「お前、重機に背中向けるな。死ぬからな」西成からバンの荷台に揺られて1時間、辿り着いた解体現場で……

文春オンライン / 2021年1月2日 11時0分

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解体現場に向かう車内(筆者提供)

「じつは10日前に神戸の刑務所を出たばかりで…」15杯目のワンカップ酒をすすりながら老人が語った“前科” から続く

 筑波大学を卒業後、就職せずにライターとなった筆者が、「新宿のホームレスの段ボール村」について卒論を書いたことをきっかけに最初の取材テーマに選んだのは、日雇い労働者が集う日本最大のドヤ街、大阪西成区のあいりん地区だった。

 元ヤクザに前科者、覚せい剤中毒者など、これまで出会わなかった人々と共に汗を流しながら働き、酒を飲み交わして笑って泣いた78日間の生活を綴った國友公司氏の著書『 ルポ西成 78日間ドヤ街生活 』(彩図社)が、2018年の単行本刊行以来、文庫版も合わせて5万部のロングセラーとなっている。マイナスイメージで語られることが多いこの街について、現地で生活しなければ分からない視点で描いたルポルタージュから、一部を抜粋して転載する。

◆◆◆

【1日目】地下の世界へ

 なぜだか分からないが自分が本当にどうしようもない――西成で一生ドカタをするしか選択肢のない――人間であるように思えてきた。前科はないとはいえ、私はもう25歳。このままライターを続けたところで売れる保証などどこにもないし、むしろどうにもならなくなる可能性の方が高い気がする。「こりゃダメだ」と気付いた時にはすでに30歳。正社員経験のない裏モノ系ライターがそこから就職するなんて、司法試験より難しい。少なくとも自分が人事担当だったら裏で「変わった人が来たんですよ」と話題にするだけで、間違っても採用しないだろう。

 朝の4時半に起床し、5時に1階の入り口に集合する。食堂では岩のような手をした大柄な男や、歯が抜け腰の曲がった老人が生卵を白飯にぶっかけ、初めて持ったみたいな箸の持ち方でかき込んでいる。

 ズボンに手を入れ股間を掻きむしり指先の匂いを嗅ぐ男。ポケットに両手を突っ込み、肩を揺らして歩きながら何事かわめいている男。いままで関わることのなかった人間たちがここに集まっている。世間の目が届くことのない、日の当たらない地下の世界へやってきたのだ。

 新しく現場に入るということで書類を何枚か書かされた。これはS建設ではなくこれから行く現場のクライアントに提出する物のようだ。安全対策に関する講習はしっかり受けたか、といったいくつかのチェック項目がある。

「よく分からないだろうけど全部チェック入れておいて」

 と私の現場の班長である菊池さんに書類を渡された。この菊池さんはS建設に入ってすでに15年以上。その想像を絶する勤務年数ゆえに班長に抜擢されているが、日給は私と同じ1万円(内寮費が3000円)。むしろまったく度が合っておらず遠くの物はもちろん、近くの物もそれはそれでぼやけるという眼鏡(菊池さんは乱視なのにケチって乱視を入れなかったらしい)のせいで周りからはボンクラ扱いされている。

私は「土工」という職種になるらしい

「北海道出身だが住民票がどこにあるかもう分からない」ということから分かるように、一生飯場暮らしのチケットが発行済の菊池さん。いつも下を向いては行き詰まった顔をしている。

 講習などもちろん受けていない上に私は「安全帯」の使い方すら知らない。分かっているのは金属でできている道具のため、あいりんの男にとってはちと値が張る品物ということくらい。こんな状態で安全に作業ができるとは到底思わなかったが、あと10分で現場に向かうというので、内容も読まず、すべてにチェックを入れた。

 私は「土工」という職種になるらしい。簡単に言うと一番下っ端の底辺労働者ということだ。飯場に入っている人間のほとんどがこの土工というポジションになる。何年飯場にいるとかそういったことは関係ない。全員ひっくるめて底辺土工だ。

バンの中は終始無言……重苦しい空気が

 飯場の世話人であるまっちゃんにヘルメットを借り、バンに乗り込む。ドライバーを含めメンバーは総勢8名。助手席に1人、真ん中の列に3人、座席の取り外された後ろに3人という陣営で、私はもちろんシートのない後ろの席である。「床に座るとバランスが悪くて倒れちまうから、そのタイヤに座りな」と教えてくれたのは春日部出身の岡田さん。場所を半分に分けタイヤに一緒に座った宮崎出身の男(以下宮崎さん)いわく、岡田さんは元コッテコテの右翼活動家で、その過激さゆえにまあ色々とあり、今は西成に住んでいるらしい。岡田さんは現金型で来ており寮には入っていないが、宮崎さんはバリバリの飯場暮らし。しかも私と部屋が隣であった。

