「もう殺されてるかと…」事業に行き詰まった松永太は、ヤクザのカネをつまんで遁走した

文春オンライン / 2021年2月2日 17時0分

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北九州監禁連続殺人事件をめぐる人物相関図

松永太に騙され、“名義貸し”で2500万円の借金をした20歳女性の悲惨な結末 から続く

 起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。

 もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第44回)。

◆ ◆ ◆

「ワールド」はもぬけの殻に

 1992年10月上旬、福岡県柳川市にある松永太の布団訪問販売会社・株式会社ワールド(以下、ワールド)の本社ビルは、もぬけの殻となっていた。

 同年8月に2度目の手形の不渡りを出し、ワールドを破綻(負債総額9000万円)させた松永は、緒方純子と従業員として唯一逃亡せずにいた山形康介さん(仮名)を連れ、柳川市から遁走したのだ。

 松永の愛人だった当時23歳の絵里子さん(仮名)は、そのことを知り愕然とした。月々の返済はワールドが行うからと、松永に借金の名義貸しを懇願された彼女は、半年の間に気づけば自身の名義で金融機関に2500万から2600万円の借金を背負っていたのである。前回に引き続き、2002年に絵里子さんへ取材した際のやり取りは以下の通りだ。

「(ワールドの)事務所には誰もいなくなっていました。そのときに初めて、騙されたって気づいたんです。もう、目の前が真っ暗でした。それまでの人生で、人を疑うってことが全然なかったから……。ただ、思い返すと、逃げる前の松永と最後に会ったときに、ふとした話の流れで向こうから、『あのね、人を簡単に信じちゃいけないよ』って説教を受けてたんですよね。お前に言われたくないよって話で、とにかく腹が立って……」

同じく多額の借金を背負わされていた女性社員も

 絵里子さんが最初の借金をしたとき、借り入れ先の金融機関回りを引率した、ワールドの女性社員・Qさんも、彼女と同じく、金融機関に多額の借金を背負わされていたという。絵里子さんは振り返る。

「Qさんも本人とお父さんの名義で、松永の依頼を受けて多額の借金をしていました。松永らが姿を消して騙されたと気づいた彼女は、私と一緒に同じ法律事務所に相談に行っています」

 弁護士から自己破産を勧められた絵里子さんは、手続きを進めてもらうことになった。

「当然、親にも話しました。私自身も半狂乱で、外に出るのも嫌だし、完全に鬱になってしまって、なにも手につかない状態でした」

 とはいえ、彼女には自己破産では清算できない“借金”が残されていた。

自己破産をしてもなお約550万円を返済

「私が働く職場の同僚4人にも、(ワールドで)布団のローンを組んでもらったり、信販会社に借りてもらったりしていて、総額が400万円くらいあったんですね。それは自己破産をしてから、私が少しずつ返済しました。あと、自行での私名義の借金の保証人になってもらった銀行の支店長に対しても、残債を折半するという話になり、150万円くらいを分割で返しました」

 つまり、自己破産をしたことによる信用情報の毀損等のペナルティに加え、約550万円もの返済を余儀なくされたということだ。

「その後、カードを作ろうという気にはなりません。いまは(結婚して)苗字が変わったんですけど、夫にはそのことは一切話してないです。あの経験がすごいトラウマで、しばらくは男性恐怖症みたいになっていました」

忘れていたトラウマが蘇る経験

 借金を完済し、結婚を機に徐々に日常を取り戻していった絵里子さんだが、過去のトラウマをふたたび炙り出す出来事が起きた。それがこの取材の7カ月前に発覚した、松永と緒方の逮捕である。

「じつはその時期、私は出産を控えていて、3月11日の夜に陣痛が起きたから、病院に行ってたんですね。で、松永の名前が12日に初めてニュースで出たんです。それを耳にして、けっこう間隔が狭まってたのに、陣痛がなくなったんですよ。ほんとに止まっちゃって、それくらいショックを受けたんでしょうね。出産は数日後に無事終えましたけど、忘れていたトラウマが蘇る経験をしました」

 最後に私が松永に対する現在の感情を尋ねたところ、絵里子さんは即答した。

「カネ返せって……。あの人に出会わなければ、あのときあんなに人生狂わなかったって思いますね」

 たしかに20代前半で多額の借金を負わされてしまったことは、途方に暮れる出来事だと想像に難くない。とはいえ、絵里子さんは豹変した松永による、直接的な暴力の被害を受けずにすんでいた。それ以降、数多の命が奪われていることを考えると、不幸中の幸いだったといえる。というのも、彼女の交際時期と重なる1992年の前半、松永が当時の妻に対して苛烈な暴力を振るっていたことが、後に判明しているのだ。

92年3月に離婚した、松永の妻ジュンコさん

 松永が妻のジュンコさん(本名は漢字)と92年3月に離婚したことはすでに記したが、これは夫婦での話し合いの結果ではなく、調停による離婚だった。じつはジュンコさんは同年1月に、松永による暴力に耐えかねて、長男を連れて家出。DV被害者を保護する「民間シェルター」に逃げ込んでいたのである。

 昨年(2020年)の取材で、ジュンコさんが松永と結婚していた当時に通っていた、美容院の女性店主に話を聞くことができた。同店主によれば、ジュンコさんが家出をする直前に、店を訪れていたのだという。

「もともと奥さん(ジュンコさん)は、知り合いの紹介でうちに来てたんですね。全然派手さのない、おとなしくて可愛らしい感じの女性です。それであるときに、『今日が最後だから』って言うんです。彼女は、『こんままいたら、私殺されるかもしれんから。子どもと一緒に逃げて匿ってもらうから。探さんで』って。それはもう、尋常じゃない様子でした。

 さすがに、なにがあったのかまでは聞けなかったんですけど、そんな話なので、ああ、これは虐待が始まったんかなって……。たぶんそんときより前から、施設には相談しよったと思うんです。だけん、『(逃げられる)施設を見つけたから。それも教えられんから』って話をしたんだと思います。あと、『(松永が)実家に来るかもしれんから』とも言っていて、行き先は『誰にも教えられん』って口にしたのを憶えています。これまでにも何回か、松永が実家に押しかけて来とったみたいですね。その日以来、彼女が店に来たことはありません。ただ、後で事件について聞いたら、何人も殺されとるでしょ。あんとき逃げとってよかったなあって思いましたね」

 ちなみに、ジュンコさんについては、2002年に彼女の実家を取材した際、母親から「いまは普通の生活に戻っています」との言葉を得ており、無事が確認されている。

緒方が長男を妊娠「出産することを強く決心」

 1992年当時の話に戻すと、後の裁判での松永弁護団による冒頭陳述のなかで、「被告人松永は、平成4年(92年)6月ころ、被告人緒方が長男を身ごもったことを知った」との文言がある。松永は中絶を促したようだが、それに対しては、「被告人緒方は、出産することを強く決心していたので、結局中絶することはなかった」と述べられている。この時期の緒方は妊娠3カ月と見られており、同年10月に柳川市から逃亡した際には、妊娠7カ月の身重の状態だった。

 金策に焦る松永と緒方は、7月に入ると、次々と刑事事件を起こしている。7月1日には、以前に甘言を弄して近づき、借金の名義貸しを依頼していた小学校教諭の母親に対し、ワールドが同教諭にカネを貸していると偽って、その肩代わりという名目で現金352万円を騙し取る詐欺事件を起こす。

 続いて7月31日には、松永が緒方を伴って柳川市にある信用金庫を訪問。そこで支店長に対して、約束手形の支払い期限の延長を求めたが、応じてもらえなかったことから、翌8月1日の午前4時半頃まで居座って暴言を吐き続け、長机を叩き壊すという暴力行為等処罰に関する法律違反事件を起こしていた。

 2002年の逮捕時にはすでに時効が成立していたが、松永と緒方のふたりは、小学校教諭の母親に対する事件については1995年7月に、信用金庫に対する事件では93年6月に、それぞれ福岡県警柳川署による指名手配を受けている。

松永は最初はきれいな商売をしようとしていた

 そして8月のワールドの経営破綻へと続く。これまで、10月の柳川市からの遁走は、前述の指名手配を受けた2事件が原因とされてきたが、実際は異なったようだ。柳川市在住で当時のワールドの内情を知る人物・Z氏は、私の取材に語っている。

「松永の場合は、ワールドで最初はきれいな商売をしようとしよったけど、途中から詐欺会社になったやんね。その流れで、金融に手を伸ばしよったろうが。そこでは、カネを貸して払えんごとなった相手から土地ば奪って、宅地開発やらしよったと。

 当然、そういう仕事内容やから反社(反社会的勢力)とも繋がりが生まれとったけども、本人はヤクザのフロント企業とかではなかったね。どっちかといえば、地元で昔からカネ貸しばしよる連中と一緒に組んで、対等に仕事ばやりよったという印象がある。ただ、口ほどにはうまくいかんで、カネに詰まったとよ。金策に追い込まれたあいつは、地元のヤクザの上部団体から数千万円を引っ張ったとやけど、そのカネを貸した相手が飛んでしまったと。それでにっちもさっちもいかんくなったというんが、柳川から逃げ出した本当の理由やね。

「ああ、生きとったんや」「あ、生きてたんだ」

 Z氏は、2002年に松永逮捕の一報を受けた際、「ああ、生きとったんや」との感想を抱いたという。その理由について、「ヤクザの上部団体のカネをつまんで追われとったから、いま頃はもう、どっかに沈められとるやろと思ってた」からだと説明する。

 冒頭に登場した元愛人の絵里子さんも、松永の逮捕を聞いて、過去のトラウマが蘇るとともに、Z氏と同じ驚きを禁じ得なかった。

「あ、生きてたんだって。ていうか、もう殺されてると思ってたんで……」

 彼女がそう感じたのは、次の経験をしていたからだと聞いている。

「借金の返済でおカネが必要になり、昔働いていたラウンジに戻ったんですね。そのときにヤクザの組長が私に会いに来て、松永の居所を聞かれたんです。詳しい話はされなかったですけど、『どこにおるか知っとるやろ?』みたいな感じで、自分みたいな一般人からしたら、もう怖くて、怖くて。それで松永がヤクザに追われていることを知りました。同じくらいの時期に、ワールドの前を通りかかったら、怖いおじさんがいっぱいいて、松永の白いベンツが引っ張られて行くのを見たりとかしていたので、これは見つかったら殺されるに違いないって……」

 逃亡の11年前である1981年、地元・柳川市でワールドを設立した松永が思い描いた“大いなる野望”は、かように潰えたのだった。だが、彼は追っ手から逃げのび、そこからさらなる凶悪犯罪に手を染めることになる。

(小野 一光)

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