「3日間遊びに行って21回ヤッた」アジア最大の“売春島”で起きたおぞましい買春の実情

文春オンライン / 2021年1月11日 17時0分

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 総面積100平方キロメートル弱、人口約2万人、そのうち性産業に従事する女性が2,000人……。アジア最大規模の“売春島”として名をはせた島が、かつて中国に存在した。中国は計画生育政策(いわゆる「一人っ子政策」)のもとで生殖をはじめとした人民のプライベートな部分まで規制することを望み、また言論統制のなかでポルノコンテンツの発表も限られる。そんな国で、なぜこのような島が誕生し、発展したのだろうか。

 中国をメインテーマに硬軟とりまぜた執筆活動を行うルポライターの安田峰俊氏の著書『 性と欲望の中国 』を引用し、アジア最大規模の“売春島”の様子、そして実際に行われていた衝撃のやり取りを紹介する。(全2回の1回目/ 後編 を読む)

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荒淫島

 ──監獄島に流人島、海賊島。

 人類の歴史上、海や湖に浮かぶ島は、収容所がわりに使われたり、閉鎖的な環境を利用してイリーガルな活動や反乱の拠点にされたり、半独立国のような怪しげな社会を形成したりする例が多かった。

 陸地から離れた場所にある島は、外部に脱出できるルートが事実上は船しかない。なのでひとたび島内に入ってしまった人は、自由に外へ出られない。逆に陸地から官憲が取り締まりにやって来ても、彼らが上陸するまでのタイムラグを利用して、見られるとまずいものを隠したり、海上に逃げたりすることも容易である。

 日本でも過去、明治時代に民間の製糖会社が沖縄県の離島(大東諸島)を所有し、島内で独自の紙幣を発行して出稼ぎ労働者を土地に縛り付け、独裁統治を敷いた事例がある。また、三重県志摩市の海上にある渡鹿野(わたかの)島は、停泊する長距離船の乗船者向けの夜伽(よとぎ)の島として江戸時代から知られており、戦後の高度成長期にはヤクザが仕切る売春島として名を馳せた(現在は衰退が著しいという)。イギリスでも、グレートブリテン島南東部の海上にある英国海軍の遺棄構造物に勝手に移住した元軍人が1967年に「国家独立」を宣言し、シーランド公国という自家製の国家モドキを作った例がある。

 いっぽう中国の場合、怪しげな島が多いのは浙江省以南の華南沿岸部だった。この地域は福建省沿岸を中心にリアス式海岸が続き、しかも首都の北京から遠く離れているため、歴史上しばしば倭寇や海賊の拠点になったのだ。17世紀に清朝に反抗した鄭成功(ていせいこう)の勢力や、1949年に国共内戦に敗れた後の中華民国政権が、この地域の島嶼部を長期間にわたり大陸反抗の拠点にした(中華民国の場合、福建省の馬祖島・金門島付近の島嶼を現在まで大陸側領土として維持している)のも、それだけ介入が困難な土地だったからである。

 これは中華人民共和国の建国後も同様だ。たとえば1990年代の福建省北東部の福清市は対日密航が盛んだったが、密航用のコンテナ船はこうした海岸の半島先端部や島嶼部から出航していたとされる。また、銃や麻薬・その他の禁制品(ワシントン条約で禁じられた絶滅危惧動物など)の密輸にも、官憲の介入を招きにくい福建省や広東省の島嶼部がしばしば活用されていた。

 そんなアナーキーな華南の島嶼部のなかでも、とくに有名な怪しい島がある。

 広東省西部の海上に位置する「下川島(シャーチュワンダオ)」である。

 なぜなら往年の下川島は、かつての三重県の渡鹿野島をしのぐ、アジア最大規模の売春島だったためだ。最盛期はひとつの島のなかに2000人以上のセックスワーカーの女性がひしめき、島に来た男性たちがそんな女性たちをオール・ヌードではべらせて海で泳ぐなど、外界から隔絶された島にふさわしいメチャクチャな遊びがおこなわれていたとされる。