 バンの中は終始無言。たまに競馬の話が出るくらい(しかも外れた話だけ)で基本的には重苦しい空気が流れている。信号待ちの際、窓から隣の車線に停まっているバンを覗いてみると、同じように行き詰った顔をしている男たちが乗っていた。

 しばらくすると遠くに野球ドームが見えてきた。そういえば松井稼頭央に憧れていた小学生の頃の自分はプロ野球選手になれると本気で思っていた。さらに重苦しい気持ちになると、バンはコンビニの駐車場に停車した。寮に入っている人は朝飯も食べられて弁当の支給もあるが、現金型で来ている人は当然、飯は自分で調達することになる。1日働いて7000円では少し寂しいが、一文無しの訳アリ人間にとってはわずかに残されたすがれる場所。とりあえず飯場に入ってしまえば、食うものと寝る場所には困らないのである。

 バンに乗り込んで約1時間、今日の現場に到着した。老朽化で閉館したデパートらしい。これから10日間、どんな仕事をするかさっぱり分からないが、とりあえずこの建物をぶっ壊して更地にするというのが現場の最終目標である。

聞いたことのあるプロレスラーの入場曲がかかり…

 解体と産廃はもれなくヤクザ関係という話はよく聞くが、S建設は解体業をメインに行っている会社だ。デパートはすでに内装のほとんどが取り払われており、すでに廃墟と化している。天井からは無数の配線が垂れ下がり、壁や床が壊され筒抜けになっている大空間は薄暗く、地下階などはライトがないと足元に空いた穴すら見えない。上から滴り落ちる水滴を避けながら、地下1階にあるS建設専用の休憩室に腰かける。仕事開始までまだ1時間近くある。静寂の中に土工たちの咳やため息だけが響いている。

 始業10分前になったので、1階に上がり朝礼を行う。作業員は全部で100人近くはいるだろうか、S建設のような土工軍団を派遣している業者がもう一つ。クライアントである解体業者のほかにも鳶職人やガードマンもいる。仲良さそうにじゃれ合っている作業員もいれば、すでに現場での自分の居場所を失ったのか、うつむきながらじっとしている人間もいる。

 スピーカーからどこかで聞いたことのあるプロレスラーの入場曲がかかり、続いてラジオ体操が始まった。最後にラジオ体操をしたのは中学校の体育祭だっただろうか。反抗期で嫌々やっていた記憶があるが、その時とはまるで違った気持ちだ。ラジオ体操をやれと言われたらやるし、土を運べと言われたら運ぶ。掃除をしろと言われたらホウキを持ってくるし、タイヤを洗えと言われればホースを伸ばす。

 ここにいる人間は、ただいらなくなった粗大ゴミを壊すためだけの人間。久しぶりのラジオ体操で心なしか身体は軽くなったが、気持ちは暗いままだった。

細かい作業は下っ端の土工がせっせと手作業

 解体作業というものはじつに原始的である。さすがに重機を使って壊していくのだが、細かい作業はすべて下っ端の土工たちがせっせと手作業で行う。ダイナマイトでドカン! と一気に爆破して、粉々になった廃材をブルドーザーで埋め立て地へぶち込んで終わりというわけにはいかない(これはこれで原始的だが)。

 壊せるところから少しずつ手を入れて次はどこを壊せるのかなといった感じで、建設する時とは違って決まった設計図があるわけではない。

 私は1階の外壁周りに配属された。取り壊していく前に外壁に沿って足場を組んでいく必要がある。しかし地中には無数の鉄筋が張り巡らされており、これを取り除かないことには足場を組むことができない。ユンボ(油圧ショベル)で穴を掘り、あらわになった鉄筋をひとつずつ作業員がバーナーのような道具で切断していく。とはいえ穴を掘るにもユンボでは限界がある。ユンボはもちろんのことバーナーを使うにも資格がいるようなので、ここで底辺土工である私の登場だ。

大きな施設を更地にするのは「気の遠くなる作業」

 ユンボが掘った穴をもう一度手で掘り返し、できるだけ鉄筋が浮き出るようにする。地中には鉄筋以外にも取り除かなくてはならない鉄の塊がゴロゴロあり、ユンボの先をドリルに替えてぐちゃぐちゃに潰していく。その際、舞う粉塵をそのままにしていると、地域一帯が粉まみれになり周辺住民からクレームがつきかねない。そこで私がジェット噴射のホースを持って、粉塵を打ち落としていく。ユンボを運転していたクライアント業者(この現場におけるヒエラルキーでは一番上になる)の遠藤さんは、

