“人権問題を無視する日本”の印象が付く? 慰安婦裁判「賠償金」の出どころ

文春オンライン / 2021年1月6日 12時0分

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 新たな火種になるのか。

 元慰安婦とその遺族らが日本(国)を相手に起こしていた裁判の一審判決が1月8日と13日に相次いで言い渡される予定で、その判決の行方が注目されている。

1月8日の原告は「ナヌムの家」側の元慰安婦とその遺族

 8日の裁判の原告は、社会福祉法人「大韓仏教曹渓宗ナヌムの家」の元慰安婦とその遺族12人。この中には故人も含まれている。

 2013年8月にソウル中央地方裁判所へ日本政府を相手に1人当たり1億ウォン(約950万円)の損害賠償を求める民事調停を申請し、16年1月に裁判に移行した。昨年4月に第1回の口頭弁論が開かれている。

 申請は、2015年12月に日韓政府で合意した「慰安婦合意」前になる。その背景について原告側の金江苑弁護士に話を聞いた。

「訴訟は是非を問うものですから、相互で譲歩が可能であり、柔軟性がある調停を申請しました。

 調停を申請した2013年の2年後は2015年。韓国でいう解放、日本でいう終戦から70周年、そして、韓国と日本が締結した韓日基本条約からは50周年にあたる意味のある年で、この年に解決できるよう動き始めました」

 その後、日本政府は書類を受け取らなかったため、2016年1月にソウル中央地裁の判事が調停不成立とし、裁判に移行したという。金弁護士はナヌムの家の顧問弁護士を20年前から務めており、「私の母親も幼い時に(慰安婦として)連れていかれそうになり間一髪で逃げてきた経験がありまして、この裁判に使命感を持っています」と言う。

日本政府は「国家免除」を主張

 8日の裁判で争点となるのは、日本が主張する「国家(主権)免除」を認めるか否かだ。「国家免除」とは、ある国の裁判所が他国を訴訟の当事者として裁判を行うことはできないというもので、国際法では原則とされている。日本政府はこの「国家免除」の立場から裁判が成り立たないとして、ソウル中央地裁から送られた訴状の受け取りも拒否してきた。

 ソウル中央地裁が2019年4月に公示送達とみなす手続きを行い、その効力が発生し、昨年4月に最初の裁判が開かれた経緯がある。

 日本が一貫してきた「国家免除」という立場については韓国内の専門家の意見も分かれる。「国際法や国際協約などに照らし合わせると管轄権なしとなり、日本は国家免除となって棄却される可能性が高い」という意見があれば、「国際法は発展段階でもあり、ケースによって適用されるか否かも変わってきている。今回の場合は、日本は国家免除とはならない」という見方もある。

「人権問題については国家免除は認められない」との考え方も

 オ・スンジン檀国大学教授は「裁判所がどのような判断を下すのか、予想することはとても難しい」としながら、こう語った。

「国際法の伝統的な原則に照らし合わせれば、その国で起こされた裁判で他国を相手にした訴訟は成り立ちません。ただ、国際社会では伝統的な概念が間違っていたとする判決がでており、欧州では人権問題を扱う裁判については国を相手に訴訟は可能とする概念も少数ではありますがでてきています」

 その例としてあげられるのが、イタリアとドイツ間で行われた裁判だという。今回の裁判でも原告側はこのケースを引用している。

 これは、戦時中にドイツに捕らえられて強制労働させられたとするイタリア人が、1998年、イタリアの裁判所にドイツを相手に損害賠償を求め提訴したもの。ドイツは「国家免除」の立場をとって裁判却下を求めていたが、イタリアで行われていた裁判は一転二転しながらも、イタリア最高裁判所で原告勝訴の判決が確定した。ドイツは2008年、「イタリア最高裁の判決は国際法上の義務に違反している」として国際司法裁判所(ICJ)に提訴し、2012年にドイツの訴えが認容されている。

 ICJの判決を受けてイタリアでは判決受け入れのための法改正をしたが、その2年後の2014年、イタリアの憲法裁判所は、イタリアの憲法により保証されている裁判を受ける権利を侵害しているとして、ICJの判決を違憲とし、「被害者を救済した」(韓国の国際法専門家)という。また、「ドイツは原則的には国際法により勝訴しましたが、イタリアの憲法裁判所の判決のほうが国際的には注目を集めました」とオ教授は話す。

8日の判決で日本政府が賠償を命じられたら

 では、8日の判決が、日本の「国家免除」を認めず、日本政府に賠償を命じた場合はどうなるのか。オ教授は言う。

「原告が勝訴した場合は、日本は国家免除になるかどうかを争点にして控訴できるでしょう。ICJにかけるには両国の合意がなければなりませんから、交渉によって問題を解決するのか……。そもそもまだ一審ですし、最高裁まで進まないと判決は確定しませんが、もし原告が勝訴して、日本が控訴せず判決が確定すれば、次の段階は執行行為となります。

