元祖“おバカ女王”鈴木奈々(32)が芸能界で一番怒られたTGCランウェイの「体張りすぎ事件」

文春オンライン / 2021年1月4日 17時0分

写真

鈴木奈々 ©️文藝春秋

鈴木奈々が吐露した32歳の異変「エゴサーチすると『最近見ない』って…」《元“隠れ視聴率女王”》 から続く

「私、バラエティー番組でNGナシだったんですよ。トークが苦手なんで、体張って全力でがんばるしかないと思って。でも最近は大股開きで転ぶのとかもちょっと違うかなって思って『チクビ長いんですよ』って言ってたら、その番組をたまたま加藤茶さんが見ていて、『奈々ちゃん、女の子なんだからチクビの話はしちゃダメだよ。自分を大切にしな』って。だから今はチクビの話だけはNGです(笑)」

 そう語るのは、おバカキャラでブレイクし、2010年代後半の「隠れ視聴率女王」と呼ばれた鈴木奈々(32)。出身は茨城だが、高校3年生の時に渋谷でスカウトされ、ギャル系ファッション誌「Popteen」で読者モデルとしてデビュー。(全2回の2回め/ 前編 を読む)

テストは0点ばっかりでした

 2011年に23歳で「踊る! さんま御殿!!」(日本テレビ系)に初出演すると、「新おバカタレント」として底抜けの明るさで一躍人気に。しかし現在も茨城で暮らし、都内へは往復生活を続けている。知られざる私生活と「おバカ」の行方について話を聞いた。

——鈴木さんは高校生の時にスカウトされて芸能界入りしていますが、当時はどんな高校生だったんですか?

鈴木 本当にバカで勉強できなくて、テストは0点ばっかりでした。高校には毎日行ってたんですけど、私の教科書はギャル雑誌で、1時間目が「Ranzuki」、2時間目が「egg」、3時間目が「Popteen」みたいな感じでした。みんなが英語や数学の勉強をしてるときに、私はファッションやメイクの勉強をしてました。それで9科目でオール1を取って退学になりました。でも退学になる前に、夢が叶ってギャル誌のモデルになれたんですよ。

握手会で益若つばさからスカウト

——デビューのきっかけは渋谷でのスカウトということですが、109とかそういう場所ですか?

鈴木 大好きだった益若つばさちゃんの握手会に行って、本人にスカウトしてもらって「Popteen」の読者モデルになったんです。でも18歳から23歳まではずっとフリーで読者モデルをやってました。当時は事務所に入るのがちょっと嫌だったんですよね。なんか「彼氏は作っちゃダメ」「これやっちゃダメ」とか色々細かく禁止される先入観があって、縛られると思っていたんです。今の事務所に入ったのは、先輩モデルだった小森純ちゃんに誘ってもらったから。自由にできなさそうだったら辞めればいいや、と思って入りました。でも今の事務所はマジ自由で最高です。禁止されることも全然なくて、だから自分らしくやってこられたんだと思います。

ドッキリでパイを投げつけられて「よかった」

——ファッション誌のカリスマ専属モデルとテレビのギャルタレントは色合いが違う仕事だと思うのですが、抵抗とか難しさはあったんですか?

鈴木 抵抗なんて全然ないです。バラエティーで体を張ると「奈々ちゃん見て元気がでた」「笑顔になれた」とか、そういうメールが事務所に届くんです。以前、仕事が上手くいかなくて借金を背負って自殺しようとしていた男性の方が、私がドッキリ番組で生クリームのパイを投げつけられてるのを見て、「生きる勇気が湧いた」って言ってくれたんです。NGナシでバラエティーやっててよかったなぁって思えた瞬間でした。

——鈴木さんのリアクションはたしかに常人離れしています。あのリアクションは何か秘密があるんですか?

鈴木 体を張る収録の前はよく出川(哲朗)さんに相談します。だいたい「奈々ちゃんらしく、やれば大丈夫だよ」って言ってくれるんですよ。終わった後も「あのリアクションよかったよ」とかすごく褒めてくれて。出川さんはカメラが回ってなくても噛み噛みで、結婚前のモテた武勇伝を何度も聞かされるので、私も「エー! スゴいですね」って、初めて聞いたリアクションで毎回返してます(笑)。本当に大好きで、人間として尊敬しています。

ガッツリ怒られたTGCの記憶

——逆に、芸能界の仕事で一番怒られたのはいつですか?

