「変異株でコロナ感染爆発。日本は英国の失敗をなぞっている」WHO事務局長上級顧問が緊急提言

文春オンライン / 2021年1月7日 9時0分

写真

菅首相への提言を寄せた渋谷健司氏(WHO事務局長上級顧問) ©時事通信社

はびこる「PCR検査拡大は不合理」説を公衆衛生の第一人者が論破!【偽陽性の問題はほぼ100%ない】 から続く

感染対策と経済の対立では「出口」は見えない

 コロナ感染拡大が止まらない。それもそのはずだ。人の接触が減っていないからだ。人が移動し接触すれば、ウイルスは確実に広がる。2020年秋、筆者は2度目のロックダウン中の英国から一時帰国したが、隔離明けに東京の街に出た12月初旬には、その人出の多さに驚き、恐怖さえ感じた。その後、東京や各地の感染者数は激増している。

 筆者は自粛を回避するためには、検査・追跡・隔離を拡大し、感染拡大の早期に徹底的にコロナを抑え込むこと、それが最大の経済対策であることを繰り返し述べてきた。しかし、日本では、Go Toキャンペーンで旅行や外食を促し、その一方で国民へ自主的努力をお願いするという曖昧なメッセージが発せられてきた。これでは国民が混乱し、不信感が広がるのも無理はない。信頼こそがコロナ対策の上で、政府にとって最も大切な武器である。

 菅義偉総理は1月4日になってようやく緊急事態宣言の検討に入った。緊急事態宣言については、現行の法的枠組みでは強制力がほとんどなく、国民がコロナ慣れした現状では効果は限定的との指摘もある。また、多くの権限が与えられている東京都等がさらなる対策を進めておくべきだったとの批判もある。こうした点を踏まえても、感染者がここまで増加し医療が逼迫している以上、緊急事態宣言は当然だ。

コロナ対策徹底のアジア圏諸国を見れば明らか

 しかし、スピード感と危機感に欠けていると言わざるを得ない。コロナ対策は数と時間との勝負だ。後手に回れば回るほど感染制御は困難になり、自粛やロックダウンを広範囲に、しかも長期間実施せざるをえなくなり、結果として、経済へのダメージがより大きくなる。

 世界的第2波を逃れ、経済を回しているニュージーランドや台湾、ベトナムなど徹底したコロナの封じ込めを行ったアジア圏諸国の経済状況を見れば明らかなように、「ゼロ・コロナ(市中感染をゼロ付近に抑え込む)」対策こそが経済活動を維持するために必須だ。日本のように「ウイズ・コロナ」で一定の感染を許容してしまうと、結局は自粛要請や緊急事態宣言を繰り返し、社会経済活動は悪化していくだけだ。

コロナ慣れと変異株による感染拡大に苦しむ英国

 日本には英国の失敗から是非学んでほしい。英国のイングランドは1月5日から3度目の全国的ロックダウンに入った。2度目のロックダウンを12月2日に解除したばかりだ。しかも、前回行わなかった休校措置も実施することになった。変異株のためだ。

 英国は、夏のバカンス(英国版Go To Travel)後にGo To Eatキャンペーンを実施し、秋に入った9月に一気に感染が拡大。9月21日に科学顧問らは2週間の地域を限定したロックダウンを求めたが、ジョンソン首相は経済を止めない方針でこの要求を拒み、店舗の営業時間短縮や家族以外との会食を禁止するという小手先の対応で濁した。しかし、感染拡大に歯止めがかからず、結局、6週間を経て国全体で2度目のロックダウンに至った。

 11月5日から始まった2度目のロックダウンでは、春先に初めて経験したロックダウンに比べ、市民は非常にリラックスした様子であった。一度に集まる人数や屋内会食などは制限されていたが、街に出ることは許されていたし、接触の機会も多々見られ、いわゆる「ロックダウン慣れ」の状況が見受けられた。それでも、クリスマス商戦を前に、足元の経済活動を優先させる誘惑に負けてしまったジョンソン首相は、感染者数が下がり切っていないにもかかわらず、4週間で早々にロックダウンを解除してしまった。

 欧州ではクリスマスは特別だ。デパートは人混みでごった返し、クリスマスの準備をする人は市場に殺到した。政府は、行動制限を要請したが、人々の接触は止まらず、さらに、感染力の強い変異株がロンドンなどの英国南部を中心に急速に広がった。ジョンソン首相は、12月23日に実質ロックダウンともいえる行動制限を要請し、クリスマス時期の人々の接触を削減しようとした。それでも感染制御不能な状況に陥っており、最後の切り札であるロックダウンを実施した。

 今の日本の状況は、英国の手痛い失敗の道をなぞっているように思えてならない。いずれも、経済対策を重視し、感染対応が後手に回った。これは政策だけの問題ではない。国民も、コロナ慣れが広がり危機感が共有されずに、警戒感が低下してしまっている。

変異株の恐ろしさ

 本稿の執筆時点において、日本では、新規変異株による新型コロナウイルス患者が水際対策(もしくは空港検疫)を中心に少なからず報告されている。ただし、英国への渡航歴のない感染例の報告もあり、留意すべき事態だ。日本での検査体制や遺伝子解析のキャパシティを考えると、すでに国内に入り込んでいる前提で対応することが重要だ。英国では、9月から変異株による感染者が報告されており、英国から日本へ入るルートが多岐にわたることを踏まえれば、12月25日から開始した水際対策の効果も限定的であろう。根本的な国境管理の強化が望まれる。

 この変異株は極めて厄介だ。感染性が50~70%高いと言われているのみならず、小児での感染の増加も報告されている。現時点で、重症化率や致死率は今までの株と相違ないと考えられているが、安心材料にはならない。新型コロナウイルスを含む感染症の制御においては、感染性が50%増える方が、致死率が50%高くなるよりも被害は甚大なのだ。

変異株への「基本戦略」

 具体的に見てみよう。感染症対策で最も大切な指標の一つは、感染者1人が、何人の感染者を生み出すかという感染性を示す指標だ(実効再生産数:R)。

 例えば、今の東京のように1000人の新規陽性者数を想定し、R=1.1、世代時間(最初の患者が感染してから、他の人に感染させるまでの期間)が平均6日、致命率(or致死率)を1%と仮定しよう。(※以下、「^」は累乗を表す記号。「1.1^5」=「1.1×1.1×1.1×1.1×1.1」の意)

 この中から1カ月後に予想される死亡者数は、16人と計算できる(1000×(1.1^5)×1%)。もし致命率(致死率)が50%増えるとどうなるだろうか。死亡者数は、当然ながら増加し、50%増の24人となる(1000×1.1^5×(1%×1.5))。一方で、感染性が50%増加した場合(実効再生産数が1.5倍になった場合)、死亡者数は122人へと急増してしまう(1000×(1.1×1.5)^5×1%)。(※なお、厳密に国際比較を行う際には、診断されていない感染者数も考慮した感染時致命確率〔IFR: Infected Fatality Risk〕という指標が用いられる)

 コロナの感染性が増えるということは、急速に感染拡大をするということであり、致死率が変わらなくても、重症者や死亡者が大幅に増えるということなのだ。だからこそ、コロナ対策は数と時間との戦いなのだ。しかも、通常のウイルスでは感染力が増すと致死率は低下する傾向があるが、コロナは発症前の感染(無症状感染)が多く、感染力が増しても致死率が低下しない可能性がある。

 変異株と言っても、対策の原則は変わらない。しかし、その基本を強化し、徹底的に行うことが不可欠である。マスク、手指衛生、3密対策の重要性は、相当程度国民に浸透しているが、これらの対策により100%感染経路が遮断されることを保証するものではない。今後日本がやるべきことは、緊急事態宣言で「感染経路を遮断」し、できるだけ感染者数を下げた後は、「感染源」の検査・追跡・隔離を拡大し、早期に「感染源」を摘みつつ自粛を回避し、「免疫をつけるため」にワクチンの普及を待つ、という基本戦略だ。「ゼロ・コロナ」に転換し、できるだけ早期に感染を抑え込むことで、重症や死亡を防ぎ、変異株の可能性を最小にし、自粛を回避しつつ経済を回すことが可能だ。