 下川島について、香港・台湾などのメディアにおけるあだ名は「荒淫島(ホアンインダオ[荒淫の島])」。その地名は日本においてすら、一部のマニアの間では有名だった。

スケベ台湾人のパラダイス

 初期の下川島を開拓したのは台湾人だった。1990年代の後半からは、企業家や駐在員など中国大陸に居住する台湾人(台商[タイシャン])の来島者だけではなく、セックスワーカーの女性だけを目的に、わざわざ台湾から島にやってくる人が増えはじめたのである。

 2001年には、センセーショナルな報道内容で定評がある香港系週刊誌『壹週刊』台湾版の第10号が、「大陸直撃台湾男人蜂擁荒淫島(中国大陸で直撃! 台湾人男性が殺到する『荒淫の島』)」と題して、年間で延べ10万人近くの台湾人買春客で賑わっていた下川島のカオスな状況をレポートしている。同誌の記者が身元を隠す形で、いち参加客として台湾から下川島行きの買春ツアーに紛れ込んだのだ。

買春ツアー団たちの様子

 以下、記事の一部を翻訳して引用してみよう。まずは台湾の中正国際空港(現・桃園国際空港)にやってきた、買春ツアー団たちの様子である。

〈 すでに2度、下川島4泊5日ツアーに参加しているという鄭は、やってくるやいなやガイドと場慣れした様子で談笑しはじめた。私たちのようなビギナーを見て、38歳の鄭は得意げな様子を隠さずに言った。

「下川島へは今年で3回目の出撃だぜ。前回は3日間遊びに行って21回ヤッてやった。今回は記録更新を狙うぜ」

 みんな、それを聞いて笑う。買春男たちがお互いに仲良くなるのは、じつにあっという間なのである。

 談笑するうちにツアーの他の参加者も続々とやってきた。70歳になろうかという老人が遠くのほうに姿を見せて、ガイドに向けて手を振って挨拶した。「おいおい、あんなジイさんが参加するなんてマジか? 死なないか?」。心のなかで叫んだ私の訝しげな表情を見て、ガイドが「70歳から始まる人生だってあるのさ」と私の肩を叩いて言った。〉

 当時、台湾には30以上の下川島ツアー専門の旅行会社が存在し、ツアー参加者だけで毎日300人以上、さらに個人旅行で毎日数十人もの台湾人男性が島に上陸していた。島内の観光収入の7割を台湾人が占めるに至っていたともいう。一昔前に日本人男性が大挙してタイやフィリピンへ買春ツアーに向かっていたのと、あまり変わらない行為を台湾人男性もやっていたわけである。

セックス・バカンスのために遠路はるばる向かう島

 ただし、日本人にとってのタイやフィリピンは言葉が通じないが、台湾人なら中国大陸でも言葉が通じる。加えて当時の台湾人男性には、過去の歴史的な経緯もあって中国大陸の女性に対して独特のフェティシズムを覚える人も多かった。

 ボッタくりや盗難に遭うリスクが比較的低く、また相手とのコミュニケーションに支障がないことから、女性と性行為以外の時間を一緒に過ごすことも苦にならない。加えて、仕事で訪問したついでに夜遊びをおこなう人も多かった東莞とは違い、下川島の場合は最初からセックス・バカンスを過ごすことだけを目的に、遠路はるばると向かう場所だった。

 そのため下川島の性産業は、男性が置屋にいる遊び相手の女性を1晩から数日間ブッキングして過ごせる形式のサービス「代妻(ダイチー)」が主流になった。2001年当時、島内で男性が女性と遊ぶ場合は、「短打(ドゥアンダァ[ショート])」が200元、女性と24時間一緒にいる「過夜(グォイェ)」が400元だったという。

長寿を求めて少女を探す台湾老人

 記事によると、2001年当時の下川島で働いていた女性たちの約7割は湖南省出身で、次が四川省出身と、中国内陸部の貧しい地域の出身者たちが大部分を占めた。対して島を訪れる台湾人男性は、多くが50歳以上の「欧吉桑(オウジィサン[おじさん])」だった。『壹週刊』記事はこう紹介する。

〈 王府洲度假区(休暇村)内のビーチでは、ビール腹を突き出して少女の手を引いて歩いている中年男性をどこでも見ることができる。なかには白髪頭の「祖父と孫」のような組み合わせも少なくなく、とくに人目を引く。(記者と)同じツアー団の簡さんはすでに御年68歳、顔と手には老人斑が浮かぶ。彼は20歳ほどの四川省出身の女性の手を引いてビーチをゆっくり歩き「若いのはいいぞ」と、前歯がすべて抜けた口を開けて上機嫌で大笑いした。

 簡さんは「ここの女性は純朴で騙してこない。数百元をあげれば何でもできるし、ときには2~3人を全部連れ出して、一緒に食事をして眠っても、1000元もかからないんだ」と話した。〉

 18年も昔の話とはいえ、なかには明らかに犯罪的なエピソードもある。

 一昔前までの中華圏では、老人が若い娘と交わると陰陽の気が相互に補われて長寿の効果があるといった民間信仰が存在した。たとえば晩年の毛沢東も、回春を目的として未成年の生娘(きむすめ)との性行為に励んでいたと伝えられる。下川島もまた、台湾の老人たちのそうした需要に応える土地であったのだ。『壹週刊』の記者は、島内で少女にも直接取材し、こう書いている。

〈 今年で14歳、湖南省から来た少女のティンティンは、おそらく下川島で最も若い妓女である。十数センチのハイヒールを履き、ティンティンは一日中海辺に立って客を引き暮らしている。

 ティンティンは下川島に来てまだ半年あまりだ。同郷(の女性)から、村の外で働き口があると言って騙されてしまった。果たして、彼女は故郷を後にして、車に乗り船に乗り、下川島にやって来てからはじめて「小姐(シャオジエ[売春婦])」になることを知ったのだった。当時13歳だったティンティンは身体の成長も十分ではなく月経すら来ていなかったが、ある台湾人の老人に4000元(当時のレートで約6万円)で「水揚げ」されることになった。

 その後、(彼女を騙した)同郷(の女性)にお金をすべて持ち逃げされ、ティンティンは故郷に帰ることもできなくなり、島で小姐になって交通費を貯めるよりほかなくなった──。だがしばらく経つと、ティンティンは非常にカネが稼げることを知り、なんと故郷に帰りたいとは思わなくなってしまった。〉

 記事中では、中華民国陸軍の元将校という80代の外省人の老人が、17歳の中国人少女の手を引いて歩いていた──、といったグロテスクな光景も紹介されていた。この老人は負け戦に終わった往年の国共内戦に参加してから約半世紀後、買春ツアーに参加して大陸を再訪し、「共産中国」の貧しい少女を連れ歩いていたわけだ。

日本人、襲来

 やがて2010年前後になると中国経済が成長したこともあって、下川島の様子はゼロ年代前半ほどメチャクチャではなくなり、ファミリー向けのビーチリゾートとしての開発も進みはじめたが、それでも売春島としての顔は消えなかった。かつては台湾人の中高年男性だけの秘密の園だった島に、日本人の姿が目立ちはじめたのもこの頃からである。

「いちばん好色なのは日本人客だ」

 たとえば香港紙『東方日報』の記事(前出)は、2010年秋に広州アジア大会の開催を控えた広東省中心部の売買春摘発政策を受けて、広州や深センで性産業に従事していた女性が下川島に流れ込んでいると報じつつ、来島する日本人男性たちの様子をこう書いている。

〈 台山の上川島・下川島はかねてからずっと台湾と日本のセックスツーリストの天国であり、毎日島にやってくる台湾や日本の旅行客は100人を下らず、フェリーから下船するやすぐにグループを作ってお楽しみを探しに出かける。