 韓国内の日本国の資産が対象となりますが、他国の、たとえば、大使館や領事館のような公的なものは執行対象にはなりません。相手は『企業』と違って『日本国』ですから、原告側は公的目的で使われていない資産を探さなければなりません」

賠償金の出どころは

 三菱重工業を相手にした2018年11月の徴用工裁判では原告が勝訴し、原告側は韓国内の三菱重工業の資産として「特許権と商標権」の差し押さえ命令を裁判所に申請し認められたが、三菱重工業は昨年暮れにこれに抗告している。今回の元慰安婦の裁判では、執行対象として、駐韓日本大使の自動車などがその対象になるのではないかと見られている。

 韓国では過去、韓国内の米軍基地で働いていた韓国人被雇用者が、不当解雇されたとして起こした裁判で原告が勝訴し、財産の差し押さえが執行されたが、その対象となったのは米国政府が韓国の銀行にプールしていたビザの手数料だった。結果的に米国政府がこれを認めたため、賠償金が支払われたケースがあったという。

13日の原告は「正義連」側

 13日に判決が予定されている元慰安婦の裁判は、2016年12月、前「挺身隊問題対策協議会(挺対協)」、現「日本軍性奴隷問題解決のための正義記憶連帯」が支援する元慰安婦とその遺族ら20人(現在)が日本を相手に1人当たり2億ウォン(約1900万円)を求めて提訴したものだ。原告には、昨年5月に挺対協の尹美香元代表の寄付金使途不明疑惑などを告発した李容洙さんも名を連ねる。

 李さんは昨年11月11日の口頭弁論に出席した際、切々と次のように訴えていた。

「今まで何度も国対国で解決してくれると信じてきました。けれど、日本は(私たちが)みんな他界することを待っているだけで、韓国も積極的に取り組まず、対策も立てないので、この悔しさを法へ訴えるためにここにいます」「この慰安婦問題はユネスコに登録されなければなりません。これからの人にこの歴史を知らせなければいけません」

 この判決の行方では、国際法がどう解釈されるかという点も注目されている。李さんの訴えを聞いていると、慰安婦問題が人権問題として再び、国際的な関心を集めるところにもあるように思う。

2015年「慰安婦合意」との整合性は

 日本と韓国が2015年12月28日に合意した「慰安婦合意」との整合性はどうなるのだろうか。

 この合意により日本政府が10億円を拠出して設立された「和解・癒し財団」からは、当時存命していた47人の元慰安婦の中で35人が1人当たり1億ウォン(約950万円)、遺族64人が1人当たり2000万ウォン(約189万円)を受け取っている(韓国女性家族省)。この99人が原告に含まれているかどうかについて前出の金弁護氏に聞いたが、名簿が公開されていないので分からないという答えだった。

 文在寅政権に入って、合意過程には当事者である元慰安婦が関わっていなかったという立場から検証チームが作られ、18年11月には「和解・癒し財団」を解散することを一方的に決め、19年1月、財団は事実上解散させられた。

 さらには、同じ年の12月には、「慰安婦合意は違憲」として元慰安婦らが韓国の憲法裁判所に提訴した。憲法裁判所は訴えを却下したが、その理由を「法的拘束力のない政治的合意にすぎず条約ではない。従って被害者の基本権を直接侵害するものではない」とし、韓国ではこれをもとに今回の裁判との「整合性についての問題なし」と解釈されている。

国際社会には「人権問題を無視する日本」という認識も

 中道系韓国紙記者は言う。

「元慰安婦被害者が求めているのは日本の首相の謝罪とそれに伴う賠償です。慰安婦合意ではその合意過程に自分たちは存在せず、謝罪もなかったと主張しています。確実な内容でなければ、人権問題という観点からこうした裁判は今後も続くのではないでしょうか」 

現在、存命している元慰安婦は16人といわれ、意思疎通がはっきりとできる人は少ないといわれる。 

 支援者側の声は大きくなるばかりだろう。

 昨年9月、ドイツ・ベルリンに設置された少女像を巡り日本政府は強く抗議したが、現地の支援者が中心となり異議申し立てされ、結局、設置された。国際社会には「人権問題を無視する日本」という認識だけが残った。

 相手が納得しない謝罪は謝罪ではないという反論もあるだろうが、韓国社会では「女性のためのアジア平和国民基金」や「慰安婦合意」についての詳細は広く知られていない。

 日本はまず韓国社会に向けて日本が積み重ねてきたことを広く知ってもらうよう働きかける時ではないだろうか。

(菅野 朋子)

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