「このあと盛大にぶっ壊すための下準備や」

 と言っていた。その盛大なるぶっ壊しをこの目で見てみたいものだが、おそらく10日間では到底叶わないだろう。そのくらいこの大きな施設を更地にするのは気の遠くなる作業だった。数年後、見にこようかとも思ったが、敷地の周りは高さ3メートル以上の防音シートで囲まれており、外から現場を覗くことはほとんどできない。この防音シート、下の部分が敷地側に折り込まれるようになっており、ユンボで穴を掘る際にこのままではシートを突き破ってしまう。まずはこのシートを道路側に折り返して、通行人が足をかけて転ばないようにその周りにカラーコーンを立てるというのが私の仕事だ。

すぐ隣を3人の女子高生が通り過ぎたら……

 ゴミや機材を運び、すでに泥だらけになっている姿で道路へと出る。しゃがみこんで防音シートを引っ張り出そうとするが、これが分厚くて重い。ヘルメットを斜めにし、汗をダラダラかきながら必死に地面に這いつくばっていると、すぐ隣を3人の女子高生が通り過ぎた。私には一瞥もくれず、スカートを手で押さえながら歩いて行く。

 現場作業を生業にしている人はいくらでもいる。その中には結婚をして家庭を持っている人もいるだろう。しかし私はあいりん地区の中にあるタコ部屋の最底辺土工。外を歩いているスーツ姿の人間たちとは住んでいる世界が違った。人間として大きな差をそこに感じざるを得なかった。防音シートもすべて引っ張り出したことだし、さっさと現場に戻ろう。

「兄ちゃんこの業界ホンマに初めてなんやな。この仕事で食っていくならいろいろと覚えて資格も取っていかないと話にならんで」

 とバーナーで鉄筋を切っている図体がやたら大きい男が言った。この人、顔も体格もしゃべり方も元力士の高見盛とうりふたつ。高見さんはS建設とは別のドカタ軍団、T組の一員。鈍くさい上にあまりにも視野が狭い。しかし文句も言わずただただ全力で仕事をするタイプなので、周りからはおだてられている。肉体労働の仕事なら、どこにでも高見さんのような人間が1人はいるだろうといった感じだ。

「重機に背中向けるな。そのうち死ぬからな」

「はい。知識も経験も自分には何もないですが、できることからやっていこうと思いますのでご迷惑おかけしますが色々教えてください!」

 ヤクザや前科者扱いをされ、なぜか罪の意識が芽生えつつあった私。自分はどうしようもない人間なのだから力を抜くことなんて許されない。そう思うと頭を下げてお願いすることに何の抵抗も抱かなくなった。相手も同じように一生飯場暮らしのお先真っ暗人間ではあるが、土下座だってできてしまいそうだ。

 ユンボの先に付いているアタッチメントには穴を掘るショベル型と鉄を砕くドリル型の2種類がある。このアタッチメントの交換も私の仕事だった。接合部をピタリと合わせてピンを差し込むのだが、いくらユンボを運転している遠藤さんに指示を出し、穴を合わせようとしても一向にピンが入らない。なんとか入ったところで、ネジ止めの手順もなかなか覚えられず恐ろしいくらいに時間がかかる。

「こういう仕事苦手なタイプか。なんとなくそういう気もしたけど。あとお前、重機に背中向けるな。そのうち死ぬからな」

 怒鳴られはしないものの地味に心に刺さる。アタッチメントの交換ができなければ私など穴を掘って水を撒くことしかできない。休憩時間に高見さんがコーヒーをおごってくれた。

「西成で何かあったら俺に相談しろ」

「アタッチメントの交換は慣れるまでは難しいからな。今でこそ10秒もあればできるけど俺だって初めからできたわけじゃないぞ。もうこの仕事始めて10年近く経っているからな。まあ俺は職人ってわけよ。資格だっていっぱい持っているぞ、ユンボはまだ運転できないがあれだって、あれだって……」

 高見さんはなんというか高校生みたいなメンタルをしている。「西成で何かあったら俺に相談しろ。あの一帯ならヤクザに顔が利く」「俺が本気で怒ったらこの現場の人間たちはみんな逃げだすだろうな」といったことを周りには聞こえないようにこっそり私にだけ言ってくる。今後取った方がいい資格、すなわち高見さんがかなり苦労して取ったのであろう資格をいくつか教えてもらったが、一つも覚えていない。ドカタで食っていく気などないということが大きいだろうが、高見さんの話は「すごいですね」と右から左に受け流さないことには永遠に広がっていきそうなのだ。

 

【続き】「そいつは穴に落ちて死によってん。とんだ迷惑や」鋭利なガラス片が無数に降ってくる命懸け“日給1万円”現場のリアル……を読む

※本書は著者の体験を記したルポルタージュ作品ですが、プライバシー保護の観点から人名・施設名などの一部を仮名にしてあります。

「そいつは穴に落ちて死によってん。とんだ迷惑や」鋭利なガラス片が無数に降る命懸け“日給1万円”現場のリアル へ続く

(國友 公司/Webオリジナル(特集班))

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