鈴木 一番は東京ガールズコレクションですね。ブランドの服を着てランウェイを歩くんですけど、たまたまバラエティー番組の密着取材が入ってたんですよ。その番組のスタッフさんに本番直前に、「奈々ちゃん、ステージでやってくれますよね」って言われて。

「うわー。これはスタッフさんの期待に全力で応えたい」と思ってしまって。私はブランドを背負っているのにステージを走ったり、手や頭を回したりして暴れました。

 でもそんなことしたら、服や鞄がまったく見えなくて素敵な服のイメージも崩れちゃいますよね。ファッションショーはカッコよく決めなくちゃいけないのに、「あれはやり過ぎ!」と、事務所にガッツリ怒られました。ファッションの仕事とバラエティーの仕事は別なので、分けないとダメだった。にこるんやみちょぱは、そこがちゃんとしてますよね。でも私、言われるとやっちゃうんですよ……(笑)。いつか、もう一度ランウェイを歩くのが夢です。

「私の拠点は旦那さん」

——東京のお仕事が多いと思うのですが、現在も茨城にお住まいだと聞きました。何か理由はあるんですか?

鈴木 出身地だから愛着もありますし、茨城に旦那さんの会社があって、私の拠点は旦那さんだからです。電車で移動することが多いんですけど、常磐線って終電が早いので収録が終わったらすぐに帰らないといけないんですよ。実は都内に住んでるんじゃないかと疑われて週刊誌の人に尾行されたことがあるんですけど、記事には「鈴木奈々は本当に常磐線に乗って帰って行った」って書いてありました(笑)。

——ギャルというイメージと違って、そこは堅実なのが興味深いです。

鈴木 芸能界っていつどうなるかわからないので、家も賃貸マンションです。旦那とは、仕事がなくなったら生活を切り詰めればいいよねって話をしますし。でもずっと夢だった「両親に家をプレゼントする」のは25歳のときに実現できました。高校を退学になった後も通信高校に入れてもらい、モデルやタレントの仕事も私がやりたいことを応援してくれて、両親には本当に感謝してるんです。

逆プロポーズ、からの……

——ますます堅実です(笑)。結婚も25歳だった2014年ですから早めですよね。そのタイミングで結婚を決めた理由はあるんですか?

鈴木 旦那さんは中学の同級生で、20歳のときに成人式で再会して付き合い始めました。仕事で終電がなくなった時、茨城から都内まで迎えに来てくれたこともあります。3年くらい付き合って、私から逆プロポーズしたんですよ。そしたら「俺のタイミングで改めてプロポーズさせてほしい」って言われて、その1年後にプロポーズしてくれました。

 今は生活費も折半で、旦那さんが家賃と光熱費を払ってくれて食費は私です。ケンカもしないし、怒ったところを見たこともない、私にはもったいない人です。結婚して7年目、2人の時間も楽しんだので、そろそろ子供が欲しいねっていう話をすることもあります。いつか太陽のように前向きな、私の母親のようなママになりたいなって思ってます。

「ギャルは一途なんですよ(笑)」

――芸能界では不倫などの家庭トラブルも多いです。鈴木さんの家庭はその心配はなさそうですね。

鈴木 私は絶対に不倫しないです。旦那さんが大好きですし、仕事に迷惑もかけられないじゃないですか。今までがんばってきたことがマイナスになっちゃうし、ギャルは一途なんですよ(笑)。にこるん、みちょぱ、ゆきぽよちゃんたちもそこは同じだと思いますよ。

 旦那さんを傷つけたくないし、仕事関係の人たちにも感謝してるので裏切るのはちょっと考えられないですね。

30歳で「つけまつげ」は卒業

——最後に、ここからの人生のプランや目標を聞かせてください。

鈴木 30歳になって「つけまつげ」は卒業しましたけど、カラコン、ギャルメイクは止められませんね。最近は毎年「女が嫌いな女ランキング」に名前がランクインしていて、いつか女性に憧れられる女性になりたいなと思ってます。ジムに行って引き締めて、メイクやオシャレも勉強し直して田中みな実さんみたいに脱ぎたい(笑)。毎日おっぱいマッサージしてナイトブラつけてたら、最近AカップがCカップになってお椀みたいにクッキリしてます。もう一度ファッション誌の表紙を飾る夢と、バラエティーで体を張るのと、両方とも私らしく体張っていきます!

 18歳で芸能界に飛び込み、芸人でもアイドルでもない彼女が体を張って唯一のポジションを掴み取った。そんな鈴木奈々も結婚して32歳になり、「おバカ」の次のステップへ進もうとしている。インタビュー終了後に彼女はこう語った。

「私にできることって本当に少ないんですけど、できることはいつも全力でやりたいなって思ってます。『こんなことしてみたらいいんじゃない?』っていうときは教えてほしいですね。覚悟だけはできてるんで」

 会った人を一瞬でファンにさせる鈴木奈々の、新たな魅力が開花するのが楽しみだ。

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

×

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング