“高校野球芸人”かみじょうたけしが見た「2020年の球児が掴んだ夢」休校中に大成長した“無名投手”も…

文春オンライン / 2020年12月29日 11時0分

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今年8月から野球をはじめた小学2年生の息子・元輝(はるき)と。息子が所属する少年野球のコーチをしている。

 小さな頃からの野球少年達の夢「甲子園」。今年突如として現れた新型コロナウイルスによって全ては奪われてしまった。第92回選抜高校野球大会が中止になり、指導者の方々も夏に向けてやるしかないと絞り出すのが精一杯。

 しかしその希望であった夏の甲子園すらなくなってしまい、これまで幾多の困難を乗り越えてきた大人達でさえ、彼らにかける言葉が見当たらなかった。そんな大人達を察してか、僕たちは大丈夫だと明るく振る舞う高校球児をテレビで見る度に胸が張り裂けそうになった。

 小さな頃からの夢、共に競い合った友との約束、ありのままの心……コロナによって奪われたものはたくさんある。

 球児達はそんな困難にどう立ち向かっていったのだろうか。

練習試合で輝いていた履正社の“無名投手”

 今年の7月某日、履正社高校の茨木グラウンドで練習試合が行われるという情報を聞きつけ脚を運んだ。昨夏の甲子園決勝のマウンドにも立ったエース岩崎峻典や146キロ右腕衣笠遼、今年のドラフト会議で指名された内星龍、田上奏大など素晴らしい投手が次々とマウンドに上がる中、僕はある投手に目を奪われる事になる。

 彼の名前は高橋佑汰。ストレートはしっかりコースに投げきる制球力があり、ここ一番では143、4キロを計測。

 決め球の変化球が一切高めに浮く事なく、緩急をうまく使い次々にバッターを翻弄、練習試合に来ていた桜宮や智弁和歌山といった強豪校を完璧に抑えこんでしまった。

 しかしこんなに凄いピッチャーをなぜ今日まで知らなかったのだろう?

 答えは簡単だった。なんと公式戦でのベンチ入りはこれまで一度もなかったのだから……。中止になってしまったセンバツでもベンチ入りメンバーには入っておらず、夏の独自大会で初めて背番号20をもらったそうだ。では、なぜ彼はそうなれたのだろう?

休校期間中に自分の野球を見つめ直した

 その秘密がコロナの休校期間中にあった。一人暮らしをしていた彼は実家に帰省し、改めて自分の野球を見つめ直したという。足の使い方を修正するためにダルビッシュ有投手や前田健太投手など、様々なピッチャーのフォームをスロー動画で研究したり、プロ野球キャンプの練習を調べて同じトレーニングを試してみたりと、とにかく貪欲に自分自身と向き合った。

 その結果、自分の身体の事がわかるようになり、力のため方やフォームのバランスが合うようになったのだという。そして、調子のいい時で130キロ台後半だったストレートは、常時140キロ台を投げられる身体へと生まれ変わった。

 彼は最後の最後で背番号を勝ち取り、初めてベンチ入りした独自大会で大活躍した。特に準決勝の大阪桐蔭戦では3イニングを無失点に抑え、昨秋の雪辱を当時メンバー外だった選手が果たす事となった。(3試合12回1/3、被安打5、15奪三振、無失点)

 もし、休校期間がなく、これまで通りがむしゃらにライバル達と練習の日々を過ごして夏を迎えていたとしたら、はたしてここまで自分に向き合う時間を作れただろうか。

形は変われど、だからこそ掴めた夢もある

「センバツのメンバーに漏れたので、(夏には)絶対に親にいい所を見せたかったんです」(高橋君)

 親元を離れて生活していた高校球児が、久方ぶりに帰った実家で改めて身の回りの世話をしてくれる親の有り難さに気づき、より恩返しをしたいと誓ったのだろう。いつもの春、夏の甲子園はなくなってしまったが、形は変われど、だからこそ掴めた夢も確かにあった。

 8月10日には、新型コロナウイルスの影響で中止となった第92回選抜高校野球大会に出場予定だった32校による2020年高校野球甲子園交流試合が行われた。

「最後まで闘いぬく事をここに誓います」

 川瀬堅斗(大分商業)、井上朋也(花咲徳栄)両主将による選手宣誓の言葉が胸に突き刺さる。普段なら球場にいるはずの僕も自宅での観戦、大観衆もアルプススタンドの応援団もいない普段とは違う甲子園だと思っていた。しかし大会初日の第2試合、明徳義塾vs鳥取城北の一戦を観てそんな思いは消えた。

いつもと変わらない甲子園がそこにはあった

 9回裏ツーアウトから、4番新沢颯真がライトオーバータイムリーで逆転サヨナラ勝ちをおさめる。喜びを爆発させる明徳義塾ナインのすぐそばで鳥取城北エース阪上陸が泣き崩れ、一人では歩けない。何らいつもと変わらない甲子園がそこにはあった。

 そして僕が驚いたのは試合後のインタビューである。勝敗に関係なく、選手、監督ともに周りの皆様に感謝の気持ちしかありませんとの言葉で埋め尽くされた。実際甲子園で試合ができたとはいえ、センバツの代替大会であって、夏の選手権はなくなってしまっている。

 悔しい、ナンバーワンを決めたかった――そんな言葉達がでてきてもおかしくない。しかし彼らは「与えていただいた」その場所に感謝し、なお苦しい自分ではなく、尽力してくれた周りへの感謝でその胸を埋めたのだ。

 そしてこんな事を思う監督もいる。新チームになり秋季兵庫大会で創部初の準優勝を果たし、来春のセンバツでは21世紀枠での選出があるかもしれない東播磨高校の福村順一監督だ。「旧チームの3年生が独自大会でベスト8。彼らの背中が確実に新チームにいい影響を与えました」

球児にとっては苦しくもかけがえのない1年だった

 たくさんの大切なものが奪われてしまったかもしれない。しかし奪われっぱなしで黙ってられるかと、その期間に努力を重ね、夢を勝ち取った球児もいた。苦しい事があったからこそ周りへの感謝を学んだ球児もいた。そして自分達の生き様が、後輩達へ素晴らしい影響を与え、自分達がなし得なかった夢を後輩達が繋げてくれる。

 野球というスポーツで将来ご飯を食べていける人はごく僅かだ。しかしその野球を通して学んだ事は、自らの人生に繋げられる。この苦しくもかけがえのない1年を過ごした球児達には必ず輝かしい人生が待っている。

 ゲームセットと言われても諦めなかった彼らなのだから。

(かみじょう たけし)

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