「紅白出場」NiziUに韓国K-POPファンが抱く“2つの複雑な感情”〈韓国人評論家が寄稿〉

文春オンライン / 2020年12月31日 17時0分

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NiziUの正式デビュー曲となった「Step and a step」

 12月2日の正式デビューに続き、大晦日にはNHK紅白歌合戦に出場するNiziU。韓国でもファン層を広げているが、声援とともに“複雑な視線”が送られているという。その理由について、日本人アーティストへのインタビューも手掛ける韓国唯一のJ-POP評論家、ファン・ソノプ氏が寄稿した。

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韓国からの「複雑な視線」

 NiziUに対する日本国内の反応が熱い。ここ最近の日本のK-POPブームは私も体感していたが、NiziUがこれほど速いスピードで日本市場を席巻するとは予測できなかった。

 オーディション番組「Nizi Project」での熱気を追い風にリリースされたプレデビュー曲「Make you happy」は、日本でのストリーミング再生回数が女性アーティスト史上最速で1億回を突破。さらに、正式デビュー前に紅白歌合戦への出場を決めた。

 12月2日に正式デビューした今、NiziUの韓国での認知度はまだ低いものの、応援する人が増えてきた。

 ただ、韓国のK-POPファンがNiziUを見る視線は複雑だ。

 オーディションの序盤から「韓国が持つK-POPアイドル育成のノウハウやシステムを、何の代価もなしに日本に流している」という批判があったし、プレデビューの際には「日本人主体だからK-POPと言えない」という意見も強かった。「K-POP」と「J-POP」の間に線を引こうとする動きが強く存在していたのだ。「韓国のアイドルに比べて実力が足りない」「韓国での活動は不可能だろう」という反応もあった。

 しかし、NiziUにみられる「現地化戦略」は、K-POPの最終形態とされる。東方神起や少女時代を生み出した韓国の大手芸能事務所、SMエンタテインメントが推進している各国メンバーを集めたプロジェクト「NCT」も同じ文脈の上で進められていることを考えても、NiziUという存在はいつか現れる宿命にあった「K-POPの進化形」なのだ。

もうひとつ、韓国ファンが複雑に思っていること

 もうひとつ、韓国のK-POPファンがNiziUについて複雑に思っていることがある。

 それはNiziUが成功したことで、日本人が「韓国のノウハウを導入しさえすれば、どの国でもK-POPのようなコンテンツが生み出せる」と思ったのではないかという点だ。そんな調子で刺激的に伝える日本の一部メディアの報道が、韓国でも伝えられているのだ。

 筆者は個人的に、日本のアイドル産業が短時間でK-POPと同水準に達することは難しいと考えている。これは日本のアイドルの水準を低く見ているというわけではない。そもそもアイドルとしての出発点が違ったのだ。

親近感を前面に押し出した日本のアイドル

 日本のアイドル業界の歴史を振り返ると、大きな転換点は1980年代半ばではないだろうか。秋元康が主導した「おニャン子クラブ」の誕生を皮切りに、急激に業界が変化し始めた。

 親近感を前面に押し出す戦略で、疑似恋愛的な要素やファンダム(熱心なファン集団)文化を生み出した。同時に、ジャニーズ事務所の男性アイドルによるメディア制覇が加わって、日本では「アイドル=エンターテイメント」という概念が定着した。

 その流れの中で、90年代以降、SMAP、嵐、モーニング娘。などが日本におけるアイドルのイメージを代表するグループに成長した。

 2000年代に入ると、秋元康はおニャン子クラブの手法を生かしたAKB48を発足させた。「いつでも会いに行けるアイドル」をコンセプトに、握手会や劇場公演が導入され、アイドルは実力そのものが評価されなくても、夢は努力すれば実現できるというストーリーが重要視された。その夢を実現してくれるのはファンの資金力だ。

 その過程で日本のアイドルは、音楽やダンスなどの「テクニック」からどんどん距離を置くような形で成長してきた。70~80年代に山口百恵、松田聖子、中森明菜らの実力を評価していた韓国の音楽ファンから、いまの日本のアイドルに対して厳しい声が私の元に届く。これは、ある意味当然のことだろう。

「操り人形」と批判されてきた韓国のアイドル

 このように「楽しさを与える」という役割に徹してきた日本のアイドルと違い、韓国のアイドルはこれまで常に国民から厳しい「検証」の対象となっていた。アイドルの音楽性などの実力を、大衆から認められるために闘ってきた歴史だった。

 かつて、1987年に結成された韓国初の男性アイドルグループと言われるソバンチャ、ヤチャなど、日本のジャニーズ流を踏襲したアイドルも存在したが、その命脈は80年代後半にすでに途切れた状態。

 K-POPに連なる第1世代アイドルが現れるきっかけとなったのは、1992年のアメリカの男性5人組バンド、ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックの来韓公演と、同年にデビューした韓国の3人組男性グループ、ソテジワアイドゥルの登場だった。

 この2つの“事件”で10代の音楽マーケットの可能性に気付いたSMのイ・スマン代表は、徹底した市場調査とキャスティングによって、5人組のボーイズバンド、H.O.T.を誕生させた。

 H.O.T.が10代の圧倒的な支持を集めたのは当然の流れだったが、注目すべき点は一般大衆からの批判が激しかったことだ。

 企画会社の操り人形のように、誰かが作ってくれた歌を金魚のように口をパクパクさせて真似する主体性のない人たち……という批判が、ファン以外の大衆が抱いた思いだった。 

 というのも、日本では、エンターテイナーとしての価値も歌手のアイデンティティの一つと考えられていたが、韓国では「エンターテイナー」と「歌手」を徹底的に分ける雰囲気が強かった。つまり、「ショービジネスだけの存在なら、H.O.Tには社会的、文化的な意味はない」と判断されたのだ。さらに、H.O.T.は「誰かが作ってくれたもの」ばかりで、「本人たちのもの」がないという声もあった。