 現地で性産業に従事する女性いわく「女性を目的に島に来るのは中年の台湾人男性が最も多く、それに日本人客が次ぎ、香港人はここしばらく減っている。ただ、いちばん好色なのは日本人客だ」という。

 言葉が通じないことから、日本人客は気に入った女性がいるとすぐにたどたどしい中国語で「ヅオアイ、ヅオアイ」(注・性行為を意味する中国語)と話し、それから会話帳を取り出して、専門用語に指差しをおこなって料金の条件を交渉するという、非常に慣れた行動をおこなう。〉

下川島を紹介する日本の書籍も存在した

 下川島での買春行為を紹介する日本語の書籍すらあった。たとえば2009年7月、オークラ出版から刊行されたガイドブック『香港マカオ夜遊びMAX』(ブルーレット奥岳著)は、メイン地区である王府洲旅遊区のマップ付き(置屋だらけである)で、下川島を8ページにわたり特集している。

 当時、事実上の性産業特区となっていた王府洲旅遊区へは入場料40元が必要だった。同書が紹介している旅遊区内の様子は以下のようなものだ。

〈 ショートで遊べば、事が終われば女のコは帰って行きますが、ゆっくり休ませてくれるほど甘くはありません。女のコを帰して1~2時間も経たない内に別の女のコが部屋に襲来! 遊んでくれるまで帰ってくれません。この波状攻撃を避けるには、女のコを帰したらスグに外出するしか手はないのですが、外出したら外出したで、今度は町中にある置屋の女のコたちの熱烈歓迎に翻弄されることになります。食堂へ行けば女のコたちに囲まれながら食事をするハメになりますし、道を歩けば腕を引っ張られる。海辺の遊歩道へ逃げ込んでもどこからともなく女のコたちが集まって猛アタックされてしまいます。(略)とんでもない島に思われるかも知れませんが、男にとってこの強引さは、至福の時でもあるのです。〉

 媒体の性質もあって「熱烈歓迎」ぶりが強調されている。ただ、実際のところ日本人客は言葉が十分に通じないうえ、チップの支払いに吝(しわ)いこともあって、置屋のママやセックスワーカーの女性からは台湾人客に対しておこなっているような女性の長時間ブッキングが嫌がられる例もあったようだ。

「時間と心の余裕がある人向けの場所ですね」

 3ページ目の写真を提供してくれた、海外性風俗ブログ運営者の「まりりん」氏は2013年、留学先の香港から下川島を訪れている。「当時の時点ではショートが300元でロングが600元。一応はロングが基本なのですが、言葉が通じにくいなどして相手との相性が悪い場合は、途中で帰られてしまうこともありました。日本人が、性行為だけを目的にして行く場合は微妙だったと思います。開放的な雰囲気の島で、プロっぽくない中国の田舎の女の子と食事をしたり海で遊んだりすることも楽しめるような、時間と心の余裕がある人向けの場所ですね」

 実際に島に行ったとみられる日本人のインターネット上の体験談を読んでみても、わざわざ時間と交通費を使ってまで下川島に行く意味があるのかを疑問視している意見が少なからず見られる。もともと、下川島の性産業は同じ中華圏の台湾人中高年のライフスタイルに合わせて発達してきたので、日本人との相性は必ずしも良くなかったようだ。

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※本記事の著者の安田氏の新著、有名女優チャン・ツィイーの枕営業疑惑から中国大陸のキリスト教弾圧まで切り込む『 現代中国の秘密結社 』(中公新書ラクレ)は2021年2月10日刊行予定、群馬県のベトナム人豚窃盗問題と技能実習生問題の真の闇を暴く『「低度」外国人材』(KADOKAWA)は同年3月3日刊行予定です。

 

“爆買い”から“爆セックス”へ…中国人向けアングラ「日本買春7泊8日ツアー」の実態 へ続く

(安田 峰俊/文春新書)

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