トップの行動が、国民の行動を変える

 年末年始の人の動きは、昨年春先の緊急事態宣言前後のように減ることはなかった。コロナ慣れ・自粛疲れで、残念ながら一番重要な国民の危機感が希薄化してしまっている。これは日本のみならず、世界的な傾向だ。昨年春の世界的第1波の際には、新型コロナウイルス感染症に関する知見は限られていたが、未曾有の事態に世界は危機感を共有していた。各国の市民は、自粛要請やロックダウンにできる限り従い、季節的な状況も追い風になり、比較的早期に乗り切ることが出来た。問題は、行動制限が解除された後の対応や政治状況だ。

 最前線の医療従事者の尽力、国民の危機意識により、自粛要請や緊急事態宣言は我が国で大きな効果をもたらし、想定されたよりも被害が少なかった。一方で、自粛要請等が解除されてからは、ある種の過度の「成功体験」により、危機を乗り切った安堵感も伴い、「緊急事態宣言は不要」「感染爆発などしない」「ファクターX」「コロナは風邪、インフルエンザより軽い」「集団免疫作戦でどんどん感染すれば良い」などの非科学的な言説が国民やメディアの間でまことしやかに広がってしまった。政治家が国民の不満や不安をできる限り解消したいという誘惑に抗うのは難しく、こうした耳触りの良い説には飛びついてしまうこともあるだろう。それが米国、英国そして日本でも起こった。

 しかし、今回の世界的第2波の経過を見れば、そうした楽観的な考え方が全くの誤りであったことが明らかであろう。政治化され、メディアショー化されたコロナへの対応のみが、国民の危機感を希薄化させ、行動制限の遵守を形骸化させた要因ではない。英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのファンクールト博士の分析では、そもそも、行動制限や自粛基準が複雑で一般の人には分かりにくいことが、行動変容の足かせになっている。

 また、英国の研究では、最初のロックダウンに比べて、富裕層の間でルールを守らない事例が増えているという。それは自分たちは郊外や海外に逃げることができたり、自分たちは特別だから大丈夫だという慢心の裏返しだ。その典型例が、ジョンソン首相の右腕を務めたドミニク・カミングス氏の行動だ。彼は、EU離脱の立役者で世論操作の天才だが、ロックダウンの最中に移動制限を遵守していなかったことが判明し、大きな批判を受けた。

 トップのルール破りは、国民の行動に大きな影響を与えた。世論は皆で耐え忍ぼうという風潮から、怒りに変わっていった。こうした、トップのルール破りが国民の行動に大きな影響を与えている。日本も全く同じだ。国民に様々な行動の自粛を求めるのであれば、重い責務を担っているという特別な事情があるにしても、積極的に範を示すべきだったと思われる。

英国でも「時短営業」と「補償」を実施したが…

 では、国民が一丸となってこの危機を乗り切ることはもう難しいのだろうか。ファンクールト博士は、「それは可能だ」と言う。英国でも感染者が増加しロックダウンが実施されると、行動制限を守ろうとする人が実際は増えるという。政府のアクションを契機として、国民の間で危機を乗り切ろうという連帯感を創り出すことができるかがポイントとなる。

 だからこそ、今週発令されるであろう緊急事態宣言は、宣言自体の法的効果よりも、宣言とあわせて国民の心に響くメッセージを発することが極めて重要だ。国民の間で真に一時的な痛みを分かち合いながらこの国難を乗り切ろうという一貫した、分かりやすいメッセージが全てだ。筆者は「実質ロックダウンと思って生活すべきだ」と言うべきだと考える。

 日本では以前の「夜の街」と同様に、今回は「会食」がターゲットになっているようだが、英国では、早期のロックダウンの要請を拒否したジョンソン首相は時短営業と補償を9月に実施したが、それでも抑え込むことはできずに繰り返しのロックダウンに至った。飲食に限らず、より幅広い自粛を求める共感を呼ぶメッセージを発するべきではないか。