 さらに、学業に励むべき10代の青少年たちの芸能界デビューも批判の的となった。当時、ある放送局は高校生歌手の出演禁止を論議したほどだった。

 このような背景から、H.O.T.だけでなく、S.E.S.やジェックスキス、ピンクルなど、K-POPの原点とも言うべきアイドルは中身のない殻のようなコンテンツと思われてきた。

音楽、ダンス…実力で認めてもらうしかなかった

 これを克服するためには、人気だけでなく音楽の面で実力を兼ね備えるしかなかった。こうした流れの中で、K-POPのトレーニングシステムは高度化し、作詞作曲もアイドルが自ら手掛け、ミュージシャンとしての姿をアピールすることも増えてきた。

 たとえばH.O.T.は、3rdアルバムからメンバー自ら作曲した楽曲の割合を増やし、5thアルバムは全曲をメンバーによる曲で仕上げた。解散までの5年あまりの活動期間中に作詞作曲を学び、一つのアルバムを自分たちの力だけで全て作り上げるまでになった。

 ただそれでも、韓国国民の視線は好意的ではなかった。

 アイドルに対する偏見がなくなり始めるのは、2000年代中ごろ、5人のメンバー全員が相当なレベルのボーカルやダンスの実力を持っていた東方神起の成功や、少女時代、ワンダーガールズ、KARAに触発された韓流ブームを通じてだった。

 このように、韓国のアイドル産業はこの10年近く、大衆からの偏見に立ち向かう形で、幅広い層を納得させるために進化を繰り返してきた。

 エンターテイメントとして、ファンとの関係性を築くことに注力してきた日本のアイドルの歩みとは方向性があまりにも異なる。韓国のファンがNiziUの実力について高い物差しを突きつけるのは、このような背景があるのだ。

NiziUは「K-POPか、J-POPか」

 日本でも韓国でも、いまだに「NiziUはK-POPかJ-POPか」という議論がある。

「K」を「メンバーの国籍」と捉える場合、NiziUは当然日本人メンバーで作られているからJ-POP。しかし、「K」をコンテンツの特性に焦点を当てて考えるならば、NiziUのパフォーマンスや音楽スタイルはK-POPそのものだ。JYP所属という点まで加われば、NiziUがK-POPではないと否定するのは、なおさら難しくなる。

 BoAや東方神起が日本に進出した2000年代前半から半ばには、彼らのコンテンツがJ-POPと呼ばれてもおかしくなかった。K-POPという言葉が広く知られる前であり、当時は歌手という“ハードウェア”こそ韓国人だったが、音楽とパフォーマンスという“ソフトウェア”はすべて日本のものだったからだ。

 NiziUではソフトウェアが韓国の役割となった。当時のBoAや東方神起が、日本が主導したコンテンツであるためJ-POPと呼ばれたとすれば、JYPが主導したNiziUはK-POPと呼ぶのも不自然ではないだろう。

日本人の心に素早く入り込めた理由

 日韓での論争をよそに、NiziUは多くの日本人にとって、「韓国」というアイデンティティを最小限に抑えた形で、好感度の高いK-POPコンテンツとして定着した。

 既存の日本のアイドルとは一線を引く、実力のある健康的なイメージを持つアイドル像を、日本人メンバーのみで示したNiziU。特に中高年層にとっては、実力を備えた10代女性グループという点で、NiziUはK-POPというより、90年代後半に日本を席巻したSPEEDやMAXを思い起こさせるかもしれない。

 NiziUが日本人の心に素早く入り込めたのは、アイドルやK-POPに関心のない人たちも入り込めるストーリーを、オーディション番組を通じて提供できた点もある。

 吉本興業とTBS、韓国のCJエンタテインメントによる「Produce101 JAPAN」は男性グルーブJO1を生み出したが、幅広い人気を得るには競争をあまりに強調しすぎた。「AKB選抜総選挙」はファン中心の宴の域を出なかった。その点、「Nizi Project」はオーディション参加者の連帯感を強調し、温もりのある競演で構成され、多くの人に感動を与えることができた。これには、審査の過程での名言が話題を呼んだJ.Y.Parkの役割も大きかっただろう。

現時点で最も理想的なローカライズグループ

 NiziUの誕生で、日韓両国が目指していたことが理想的な形で具現化されることになった。つまり日本から見れば、いま最も波及力のあるK-POPコンテンツを自国の人材で誕生させることができた。韓国から見れば、K-POPの最終形ともいえるローカライズを成功させることができた。

 最後に一つ、伝えておきたいのは、いまNiziUをめぐる日韓の対立構図は、刺激的な内容を求める一部のメディアやネット民が主導する側面が大きいということである。好きなものを支持すればいいだけで、敵味方に分かれて争う必要はないと思う。 知人の中には、日本の音楽が好きで、毎年日本のロックフェスティバルを訪れる友人もおり、日本旅行中に会った日本の音楽ファンは、K-POPの高いレベルを認め、親指を立てる。最近は、ヒップホップシーンでの両国交流も活発になっている。

 日韓両国の人々がNiziUを長期的にどのように受け入れて解釈するのか、じっくり見守ってほしい。“時代の風”とは、一部集団の偏見ではなく、幅広い人々が起こすことだという事実を、私たちはすでに数多く経験している。

(翻訳:金敬哲)

(ファン・ソノプ/Webオリジナル(特集班))

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