「タバコのお遣いをさせていた若い衆が突然“兄貴”に…」ヤクザ社会の「盃」をめぐる“不条理のリアル”
文春オンライン / 2021年1月17日 17時0分

6代目山口組の司忍組長 ©時事通信社
「盃は自宅の神棚で大切に保管している」ヤクザはなぜ“親子盃”を交わすのか?《暴力団幹部が証言》 から続く
「ヤクザにとって親子盃を交わすことは、親分に自分の命を預けるという不条理を飲み込むこと」
関西に拠点を構える指定暴力団幹部は、暴力団組員にとっての「盃」の重要性について、このように語る。
ただ、暴力団業界において、親分と盃を交わすことで生まれる「不条理」はそれだけではない。「親分=子分」の関係にとどまらない、様々な人間関係が生まれるのだ。
序列が一気に入れ替わる「盃」の不条理
「親分から盃をもらって組織の『若い衆』になるということは、組のため、親分のために尽くすということ。ケンカがあれば行かねばならないし、そうなれば、長期間の懲役になることも覚悟しなければならない。こうした不条理を飲み込む覚悟を若い衆も持っているものだ」
前出の指定暴力団幹部はこのように強調したうえで、さらに違った意味の「不条理」があるという。
「例えば、自分の『兄弟分』にあたる幹部がいて、親分として組織を持っていたとする。自分にとってその幹部の子分は、兄弟分の子だから『甥っ子』にあたる。だから、その甥っ子に『おいタバコ買って来い』と言いつけると『分かりました』とすぐに店に走らなくてはいけない、といった関係になる。
しかし、兄弟分の幹部が引退したり亡くなったりして、その甥っ子が後を継ぐこともある。そうなると、キャリアの違いはあれ自分と同格の組長となる。さらに、その上の組織の組長の後を継ぐようなことがあれば、自分が『甥っ子』となり、相手を『おじさん』と呼ばなければならない。今度は逆に、甥っ子だったはずの相手に『タバコを買って来い』と言われれば『分かりました』と返事をしなければならない。こうした不条理もある」
「甥っ子」が兄貴になるケース
この幹部が明かす複雑な“不条理”を整理すると、次のようになる。
ある大きな暴力団組織の中に3次団体の組長Aがいたとする。別の3次団体の組長Bとは、同じ暴力団組織内では同格となるため「兄弟分」となる。疑似血縁関係では、組長Bの子分Cは、Aにとってみれば「甥っ子」となる。しかし、CがBの後を継ぎ、3次団体の組長に昇格すればAと同格となり、お互いに兄弟分となる。
さらにCが2次団体のトップに昇格することとなれば、AにとってCは「おじさん」となり、暴力団組織の中では立場が逆転する。もし、Cが暴力団組織全体のトップ、組長になってしまうとさらに立場に開きが生まれ、Aが2次団体の組長に昇格しても、この際には親分子分の関係が新たに結ばれるため、Cのことを親分と呼ばねばならなくなる。
この幹部は、実際の運用について次のように明かす。
「こうした序列が逆転する事態は『よくあること』とまでは言わないが、たまにはある。ヤクザである以上は、このようなことがあっても受け入れなければならない。自分の組織内でも、年下の若い衆が組長となるようなことになれば、この瞬間から、それまでは若い衆だった者を兄貴と呼ばなければならない。因果なことだ」
山口組分裂抗争と「盃」という視点でみると?
暴力団組員は「盃」を交わした以上、組織ではどのような不条理も受け入れなければならない一方で、子分の立場としての意見を表明することも重要だという。
「子分としては、親分に付き従うことは当然のこと。しかし、親分が言い出したことで、どうしても納得できない、もしくは間違っているということがあれば、自分なりの意見を述べるということはある。自分が正しいと思って意見しても聞いてもらえなかったら、自分から身を引く。盃を返して、きっぱりと足を洗って辞めるということがあってしかるべきだ」(同前)
こうした暴力団特有の事情から、2015年8月に明らかになった山口組の分裂問題についても解説する。
「神戸山口組を結成した人たちは、6代目山口組の組長の盃をもらっている組織の上では『子分』にあたる。それで出て行ってしまったから、ヤクザの論理からすると、親子の縁を蔑ろにする『逆縁』ということになる。許されないことだ。
ヤクザは元々、実の親の言うことも聞かずに家を出て行ってしまうような連中なのに、盃をもらうと組織の規律には従う。それが出来なければカタギになるべき」
山一抗争と今回の分裂抗争の違いは「盃」
山口組が分裂し神戸山口組が結成されたことについて、かつて組織犯罪対策を担当していた警察庁幹部も、「神戸(山口組)側はヤクザの論理からするとありえないことではないか。今回の分裂に伴う対立抗争は、この点について、かつての山一抗争とは違う」とも話す。
山一抗争とは、3代目山口組組長が死去した後に、4代目組長に竹中正久が就任することに納得できなかった一部のグループが一和会を結成。1985年1月には竹中が一和会系のヒットマンに射殺されるなど山口組との間で対立抗争事件を引き起こし、双方で25人が死亡、70人が重軽傷を負った史上最悪の暴力団抗争のことだ。
「山一抗争とは違う」と警察庁幹部が述べたのは、この際には盃を交わしていなかったことが大きく異なっていたからだった。
山口組を全国組織に拡大させた3代目組長の田岡一雄が死去し、4代目組長に竹中が就任する前に、一和会が脱退していたのでいわゆる「逆縁」ではないということだ。
警察の思惑通り進んでいない捜査
「今回の山口組分裂では、出て行った(2次団体の)山健組や宅見組などは、6代目山口組の傘下組織として『親子』の間柄だから、親分に対して盃を突き返したということだ。ただこれは暴力団の内輪の話で、どちらに正統性があるかどうかは警察にとっては問題ではない。警察としては山口組が分裂したことで、双方から対立組織の情報が出てくる。情報が集まりやすいので、事件につなげて双方を弱体化できる可能性は高い」
前出の警察庁幹部は山口組が分裂した当時、このような観測を述べていた。
しかし、分裂から5年が経過して6年目に入り、神戸山口組からの離脱者が相次ぎ6代目山口組に加入するケースが増加傾向となっている。
近年の暴力団構成員は減少傾向にあり暴力団業界全体が縮小し、警察の対策が功を奏しているのは確かだ。とはいえ、山口組分裂問題については警察の思惑通りに進んでいないのが実態だ。(敬称略)
(尾島 正洋/Webオリジナル(特集班))
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