 緊急事態宣言や自粛要請は最終的な解決策ではなく、医療崩壊を防ぐ一過性の劇薬だ。これを繰り返すことは社会や経済を疲弊させるだけであり、できるだけ短期間で一気に感染経路を遮断すべきだ。残念ながら、現在の日本の法的枠組みでは欧米諸国のように強制力のある措置はとれない。

 一方で、日本は長年にわたり災害と闘ってきた歴史を背景に、法的拘束力はなくとも、第1波の時にもみられたように、いざという時に一致団結して国難に立ち向かえる国民性があると思う。この国民性を活かすわかりやすいメッセージが、政府のトップから発せられることが今こそ重要だ。

ワクチン接種が始まっても終息まで数年はかかる

 コロナウイルスの遺伝子が解析されてわずか12カ月でワクチンが実用化されたことは、科学の勝利であり、コロナ禍でも希望を抱かせるニュースだ。今話題のモデルナやオックスフォード大学のワクチン開発に数年前から投資しているCEPI(感染症流行対策イノベーション連合)は、2016年の伊勢志摩サミットで日本政府のリーダーシップで設立された国際機関だ。今その投資が見事花開いている。コロナワクチン開発の陰に日本の支援があったことは強調しておきたい。

 優れたワクチンであることに間違いはないが、ワクチンが確保できているというだけで楽観できないことは理解する必要がある。数理モデル界のレジェンドであるロイ・アンダーソン教授も正常化には「数年はかかるであろう」と述べている。そう簡単には終わらないのが、パンデミックの脅威である。

 すなわち、確保されたワクチンをできるだけ速やかに供給し、より多くの国民に接種してもらうということが問題なのだ。しかも世界規模でだ。さらに、国民のワクチンへの信頼を確保することが非常に大切だ。しかし、日本は最新の国際調査研究では、ワクチンへの信頼度が世界でも最も低い国の一つだ。今後、政府や国民が一体となって乗り越えてほしいハードルと考えられる。

 だからこそ、基本に立ち返ることが必要だ。緊急事態宣言やロックダウンで大切なことは、出口戦略だ。私が世界の研究者と各国の出口戦略を分析した結果では、検査・追跡・隔離、強靭な公衆衛生、明確なコミュニケーション、長期戦略、そして、信頼が成功の鍵であることが示された。日本に最も欠けているのは「感染源」対策としての検査・追跡・隔離の徹底だ。そして、長期戦略の提示、政府への信頼の回復が急務だ。

 第1波以降進められるべき医療体制の拡充が遅れたとの批判も多いが、その通りである。そもそも日本の急性期医療はコロナ禍以前より、持続不可能な状態が続いている。病床数は多いが、その多くは高齢者やメンタルケア対応に充てられており、新型コロナに対応できる急性期医療は極めて手薄だ。中小病院が乱立し、非効率的な現状を改善するためには、統合と集約化が必要だ。医師は過重労働・超過勤務に陥り、最近まで大学病院では将来ある若手が無給で働き、休む間もなく週末のアルバイトで生計を立てていたような状態だ。コロナはそうした、日本的システムの矛盾をさらけ出し、現場の人々の自己犠牲に頼ってきた医療システムにとどめを刺そうとしている。全ての関係者が今回のコロナ禍を契機として真剣に考える問題である。

 現下のパンデミックは、人々の健康が、その国の社会や経済の礎であること、それを支える最前線の現場スタッフ、そしてエッセンシャル・ワーカーなしでは社会が成り立たない事実を、我々に教えてくれた。小手先の緊急事態宣言やワクチン供給で済む話ではない。今、我々に問われているのは、「命を守る」ことの重要性である。今こそトップリーダーが分かりやすいメッセージを出し、関係者が一致団結して国難に立ち向かう時だ。

(渋谷 健司/Webオリジナル(特集班))

×

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング