脅威であることは変わらないのですね。
広瀬 そうですね。基本的にあまり差がなく、評価値がプラス300~400点くらいでも、そのあとの指し方が難しいという展開も多かったです。私はそのくらいの点差は誤差の範囲だと思っています。どの程度を誤差とみなすかは人によって違いますが。
――豊島竜王はまだタイトル防衛がありません。広瀬八段も挑戦者とタイトルホルダーの両方を経験されていますが、意識の点で違いはあるのでしょうか。
広瀬 うーん、変わっていないつもりですが、タイトルホルダーは守る戦いになりますからね。挑戦者のときよりも思い切りのよさが影を潜めるといいますか、普段通りには少し指しにくいかもしれません。その少しが致命的になる恐れがあります。あと、挑戦者は実力者ですので、勝つのが大変ではあります。豊島さんが敗れるときは紙一重の接戦が多くて、差をつけられることは少ない印象です。
30代半ばくらいになると、誰しもが通る道
――広瀬八段のいる王将リーグについてうかがいます。リーグのメンバーの中で、実は広瀬八段が7人中、3番目の年長者になります。
広瀬 だんだんそういうことが増えてきました。気づいたら年下ばっかりで。棋士になって15年以上たちますし、若手の台頭が目立ってきていると思います。
――豊島竜王戦は、広瀬八段にとって初めて持将棋になりました。
広瀬 勝ちそうなのに勝ちきれない、昨年の竜王戦と同じようなパターンでした。持将棋は仕方ないですが、指し直し局の最後の最後で勝ちを逃したあたりに、終盤力の衰えを感じます。
――広瀬八段は終盤力について、ソフトや年齢のことをお話しされていたことがありますね。
広瀬 どちらも要因として大きいですが、自分はソフトの影響が強いと考えています。序盤で出遅れないことを重視して、実際にそういうことは減ったと思います。ただ、終盤で勝ちを逃すことが結構あるので、それが課題になってきました。
――若手のころ、終盤をスパッと切って勝っていたイメージもあるので意外な気がします。
広瀬 意外ですか? 30代半ばくらいになると、誰しもが通る道だと思うんですよね。あと、近年の将棋が複雑なうえに、終盤のワンミスが目立つ時代でもあります。将棋そのものが一手のミスで奈落の底に落ちる性質はありますけど、点数でプラス1000点がマイナス1500点になるのが誰でもわかってしまう時代ですから。
振り飛車を指すときは、よほど勝ちたいか……
――例えば、若手時代によく指していた相穴熊の終盤戦と現在の相居飛車戦の終盤戦では違いはありますか。
広瀬 ありますね。相穴熊の終盤戦は、基本的に攻防のエリアが狭い。いまの相居飛車戦の終盤は、玉の可動域が広くて、それだけ読む材料が増えるんです。それに玉が危険な状態でも攻めて一手勝ちを目指すこともあります。
――振り飛車穴熊を得意にして「振り穴王子」といわれていました。そこから居飛車党になりました。両方を指す選択はないのでしょうか。データ上では、振り飛車穴熊を3年以上指していません。
広瀬 今後はわかりません。戦術は変わっていきますから。ただ、振り飛車を指すときは、よほど勝ちたいか、居飛車がきついと思ったときか。つまり、変化球ですね。
――「振り穴王子」に代わるニックネームがなかなか定着しません。麻雀最強戦2020では、「麻雀でも穴熊王子」となっていましたね。
広瀬 麻雀で「穴熊」はまったく褒めていませんよね(笑)。王子という年齢でもないですし、ニックネーム、何がいいんでしょうか。ははは。
――広瀬八段は居飛車党になって1回目の変化をしたわけですが、その後、ソフトの影響で戦術が変わって、再び対応に迫られました。何回もスタイルを変えて苦心したことは多かったかと思います。
広瀬 ソフトを使い始めて振り飛車党から居飛車党に変えた人も多いですが、自分は転向が早かったですね。私が転向したころは横歩取りが多く、現在のように2手目に△8四歩として相手の作戦を受けて立つ居飛車党は少なかったです。いろいろな失敗もしましたが、居飛車戦の下積みができたのはよかったと思います。
いまは先手番こそ工夫を求められる時代
――ソフトの戦術が台頭する中で、広瀬八段は昨年パソコンを買い替えたと聞きました。
広瀬 さほど性能がいいわけではないノートパソコンを使っていたのですが、激しい変化を調べるときに形勢が揺れ動くので、不安があったんです。それで性能がいいものにしようと判断しました。実際、効果があったと思います。
――振り飛車を指していたころは先後の勝率差はあまりありませんでしたが、近年は後手番で苦戦することがあります。
広瀬 まあ、普通ですよね。後手でよく勝つのは不思議なくらいで、ほかの人と同じようになってきたというところです。
いまは先手番こそ工夫を求められる時代で、それを示しているのが渡辺さん(明名人)だと思います。タイトル戦で常に新しい指し方を用意しているんですよ。あとで調べてみると、さほど有利になるわけではないけど、自分だけ知っていることが大きいわけです。
プラスマイナス200~300くらいでは勝敗に影響は出ないので、あとの展開を知っていることが大事ですが、先手番のほうがそうした展開に誘導しやすいんですね。だからこそ後手番での対応力が問われますし、そこで藤井聡太さんが勝っているのだと思います。
一時期は角換わり腰掛け銀ばかりでしたが、煮詰まって実戦数が減っています。そこで、角換わりでも違う指し方をしたり、矢倉や相掛かりにしたりする中で、結果的に先手勝率が依然として高いのだと思います。
渡辺さんの先手矢倉に勝つのは大変なこと
――渡辺名人との王将戦七番勝負は先手で矢倉ばかりでしたね。
広瀬 このときは私が先手番だった第2局で角換わりを用いたので、渡辺さんが譲ったというか、矢倉でいく雰囲気があったんですよね。名人戦や棋聖戦でもそうだったと思います。
――対戦相手によってスタンスを変えるわけですね。
広瀬 もっとも、本当に角換わりが得意な人は豊島さんや藤井さんくらいで、ほかの人は得意というほどでもないと思います。ただ、豊島さんでさえ、最近は角換わりばかりではありません。名人戦で渡辺さんに敗れたのを踏まえて、作戦的に変化している面が出始めているのかなと王将戦を指して感じました。
――その藤井二冠についてうかがいます。今夏に棋聖、王位とタイトルを取りました。どういったところが印象に残り、以前と変わったと思いますか。
広瀬 対戦相手の対策や時間の使い方などが少しずつ変化しているのかなとは思いました。印象に残ったのはやはり棋聖戦でしょうか。渡辺さんの先手矢倉に勝つのは大変なことで、私も身に染みて感じています。藤井さんは棋聖戦で渡辺さんに後手で2勝しましたからね。はっきり自分より立場が上になったのを認識しました。
――AbemaTVトーナメントの予選では藤井二冠に2連勝でした。ブログでご自身でも驚いた旨のコメントをされていましたが、どのようなプランで臨まれていたのでしょうか。
広瀬 対戦が確定してなかったので、そこまで深くプランを練っていたわけではありませんでした。角換わりの後手番は待機策でチャンスを待とうとは思っていましたが、先手番は矢倉にするぐらいでした。いかんせん練習も含めて初のフィッシャールールだったので、どういう成績になるのか予想できなかったというのが正直なところです。
感想戦が久しぶりに楽しかったです
――王将戦でも藤井二冠と戦いました。公式戦では前期王将戦以来の対戦です。1年前と違って藤井二冠が上位でしたが、どのようなお気持ちで臨まれましたか。
広瀬 互いに挑戦が厳しい状況で対戦するのは意外でしたが、せっかくなのでギリギリの勝負をして今後に生かしたいと考えました。藤井さんが上位でも気にしていません。最近は年下相手に下座に着くことも増えてきたので。
角換わりにしたのは、減少傾向にある形で藤井さんがどんな作戦を採用するか興味があったからです。工夫の仕掛けをしましたが、うまく対応された気がするので研究が行き届いているなと感じました。
――時間の少ない中で藤井二冠が盤面を広く使った勝負手を放ったのが目立ちました。
広瀬 終盤はかなり難解でした。常に後手玉の守りが薄い状況で、藤井さんでも距離感をつかみきれていなかったように思います。はっきり局面がよくなったと思った矢先の勝負手は見えていませんでした。決め手が発見できないうちに悪手を指して逆転してしまいました。
冷静に見ればかなり優勢でしたが、残り時間の状況なども踏まえると間違えやすい状況だったと思います。負けたのは残念でしたが、ギリギリの勝負をすることは実現しましたし、終盤でこちらが読み勝っているところもあったので、ポジティブにとらえておきます。
あと、感想戦が久しぶりに楽しかったです。まだソフトの結論を知らないというのもありますし、自分より明らかに終盤が正確な人との感想戦は勉強になりますね。
写真=山元茂樹/文藝春秋
「王位戦でタイトル初挑戦したころに……」広瀬章人八段が若くして弟子を取った理由とは へ続く
(君島 俊介)
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